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時代を超えて、移動に寄り添う

三菱電機株式会社
「トレインビジョン®」デザイン開発メンバー
木村 淳一・朴 信映・浅岡 洋

鉄道は、ハードからソフトを充実させる時代に

浅岡

列車に乗った際に停車駅や運行状況を映像情報で知らせるのが「トレインビジョン®」(列車内映像情報システム)です。2002年に初めて列車に搭載され、今では都市部では当たり前の存在となっています。この構想が最初に立ち上がったのは、1990年代半ば。鉄道網がどんどん広がっていった「ハード面の充実」の時代が一巡し、快適な旅客サービスなどの「ソフト面の充実」が注目を浴び始めた頃でした。お客様に提供する製品やサービスを、誰にとっても使いやすく、より親切なインターフェースに進化させていこうという考え方が、世の中に拡がり始めたのがこの時代です。その思想は鉄道事業者が描く将来ビジョンにおいても広く語られています。

トレインビジョン®はBtoBビジネスではありますが、意識すべきは鉄道を利用する一般ユーザー視点です。鉄道をご利用の際に必要な情報は何か。どのように届ければわかりやすいか。こういったことを鉄道事業者と一般ユーザーの視点に立って議論し、実際の列車さながらの環境を活用しながら検証する。この姿勢がプロジェクトを貫く軸となりました。

最初に決めるべきは、表示する情報の種類でした。役立つ情報をもれなくお届けしたい一方で、一度に表示できる情報量は限られているため、詰め込みすぎると、かえってわかりづらくなります。一般ユーザーへのヒアリングや鉄道事業者との協議により、次の停車駅名とホームの設備案内、開く扉の向き、乗車中の列車の停車駅と列車の現在位置、運行情報といった種類に絞られていきました。

木村

もうひとつ、課題となったのが視認性です。混み合う列車内で、座っている方からも立っている方からもすぐに確認できる位置はどこか。見やすいディスプレイのサイズや解像度、視野角は?これらを見定めるべく、統合デザイン研究所にほぼ原寸大(空間長は車両の1/2)の模擬車両実験室を設けて、実寸サイズのディスプレイで検証をスタート。乗り降りの妨げにならないことにも配慮して、選定した取り付け位置はドア上部のスペースです。一般的な通勤列車に汎用的に設置できる設計にすることで、ゆくゆくは三菱電機製のトレインビジョンを業界のスタンダードにしたいとの思いもありました。実際に、今ではこの位置が標準となっています。

統合デザイン研究所での検証と並んで、工場の設計サイドではデバイスの開発が進められました。揺れや温度変化にさらされる列車内は、機器にとってはとても過酷な環境です。そこで、長年使っても壊れにくい耐久性の高い車載用自社製デバイスが開発されました。
デザイン、評価検証、ハードそれぞれの専門部署が力を合わせることで、ようやく初代のトレインビジョン®が完成します。これが原型となり、現在の第4世代まで基本的な仕様が引き継がれてきました。

すべての⼈に開かれたユニバーサルデザインを

2000年代になると、「障害があることを前提に、その障壁を後から取り除く」というバリアフリーから、「初めからすべての人が利用しやすいようにデザインする」というユニバーサルデザインが設計に欠かせない考え方となってきます。身体能力の違いや年齢、性別、国籍に関わらず、すべての方にとっていかに使いやすいデザインにしていくか。これが、第2世代以降のトレインビジョンにおいて大きなテーマとなりました。
浅岡
まず着目したのがひらがなとカタカナのフォントです。筆跡のつながりをなくす。空きを広くとる。濁点や半濁点を大きくして定位置に揃える。「ソ」と「ン」などの似た形状をはっきりと識別できるようにする。こういった調整をフォントメーカーとともに行い、可読性や視認性、判読性の高いオリジナルフォントを開発しました。

色もユニバーサルデザインの良し悪しを左右します。第1世代の配色は3色覚(一般色覚者)にとっては見やすい一方、色弱者にとっては見づらい部分がありました。そこで、色の感じ方が異なっても同じ情報量を得られるカラーユニバーサルデザインにも取り組み始めます。色弱者向けのデザインに関するガイドラインは存在しますが、実際の表示器でどう見えるかは試さなければわかりません。専門家の知見を得るため、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構様と連携し、色弱者の方々を対象にした検証実験を繰り返しました。

印象的だったのは、実験室ではなく、実際の車両に設置されている表示器で色の検証を実施したこと。鉄道事業者、設計者、営業、デザイナーがチームになって、見分けやすい配色を探りました。さらに、さまざまな色覚を持った方々に集まっていただき、赤みを足したり引いたりといった細かな調整に半日もの時間を費やします。こうして緻密に計算された配色ができ上がったときは、「たった一色にもこんなにたくさんの配慮ができるのか」と感じたものです。

木村
外国人の方々への配慮も欠かせません。2006年には「外国人観光旅客の来訪の促進等による国際観光の振興に関する法律(外客来訪促進法)」が一部改正され、外国語による情報提供を行うことが交通事業者の努力義務になりました。韓国や中国、台湾からの観光客も年々増えていました。こうした社会の変化を受けて、英語、中国語、韓国語を含む4カ国語での案内表示を取り入れたのです。
発車してから次の駅までの限られた時間内で、4カ国語で案内表示を行う。すると、駅と駅との距離が短い区間においては、多言語表示案内ができない、あるいは1画面の表示時間が短くなるという問題が生じました。しかし、伝わらなければ意味がありません。そこで1画面あたりの適切な表示時間を算出するべく、駅名を読み取れる最短時間を探ることにしました。対象となる言語を母国語とする人々に集まっていただき、長い駅名から短い駅名までさまざまなパターンを用意。正しく読めるかどうかを、被験者へのヒアリングや視線計測を用いて確かめました。こうして画面の表示時間やテロップの速さを調整し、言語ごとの適切な表示時間を定義していったのです。
木村
ディスプレイの数も増やし、現在の標準は3画面に。文字を小さくせずとも2画面を用いて長い路線図を表示できるようになりました。こうしたさまざまな改良を重ねてでき上がったのが、三菱電機のトレインビジョン®独自のユニバーサルデザインです。これまでに蓄積した実験結果は「トレインビジョン®UIデザインガイドライン」としてまとめられ、デザイン開発時のさまざまなシーンで活用されています。
浅岡
トレインビジョン®は、2022年に「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」に選ばれました。暮らしや社会をより良くし、長年にわたりスタンダードであり続ける力を持ったデザインと認められたことを誇らしく思います。これまで、三菱電機の取り組みとして華やかな注目を集めることはありませんでしたが、静かに、それでも確実に社会に浸透していき、気付けば多くのお客様から身近で当たり前の存在と言っていただけるようになりました。今回の受賞は、そこに至るまでの、設計・製造、営業、デザイナーなどの開発関係者による地道なアップデートの賜物です。
カラーユニーバサルデザインの事例と
模擬⾞両空間実験室での検証の様⼦
駅設備案内と扉開閉⽅向案内
路線案内画⾯

忘れられるほど⾃然なのが優れた公共デザイン

浅岡
社会やお客様のニーズは日に日に移り変わっています。いったんスタンダードとして定着したデザインも永遠ではありません。今後も、これまで積み重ねてきたユニバーサルデザインの常識をいったん脇において、ゼロベースでニーズを探っていく必要があります。私たちが定期的に、エスノグラフィー(行動観察)を行い、無意識的な潜在ニーズの発掘を試みているのもそのためです。
木村
昨今では列車内を見渡すと、スマートフォンを見ている方ばかりです。ここから新たなテーマとして浮かぶのが、パーソナルデバイスと連携して次の停車駅を手元で確認できるようにすること。社会問題に目を向けると、車内犯罪の抑止に活用する術もあるでしょう。
一方で、スマートフォンの利用者がマジョリティーになってきた昨今だからこそ、決して忘れてはならないのが情報リテラシーの低い方々への配慮です。年配の方や身体の不自由な方の中には、スマートフォンが使えない方もいます。スマートフォンユーザーとの間で利便性に差が生じないよう、必要な情報をお届けする。これもユニバーサルデザインの考え方に基づくトレインビジョン®の大事な役目です。
浅岡
トレインビジョン®の開発を通じて常々感じているのは、公共デザインは「忘れられてなんぼ」だということ。「見づらい」という違和感やストレスを与えないことが何より大事で、目立たずに自然に見ていただけるのが優れたデザインです。そのために、トレインビジョン®の色調を鉄道事業者のブランドデザインに合わせるなど、車内空間に溶けこませるデザインも模索中です。一方で、ユニバーサルデザインの品質を犠牲にはできません。特に公共交通機関では、移動に必要な情報を提供するのが最大のミッションです。鉄道事業者のニーズとユニバーサルデザインとの両立を、これからも追求していければと思います。
三菱電機にとっての直接のお客様は鉄道事業者ですが、その先には一般ユーザーがいます。鉄道事業者のリクエストを汲み取りつつ、一般のお客様の観点をフラットに伝えられるのは、デザイナーの強みです。これからも社会のニーズに寄り添うデザインで、より良い移動体験をみなさまにお届けできたらいいですね。

「トレインビジョン」は三菱電機株式会社の登録商標です。

三菱電機株式会社 人事部人材開発センター
デザイナー

浅岡 洋

1992年入社
空調やAVなどの製品デザイン担当を経て、2007年より交通を主とした社会インフラ向けおよび街づくり向けソリューションの企画、コンセプトデザイン、サービスデザイン、新規事業構想等を担当。23年度から人事部の人材開発センター・開発システム教室長。「デザイン思考」によるソリューションビジネス人材育成の社内展開を推進している。

三菱電機株式会社 人事部人材開発センター
UXリサーチャー

朴 信映

2006年入社
鉄道システム、自動車機器の感性評価及びユニバーサルデザイン開発に携わる。2022年から人事部の人材開発センターにてソリューションリーダー育成のための研修企画を担当。
人間中心設計機構人間中心設計専門家。感性科学博士。

三菱電機株式会社 交通事業部計画部
エンジニアリングプランナー

木村 淳一

1996年入社
デザイナーとして、重電、家電等の業務に従事。その後、主に鉄道分野における受注前活動、コンセプトメイク、ソリューション創出活動など事業支援を実施。その延長で、現在、本社に在籍し、第一線営業と共に鉄道事業者向け各種提案対応、新事業検討、技術企画等を担当。