カーボンニュートラルの達成が世界的に急務となる中、三菱電機は「DOC(Direct Ocean Capture)」という技術に注目している。これは大気中の二酸化炭素(CO2)を、海を介して回収し、二酸化炭素の「除去」を目指す技術だ。今回はDOCプロジェクトのリーダーを務める小松崎優治氏に話を伺った。
INDEX
大気の140倍のCO2濃度を持つ
「海」に着目
新しいアプローチで
CO2除去の選択肢を増やす
──二酸化炭素の「回収・除去」には、様々な方法があると伺いました。
三菱電機株式会社
サステナビリティ・イノベーション本部
サステナビリティ事業推進部
DOCプロジェクト推進グループマネージャー
博士(工学)
小松崎 優治(こまつざき ゆうじ)
小松崎:カーボンニュートラルの達成には、省エネや設備の電化、再エネ比率向上など段階的な施策があります。しかし産業革命以降大気中のCO2濃度は徐々に高まっており、気候危機への対応を考慮すると排出削減だけでは十分ではありません。そこで、CO2を回収・除去した量が排出量を上回る「ネガティブエミッション」※1の技術が求められています。工学系の手法である大気中からのCO2直接回収や、植物などのバイオマスを活用した回収、自然系の手法である植林によるCO2吸収など、CO2の回収・除去方法は様々ありますが、その中で私たちが取り組んでいるのはDOC(Direct Ocean Capture)と呼ばれる「海」を介してCO2を回収・除去する技術です。
メリットは、海水には大気の約140倍のCO2が溶存※2しており、効率的に回収ができる点。DOCプロセスでCO2を除去した海水は、適切に処理して環境負荷を抑えた状態で海へ戻します。CO2濃度が低くなった海水が再び大気中のCO2を吸収するため、結果的に大気中のCO2を除去できる仕組みです。この自然が持つCO2吸収・貯蔵能力を活用して、膨大な量のCO2回収・除去を目指します。
※1 ネガティブエミッション:大気中からCO2などを回収・除去し、地中などに貯留することで、社会全体としてのCO2排出量をマイナスにする技術や取り組み。
※2 CO2は海水中において溶存無機炭素として存在している。
──この技術を、今後どのような事業に展開していくのでしょうか?
小松崎:三菱電機のDOC事業の特徴は「カーボンクレジット販売・CO2資源販売・有価資源販売」の3本柱で収益の多様化を図っていることです。1つ目のカーボンクレジット販売は、企業・組織がCO2などの温室効果ガスを削減・吸収した量を、クレジットとして取引可能な金融商品にしたもので、一定の認知と実績のあるビジネスモデルです。2つ目のCO2資源販売は、回収したCO2を飲料や燃料、建材の原料などとして販売するモデルになります。
そして、3つ目の有価資源販売ですが、これはCO2回収と同時に海水からミネラルなどの有価資源を抽出して販売するビジネスモデルになります。このプラスアルファの収益源により、収益の多様化を図ることが狙いです。気候危機への対処やカーボンニュートラルといった社会課題の解決を継続性のある事業へ発展させ、「トレード・オン」※3の実現を目指します。
※3 トレード・オン:何かを得るために別の何かを犠牲にする「トレード・オフ(二者択一)」の関係ではなく、相反する2つの価値や目的を同時に両立させる考え方。三菱電機は社会・環境を豊かにしながら事業を発展させる「トレード・オン」の活動を加速させ、サステナビリティ実現を目指している。
フィンランド国立研究所との
強力タッグ
既存インフラの活用で
コストの壁を突破する
──DOC技術開発の進展に大きく寄与した組織があると伺いました。
小松崎:はい、それがフィンランドの国立研究機関 VTT Technical Research Centre of Finland Ltd.(VTTフィンランド技術研究センター)です。VTTはパーパスに「世界の社会課題解決」を掲げており、その想いを互いに共有したことから協業が始まりました。本プロジェクトではVTTが海水とCO2を分離させる膜などDOCのコア技術開発を主導。三菱電機がそのスケールアップや社会実装のロードマップ策定を担っています。
──三菱電機側の強みは何でしょうか?
小松崎:そうですね。DOCに関連する三菱電機の強みは、水処理や発電プラントなど重電プラント向け電機品の設計、建設、保守・運用、またものづくりを支えてきた工場自動化製品・サービスなど長年培った技術資産や事業を通じて得た豊かな知見です。DOC事業を成立させる大きな課題のひとつは海水の汲み上げにかかるエネルギーコストですが、当社は海水淡水化プラントや発電所など、既存インフラとの連携に着目しました。日常的に海水を汲み上げる機構と統合することによって運用コストに加えて初期投資も大幅に抑制できます。
この実現には社内の多様な部門がこれまで積み上げてきた知見を統合する必要があり、多くの部門と連携しながら取り組みを進めています。
なんとしても社会実装する
突き動かすのは、その「執着心」
──難しい挑戦に感じますが、なぜこのような事業に挑んでいるのですか?
小松崎:大気中のCO2濃度は地球が処理できる限界値(プラネタリーバウンダリー)を既に超えオーバーシュートの状態にあり、排出削減の努力だけでは限界値に戻すことが難しい状態にあります。それにより気候変動は年々深刻になっています。気候変動は確実に誰かが向き合わなければならない課題。いつか誰かがこの本質的な課題に挑み、価値ある解決策を提示しなければならないのなら、今、自分たちが成し遂げる。その想いから、取り組むことを決心しました。
──事業化にこだわるのはなぜですか?
小松崎:事業にすることで気候変動に関心を持つ方や取り組みの裾野を広げ、解決に向けたスピードを速められると考えたからです。収益性のある事業として成立すれば、投資を呼び込み、社会課題解決を加速できます。社会課題の解決を継続性のある事業へ発展させ、多くの企業や組織が参画すること。それが、サステナビリティ実現へ向けた最適ルートではないでしょうか。技術を研究室にとどめず、社会に実装することへの私たちの「執着心」は極めて強いと思います。
──その執着心をチームメンバーが持っているからこそなんですね。
小松崎:そうですね。そもそも、2040年の社会課題の解決を見据えた新たなビジネスを創出すべく、社内各部門から多様なメンバーが集まり、2023年度に「GISTプロジェクト」※4が発足しました。既存事業の延長ではなく、ネイチャーポジティブ※5の視点で、本質的な環境課題解決に挑む新事業を生み出したい――という強い志が生んだプロジェクトであり、2024年4月の「サステナビリティ・イノベーション本部」の新設時に組織化されました。水処理やプラントに関わる精鋭も合流した、高度な専門性を備えたチームです。多様な背景を持つメンバーが集まり、それぞれの専門性を発揮しながらスピード感を持って取り組んでいます。
※4 GISTプロジェクト:Global Initiative for Sustainable Technologyプロジェクト。一過性の環境活動ではなく、社会課題解決と事業成長を両立させる全社横断の専門チーム。
※5 ネイチャーポジティブ:自然再興。自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させるという考え方。
次のステップは沿岸実証
そして
「ネイチャーポジティブ」の実現へ
──DOCプロジェクトの今後についてお聞かせください。
小松崎:現在、基礎技術検証機を確立した段階です。次なるステップは沿岸での実証実験で、規模を現在の50~100倍に拡大する予定です。そして、その先にあるのが商用化です。
DOCはカーボンニュートラルに貢献する技術ですが、将来的には海洋酸性化の解消を通じた生物多様性の回復という、GISTのテーマである「ネイチャーポジティブ」にも貢献する広がりを持たせることができたらと考えています。100年後を生きる次世代が現代と変わらず自然の恩恵を受けられるよう「社会インフラ」のひとつとしてDOCを世界中の沿岸に普及させていく。それが私たちの描く未来図です。
──どんな企業や組織とコラボレーションしていくのでしょうか?
小松崎:DOCの社会実装にはプラント運用者や再エネ供給事業者、カーボンクレジットの認証機関など、多岐にわたる企業、組織との連携が不可欠です。私たちは「次世代まで届くイノベーションで、豊かな地球を取り戻す」というミッションの下、環境課題を成長の機会と捉える「トレード・オン」の志に共鳴してくださるパートナーを求めています。
同じ理念を持つVTTとは、1年8か月という短期間で基礎技術を確立できました。地球はかつてないほどの危機に直面しています。新しいパートナーの皆さんとも、その解決に真っ向から取り組んでいけると嬉しいです。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2026年8月)時点のものです。








