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テレビ局はもっとセルフブランディングをするべき BGM化、セレンディピティ、サブチャンネルなどの価値に活路をテレビ局はもっとセルフブランディングをするべき BGM化、セレンディピティ、サブチャンネルなどの価値に活路を

若者を中心に、テレビを見なくなったと言われて久しい。
インターネットやスマートフォンの発展により、自分で自由に使うことができる「可処分時間」の使われ方が大きく変わる中、決まった時間に決まった場所で番組を見るテレビの利用は、若者に敬遠されていると思われている。
その一方で、大画面で番組を見たいというニーズは、相変わらず根強い。スマートTVの進展により、一部の動画配信サービスのユーザーはスマホからテレビに移行し、またチューナーを積んでいないテレビの売れ行きも好調だ。テレビの「画面」の争奪戦は激化しているものの、テレビの魅力を上手に伝えられる施策を取れば、多くの視聴者がテレビの良さに気づき、若者のテレビ離れを食い止めることができるかもしれない。
そのためにテレビ局に必要なのは、マーケティングの積極化やデータに基づく分析、業界が連携したコンテンツの活用といった変化だ。
業界に詳しいインテージ 事業開発本部テレビ事業開発部部長の深田航志氏に聞いた。

深田 航志さんの写真

インテージ 事業開発本部テレビ事業開発部部長

深田 航志(ふかだ こうじ)

1998年ビデオリサーチ入社。調査部門に配属後、テレビメディアの営業を経て、デジタル部門で、主にモバイルのメディアデータの開発・企画・営業を担当。その後、テレビ視聴データと、外部データホルダーとの提携を担当。2018年から、インテージに加わり、開発本部でテレビメディア、デジタルメディアのアドバイザーとして、商品開発や事業推進に従事。

スマートTVが浸透、YouTubeだけ見て満足する視聴者

――近年は、テレビのリモコンに「YouTube」や「Netflix」のボタンが設けられるなど、テレビの使い方が大きく変わってきました。

深田 航志さんインタビュー中の写真

 まず現状を整理しましょう。テレビがネットに結線されていて、YouTubeを代表とする映像配信サービスのアプリをテレビのリモコンで直接扱えるものをスマートTVと言います。もう少し広い概念としてはコネクテッドTVがあります。これはアマゾンのFire Stick TVのようなテレビのHDMI端子に外付けする機器を利用して、それらのサービスを利用可能としたテレビを指します。

 スマートTVもコネクテッドTVに含まれますが、インテージが昨年実施した調査によれば人数ベースで3人に1人がテレビで映像配信サービスを見ることができる環境を持っています。また、全テレビのうちの4台に1台がスマートTVであるということもわかりました。

 こうした中、最近非常に注目されたことがあります。民放テレビ局が連携して運営する見逃し配信サービス「TVer」の視聴は、スマートフォンでの利用が5割以上と圧倒的に多いのですが、今まで3番手だったコネクテッドTV経由がパソコン経由を上回ったのです。2割以上の視聴者がコネクテッドTV経由となっており、その比率はどんどん拡大しています。チューナーを積んでいないテレビ、すなわちテレビ番組をリアルタイムで見ることができないテレビが結構売れているということも話題になっていますが、TVerの件は、若い方々を中心に「大画面で動画を見たい」というニーズは根強いことの現れだと考えています。

 では、ネットにつながっているテレビとネットにつながっていないテレビで、ユーザーは何が違うかというと、リアルタイムでリアルタイムの番組を視聴している時間に大きな差はありません。一方で、コネクテッドTVのユーザーは動画コンテンツを視聴している時間が多く、ほぼテレビ局の番組を見ている時間と変わらない時間を費やしています。

――テレビでネット上のコンテンツを見る人々が増えているということですね。

 その通りです。では、その中でもどのコンテンツを見る人が多いかというと、利用の内訳で多いのはYouTubeです。インテージは、スマートTVの300万台以上の視聴ログを収集、解析していますが、それによればNetflixやAmazon Prime VideoなどのSVOD(定額制動画配信サービス)の利用は多いように見えても、視聴時間で言えばYouTubeの半分以下。TVerやABEMA等のAVOD(広告型動画配信サービス)はさらに少ないという結果になりました。

 驚くべきことは、YouTubeの利用率です。利用率を比較してみたところ、テレビ全体の利用率が高くなるおおよそ6~8時台、19~22時台を除くと、ユーチューブの利用率が上位となっているのです。休日でいえば10~17時台はずっとYouTube が1位です。

住宅の断熱性・気密性による違いの説明図
休日におけるYouTubeとテレビ局の時間帯別平均利用率の推移。10~17時台の日中帯はずっとYouTubeが1位になっている(調査期間は2020年4月~2021年3月、出所:インテージMediaGaugeTV)

「テレビ局の特徴」をアピールできる人はいるか?

――スマートTVがこのまま普及すると、さらにテレビ局から視聴者が離れるかもしれません。テレビ局にはどのような課題があるのでしょう。

 まず短期的な課題としては、マーケティングの人材が不足していることが挙げられます。テレビ局は長い間、テレビ広告を自ら積極的にセールスするより、どちらかといえば番組作りに注力してきました。それを可能にしていたのは、テレビ広告を強力に後押しする大手の広告代理店の存在です。

 ところが、デジタル広告が優勢になってくると、広告主がテレビとデジタルの配分を考えるようになる。広告代理店も、テレビ推しだけというわけにはいかなくなった。つまり、テレビ局は「こんなに素晴らしいところがあるのです」ということを自前で説明する必要が出てきたのです。YouTubeやGoogleは新聞やネット、テレビなどの様々な手段を通じて自分たちのメディアをアピールしてきました。この部分が足りないのです。

――自己アピールが弱かったということですね。

 セルフブランディングでしょうか。企業には最高マーケティング責任者(CMO)がいますが、よく考えるとテレビ局にはおらず、不思議に思います。広告主が「パーパス」という言葉を使って、自分たちのサービスや存在意義を強調するようになっていますから、テレビ局にもその意識は必要です。

 そこではもちろん、セルフブランディングやマーケティングを担う人材が必要になります。テレビ局には優秀な人が集まってくるのですが、その多くは番組を作りたい人で、マーケティングや広告を担当したいという人ではなかった。一方で、今必要なのは、データを使って自分たちをきちっとアピールできる人。短期的にはこういった人材を育てる必要があると思います。

――もっと多様な人材を育てていくべきだということですね。

 「ヒト」の次には「モノ」に関する課題もあります。テレビ局には電波を送出する鉄塔や中継機材等、非常に大きな設備が必要な装置産業だという側面があります。これら設備の更新や維持にかかるコストが甚大だということが問題です。削減するためには、キー局傘下のローカル局がそれぞれ持っている設備を統合してしまうべきでしょう。

 一方で、テレビ局の自前主義が、コストを引き上げているという側面もあります。放送事故の懸念もあって、クラウド等を積極的に利用することには抵抗があり、自社サーバーで、自分たちで管理することを徹底的にやってきたように思えます。例えば先日の北京冬季五輪において中国は、クラウドを利用して映像を排出するということをしたように、クラウドが放送でも使えるという事例が海外に多く出てきました。

 総務省の検討会等の資料によると、ローカルテレビ局は2016年度をピークに売上高が減少傾向にあり、営業損益は顕著な減少トレンドになっています。こうした状況下、機器の効率化によるコストの最適化は緊喫の課題で、中・長期の目線としては真剣に考えるべきことです。

ネットではできない「偶然の出会い」を演出

――コンテンツという点では、SVODやAVODも力を入れていく中、テレビ局はどのような特徴を出していくべきでしょうか。

深田 航志さんインタビュー中の写真

 Amazon Prime Videoが吉本興業と組んでお金もかけてバラエティーコンテンツを非常に充実させたり、Netflixがアカデミー賞にノミネートされるような高品質な映画やドラマを制作したりして話題になってきました。スポーツでも、当初はカメラワークを酷評されていたDAZNが、今では「スポーツといったらDAZN」と言っても過言ではないようなブランディングをして、強力なライバルになっています。

 こうした中、テレビの強みとして言われてきたことを改めて考えることが必要です。これまでの強みとして考えられるのは、①リーチが広い②ほぼ全国民がテレビモニターを保有している③一斉同報性④広告を強制視認されるが不快度が低い⑤コンテンツの質が良い――の大きく5点あると考えます。今後、①②③の強みは薄れていくと思っています。そこで私は、この①②③の代わりに「共視聴メディア」「BGM刷り込み」「セレンディピティ」をテレビの強みを示すキーワードに加えて、メディアとしての価値をアピールしていくべきだと考えます。

 まず「共視聴メディア」。共視聴の例として挙げられるのが、友達を呼んで違う場所で同時に同じコンテンツを見るウォッチパーティーです。例えばホラー映画を皆で見て「あ、ゾンビが出てきた」「キャー!」というメッセージをやり取りすれば、皆で集まって見ている感覚が得られます。Amazon Prime Video等にはこの機能があってコロナ禍のアメリカで流行っているという話を聞いています。テレビは、この共視聴を楽しむことができるメディアだということがアピールできるはずです。

 次に「BGMの刷り込み」。テレビは、見てくれていなくても、音を出してくれればそれで非常に価値が出てくるということです。ある家庭で定点観測を行ったのですが、α世代はテレビをつけたままゲームをする、Z世代はテレビをつけたままスマホを操作する、ただしテレビは見ていない。しかしそれでいい、どうぞBGM化してテレビを使ってくださいということです。

――テレビを通じて耳に残るような「ジングル」や「サウンドロゴ」を流すといった使い方になるのでしょうか?

 そうですね。音さえ流れていれば刷り込み効果が期待できるので、テレビといっても見ることにはこだわらない、ということを理解する必要があると思います。

 そして最後の「セレンディピティ」ですが、思いがけないことを発見する能力という意味です。この点は、テレビは強みの④として挙げた「広告を強制視認されるが不快度が低い」と相まって、価値を増すと考えています。

 先ほどデジタル広告が優勢になってきた、というお話をしましたが、なぜデジタル広告が魅力的かというと、来訪履歴などの分析からターゲティングができるからです。一方で、その履歴分析に限界が訪れているとも言われています。ネットでは協調フィルタリングによって多くのユーザーの嗜好情報から興味がありそうな情報を表示する手法が一般的です。「行動が似ている人は好みも似ている」という考え方に基づくのですが、その一方で、毎回似たようなものが出てきて退屈してしまうという声が高まっています。要するに、協調フィルタリングでは同じようなものに対してどんどん縦に掘っていくけれども、横には広がっていかないのです。

 これに対して、テレビをつけてザッピングしているのは、自分が好きなものを一直線に探しているだけということでもない。色々な情報に触れたいということもあるのです。知りたいことより、知らないことに触れて気付きたいということが価値に値するのです。

 そういった意味では、セレンディピティはテレビにとってものすごい強みであり、かつ絶対に必要な要素です。これは広告だけでなく、コンテンツにしても言えることであり、これを生かさない手はないと思います。

実験の場は必要、そこでサブチャンネルは生かせる

――テレビの強みを生かした方策はまだまだあるということですね。そういった強みを生かした実験などを積極的に行う必要がありそうです。

 その実験の場としてぜひ利用すべきだと思うのは「サブチャンネル」です。

 テレビはどうしても、ボリュームゾーンを狙って番組を組みます。するとどの局も同じような番組しか作らなくなってしまう。全部横並びになりがちで、でも若い子たちが見たい番組ではない。だったら、最大公約数で見たい人が多い番組はメインチャンネルで放映して、例えば若い世代が見たいような番組はサブチャンネルで放映すればいいと思うのです。

 テレビ局の今までのスタンスからすると1番いいところを狙わなきゃいけなかった。もうそんな時代じゃないですよね。今まではミスができなかったのかもしれませんが、スロースタートの場所、実験の場所としてサブチャンネルを使うのは一つの策ではないでしょうか。実際、インテージが昨年9月に関東地区を対象に行った調査では、約半分の方が「サブチャンネルを利用している」と回答していました(有効回答数5124)。

――実験などを行う際には、データを有効に活用することも一つの手です。デジタル配信によって視聴ログなどのデータが取得可能になりましたが、これらのデータは魅力あるコンテンツ作りに役立ちますか。

 従来の視聴率調査のように、数千サンプルという規模だと、「この番組のこの時間帯に離脱してこっちのテレビ局に行きました」というのを知りたいと思っても数が少なく、本当に見極めることができませんでした。その点、スマートTVで集めるデータは、世代や男女比といった詳細な属性までは分からないものの、規模が何百万台になりますから、きめ細かな視聴者の動線が分かります。

 ただ番組作りに役立つかと言うと、そう単純ではありません。制作現場が極めて職人気質な場所、人に依る場所だからです。Netflixでは大量の視聴データからAIやディープラーニングを活用して、番組のストーリー作りに役立てようとしているようですが、局がやろうと思ってもそう簡単にはいかないでしょう。

 データの活用という点では、番組編成枠の最適化は可能だと考えています。例えば、テレビを視聴中の人がザッピングでクイズ番組、クイズ番組、ニュース番組ときて、Amazon Prime VideoやNetflixに変わったとします。つまり、その時間帯にはドラマやアニメの視聴ニーズがあるというのが予測できるわけです。

 今までは編成局が経験則で、ニュースの次はクイズ、その次はバラエティーが適していると判断して編成していた。一方で、テレビを見ている人たちが、どういったジャンルのものを好むかを、実際の視聴者の動線データを使って解析すれば、ニーズの洗い出しができます。インテージでもスマートTVのデータを使った番組編成枠のレコメンドサービスを既に始めています。

過去の番組に興味を持つ若者もいる中で求められる対策

――これからのテレビ局が魅力あるものとなるために考えられる策にはどのようなことがあるでしょうか。

深田 航志さんインタビュー中の写真

 先日、Z世代の調査で学生さんと話をしました。コロナ禍でテレビをどのように見ていたかを聞いたところ、昔のドラマの再放送がおもしろかったと言うのです。テレビ局側からすると、密を避けるためにドラマを制作できず、仕方なく過去ドラマを再放送したのかもしれないのですが、それに興味を示した格好です。魅力のあるコンテンツは、過去にも十分あることを教えてくれました。

 テレビ業界ではサイマル放送といわれる同時送信、つまりテレビで流れていて、かつスマホ等でも同じものをネット経由で同時で見られる、というスタイルに注力しています。ただ、Z世代以降に対して「テレビのリアルタイムの時間に合わせて見て」というのはもう考えられないじゃないですか。それよりは、ストック型のコンテンツを推進するべきだと思います。

――ストック型コンテンツサービスの形態としては、どのようなイメージがありますか。

 YouTubeがこれだけ伸びているにもかかわらず、テレビ局は、身内同士で殴り合いをしている。そうではなく、ラジオのradikoのように、コンテンツの置き場をテレビ業界が一致団結して作ろうということです。モデルは広告モデルでいいと思うのですが、それができるような仕掛けが必要なんじゃないかと思います。

 例えばTVerは局横断の成功例ですが、見逃しを見ることができるのは現状1週間だけ。「テレビコンテンツを、いつでも、どこでも、どの場所でも」提供できる仕組みが大切だと思います。

 データを利用して番組編成を工夫し、サブチャンネルを活用しながら過去のものも含めて番組をユーザーが見たい時にすぐに見られるようにする。そうすることで、若者もテレビの魅力に気付いてくれる。ザッピングして最後にはYouTubeやNetflixに辿り着いていたのを、その手前で止まるようにする。「テレビのコンテンツってやっぱり面白いね」というブランディングの確立を、縦割りでなく、横の連携でもっと進めるべきだと思います。

(写真:吉成大輔)

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