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「ロボットと協働する暮らし」実現の手がかり

シナジーコラム ロボット×インフラ技術 「ロボットと協働する暮らし」実現の手がかり ライター市原淳子 三菱電機株式会社自動車機器事業本部モビリティイノベーション推進部塚越裕太 Cartken社CEO クリスチャン・バーシュシナジーコラム ロボット×インフラ技術 「ロボットと協働する暮らし」実現の手がかり ライター市原淳子 三菱電機株式会社自動車機器事業本部モビリティイノベーション推進部塚越裕太 Cartken社CEO クリスチャン・バーシュ

2022年1月、愛知県常滑市の「イオンモール常滑(とこなめ)」でロボット搬送の実証実験が始まった。米シリコンバレー発のスタートアップ企業が開発した自律走行ロボットが、スターバックスの商品を目的の場所までデリバリーするのだ。ショッピングモールの中で、街中で、かわいらしいロボットが人間とともに働く。そんな未来がすぐそこまで近づいているのだと確信させる実証実験について本プロジェクト担当者が語った。

2023年4月23日(日)を以って実証実験は終了しました。

INDEX

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  • Cartken×三菱電機の強力タッグ誕生
  • ロボットが初めてコーヒーを運んだ日
  • ロボット活用のカギは「徹底した安全性」
  • 実証実験から見えた「ロボットのある暮らし」

Cartken×三菱電機の強力タッグ誕生

三菱電機がロボット搬送サービスに取り組んだ経緯について、自動車機器事業本部の塚越裕太さんはこう話す。

塚越裕太さんの写真
三菱電機株式会社
自動車機器事業本部 戦略事業開拓室
モビリティイノベーション推進部
塚越裕太

自動車機器事業本部のモビリティ分野のソリューション作りの一環として本プロジェクトに参加。アメリカのスタートアップ企業Cartken社やイオンモール、スターバックスとの間に立ち、取りまとめ役を務める。ロボット事業に携わったのは今回が初めて。

塚越:三菱電機は解決すべき社会課題として、モビリティ、ライフ、インフラ、インダストリーの4分野を掲げています。私が所属する自動車機器事業本部ではモビリティ分野における課題解決に取り組んでおり、そのソリューションの一つとして検討しているのがロボットによる搬送サービスです。

三菱電機にはアメリカにMitsubishi Electric Automotive America, Inc.(三菱電機オートモーティブ・アメリカ、以下MEAA)という関連会社がある。MEAAではアメリカのスタートアップ企業との共創活動を推進しており、その中で出会ったのが今回の実証実験でタッグを組んだロボットメーカー・Cartken(カートケン)社だった。

塚越:Cartken社が保有する技術力と我々の技術をかけ合わせれば、様々な環境下においてもサービス展開が可能であると考え、協業したいと連絡しました。初めてCartken製ロボットを見たときは、デコボコの路面でももたつかずにスムーズに走行できることに驚きました。しかも、人が急に飛び出しても瞬時に対応できるのです。実際のロボットを見て協業に対する考えは確信に変わりました。

新型コロナウイルス感染拡大により、右肩上がりだったインターネット通販市場はさらに拡大し、流通業やサービス業での搬送需要はさらに増加している。感染対策を目的に「非接触」「非対面」という新たな搬送スタイルも生まれた。Carken社との協業により、実用化に向けて動き出したロボットは、そうした需要へのソリューションとなるに違いない。そう考えたCartken社と塚越さんたちのチームは、2021年10月頃から実証実験に向けて急ピッチで動き出した。

Cartken社はGoogle出身のエンジニアが2019年に立ち上げたスタートアップ企業。彼らが開発した自動運転ロボットは、アメリカ・マイアミでフードデリバリーサービスを開始するなど、世界各地で実証実験・実用化が進んでいる。

今回、三菱電機とタッグを組んだことについて、Cartken社のCEO、クリスチャン・バーシュ氏はこう話す。

バーシュ:日本市場は我々としても将来参入したい市場ではありました。三菱電機にはテクノロジーや日本市場に関する専門知識があり、とくに同社のインフラ技術は私たちにとって非常に魅力的です。三菱電機とパートナーシップを築くことで、いち早くCartken社製のロボットを日本のお客様にご提供できると考えました。

クリスチャン・バーシュさんの写真
Cartken社CEO
クリスチャン・バーシュ

バーシュ氏を含むCartken社の主要メンバーはロボット分野におけるスーパーエンジニア。三菱電機には市販の電化製品などを通じてポジティブなイメージを持っていたこともあり、協業の申し出に対して、最初から前向きな反応を示した。

塚越:クリスさん(=バーシュ氏)をはじめとするCartken社のみなさんは、「日本で受け入れられるロボットとはどんなものか」「より多くの人に喜ばれるサービスにするにはどうしたらいいか」など、熱心に議論してくれました。そのような感性の部分でも共鳴しながら協業できたことは私たちにとって刺激的な経験でしたし、このパートナーシップが成功した理由の一つだと考えています。

ロボットが初めてコーヒーを運んだ日

2022年1月にスタートしたイオンモール常滑での実証実験は、スターバックスの商品をCartken社のロボットが搬送するというもの。

たとえば、利用者はスターバックスのアプリから商品を注文し、モール敷地内にあるテーブルを受け取り場所に指定する。注文を受けたスターバックスのスタッフは専用タブレットでロボットを呼び出し、配達先のテーブルを指定する。あとは準備した商品をロボットに入れれば、ロボットが自動走行し、利用者に商品を届けてくれる。

スターバックスに提供されたタブレットの画面。「ロボットを呼ぶ」「配達場所選択」「確認」の3ステップでロボット搬送を利用できる。飲食店側の作業はUber Eatsなどの宅配サービスを利用する場合とほぼ同じで、難しい点はない。

塚越さんたちは共に実証実験を進めるイオンモール側の負担をできる限り軽減する体制を整えた。そのため、イオンモール側の主な作業は、ロボットの通路や受け取り場所に「商品配送中」のポスターを掲示する程度にとどまった。

イオンモール常滑の店内に掲示されたポスター。
配達先のテーブルにも同様のポスターが貼付されている。

実証実験の初日、塚越さんはイオンモール常滑で誰よりも早くスターバックスのコーヒーをモバイルオーダーした。心配のあまり受け取り場所で待っていられず、スターバックスの店舗から目的地まで、ロボットを見守りながら歩いた。

塚越:走行性能については自信があったのですが、ちゃんと届くか、人にぶつかったりしないかと気になってしまって。まるで我が子のおつかいを見守る父親のような気分でした(笑)。

コーヒーを搬送するため、大人の歩みと同程度の速度でイオンモールモール内を自律走行するロボット。「途中にちょっとした段差などがあるのですが、コーヒーはまったくこぼれず、熱いまま届きました。常滑にいた約1ヶ月間は毎日1回、モバイルオーダーを利用しました」(塚越さん)。

目的地のテーブルは、スターバックスの店舗から500メートルほど離れたスーパーマーケットエリアの近くにある。買い物後にコーヒーブレイクするのにぴったりの場所だ。ロボットは塚越さんのコーヒーを無事に目的地まで届けることができた。

ロボット搬送の利用者は1日平均3〜4件ほどだが、注目度は高い。子どもたちは搬送中のロボットについて歩き、大喜び。SNSに写真をアップしたり、Twitterに「常滑にロボットがキター!」などと書き込んだりする人もいた。

ロボット活用のカギは「徹底した安全性」

実証実験にあたり、塚越さんたちが最も重視したのがロボットの安全性だ。Cartken社のロボットには「遠隔見守りサービス」が搭載されていて、海外に常駐するオペレーターが24時間体制で待機し、万が一のトラブルがあった場合は遠隔操作で対応する。

塚越:遠隔見守り機能があることも、私たちがCartken社のロボットを選んだ決め手の一つです。実証共に実証実験を進めるイオンモール様もこの機能を高く評価していました。

塚越さんたちはロボットに対して日本独自の2つの安全機能を付加した。1つはロボット外部のスピーカー。走行中に音楽を鳴らし、周囲にロボットの存在を知らせるためだ。もう1つは商品ボックスにダンパーを取り付けたこと。蓋がゆっくり閉まるので、手指を挟む事故の防止につながる。

塚越:Cartken社の許可をとった上で、私たちがロボットの仕様を変更しました。クリスさんたちは「日本はここまで安全意識が高いのか」と驚いていました。

実証実験から見えた「ロボットのある暮らし」

3ヶ月間にわたるイオンモール常滑での実証実験からは、多くの成果が得られた。

塚越:この実験を通じて、日本社会でもロボット搬送サービスが受け入れられるという手応えを感じました。Cartken社のロボットの性能は私たちが想像した以上にすばらしかった。これを私たちの技術と組み合わせれば、流通業やサービス業の省力化に貢献できるはずです。今後のビジネス展開の可能性を考えるだけでワクワクします。

搬送ロボット普及の鍵になりそうなポイントも見つかった。その一つは、導入作業の簡便さだ。搬送ロボットを稼働させるには、ロボットに周辺地図を取得させる必要がある。一般的なロボットでは地図の取得に1〜2日かかるところ、Cartken社のロボットは1〜2時間で取得できた。しかも、実験開始後の工事で壁や通路の変更があったが、Cartken社のロボットは臨機応変に対応し、障害物をスムーズに避けることができた。

一方で新たな課題も見つかった。今回はロボット1台で搬送にあたったため、注文が重なると2番目以降の利用者の待ち時間が長くなってしまう。このような課題をクリアするためには、「あと何分で商品が到着します」といった通知ができれば、利用者もロボットを使用する店舗も、より便利になるはずだ。

塚越:この実験の成果を活かし、私たちの技術との連携をさらに深めて、今後はより広い範囲への搬送にチャレンジしたいですね。例えばエレベーターと連携して、オフィスビルの地下から上階へコーヒーを搬送するようなケースです。また、セキュリティシステムと連携すれば、ロボットの活動範囲を一般エリアから従業員専用フロアまで広げることができます。私たちの強みとCartken社の強みを掛け合わせて、質の高いロボット搬送サービスを実現し、いち早く社会実装することが現在の目標です。

身近なショッピングモールやオフィスをロボットが動き回り、必要なものを運んできてくれる。そんな便利な暮らしが当たり前になる日が待ち遠しい。

市原淳子の写真
取材・文/市原淳子
雑誌の編集者・記者を経て独立。食やヘルスケア、医療・介護から最前線のビジネスフィールドまで幅広いジャンルにわたり、Webメディア、雑誌、新聞、また単行本の企画・構成などを手がける。企業人や職人、アーティストへのインタビュー多数。発信者と読者をつなぐ、わかりやすくて面白いメディア作りの達人。
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