1万円札に渋沢栄一が図柄となるなど、2024年7月3日、20年振りに新しい紙幣が発行される。その一方で、クレジットカード決済や電子マネーの発達によって、人々がお金に触れる頻度は圧倒的に減ってきた。お金自体が円やドルなどの国が発行されるものからビットコイン(Bitcoin)に代表されるような暗号資産などへと姿を変えており、お金をめぐっては現在、大転換点が来ているともいえる。一方で、年金の先行きが不安視され、また円の強みも薄れる中で、お金に対して不安を抱える人々は多い。
多くの人々を惑わせるお金とは一体何なのか?「お金は信用を外部化したものに過ぎない」と、ブルー・マーリン・パートナーズ代表取締役の山口揚平氏は主張する。そのため、重要なことはお金をためることではなく、信用を積み上げていくことだと説く。山口氏に、お金の本質やお金と向き合うために必要な心構えなどについて聞いた。
ブルー・マーリン・パートナーズ代表取締役
山口 揚平(やまぐち ようへい)
事業家・思想家。早稲田大学政治経済学部卒。東京大学大学院修士(社会情報学)。1999年より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わった後、独立・起業。複数の事業、会社を運営するかたわら、執筆、講演活動を行う。専門は貨幣論・情報化社会論。著書に、『3つの世界 キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略』(プレジデント社)、『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』(ダイヤモンド社)など多数。
INDEX
お金は信用を外部化したもの
――山口さんがお書きになった『新しい時代のお金の教科書』(筑摩書房)では、「お金ってそもそもなんだろう?お金の未来はどうなるのか?」と問いかけられています。そもそも、この本をお書きになった動機を教えてください。
私の育った環境が大きく影響していると思います。私は3人兄弟の2番目なのですが、兄は長男なので親がある程度お金をかけ、妹は初めての女の子なので蝶よ花よと可愛がられました。そうした中、次男の私はお金を含む親の愛情のかけられ方で、割を食って育ったように感じています(笑)。
さらに、教育心理学の学位を取得していた母親が、教育は、「する」ものではなく「環境を作る」ものだという考え方を持っていました。例えば、私の育った実家の造り。私の実家はほぼ全ての部屋の南側に窓がありほとんど死角がない、引きこもりができないような造りになっていました。また、壁一面の本棚に、様々な本が揃っていました。このように、自然に集中力が高まって、知的好奇心をくすぐる環境が揃っていたのです。
また、親は私に完成品を与えませんでした。例えば、ゲーム機が欲しいというと、パソコンと本を与えられ、ゲームは自分で作れというように。加えて、親が扶養するのは15歳まで、それ以降は各自が働いて高校なり大学なりに行くがよろしいという考えでした。
こういう環境で育ったせいか、幼少期から私はお金に興味を持つのが自然のことだったし、お金は自由への扉を開いてくれるものだったのです。
この原体験以外にも、大学に入る前ぐらいの年齢で、自分は「思考と創造」が好きだということに気付きました。特に、抽象的に物事を考えることが好きで、本質や根本に興味がありました。最初のころは「投資とは何か」、「会社とは何か」というような抽象のパズルを自分なりに解いていきました。一方で創造の方はというと、事業を創造しました。そして30歳ぐらいになると、哲学者的な生き方をしたいという意向がますます強くなってきたのです。皆が日々接しているけれども本質はまだよく分かっていないものを再定義して、広く伝えてゆくことをしたいと思った。その一つがお金だということで、取り組むことにしたのです。
――では山口さんの定義では、お金とは何なのでしょう。
「お金とは信用を外部化したもの」というのが定義だと考えています。多くの人が信頼に足る母体が発行した、すなわち外に出したもの、外部化したものがお金なのです。
母体に関しては現在、日本をはじめとしてアメリカや中国などの「国」ということになっていて、これらの国々が信用されているのでお金を発行しています。では、日本の何を信用しているのかといえば、日本という国のGDPであったり、またはGDPの裏側にある人口だったり生産性だったり徴税力だったりします。
一方、いったん外部化されて発行されると、お金は「匿名性」と「流通可能性」という役割を持ちます。信用できる母体が外に出したものですが、外に出ると、元々は誰のもので何のために支払われたものなのかが分からない匿名の存在として流通し、人々の間で取引を活発化するために使われるツールになる。これは株券などに関しても同じことがいえます。例えば、ある上場企業という母体が発行する株券も、ビットコインネットワークという母体が発行したビットコインも、日本円で買うことができるように、発行されたら後は勝手に取引が可能、すなわち流通可能になっていきます。
お金も株券も本質は同じ
――今のお話しからすると、お金も株券も本質は同じだということですね。
その通りです。ここで分かることは、「抽象思考で本質を捉えなければならない」ということ。先ほどお話ししたように、お金とは「信用ある母体が発行したもの」であり、株やビットコインも同等です。だからこれらを分けないで考えた方がいい。株と日本円が同じだと考えると、日本経済に今起こっているインフレや円安が分かるようになります。
例えば、ある会社が株を膨大に発行して株価がどっと下がったとします。なぜこういうことが起きるのか。会社の価値が高まっていないのに株をたくさん発行すれば、1単元当たりの価格が下がるためです。株を発行するのはいいのですが、それにあわせて会社としての利益を上げていかないと株価は当然下がります。これと同じことが日本円にも起こったわけです。
財政出動と異次元の金融緩和で産業創造などの新陳代謝をするという目的で、日銀当座預金の残高は2023年3月末に522兆5703億円と初めて500兆円を超えました。ただ、お金を刷ったのはいいのですが、お金は信用の手形に過ぎません。だから本当は国としての生産性を上げるなりGDPを上げるなりして信用を高める必要があるのですが、それができなかった。生産性やGDPが上がらなかった結果、1単元当たりの円の価値が下がるという、極めて単純な仕組みで円安になったというわけです。だからお金を刷れば世の中が良くなると思うのは大きな間違い。お金を多く刷れば信用が希薄化するのです。
信用を作り出すことがお金につながる
――お金や株券を刷るとともにGDPや利益を増やして信用も上げていくことが、国や企業にも求められるということですね。
国や企業もそうですし、そして個人も同じです。信用を上げることがお金につながっていくという構図はまったく変わりません。例えば、クラウドファンディングが良い例だと思いますが、信用がなければお金は集まらないでしょう。また、フォロワーの信用を得て視聴回数や広告効果を上げるYouTubeやTikTokなどで活躍するインフルエンサーも同様です。
ここで、若い人たちに理解してもらいたいのは、「価値のたまったものが信用である」ということ。例えば、YouTubeでは短期間で大金を稼ぐことも、ともすれば可能かもしれません。ただし、目の前のお金を稼ぐために誰かの感情を弄んだり揺さぶったりするような行為をしていると価値とはなりません。そればかりか、現在ではデジタルタトゥーなどともいいますが、信用を毀損して将来的な負債になってしまう可能性も高いでしょう。
一口にお金を稼ぐといっても、価値を生み出して稼ぐ人もいれば、グレーゾーンの手段で稼ぐ人もいます。後者は、短期的にお金が入ればいいということなのかもしれませんが、思いのほか長いのが人生というもの。大事なのは価値を出すことであり、その価値をためて信用にすることであり、そしてその信用はお金に変わっていくのです。ここをしっかりと理解するべきだと思います。
変わっていく価値を捉えると共に己を知る
――大事なのは価値を出すこととのことですが、時代と共に価値は変化していきます。
もちろん価値は変わりますし、価値の出し方も変わります。例えば商売の担い手が人間からAI(人工知能)やロボットが主流になる時代には、人間の価値の出し方も自ずと変化します。そこで必要となるのはクリエイティブの能力やビジョンを打ち出す能力、交渉力などになってくるのだと予測します。
価値の変化や出し方を考えるために重要なことには二つあります。一つは環境の分析、もう一つは自分とは何者かと己自身を哲学することです。
環境の分析に有益なのは、「PEST」と言われる4つの観点から変化を見るフレームワークです。お金に変化をもたらす大きな流れが起こっている際、それを後ろから突き動かしているものを国家(P:Politics)、経済(E:Economics)、社会(S:Social Value)、技術(T:Technology)の4つの動きで分析するものです。人は、環境によって制限されるものであり、自分を取り巻く環境は必ず変わっていくので、それを分析する手法は学んでおく必要があります。
一方で、己自身を哲学するというのは、自分の意識が向かう道や自分が没頭できるものを見極めるなど、自分についての理解を深めることです。これは自分の本質と社会との交点を見いだすために必要なことです。「自分の棚おろし」ともいえるかもしれません。例えば通知表においては10段階評価で3や4がついてしまったために苦手だと思い込んでいる教科が、その後、意外に得意だったと気づくことはいくらでもあります。
幼少期から18歳ぐらいまでにかけて、親や周囲にいわれたことや、他人からの評価で自分に植え付けられた偏見やトラウマ等のノイズは多くあるはずです。こういったノイズを除去する作業をしたうえで、自分を再評価して本質を見出す。そして前述の分析をした環境の中で、自分の価値の出し方を考えていくことが重要になるのではないかと思います。
お金の発行母体は国ではなくなる可能性もある
――自分の本質を正しく見極めることで、価値の出し方が分かり、信用につながるということですね。
繰り返しになりますが、信用は価値のたまったものと定義されています。だから、環境変化を知り自己分析を行って、価値を出していく。ある日突然、給料が上がるといったことがありますよね。それは、期待に応え続けたり、期待より上回って、人の信用が積み上がったからです。価値を出して信用という形でストックされたものが、お金に代わったという現れなのです。
このことは、今は信用の発行母体が国となっていますが、今後は個人やロボットが発行母体になり得ることを示すものだと思います。お金は、信用が外部化されたものだという定義自体は変わらないのですが、信用の発行母体は変化していく。国家資本主義は終わるかもしれないけれど、価値を生み出し信用を積み上げた個人やテクノロジーという母体がお金を発行することも十分にあり得ます。
テクノロジーの例ではビットコインがそうです。ブロックチェーンというテクノロジーですべてを記帳する仕組みを作ったことで、100万人のうち1人が騙そうとしても、99万9999人がそれはウソだと捕捉できる、改ざんできないシステムを構築したのです。その点が評価されて価値となり、信用となって積み上がることでビットコインというお金になった。このことは、価値と信用の関係が成り立てばお金を発行できるということを示しています。
――ビットコインは理解できますが、ロボットがお金を発行できるようになるのでしょうか?
ロボットを開発するエンジニアや企業をいったん脇に置いて、「ロボットの働きそのものが価値を生む」という風に考えると分かりやすいでしょう。例えば、人口が6000万人にまで減少した数十年後の日本において、クルマの運転、コンビニ店舗やサービス業の業務全般などの、現在は人間が担っている仕事の大半をロボットが担当するようになれば、ロボットの労働が価値を生み出していることになる。すると、その価値がたまって信用になるので、ロボットの集団はお金を発行できるようになります。これも、企業が株券を発行するのと同じです。
――個人がお金を発行するのもロボットと同じ仕組みでしょうか。
一緒です。子供時代に親や祖父母から1000円もらって「肩たたき券」を出したのと同じです。「私は時給1万円で1000時間働きます」と言って、時間株を発行し1000万円先にもらう。それがマーケットで流通します。ところが実際にやってみたらあまり働きが良くないなと評価されれば、次に発行する時間株は1万円では誰も買わずに、5000円の値しかつかないというように、株と同等に扱われます。
2040年は正社員が50%の時代に
――個人が発行するお金の値段を判断するのは誰ですか?
それはマーケットです。ですから、環境を分析し、かつ己を棚おろしして、自分の価値を正しく評価してくれるマーケットはどこかを判断、選択することが重要になるでしょう。
今の社会は、多くの人が正社員で企業に就職するという形で成り立っています。ただ、産業構造が変わっているのに今までのシステムを当てはめようとしているので、コスト的に無理が生じすぎていて非効率になっている。今でも業務委託などの形態で、正社員ではない人に仕事を依頼していることも多くありますが、今後はどんどん正社員の数は減ってくると予測されます。おそらく2040年ぐらいまでには正社員の比率は50%まで下がり、残りの50%は複数の企業と契約を結ぶフリーランスになるでしょう。
1つのシステムは大体、80年しかもちません。日本で言えば、終戦後の1945年から始まったシステムが、日経平均が当時の最高値を記録した1989年ごろにピークを迎えて2025年で80年。今は破綻期で新陳代謝が起きている。だから、今は個人として価値をため信用を得ることが、一層大切になっているというわけです。
全部がお金ではしんどくなる
――山口さんは著書の中で「お金のなくなる日」、すなわち家族のように何事も信用でやり取りする信用主義経済時代がやってくると伝えています。そしてその前段階では21世紀半ばごろまでに時間主義経済と記帳主義経済の時代が訪れるとしています。先ほどの個人が時間株でお金を発行するというのはまさに、時間主義経済の話ですね。
モノをお金で流通させていた20世紀から、21世紀は「つながり」などのコトを満たす手段として時間が通貨になる時間主義経済の時代が来ます。さらに、お金を使わずモノのやり取りを記帳する記帳主義経済の時代も拡大していき、最終的に信用を使って信用を得る信用主義経済、すなわちお金がなくなる日が来るだろうというのが私の見立てです。
時間主義経済も記帳主義経済も、根本にあるのは、「今の時代のように、すべてのことをお金や数字でやり取りしない」ということです。
1990年代ごろまでは、全部がお金でやり取りすればいいじゃないかという考えでしたが、だんだんしんどくなってきた。それは人間がデジタルじゃない生命体なので、ウエットなものを求めているからです。身の回りのことを100%お金で解決するのではなく、例えば自宅やご近所の草むしりをするとか、買い物に行ってあげるとか、貨幣換算しないぬくもりある関係を結ぶことで、人と人の間に価値が生まれ、信用がたまっていく。これを、お金で精算するのではなく、「草むしりをした」など、したことやもらったものを記帳して、徳のように曖昧な、数値化されないものをためていくのが記帳主義経済です。
世界は人工物に囲まれ過ぎているので、「50%ぐらいは記帳でよくない?」といった考え方は既に出てきています。私は軽井沢でも多くの時間を過ごしてきましたが、お金がない信用経済で回っているコミュニティが一部にありました。持ちつ持たれつの関係の中で過ごす方が心地良いからです。そのコミュニティでは知り合いの紹介や、その人の行動や所作などの価値と信用で成り立っている。
例えばパーティーに呼ばれても、参加費を徴収されたことがないんです。関係性の方が大事なので、誰かがぽーんと出す。普段の生活においても、野菜がただで届く。その代わり、私からサポートも当然する。そういった関係性が成り立っているのです。
3つの世界で違うお金
――軽井沢の一部でなく、世の中全体、そういう方向に向かいつつあるのでしょうか?
東京は当分無理だと思います。キャピタリズム(資本主義社会)なので、お金なしでは成り立たないでしょう。一方で、先ほどお話ししたように、軽井沢の一部のようにお金があっても成り立たずマイナスにしか働かないシェアリズム(共和主義社会)の世界もある。
これから世界は、キャピタリズムとシェアリズムに加えてバーチャリズム(仮想現実社会)と、大きく3つぐらいに別れると考えています。そして、それぞれの世界でお金の意味も変わってきます。東京を代表とするキャピタリズムの世界ではお金だけで関係が成り立つ。一方で自然豊かな地域ではシェアリズムの世界があり、どれだけの時間を費やしたかなどの、貢献がお金になる。またデータがネットワーク上を駆け巡るバーチャリズムの世界では、例えば実際には会ったことのない人からの支持によるフォロワー数というものがお金になります。
――どこの世界で暮らすかによって、お金が変わってくるということですか。
お金になるものが違うということです。これをきちんと意識しておくことがとても重要です。
――3つのうちどの世界が幸せかというと、信用経済に親和性のあるシェアリズムの世界になるわけですか。
一人ひとりが様々な要素、側面を持つのが人間だと思います。そう考えると、シェアリズムの世界では健康といった身体性や他人との関係性という側面が求められます。これに対して、キャピタリズムの世界では、社会性に長じることが求められる。一方のヴァーチャリズムは個性や創造性を持ち、創り出すことが得意な人が活躍できる世界です。
ですから、自分の得意なことや目的に応じて選択的に生きればいいのです。3つの世界すべてで生きてもいいし、自分は個性の世界で生きるんだとヴァーチャリズムの世界のみを選択してもいい。ただし、キャピタリズムの世界である東京の仕事で培った事業創造のノウハウを、シェアリズムの世界である地方に持ち込んでも、関係性が壊れてしまうことがあるので、それぞれの世界で求められる価値をしっかりと考えた方がいいでしょう。
そして改めて未来を創る人たちに感じ取ってほしいのは、どの世界で生きるにしても、価値を生み出して信用を積み上げることが「お金」につながるのだということ。そして、価値というものは時代背景等で変化するので、自分を棚おろしして己を分析することで、自分が価値を出せるのはどこなのかを知ること。そして、キャピタリズムのようにお金ばかりだと人間は壊れてしまうので、ウエットな部分の確保を意識してほしいということです。
(写真:吉成大輔)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2024年2月)時点のものです。







