労働人口=働き手が減少するなか、あらゆる業界で人手不足が慢性的な社会課題になっています。昨今、問題になっていたのが「物流の2024年問題」。トラックドライバーの労働規制が強化され、人手不足による物流の停滞が懸念されていました。そして、今新たに不安視されているのがインフラ人材の不足です。インフラ人材とは、水道のメンテナンスを行う「水道技術管理者」、鉄道の線路や架線を点検する「保線従事員」、さまざまな車の整備を担う「自動車整備士」、電気設備の保守点検を行う「電気主任技術者」などを指し、いずれも私たちの生活に欠かせないインフラの安全を支える人たちです。中でも電気主任技術者は、経産省の試算で2030年には1,000人不足すると言われており、電気=安全に使えるという“あたりまえ„が崩壊するかもしれないのです。この危機に対して、三菱電機ではどんなことに取り組んでいるのか。香川県の受配電システム製作所を訪ね、安心・安全な生活を維持するための新しい技術についてお話を伺いました。
電気の安全を見守る「電気主任技術者」が不足すると──
開発戦略プロジェクトグループ
新事業創出グループマネージャー
大西 宏明(おおにし ひろあき)
Q:私たちがいつも使っている電気の安全は、誰が見守っているのですか?
大西:電気主任技術者という資格を持つ人たちが、ビルや工場の電気設備の保守・点検を行うことで、安定した電力を安全に供給しています。
Q:電気主任技術者は具体的にどのような点検を行っているのですか?
大西:事業場によりますが、月に1回程度の巡視点検では、メーター等の目視をはじめ、異臭や異音などを確認しながら問題がないかをチェックします。また、普通・精密な点検では1年に1回すべての電力を供給停止して、より詳細な点検を行っています。そんな電気主任技術者が、2030年には1,000人も不足するといわれているのです。
Q:電気主任技術者が足りなくなると、どんなことが起こるのですか?
大西:電気を安全に供給するための点検が疎かになってしまうため、突然の停電や電気設備の火災といったリスクが高まってしまいます。たとえば、電車が止まってしまったり、スマートフォンが使えなくなってしまったり、ショッピングモールで大規模な停電が起きてしまったりする恐れがあります。
Q:それは大変じゃないですか!何か対策はあるのですか?
大西:そこで三菱電機では、カメラやセンサーが電気設備の安全を見守る「受配電設備向けスマート保安システム」を販売開始しました。このシステムをビルや工場などの受配電設備に導入していただくことで、24時間365日にわたって電気設備を監視し続けることができます。
24時間365日、カメラとセンサーが電気設備の安全を監視
Q:そのシステムを導入することで、どのようなメリットがあるのですか?
大西:ひとつは、いま申し上げた24時間365日体制で電気設備を監視できることです。たとえば巡視点検を毎月行っていたとしても、その点検の間に不具合が起きてしまうかもしれません。そうすると、それに気づくまでに数日、数週間というタイムラグが発生してしまうことになります。受配電設備向けスマート保安システムであれば、不具合が発生したタイミングでリアルタイムに管理者のスマートフォンへ通達し、速やかな対応が可能になります。
また、点検の頻度を減らせる点も大きなメリットです。先ほど普通・精密な点検では1年に1回すべての電力を供給停止して点検を行うと言いましたが、それを3年に1回、あるいは6年に1回へと延長することができます。実際にこの受配電システム製作所では受配電設備向けスマート保安システムの導入により工場の保安規程を改定し、経済産業省保安監督部へ届け出・受理頂いています。
Q:電気主任技術者の不足を補うだけでなく、安全性もより高まるのですね!
大西:そのとおりです。また、停電をともなう大規模な点検を削減できることにより、機会損失を減らせることもメリットと言えるでしょう。大きなビルや工場では2日、3日と稼働を停止しなければなりません。そこで失われる利益は、決して小さくないはずです。受配電設備向けスマート保安システムを導入すれば、その頻度を減らせるというわけです。
Q:でも、このシステムを導入するのはコスト的にも大変なのではないですか?
大西:少しでも導入コストを抑え、多くの受配電設備にご利用いただけるよう、さまざまな工夫を施しています。たとえば各種センサーは自社開発にこだわらず、できるかぎり汎用製品を採用しています。重要なのはセンサーの性能ではなく、そこから得たデータをどのように分析し、どのように設備を診断するかということ。自社の強みを活かしながら、コスト削減につなげているというわけです。
また、カメラやセンサーの設置方法も工夫しています。お客様がお持ちの受配電設備に大がかりな工事を行う必要がないよう、センサーデータは無線通信、電源は自己給電、取り付けにも磁石を使用するといったことに取り組んでいるところです。ただし、これにはまだ課題も残っています。
Q:どのような課題があるのですか?
大西:受配電設備というのは、いわば大きな“鉄の箱”のようなもの。シールドされた環境のため、無線でデータを送るのが非常に難しいのです。しかし、三菱電機には無線に強いセクションもありますので、そういった社内のリソースを上手に活用しながら、より完成度の高いシステムに仕上げていければと考えています。
三菱電機の総合力を活かしながら「人を助ける」システムに
Q:受配電システム製作所だけでなく、三菱電機の総合力を活かしながら開発を進めているのですね。
大西:そうですね。現在は受配電設備向けのスマート保安システムとして開発を進めていますが、今後は蓄電池やヒートポンプなど、より幅広い領域にもこの技術を広げ、インフラ設備を丸ごと一式スマートに保安できる形を作り上げていくことを目標にしています。なぜなら、人手不足が課題になっているのは受配電設備だけではないからです。それを実現するためには、三菱電機における横の連携が欠かせません。さらに、当社にないものに関しては社外との連携も求められてくるでしょう。そうしたところにまで視野を広げ、お客様のお役に立つシステムを実現したいと考えています。
Q:最後に、この受配電設備向けのスマート保安システムに込めた“想い”についてお聞かせください。
大西:私個人の想いとしては、このシステムを“人に代わる”ものではなく“人を助ける”ものであってほしいと思っています。これさえあれば電気主任技術者は不要になるとったものでなく、システムの一部を導入することで1日かかっていた作業が半日で済むというように、電気主任技術者の負担を減らすことも役割のひとつとしてあっていいのではないかと。0か100かではなく可能な範囲で導入していただき、お客様の都合に合わせてお役立ていただく、そのような柔軟性のあるシステムとして育ってくれることを願っています。また、将来的にはこのシステムを通じて得た保守情報を活用し、データ活用を通じて事業横断型のサービスを創出するためのデジタル基盤「Serendie®(セレンディ)」やカーボンニュートラルの推進と安心・安全な設備運用、経済合理性を満たすエネルギー最適化に総合的に応える「E&Fソリューション」*と連携しながら、さらなる社会課題解決に取り組んでいきたいと考えています。
*E&Fソリューションとは、Energy & Facility(エネルギー & ファシリティ)ソリューションの略称。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2025年7月)時点のものです。




