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属性ではなく、スキルを起点に企業と人材をマッチング スキルは自己評価でも採用のすれ違いは絶対に減る属性ではなく、スキルを起点に企業と人材をマッチング スキルは自己評価でも採用のすれ違いは絶対に減る

 正社員の転職率は2023年が7.5%で、2016年の3.7%と比較するとほぼ倍増(マイナビによる「転職動向調査2024年版」より)。「終身雇用制度」が根強く残る日本においても、年々、転職が当たり前の時代となりつつある。人手不足の深刻化やリモートワークの普及による働き方の選択肢の拡大などにより、この傾向はさらに勢いを増すであろう。企業としては、「個々人がずっと留まって仕事をする」という考えは改め、「一定数の人材は離れ、新たな人材が加わる」といった、人が流動化することを前提としたマネジメントをすることが必要となる。
 たとえ急に人が入れ替わったとしても慌てることなく、各人に活躍の場を与え、企業としてのパフォーマンスを維持するためにはどうすればいいのか。そこには、企業が求めるスキルと個人が持つスキルをマッチングさせることが重要となる。これを実現するための一つの有効策である「スキルベース組織」の考え方や実践するための勘どころについて、EY Asia-Pacific 兼 EY Japan ピープル・コンサルティングリーダーの鵜澤慎一郎氏に聞いた。

鵜澤慎一郎さんの写真

EY Asia-Pacific 兼 EY Japan ピープル・コンサルティングリーダー

鵜澤 慎一郎(うざわ しんいちろう)

事業会社およびコンサルティング会社で25年以上の人事変革経験を持ち、専門領域は人事戦略策定、HRトランスフォーメーション、チェンジマネジメント、デジタル人事。グローバルトップコンサルティングファームのHR Transformation 事業責任者やアジアパシフィック7カ国のHRコンサルティング推進責任者経験を経て、2017年4月より現職。2020年9月からビジネス・ブレークスルー大学大学院(MBA)客員教授、2023年4月から京都大学経営管理大学院(MBA)特命教授に就任。主な著書に「HRDXの教科書 - デジタル時代の人事戦略」(日本能率協会マネジメントセンター:共著)、「ワークスタイル変革」(労務行政:共著)、「DEEP PURPOSE - 傑出する企業、その心と魂」(東洋館:ハーバード・ビジネス・スクールのランジェイ・グラティ教授著作の日本語翻訳本で解説章を担当)、「人的資本経営と情報開示 先進事例と実践」(清文社:共著)。

若者だけでなくミドルにも広がる転職市場

――若者の転職が当たり前になりつつある時代背景や、若者の心理の変化をどう捉えていますか。

 Z世代を代表とするように、現在では若者の中でもとりわけ20代の転職に光が当たっていると思うのですが、20代の方の転職事情は、実はそれほど変わっていません。転職者の年代内訳を調べた調査によると、転職者の中で男性の20代が占める割合は2019年は18.5%、女性の20代が15.1%だったのに対し、2023年は男性の20代が18.9%、女性の20代が15.1%とほぼ横ばいです※1。昔から中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割が入社3年で辞めてしまう、いわゆる「七五三現象」といわれたように、若手の離職率は相対的に高いものと捉えられてきましたが、そのこと自体がこの数年間で急速に変わっているわけではないのです。

※1 マイナビ「転職動向調査2024年版」

 一方で、転職のマーケットにおいて興味深いのは30代、40代の方々の転職が、相対的に増え始めているということが、データから垣間見えるということです。いわゆる若手というよりは、社会人として10~15年経験を積んで自信をつけた中堅、ミドル世代の転職率が上がっているというのは、転職マーケットの新しい動きだと思っています。

――30代、40代の転職が増えている動機にはどのようなものがあるのでしょうか。

 2つあります。1つはキャリアアップで、自分自身のスキルを磨いて、結果として高い地位と、より良いポジションを得たいというものです。もう1つは、ワークライフバランスです。30代以上になると、結婚のようなライフイベントに加えて、人によっては介護や育児の負担に直面することが出てくる。すなわち、この年代になると、ワークライフバランスを考えて働き方を変えたいという人が転職市場の中に出てくるということです。20代であれば、転職の動機はキャリアアップが大半でしょうが、30代、40代になると、家族の理解やプライベートの充実、自分のやりがいといったことと、上手にバランスを取れるような働き方に変わってきます。

多くの企業が中途人材を中枢と捉え始める

――若手、中堅の転職が増えているのは、採用側の要因もあるのでしょうか。

 転職が増えた理由として、私自身は、会社側のスタンスが変わったことが1番大きいのではないかと思っています。これまでは、特に大企業を中心に新卒一括採用で人材を固めてきました。中途採用はあくまでも補充で、欠員募集であるという意識があったのは否めません。転職してくる人も、足りない専門職を補う傍流であって、会社のメインストリームにはなれない。転職にはリスクがあるという風に捉えていました。

 ところが、採用計画において中途の割合が4割を超えているという調査もあるように、新卒と中途を半々くらいの構成比で人材を考えているという企業が増えています※2。つまり、企業側の中途採用に対する発想が、欠員募集から、会社の中心になる人材の半数程度を中途で採るというスタンスに変わってきたことが大きいと思います。

※2 日本経済新聞「採用計画調査」

鵜澤慎一郎さんインタビュー中の写真

 企業のトレンドが中途重視に変わってきたのは、深刻な人手不足のほか、デジタル化、グローバル化の急速な進展があります。社内の育成だけでグローバルに強い人材、デジタルに強い人材を確保するのが難しいという理由です。

 新卒で入った会社に定年までいる終身雇用の意識は、20代の若者のみならず、30代、40代も含めて希薄化してきており、一方では、転職を受け入れる企業側の環境も整ってきた。この、需要と供給の相互のマッチングが転職市場の広がりを生み出しています。

仕事を分割してスキルとして定義する

――転職が活発になり人がどんどん入れ替わると、企業のパフォーマンスが下がる恐れも出てきます。鵜澤さんが重視されている「スキルベース組織」は、人の入れ替わりによる負の影響を受けずに企業が成果を出し続けるための方策の1つだと考えられます。

 AI(人工知能)が急速に進化しているのが象徴的ですが、現代社会は昔よりも明らかに仕事が高度化、複雑化しています。こなせる人たちをどうやって見つけてくるか、輩出するかで、多くの企業が悩んでいます。地頭が良くて何でもできるオールラウンダーを新卒から育成したり、経験豊富な人材を中途で採用したりしても、もはや1人でこなせるような水準を超えてしまっているのが現状です。

 そこで出てきたのが、仕事を分解してモジュール化し、複数の人で分業する形で難しい仕事をこなすという考え方。その分解した仕事は、だれが向いているのか、だれができるのかをスキルで判別するというのが「スキルベース組織」です。スキルを明確にすることで、会社側にしてみれば、担当してもらう仕事に必要な要件が明確になるからマッチングがしやすくなるというメリットがあります。

スキルベース組織の考え方。これまでは1つのジョブを1人で完結することを前提としていたが、ジョブの内容が高度化、複雑化する中で、1人の能力では完結することが難しくなってきた。また、与えられたジョブの中では活用しきれていないスキルもあった。スキルベースの組織では、仕事をモジュール化して、各人のスキルを組み合わせてジョブを遂行する。

――企業がスキルベース組織に移行していくことで、従業員としてもメリットがあるのでしょうか。

 属性ではなく、スキルをカギにしてキャリアアップを図っていけるようになります。

 これまでの日本社会では、これまでの伝統的な職能主義に限らず、新たなジョブ型人事制度をうたっていても、人の採用や登用、配置にあたり、性別、国籍、年齢、学歴、あるいは前職の社格といった属性が、暗黙のうちに強い影響を与えていました。属性は、後天的に更新することが難しいものです。これで採用や配置が決まってしまうのであれば、社会に出た瞬間に将来がある程度決まってしまうということになる。とりわけ、転職市場まで属性が決め手になってしまうのであれば、逆転はほぼ不可能で、高いスペックを持つ一部の強者だけが生き残ることになります。

 これに対し、スキルは自分の努力によって、後天的に身に付けることができます。年齢が40代だろうが50代、60代であっても、本人の努力でスキルが得られれば、そのスキルに応じてより良い仕事や報酬を得られる。これはかなりフェアなことで、学歴や年齢に関係なく、努力した人がもう1回チャレンジして敗者復活できる社会になる。

 少子高齢化の日本の社会においては、あと5~10年もすれば、50代、60代での転職も当たり前の時代になるでしょう。そうしたシニアの転職にあたっても、高齢という属性に関係なく、スキルという最も客観性の高い物差しで採用を決めるのは、社会的にも意味があること。言い換えると、生まれながらの属性にあぐらをかいて努力しなければ、市場価値を失うことになります。その意味で、スキルベースの組織に変わっていくことは、人材マネジメントにおいてのパラダイムシフトだといえるでしょう。

 スキルベースの組織であれば、たとえば営業部長の役割を明確にするのではなく、求められるスキルを明確にすることで、企業がその職位に求めるのにフィットした人材を募集しやすくなります。また、部長という職位に求められるスキルのすべてを1人で備えるのが難しくなっている中、何人かで分業するという動きも出てきています。

スペシャリスト志向の若者に向くスキルベース組織

――スキルベースの考え方は、スキルを重視する若者にも好まれそうです。

 日本企業は長く、ジョブローテーションによってゼネラリストを養成してきました。

 若者は、バブル崩壊後の失われた30年の間に、1つの会社にとどまって給与は上がらず、ジョブローテーションしている間に専門性も身に付かずに40代、50代になって市場価値を失ってしまったというケースが出たことを知っています。近年、終身雇用や就社の考えが希薄になり、キャリアアップも含めて転職するのが普通になる中、ゼネラリストよりも、何か特定の分野で早くからスキルや経験をきちんと積んで深さを持ちたいという志向が、若い世代の間で強まっています。

 一方で、自分が好きなことを見つけてそれを仕事にし、仕事をする中で専門性を身につけることができればいいのですが、若いころに自分が好きなことを見つけられるかというと、多くの場合見つからないのが現実です。まずはやってみないと、好きなのか嫌いなのか、向いているのか向いてないのかは分からない。ところが、スキルを切り口にすることで、自分が持っているスキルの次のステージは何か、次に学ばなければならないものは何かが見える化できます。スキルを重視する若者がキャリア形成を進める上でもスキルベース組織は有効になると思います。

難しいスキルの定義、AIを有効に活用する

――スキルベース組織は、自分のスキルを細かく取り出して、管理することが前提にありますが、簡単なことではなさそうです。

鵜澤慎一郎さんインタビュー中の写真

 私は「スキルの棚卸し」と呼んでいますが、確かに、自分にどのようなスキルがあるのかを棚卸しするのは難しいことです。常に転職を意識している海外では、たとえばビジネス特化型のSNSであるLinkedIn(リンクトイン)を覗いても、学歴や職歴に加えて、スキルをたくさんタグ付けして、ヘッドハンティングを待っています。

 日本では、ヘッドハンターとの会話で「あなたは何ができますか」と問われて「営業部長ならばできます」と答えたという笑い話があるように、営業部長という役割は答えられても、その職位で得たスキルについては案外、答えられない人が多い。ただ、この面では今後、AIによって世界が変わってくる可能性がある。自分のスキルは棚卸しできなくても、履歴書や職務経歴書を書けない人はいませんよね。そこで、長めの文章で履歴や職務経歴を書きさえすれば、あとはAIがそれを読み込んで、「あなたと同じようなキャリアを歩んできた人たちは、こんなスキルがあるはずです」と推論して自動生成してくれるのです。

 海外では既に始まっています。日本では基礎になるサンプルデータの数がまだまだ少ないので、AIがあなたのスキルですと導き出してくれたものに違和感を覚えることもあると思います。ただ、海外でも日本でも、職種に本質的な違いはないという前提に立てば、豊富にある海外のデータを読み込んで翻訳すれば、日本でも使えるスキルのデータベースになるはずです。

 転職というテーマからは少し外れますが、スキルベースについて企業でいま最も注目されているのは、能力開発及びキャリアパスと、事業ポートフォリオの再編の面での活用です。能力開発においては、上司と部下でミーティングを行って方向性を決めたりしますが、人間同士ならではのウェットな部分が入るなど、抽象度が高くなってしまいがちです。スキルを起点にして、「いまこのスキルがあるから、来年はこのスキルを学んだらいいと思う。この新しい仕事にチャレンジする中で習得してみたらどうか」などと話していくことで、キャリアパスのイメージもつきやすいし、本人も学ぶことに対する動機付けがなされていきます。

 一方で、事業ポートフォリオの再編の面ですが、長年やってきた事業が産業全体の頭打ちで岐路に立たされているという企業が世界的に多いですよね。こうして事業戦略の変更を迫られる過程で、海外であれば事業の変革に基づいてこの人を解雇して、新規に採用してとなりますが、解雇規制が厳しい日本ではそう単純にはできない。そこで、新事業に移ることのできる人を洗い出す必要があるわけですが、そのためには、社内にいる既存事業の人たちのスキルを棚卸しするとともに、新事業に必要なスキルの棚卸しが求められる。すなわち、事業ポートフォリオの再編は、人材ポートフォリオの再編でもあるわけですが、ここでもスキルを起点にした棚卸しが有効になります。

スキルの種類は大きく分けて3つ

――一般的な社会人で、スキルはいくつぐらい持っているイメージでしょうか。

 スキルは、テクニカル、ヒューマン、コンセプチュアルの大きく3つに分類できます。テクニカルスキルは、いわゆる目に見えて分かりやすいもので、例えばエクセルができます、会計仕分けができますというように、業務を遂行するために必要な専門的なスキル。ヒューマンスキルは、「彼女にはコミュニケーションスキルがある」とか、「彼には調整能力があるよね」というように、資格では取れないけれども、明らかに組織を円滑にするために必要な他者との関係が作れるスキルです。コンセプチュアルスキルは、分析をしたうえで課題を設定したり、問題を解決したりできる本質が考えられるスキルのこと。複雑な問題に直面した際、それを分解する力や、解決に導くための強いリーダーシップもここに分類されます。

 デジタル化やグローバル化が強く叫ばれている現在は、3つの類型の中でも特にテクニカルスキルに光が当たっています。ただ、「英語だけしゃべれてもコミュニケーションスキルのない人は困る」とか「ITツールが使いこなせても、まったく問題解決できない人は困る」といったことが問題視されています。実際には3つのスキルのバランスを見ていくのだと思います。

 その上で、一般的な社会人でいくつぐらいスキルを持っているかという点ですが、私が常々言うのは、「スキルベースの起点は自己評価」だということ。例えばLinkedInでは、昨年の時点でタグ付けできるスキルが約4万個あり、さらにそれが増えています。たとえば一気に注目度が上がった生成AIに関しては、関連するタグが爆発的に増えています。

 そのスキルについては、あくまで「私はできる」という自己評価であって、お国柄で「あれもこれもできる」と自信満々でタグをたくさん付ける人の多い国もあれば、日本のように控え目に付ける国民性の国もあります。ウソを申告するのはいけませんが、スキルの数は意識せずに、誠実に自分のスキルを棚卸しするのがいいのではないでしょうか。

最終的にはやってみなくては分からない

――スキルはあくまで自己評価ということですが、スキルを見込んで採用したものの、実際には期待と違ったということも起こりうるということですね。

 企業の採用はかつて、「この人は良さそうだ」「この人はコミュニケーション能力が高そうだ」「我が社のカルチャーに合いそうだ」といった、人事部や事業部のふわっとした感覚や経験で行われてきました。その結果、「なんとなくこの人いいよね」と採用したけれども、実際に雇ってみたらパフォーマンスが悪いと会社側はいい、雇われた側は、「こんな仕事だなんて、入社するまで分かりませんでした」というようなケースが多発しました。これが、面接でスキルを起点に話をする、すなわち会社が求めているスキルと応募者の持つスキルを明確にすることにより、双方のミスマッチは明らかに減って、会社も採用される側もハッピーになりやすいのは間違いありません。

 ただそれでも、「スキルはマッチングをするための1次スクリーニング的な機能に過ぎないのだ」ということについては、お伝えしておきたいと思います。人を採用するに当たっては、実際にはスキル以外のことを総合的に勘案するわけですし、その人が成果を出すかどうかは、実際に仕事に入ってみないと分からない部分が多分にあるからです。

 では、スキルに対する評価の客観性を上げていけばいいのではないかという考えもありますが、この部分を追求しすぎてしまうと、運用が難しくなっていきます。それよりは、あくまで自己評価であってもきちんと棚卸ししたスキルを元に、求める人に近いグループを浮かび上がらせるための1次スクリーニングなのだと捉えるのがいいのではないでしょうか。

――企業にとっては、職位に求めるスキルを棚卸しして明確にしておくことが、ある人が離職しても募集もしやすいということですね。

 少なくともミスマッチは減ります。さらに海外では日本と違って、人が辞める前提で組織運営がなされています。日本の大企業の退職率が3パーセントといわれるのに対し、アメリカは平均勤続年数が4.5年、要は5年で全員が入れ替わる。ではアメリカの企業は人が辞めても平気かというと、やはり辞められると困る。だからきちんと育成するし、リテンションするようにコミュニケーションも取ります。ただ一方で、人が辞めても組織が回るための備えは、日本よりもきちんとしています。

鵜澤慎一郎さんインタビュー中の写真

 これに対して日本の場合は、人が辞めない前提で組織の設計がなされている。ある人が辞めるとなるとビックリしてしまい、さて代わりの人を採用しなければならないが、この人が何をしていて、その仕事をするのに必要なスキルも分からないとなってしまうのです。雇用の流動性が高まる中、組織としての再現性を担保するためにも、これからの日本企業には、人が辞めるリスクを織り込んだ組織運営が求められます。そのための備えとして、スキルベースに着目して、スキルの棚卸し、仕事の見える化をしておく必要があります。

(写真:清水盟貴)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年9月)時点のものです。

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