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月面社会を創る、技術とデザイン

三菱電機株式会社 ICPJ
「Ticket for LunaCity™」チーム
齊川 義則・山内 貴司・松井 咲樹・吉河 章二

ニーズとシーズ、ふたつで描く月の未来。

齊川
私の仕事は、未来指向型の開発テーマの探索です。具体的には、三菱電機の持続的な成長につながるテーマを探し、可能性を探ること。宇宙分野は三菱電機が誇る事業のひとつですが、これまで宇宙の分野は非常に専門性が高く、デザインが関与する余地が少ないことに、私は問題意識を持っていました。製品やサービスをデザインするだけでなく、将来像を描く力を持つデザイナーには、宇宙事業に貢献できることがもっとあるはず。そう考えていた矢先に転機が訪れます。

2040年には100人規模の月面拠点ができる──。ある文献でこの構想を目にしてひらめいたのは、「月」で用いられる技術を掘り起こすアイデアです。月面での生活がテーマとなれば、三菱電機のあらゆる技術が必要とされるはず。早速、当社のイノベーション推進施策「ICPJ」(InCubation ProJect)で提案しました。承認されたときは、デザイナーが宇宙事業に貢献できるチャンスがようやく訪れたと、胸が躍りました。ICPJでは、発案者がプロジェクトメンバーを選定できるため、まずは宇宙事業に詳しく専門的なアドバイスをお願いできる方として、当社研究部門の一つである先端技術総合研究所の吉河さんにお声がけしました。
吉河
齊川さんからお話いただいたときは大変驚きました。我々のような技術者が、統合デザイン研究所から相談を受けることはめったにありませんでした。相談の内容は「三菱電機の技術を掛け合わせて、月面拠点で利用したい」「宇宙に関する参考資料を提供してほしい」というもの。技術に関する難解な資料をお渡ししただけでは、月面での生活をイメージしづらいでしょうし、宇宙の未来にわくわくしてほしいとの想いから、宇宙航空研究開発機構(JAXA®)や日本航空宇宙学会などが発表している将来構想に関する資料やWebサイトをたくさんご紹介しました。
齊川
その後、デザイナーであり所内の有志がサークルのように活動しているSF研究会に所属している山内さんと松井さんに参画してもらうことでメンバーが揃い、2021年4月に当プロジェクトは始動します。プロジェクト名は「Ticket for LunaCity」。三菱電機で研究開発されている技術に、月面都市行きのチケットを渡す。そんな想いが込められています。
松井
吉河さんからいただいた資料を熟読し、月面拠点で起こりうる課題を洗い出すことが、私たちの最初のアクションでした。驚いたのは、同じ技術でも地球上と月面とでは活用する上での条件が全く異なることです。具体例とともに比較されている資料もありました。たとえば、月面における植物工場の構想では、微小重力下での植物の育ち方、100人分の栄養を確保するために必要な野菜の種類や作地面積などについて説かれていました。
山内
宇宙飛行士の座談会記事も参考になりました。無重力の世界では、空気の対流が生じないことから、自分の吐いた息で窒息してしまうといいます。人工的に空気の流れを作らなければ、睡眠中に命を落としかねません。重力が小さい月でも似た問題が生じる可能性があります。この課題に対しては、三菱電機の空調技術を活用できるかも、という発想ができます。
月面生活に必要な技術とその課題を可視化したイシューブック

宇宙分野への興味を喚起するイシューブック

齊川
資料の読み込みを通じて洗い出された課題は、60個にも上ります。ここから三菱電機の技術との関連性を基準に16個にまで絞り、「食・生活・住居・インフラ」の4つにカテゴライズしました。悩ましいのは「この課題をどんな形でまとめるのか」「どうすれば、さまざまな技術開発部門に興味を持ってもらえるか」です。打開の糸口となったのは「課題をまとめたブックレットを作ろう」という松井さんの一言でした。
松井
「イシューブック」の構想は、こうして生まれました。「宇宙分野は専門性が高く、自分の仕事には関係ない。」そんなイメージを払拭し、月面社会を実現するための技術を多くの技術開発部門から募るためにここでこだわったのはエディトリアルデザインです。罫線を背景にしたノート風の誌面にし、読み手がアイデアを書き込める余白をあえて残しました。掲載された各課題には、関係しそうな技術開発部門を記載し、自分事として捉えてもらえるよう仕向けています。
山内
イラストは漫画家の肋骨凹介先生に依頼しました。肋骨先生のカジュアルで親しみやすい絵は、宇宙を身近に感じてほしいという私たちの想いにもぴったり。イラストにはあえて下書き線を残し、未完成感を出すことで「これから一緒に作り上げていく」という想いを表現しました。
齊川
イシューブックは2022年の2月に完成しました。次なるステップは、これを用いたワークショップの開催です。研究部門とともに、イシューブックにまとめた課題についてディスカッションをしました。
吉河
完成したイシューブックを目にして衝撃を受けました。課題解決のために「何ができるか」をオープンに語り合えるツールになっていたからです。開発を依頼する側とされる側が向かい合い、特定のテーマについて「できるか否か」を話し合うことが日常になっていた私ども技術者にとって、HOWではなくWHYやWILL視点で技術を発想できることは画期的でした。
齊川
研究部門の吉河さんにそう言っていただけると嬉しいですね。実際に、自由に意見を交わす過程で、月面での話にとどまらず、極限環境や、資源が限られる状況など、月と同じような地球上の課題解決へと議論が発展することも多々ありました。
山内
ワークショップの大きな収穫は、社内の研究部門に月面拠点での課題を認知してもらう「種まき」ができたこと。認知をいっそう広げるべく、現在はワークショップの参加者や社内の関係者に配るミッションマークとワッペンを制作しています。さまざまな研究部門の方々に「自分の研究が月につながる」と感じてもらえたら嬉しいです。

アイデアを可視化し、人や組織をつなぐ、という職能。

松井
三菱電機に入社した際に、事業の幅広さを表す「家電から宇宙まで」というフレーズにワクワクしたことを今でも思えています。今回のプロジェクトは、デザイナーとして宇宙産業との関わり方を模索するはじめての試みになりました。ひとつの答えが見えたのは、イシューブックの制作に向けて走り出したときです。普段、非宇宙事業に携わる技術者の方が「もしかして自分の技術が使えるかも?」と思うきっかけになるよう、月面の課題を分かりやすく分解して伝える。ここにこそ私たちデザイナーが関わる意義があります。
齊川
デザイナー自身は、技術そのものは開発できません。デザイナーが関わる意義とは、人や組織をつなぎ、目的や価値観を共有すること。今回の月面拠点のように分野や技術をまたぐ領域においては、デザイナーの職能が活きるはずです。
山内
デザイナーの役目を一言で表現するなら「今まで見えなかったものを可視化すること」です。頭の中にあるアイデアを分かりやすく伝えたり、ディスカッションの場をファシリテートすることもそのひとつ。この職能を活かして、さまざまな事業間の橋渡しができたら本望です。
吉河
無形のものを可視化する。これは技術者にとっても大きな価値があります。多様な分野の知見が可視化され、共有されると、技術者は自身の専門領域との重なりを見つけて参画しやすくなります。新たなアイデアがいっそう生まれやすくなるはずです。
齊川
現在ある16の課題は、宇宙関連の各機関がまとめた資料に基づいています。今後は宇宙産業におけるリーディングカンパニーとして、もっとオリジナリティを発揮してもいいでしょう。たとえば、我々独自のアイデアを発想、表現し、三菱電機が持つ、社外とのつながりの中で、月面インフラへの貢献を実現させていくことも考えられます。ICPJでは幸いなことに、自分たちの裁量で、身軽に活動できます。この仕組みを存分に活かして、社内の技術者同士のコラボレーションをいっそう加速させたい。Ticket for LunaCityの言葉のとおり、このプロジェクトチームをきっかけに走り出した三菱電機の技術が、いつか月に行く日を信じて活動してまいります。

「Ticket for LunaCity」は三菱電機株式会社の商標です。
「JAXA」は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の登録商標です。
掲載内容はPJメンバーの見解であり、三菱電機グループを代表するものではありません。
本記事の掲載内容に関する著作権など諸権利はすべて三菱電機株式会社に帰属します。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
ビジネスデザイナー

齊川 義則

2008年入社
産業機器・昇降機・発電制御装置等のプロダクトデザイン、鉄道事業・通信事業等のソリューションデザインに従事した後、現在は、未来洞察活動や未来指向型研究開発テーマ探索を担当。経営管理修士(MBA)修了。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UI/UXデザイナー

山内 貴司

2014年入社
デザインコンサルティングファームをはじめ複数の会社を経て入社。衛星事業、新規事業支援、オランダ子会社でのマーケティング業務に従事した後、コンシューマ向けアプリ開発に携わる。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UI/UXデザイナー

松井 咲樹

2019年入社
エレベーター周辺機器のデザインから、ビル全体を包括したソリューション提案まで幅広く担当。現在は主に工場内や現場作業員向けアプリや、ビルオーナー向けサービスのUI/UX開発を手掛ける。

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所
研究者

吉河 章二

1990年入社
先端技術総合研究所にて宇宙機の制御技術の研究開発に従事。2012年~2015年の間、鎌倉製作所において準天頂衛星2-4号機「みちびき®」の開発プロジェクトに参画。2018年~2019年までドイツ支店R&D部門に駐在。日本航空宇宙学会フェロー。工学博士。

「みちびき」は準天頂衛星システムサービス株式会社の登録商標です。