三菱電機がプライムメーカー※1として開発・製造した先進レーダ衛星「だいち4号」。搭載した最先端レーダ「PALSAR-3(パルサー・スリー)」を用いると、これまでの4倍の広域観測が可能となり、観測頻度も5倍に増える。これらの長所を生かして、災害状況の把握や復興計画の策定から、企業のESG活動の評価まで、衛星の用途がさらに広がると期待されている。人工衛星を長年にわたって手がけてきた三菱電機はその経験と技術を活用し、衛星観測ソリューション事業を立ち上げた。関係省庁や他業種、スタートアップなどと協業し、防災スキームを構築するとともに、新ビジネスの開発を目指す。
※1プライムメーカー:人工衛星の設計から製造、試験、打ち上げの準備までを一貫して担当するメーカーのこと
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被災調査の現場で求められるスピードと効率
2024年1月20日、日本の無人探査機「SLIM(スリム)」(プライムメーカー:三菱電機)が世界で初めて月面へのピンポイント着陸に成功した。また、4月11日にはアメリカ主導の月探査計画「アルテミス計画」で日本人宇宙飛行士が月面着陸することが取り決められるなど、宇宙開発への関心はますます高まっている。そんななか、大きな期待を集めているのが、2024年6月30日に打ち上げ予定の先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4/エーロス・フォー※2)」だ。打ち上げに先駆けて3月11日に三菱電機鎌倉製作所で機体を公開した。
※2ALOS-4:Advanced Land Observing Satellite-4
観測頻度が5倍になり、国土の変化をいち早く発見
「『だいち4号』は素晴らしい性能を備えた衛星なので、とにかくちゃんと打ち上がって宇宙で実力を発揮してほしい。今はただ祈るような気持ちです」。打ち上げ直前の思いをこう話すのは、三菱電機 宇宙システム事業部 宇宙事業開発センターの副センター長を務める相良岳彦さんだ。「宇宙で働くものに携わる仕事がしたい」と三菱電機の宇宙部門を熱望し、入社以来ずっと人工衛星開発一筋のキャリアを歩んできた。
宇宙事業開発センター
相良 岳彦(さがら たけひこ)
相良:先進レーダ衛星「だいち4号」に搭載したレーダは「フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダ」、通称「PALSAR-3」といいます。現在宇宙で運用している「だいち2号(ALOS-2)」にも同じタイプのレーダを搭載していますが、その性能は格段にアップしました。例えば、高分解能モードの場合、「だいち2号」では観測幅(レーダが一度に観測できる幅)は50kmでしたが、「だいち4号」ではその幅が4倍、つまり一度に200km幅を観測できます。
「だいち2号」は観測幅が50㎞で(高分解能モードの場合)、日本全体をくまなく観測するには概ね56日間かかり、日本全土の観測データを得られるのは年間4回程度だ。一方、観測幅が200㎞と大幅に拡大した「だいち4号」では、14日間で日本全体をくまなく観測可能となる。これにより「だいち4号」は年間20回も日本全体の観測データを得られるのだ。
学生時代から20年以上にわたってSAR(合成開口レーダ)の研究開発に携わり、現在は三菱電機 宇宙総合システム部で画像ソリューションシステム課に所属する三五大輔さんは、「だいち4号」に期待される活用法についてこう話す。
宇宙総合システム部 画像ソリューションシステム課
三五 大輔(さんご だいすけ)
三五:「だいち4号」のようなSAR衛星は、日本から離れたところに衛星がいる場合も、レーダを照射する向きを調節すれば特定の場所をいち早く観測できます。例えば2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震の場合、8時間後の1月2日0時頃には「だいち2号」は被災地を観測できました。今後、こうした災害が起きた際に「だいち4号」を活用すれば、精細な画像をより早く提供できる可能性があります。そうなれば被害状況を迅速に把握し、必要なところに必要な支援をいち早く届けることができるでしょう。
3つの観測モードを使い分ける
「だいち4号」は3パターンの観測モードを切り替えることで、目的に合わせた衛星画像を取得できる。1つは、分解能(細かく見える度合い)3mの「高分解能モード」。日本を観測する際は基本的にこのモードを使用し、ベースとなるデータを蓄積する。「だいち2号」もこのモードで観測していたため、日本には2010年代半ばからの衛星データが蓄積されている。それを利用すれば国土の経年変化のモニタリングや、災害発生時の地形変化や状況監視も可能となる。もう1つは分解能25mの「広域観測モード」。このモードにすると画像は粗くなるが一度に700km幅を観測できるため、地球規模の変化、例えば低緯度帯の熱帯雨林の森林伐採の監視、オホーツク海の海氷監視などが可能となる。最後の1つは「スポットライトモード」。一度に観測できる範囲は35km四方と狭いが、分解能1m×3mの詳細な画像を得られる。このモードは噴火した火山、土砂崩れの様子など、局所をくわしく見るのに向いている。
日本が誇る「Lバンド」が地球環境保護に貢献
三菱電機が開発を担当した地球観測衛星「だいち」シリーズでは、レーダにLバンドを採用している。Lバンドとはマイクロ波の周波数帯域の1つで、SAR衛星で主に使われるLバンド、Cバンド、Xバンドの中で最も波長が長い。
三五:Lバンドは約23cmの長い波長で、木の葉をある程度透過して地表を観測できるため、森林に覆われた日本の国土の観測に適した周波数帯域なんです。そのため、日本は1992年に打ち上げた地球資源衛星「ふよう1号」の頃からずっとLバンドを採用してきました。海外の衛星はほとんどが波長6cm程のCバンドや波長3cm程のXバンドを採用しており、古くからLバンドのデータを蓄積している国は日本以外にありません。
JAXAは国際協力機構(JICA)と共同で、世界の森林伐採を監視するための情報を提供している。その際に使われているのも、Lバンドによる観測データだ。
三五:例えばアマゾンの原生林では、大型重機を長大なチェーンソーで結び、木々を地面から削り取るような大規模な伐採が行われています。それによって荒らされた地面の状況を現地でつぶさに観察して衛星データと照合すると、伐採箇所が画像にどう表現されるかが把握できるのです。三菱電機ではこうした具体的な情報をレーダ開発に反映しているので、「だいち4号」では、これまで監視できなかった小規模な伐採地も検出可能となることが期待されます。
特許技術も活用し、新たな画像ソリューションを提供
三菱電機は1960年代から衛星事業に参画し、国内外で70機以上の人工衛星をプライムメーカーとして製造している。プライムメーカーとは、人工衛星の設計から製造、試験、打ち上げの準備までを一貫して担当するメーカーのことだ。
相良:「だいち4号」では、衛星本体はもちろん、最も重要なレーダセンサ「PALSAR-3」も三菱電機が製造しています。そのため、我々は「だいち4号」が送ってくる画像を読み取り、解析する技術に最も長けていると自負しています。そこで三菱電機は画像解析技術と長年にわたる経験を活かし、お客様のご要望に応じて衛星画像を見やすく加工してお届けする「衛星観測ソリューション事業」を立ち上げました。
レーダ衛星の画像は白黒で、医療機器のエコーで体内の赤ちゃんや臓器を写したようなもの。そのままでは何が写っているかわかりにくい。そこで衛星観測ソリューション部門では、例えば水害の事例では水害の範囲に着色したり、地図と重ね合わせたりして「この部分が浸水している」といった情報が一目でわかるように加工し、提供している。
三五:三菱電機は、衛星画像の解析処理や加工処理に関していくつかの特許を取得しています。その1つが「ノイズ除去」に関する特許です。レーダで地表を撮影すると、都市などが発する強い信号がノイズとして入り込むことがあります。そうしたノイズを除去して、本来見たかったものを見やすくしたり、地盤変動モニタリングの解析結果の精度を向上させる技術です。
衛星データで新しいビジネスを創出
三菱電機の衛星観測ソリューション事業には、銀行や保険などの金融業や電力会社など、これまで宇宙や人工衛星とは縁遠かった業種からの問い合わせも多いという。
相良:例えば銀行はESG投資(環境や社会に配慮し、適切なガバナンスがなされている企業への投資)をする際、投資先企業のESG活動を確認するのに衛星データを使えないかと考えています。私たちはすでに銀行さんと一緒に、社会課題解決のために衛星データを活用する方法について具体的に議論・検討を進めています。
三菱電機も衛星データを活用した新製品やサービスの開発に取り組んでいる。その1つがIoT家電との連携だ。例えば洪水が起き、家庭用エアコンの室外機が水に浸かると、それを知らせる信号がメーカーに送られる。それを集約し、衛星データと照合すれば、浸水状況を広域かつより詳細に把握できる。
衛星データ利活用を推進する企画会社を設立
2021年6月、三菱電機は、ID&Eホールディングス、株式会社パスコ、アジア航測株式会社、スカパーJSAT株式会社、一般財団法人リモート・センシング技術センターとともに、「衛星データサービス企画株式会社(以下、SDS)」を設立した。2024年2月には三菱UFJ銀行もSDSの出資企業に加わっている。SDSは、幅広いユーザーに衛星データ解析情報を提供し、衛星データの利活用を推進するスタートアップだ。三菱電機とSDSは内閣府のBRIDGEプログラム(※3)の1つ、「日本版災害チャータ(※4)の構築とその運用・実証・実用化に関わる研究開発」に共同で応募し、採択された。また2024年4月には、SDSは小型SAR衛星のスタートアップQPS研究所らとともに国土交通省「中小企業イノベーション創出事業(SBIR)」の補助事業に応募して採択された。上限3.3億円の交付金を得て、2028年3月までの期間中にSAR衛星データを活用して、浸水・土砂災害支援システムの構築、道路点検支援システムの構築に取り組む。
また、新たに三菱UFJ銀行がSDSに参画したことにより、カーボンニュートラルの実現やサステナブル経営企業に対する貢献など、金融や経済活動における衛星データが新たに貢献できる可能性も追求していく。
衛星データサービス企画株式会社
衛星データサービス企画株式会社への出資について
※3科学技術・イノベーション制作の方針に基づき、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の司令塔機能を生かし各省庁の研究開発等の施策のイノベーション化を推進するプログラム。「重点課題」(例:事業環境整備、スタートアップ創出、人材育成など)を設定し、研究開発だけでなく社会課題解決等に向けた取組を推進。
※4国際災害チャータは、災害が起きたときチャータを通じて各国の宇宙機関が衛星データを提供し、災害状況の把握や救援活動をサポートする世界規模の協力体制のこと。日本国内には災害時に衛星を利用するためのスキームが構築されていないため、災害時に必要な衛星リソースを結集し、データを利活用できる枠組みとして「日本版災害チャータ」の構築を内閣府主導で進めている。
相良:衛星を「作る」仕事をしてきた私としては、衛星観測ソリューションが発展・普及して、衛星がみなさんの生活や防災に役に立っていると実感することが、何より大きなモチベーションになります。ソリューション開発に携わるようになった今、お客様のご要望を伺いながら、これまでにない衛星データの活用法を見出すのが楽しみでなりません。
70年以上にわたり、日本のトップメーカーとして人工衛星やその周辺機器を開発・製造してきた三菱電機は今、衛星観測ソリューションの分野でもトップを目指し、事業開発を進めている。行政や異分野の企業、スタートアップなどとタッグを組むことで、今後どんなビジネスを展開し、私たちの暮らしをどう支えてくれるのかに注目したい。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年5月)時点のものです。









