転職市場が活況である。総務省統計局の労働力調査によれば、転職を希望する人は2023年が約1,007万人と初めて1,000万人を上回り、これは就業者人口の約15%が転職を考えているということになる。また、実際の転職者数は前年と比較して約25万人増えて328万人。就業者に占める転職者の割合は平均で4.9%と、すなわち企業における約20人に一人は2023年に転職してきた人で構成されているというのが実態だ。
中でも特に転職を強く望むのが若者だ。転職者の割合は15~24歳で10.4%、25~34歳で7.4%と他の世代と比較して著しく高い。日本の多くの企業で見られてきた「終身雇用制度」が揺らぐ中、必ずしも転職を望む若者を引き留めることが正しいとはいえないが、それでも時代背景とともに若者の就業感を理解するのは、企業にとって重要だ。Z世代をはじめとする若者が就業や転職に対してどのような感覚を抱き、また転職先の候補として挙げてもらうために企業が必要なこととは何なのか。Z世代を対象とする企画・マーケティング会社 “僕と私と”の代表取締役で、自らもZ世代でもある今瀧健登氏に聞いた。

僕と私と 代表取締役社長
今瀧 健登(いまたき けんと)
SNSネイティブ世代(Z世代)への企画・デジタルマーケティングを専門とするZ世代の企画屋。ハッピーな共感をフックに購買行動に繋げる「エモマーケティング」を提唱し、さまざまな企業・行政とタッグを組んでワンストップ・プロモーションを展開する。プロデュースしたアカウントやサービスは多くのZ世代の支持を集めている。「NewsPicks」や「日経クロストレンド」など、個人としても多数のメディアに出演。著書に『エモ消費』『Z世代マーケティング見るだけノート』など。X(旧Twitter):@k_hanarida)
INDEX
見通しがつかない中での就業に不安を抱える若者
――若者を中心に転職市場が活性化しています。今の若者たちはどのような就業感を持っているのでしょうか。
私の会社はZ世代を主な対象として企画やマーケティングの支援を行っていますが、友人たちから受ける相談で断トツに多いのが転職で、活性化しているのは実感しています。そして、若者の中で、共通して就業感に影響を与えているのは「不安」です。
では、Z世代特有の不安はどこから来るのか。それは、「見通しがつかないことから来る不安」です。見通しがつかない原因の最たるものは、やはりコロナでしょう。僕が新卒で入社したのは2020年で、就職と同時にコロナが来た世代です。コロナによって、働く時間の多くがリモートになり、大学生は就活が全部オンラインになりました。それまでの世代は、オフラインが当たり前でしたが、当時の僕たちの当たり前はオンライン。このコロナという外的要因が、「常識」や「当たり前」を変えたことが、就業感の違いにも大きく影響しています。コロナによって、大企業が大打撃を受けるのを目の当たりにしたことも、見通しのつかないことから来る不安を増幅し、定着させました。
さらに、「人生100年時代」といわれる中で教育を受けていることも、見通しがつかないことの不安につながり、就業感にも大きく作用しています。平均寿命が100歳に近づくかもしれないといわれて育っているのですが、参考にするべき先人の経験はほとんどありません。80歳までならなんとか仕事をするイメージはついても、その先の90歳、100歳の過ごし方などまったくイメージがわきません。
コロナであったり高齢化であったりと、見通しがつかない要素があふれかえる世の中を生き抜くためには、柔軟性を身につけなければならない。このことを強制的に考えさせられ骨身に染み込ませているのがZ世代だと思います。
様々な人間の転職情報が溢れかえるSNS
――見通しがつかないこと以外に、Z世代とそれ以前とで大きく変わったものは他にもあるのでしょうか。
SNSです。SNSの登場で変わったのは、まずは接触機会の増加。そして、接触機会が増えたことにより、膨大な情報が流れ込んでくるようになった。当然、不要な情報と接する機会も増えたので取捨選択は必要になります。ただ、海外からも含め、情報の入ってくる間口が広がったことで、自分とまったく違う価値観を持つ人たちの情報が拾えるようになり、比較する際の幅が大きく拡大したのは、とてつもなく変わったことだと思います。
――ただ、SNSはいまや、Z世代以前の世代も利用しています。
仕組み的には、上の世代も自分とは違う世界にいる人たちを見つけることはできると思います。それなのになぜ、ここまで違うのかというと、今の若者は学生時代にSNSを交換しているからです。社会人になりまったく違う生活を送っていても、インスタグラム等を通じて、学生時代の友人全員の生活が常に見える状態です。これが僕らの上の世代になると、フェイスブックでつながっている人はいるとは思いますが、学生時代の友人が全員つながっているというほどでないはずです。全員とつながり続けていることで、こちらからキャッチしにいかなくても情報が入ってくる。キャッチしにいかないと、自分と全然違う人たちの情報が入ってこないのとは大きな差があります。
SNSでずっとつながっていると、同級生がどこに勤めていて、どのような生活をしているというのが全部分かってしまいます。上司に怒られたとか、リモート勤務が終わってリアルの出社が始まって嫌だなと凹んでいる人が、「リモートワークは楽しい」とごきげんで働いている人の生活を知ってしまうわけです。
転職についても同じで、SNSを通じて様々な情報が入ってきます。特に転職すると積極的に情報を出す人は多いようで、X(旧ツイッター)に投稿したり、「この会社を辞めてこういう会社に行きました」というような顛末をnoteに日記風に書いたりする人もいる。SNSに転職を誘発する材料があふれかえっているわけです。書いている人がまったく知らない人だとコンタクトするのも躊躇しますが、それが友人であれば気軽に話を聞けるし相談もできる。若い世代はSNSで転職の情報に常に触れ誘発されていることが、活発な転職につながっている側面は間違いなくあります。
転職することこそが安心安定
――先が見えないから不安という話だと、企業に居続けることが安心安定だと思うのが上の世代です。若者が、不安なのに頻繁に転職するのはなぜでしょう。
むしろ、安心安定のために、今のうちに転職しておこうという考え方です。
同世代を調査すると、安心安定は重要なキーワードです。ただ、コロナで大企業が苦境に陥るのを目の当たりにし、技術が目まぐるしく進化を遂げてAI(人工知能)の登場で企業や職業が5年後にあるかどうかが不透明になる中、1つの企業に数十年居続けることは、安心安定ではもはやなくなっています。自分に何が合うかは分からないのだから、1カ所にとどまってスキルを高めるよりは、若いうちにいろいろなことを経験して柔軟性を高める方が、むしろ安心安定につながるという認識です。
また、当然ですが同じ会社に居続けると、部下を持ち始めるなどして責任がどんどん重くなります。そうすると、転職がしづらくなります。であれば、会社にもあまり迷惑が掛からない若いうちに、転職を重ねてスキルを高めて柔軟性を備えようという考えにもなるわけです。
さらに、シンプルに人口が減っていて、転職がしやすくなっているという背景があります。どこに行っても基本的に人が足りていない状態、特に日本の人口の逆ピラミッドを考えてみても、若者は足りていない状態です。だから転職先がなくて困ったというようなエピソードを聞かなくなりました。「転職しました」というSNSを見てその人にコンタクトを取って、「僕も転職を考えているんだけど、どう思う?」と尋ねてみると、「すぐ転職できたよ、大丈夫」という返事がある。こういったループが、若い世代では起きています。
ワークライフバランスを重視するのは当たり前
――転職に当たって、ワークライフバランスは重視するのでしょうか?
コロナ禍における在宅ワークで、家族と過ごす時間が増えたり、業務に支障がなければおやつをつまみながら仕事をしたり、ちょっと時間が空いたら洗濯機を回したりということを僕たちは経験しました。つまり、ワークライフバランスという観点から見れば、これまでは与えられなかった「アメ」を強制的にもらったということになるわけです。こんな中で、例えば「必ず出社しなさい」といったように「ムチ」を与えられるのであれば、「転職しようか」と考えるようになる。
僕が子供だったある年、大きな台風が来たのですが、親が「明日は台風で電車が遅延するから、いつもより早く出社する」というのを聞き、「社会人って台風だと休むんじゃなくて早く出社するのか」ともの凄い衝撃を受けました。コロナを経験した今なら「リモートにした方がハッピー」ということを皆が知っていますから、「台風だから早出や前泊」にはもう戻らないし、仕事を選ぶに当たってワークライフバランスを重視する人は圧倒的に増えています。
働きやすい会社を指標で評価することも有効
――企業が若者の離職率を下げたいと思ったら、どのようなことをしていけばいいのでしょう。
金銭的にも人間関係的にも「働きやすい職場を作る」、これに尽きるのではないでしょうか。我が社“僕と私と”の場合、採用はメンバーや内定者からの紹介による「リファラル採用」がほとんどですが、働きやすい職場を作ればリファラル採用を増やすことにもつながります。そのためには、会社のメンバーが自分の会社を人にお勧めしたいと思うぐらい気に入ってくれ、働きやすいと思ってくれるようにする必要がある。これを計るために、メンバーの組織への信頼や愛着を定量的に測定する指標「eNPS(Employee Net Promoter Score)」を重視しています。“僕と私と”が導入している指標は売上げでも利益でもなく唯一、このeNPSのみ。それだけ、自社に対するメンバーの愛着を重視しています。
eNPSの数値を上げるためには離職していく人の理由を可視化して、改善や向上を図ることが重要です。それを把握するため、普段からすべてのメンバーを対象に、働き方のアンケートをとっています。Profession(プロフェッション=仕事内容)、People(ピープル=人)、Privilege(プリヴィレッジ=待遇)、Philosophy(フィロソフィー=理念)のいわゆる「4P」に対する満足度を調査、分析することで、離職の理由、メンバーたちが自社を人に勧められない理由が浮かび上がってきます。
“僕と私と”ではこの働き方のアンケートのほか、メンター制度も導入して、普段からメンバーとコミュニケーションをとり、会社に対する満足度や、期待度と満足度とのギャップを可視化、把握、改善することに努めています。満足度を上げるために、きめ細やかにコミュニケーションを取ることは、「離職の過程で嫌な思いをした」「会社からひどい扱いを受けた」という感想を持つ離職者を出さないことにもつながります。
転職事情において10年前と大きく違うのは、転職サイトにその会社を離職した人が書き込んだ口コミが載るようになり、転職を考えている人はもちろん、就活中の学生も、在職中の自社の従業員もそれを見るようになったこと。離職した人のネガティブな口コミがさらに離職者を呼ぶのだということを意識する必要がある。人の流動性が多い会社であればあるほど、離職する人を自社の宣伝をしてくれるファンや伝道師だと思ってケアする意識を持つことが大切です。
承認する回数はできる限り増やす
――メンター制度などでコミュニケーションを取ることは、承認欲求を満たしてあげることにもつながりそうです。
誰かに認められたいという思いは年代に違いはないと思いますし、そういった点ではZ世代も同じです。ただ、SNSでは失敗した話よりも成功した話の方がどうしても多く、そういった他人の成功体験を頻繁に目にしているため、「自分はできていない」と気持ちになりやすく、自己肯定感が下がるときが多いのがZ世代の特徴です。ですので、彼ら彼女らのモチベーションを上げるために、メンター制度などを通じて、承認欲求を満たしてあげることが重要です。
多くの会社は、従業員の承認欲求を満たすための1つの手段として、評価制度を導入していると思います。ただし、評価の基準がリモートワークの時代に即したものにブラッシュアップされておらず、正しい評価につながっていないケースも散見されます。ここは見直しが必要でしょう。
一方で若者、とりわけ新社会人は年数が浅く実績が積み上がっていないため、数値による評価が難しい側面もあるなど、そもそも承認欲求を満たしてくれる機会が少ないという問題もあります。さらにコロナによってリアルで接することが減り、しかも最近はアルハラ回避で飲み会も減りと、上司が部下を褒める機会は激減しました。こうした状況なので、若者の承認欲求を満たしてあげる機会は意識して増やす必要があると思います。
魅力ある会社になるポイントは可視化
――Z世代に転職先として選んでもらうために、eNPSの数値を上げる以外に企業は何をするべきでしょうか。
シンプルに、会社の魅力を伝えることでしょうか。ただ、魅力の伝え方が昨今、変化したことを認識する必要があります。まず指摘したいのは、実際に転職するまでのリードタイムがすごく長くなったことです。若者は「転職しよう」と思い立ってから転職先を探し始める、というわけではないのです。今やもう皆が転職する時代ですので、大げさにいえば就職したそのタイミングから、次の転職先を探しているのが現状です。これまで企業は転職活動をしている人を採用のターゲットにしていたかもしれませんが、転職活動をしていない人もターゲットにしなければなりません。何かのタイミングで転職するとなった時、転職先の候補に入れてもらうための努力をすることが企業に求められる。言い換えると、顕在的顧客へのアプローチが採用市場において必要になっています。
“僕と私と”の場合ですと、お花見採用とかサウナ採用ということをやっています。サウナ採用は、プライベートサウナを借りて、「なぜ“僕と私と”で働きたいのですか」というスタンスではなく、自由に話をしてもらいます。お花見採用は、「会社のバーベキューをやるから、興味のある人は来ていいですよ」と呼びかけて来てもらう。サウナもお花見も「御社で働きたいとまではいかないけれども、ちょっと興味あります。カジュアルに話してみたいです」という人たちも含めて集まってくれる。転職までのリードタイムが長くなる中、自由に話してもらって社風を理解してもらい、興味がある人を増やそうということでやっている試みです。
――興味を持ってくれる人を増やすために、具体的にはどのようなことが必要でしょうか。
その企業の人となりや働き方がどこまで可視化されているかがポイントです。ここで重要なのは、「すべてを相手に伝えようとする必要はない」ということです。人は、1ついいものを見つけて興味を持てば、そこから先は自分で調べに行くものですし、インターネットなど今はインフラも整っています。まずは企業がブランディング的に伝えたいことを明確にし、好きになってもらうためのきっかけを、きちんと可視化していくつか作ることを目指すべきです。
ただ、単に可視化すればいいのか、というとそう単純ではありません。やはり、やり方はあります。僕たちの世代はスマートフォンネイティブ、SNSネイティブといわれたりしますが、例えば転職サイトで、パソコン向きページはものすごくきれいだけれども、スマホ向けは滅茶苦茶見づらいというサイトもまだまだある。サイトのスマホ最適化は必須です。
またSNSについては、僕たちの世代からすると、やるのがいい悪いではなく、その企業が時代についていけているか否か、言い換えれば社風が分かる1つの明確な指標だなと思っています。単純にインスタの公式アカウントがあればいいというわけではありません。コンテンツの中身によって、それを作ったのが若者なのかそうでないのかは、如実に分かってしまう。つまり、この会社はクリエイティブに若者を参加させるか否かを判断する指標にもされてしまうということを意識する必要があります。
いずれにせよ、SNSの登場などをきっかけに情報が膨大になる中、企業のアイデンティティを明確にし、それを一言で表すキャッチコピーを考えて準備することが、大事になっています。“僕と私と”の場合は、「Z世代の企画会社」といっています。では大企業の中で、アイデンティがイメージできるようなコピーを持っている企業はどれほどいるでしょうか。若者にとって、就職というカスタマージャーニーの流れで「大企業」はもはやフィルターにかかるワードではなくなっています。BtoBの、しかも大企業にとってはなおさら、会社のアイデンティティとそれを想起させるコピーに当たるものが、若者向けには大切になっていると思います。
効率良く戦力となってもらうための「最低限のマニュアル」
――これからは転職する人がますます増え、人の流動化が激しくなるのが当然の時代となります。その場合、入ってきた人に即戦力になってもらう必要があると思いますが、企業にはどのような取り組みが必要だと思いますか。
1つにはマニュアルや行動指針を用意することですが、ポイントは、「最低限のもので十分」だということ。あれもこれもとすべてを網羅するマニュアルだと、覚えるまでに時間がかかってしまい、即戦力になりません。最低限のマニュアルを用意して、困ったら誰々さんに聞きましょうと、その程度のイメージです。
2つ目は、その人の強みと弱みをきちんと把握し、理解することです。転職を重ねると、その人のポートフォリオが増えていくことになります。今までは転職するといってもせいぜいA社とB社に行きましたぐらいの感じで、A社とB社にいたなら、この人はこれができてこれが強みなのだろうということがイメージできました。ところが、転職先の企業数が増えるほど、所属していた会社からその人の強みをイメージするのが難しくなる。どこにいたかではなく、この人は何をできるのかと、より個に焦点を当てて把握することが大切になります。







