4その2

映像のプロ × AIのプロ 対談「AIと映像表現」

映画監督 山崎貴 × 三菱電機株式会社 杉本和夫

映画監督・山崎貴さんをお招きした「AIと映像表現」対談。
後半は監督にAIの最新技術を体験していただき、話はさらなる深みへ……

プロフィール

山崎貴(やまざき たかし)

1964年生まれ。映画監督/VFXディレクター。1986年に株式会社白組に入社。初監督作品となる『ジュブナイル』を皮切りに、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『STAND BY ME ドラえもん』など数々のヒット作を手がける。2020東京オリンピック4式典の演出企画も担当する。

杉本和夫(すぎもと かずお)

1972年生まれ。三菱電機株式会社 開発本部 情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 映像分析技術グループマネージャー。小学生時代にコンピュータに興味を持ち、三菱電機株式会社に入社後は映像圧縮国際標準化やAI技術を使用した画像認識・画像処理に携わる。自宅にプロジェクターつき鑑賞ルームを持つ映画マニアでもある。

1 映画の中のAI

映像表現の進化

映画の中に登場するAIで、特に印象に残っているものはありますか?

杉本和夫(以下:杉本):

少し古い映画になりますが、『トロン』を観たときは感動しました。人工知能の描き方が時代を先取りしていましたし、初めてフルCGのシーンを導入した映画でもあって。

山崎貴(以下:山崎):

僕も初めて観たときは衝撃を受けました。あの時代のコンピュータ・スペックで、あの尺の映画をつくろうとしたのがまずすごいですよね。
『トロン』の公開時というのは僕がちょうど今の仕事に関わり始めた時期で、「ダイヤモンドが1回転するだけの映像」に丸々1ヶ月かかっていたのをよく覚えていますね。当時はコンピュータで1コマの絵を出すということが、どれだけ大変だったか……今の技術からしたら別世界のような気すらしますが。

杉本:

映像表現の進化は本当に目覚ましいものがありますね。

山崎:

古い白黒映画の名作のことを考えると、必ずしも最先端の映像技術が映画の質とイコールになるとは限りませんが、それによって人を感動させられるチャンス自体は増えていくのかなって。今後、映画はより五感すべてに訴える「体験」に近くなっていくように思いますね。

映画監督 山崎貴

AIが映画にできること

たとえば最近のハリウッド映画などを観ていると、エンド・クレジットが延々と終わらない作品、つまりは膨大な数のスタッフが関わった作品が多いと思うのですが、そのスタッフというのも最先端の映像技術のために集められたものなのでしょうか?

山崎:

CGを駆使した作品に対してはそうですね。ハリウッド映画の製作方法というのは、トライ&エラーを繰り返していくというものなんです。1シーンに対して250回ぐらいのやり直しが利くような予算が組まれている映画もありますし、向こうにはCGのプロ、モデリングのプロ、というように、ものすごくひとつのことに特化した才能というのもたくさんいる。そこに莫大な予算が合わさると、ああいう映画ができるということなんです。日本ではとてもそんなつくり方はできませんね。

杉本:

そこでAIができることというのはありますか?

山崎:

すごくリアルな話をすると、たとえばグリーンバックの切り抜きをやってくれるAIというのはありませんか?役者の演技に背景を合成するために、ときにはうちのスタッフが髪の毛の1本1本を処理していかなきゃならないことがあって、すごく時間がかかるんです。

杉本:

監督の考えてらっしゃるクオリティに達するにはまだ時間がかかるかもしれませんが、AIに「背景とは何か」を教えることができれば、十分に可能だと思います。
僕は「GAN」(Generative Adversarial Networks/敵対的生成ネットワーク)という技術を使った映像処理を研究していますので、これからいくつかの研究成果を見ていただこうと思っています。

山崎:

それは楽しみです。

三菱電機株式会社 杉本和夫

2 AIの現在

「GAN」という技術

杉本:

監督はAIを使った画像処理に興味を持たれているということで、まずは「コンパクトなGAN」から説明させていただきます。
これは画像を生成するAIを作る技術です。簡単に仕組みを説明しますと、例えば人間の簡単なスケッチなどを元にAIが生成した画像に対し、実際の画像のデータベースを持つAIが、その画像が本物に見えるのかどうかを判断していくんです。

山崎:

AIがつくった画像を、べつのAIが見て、粗探しをする?

映画監督 山崎貴 三菱電機株式会社 杉本和夫

杉本:

そうです。画像の精度が上がっていくのと同時に、見極めるほうの精度も上がっていきますから、それを何度も繰り返していくと、最終的にはまるで写真のような画像を生成するAIができあがるという仕組みです。
そうやってふたつのAIが切磋琢磨しつつ、お互い賢くなっていくような技術を「GAN」(Generative Adversarial Networks/敵対的生成ネットワーク)といいます。コンパクトなGANは当社独自の技術で、高速にリアルな画像を生成できるようにしたものです。

山崎:

確かにこの技術のクオリティがどんどん上がっていけば、簡単なスケッチからリアルな風景画像がつくれるようになりますね。

杉本:

監督のおっしゃっていた、「グリーンバックの切り抜き」というのも、AIに「背景とは何か、人物とどう違うのか」という概念と、たくさんの画像データを与えておけば、分離させることができると思います。
それから、こちらの「音声分離技術」はですね、マイク1本に向かってふたり以上が喋った音声をAIが聞き分け分離するという技術なんです。試しにこのマイクに向かって別々のことを喋ってみましょう。

映画監督 山崎貴 三菱電機株式会社 杉本和夫

杉本:

これを監督の声だけ残して再生すると……

山崎:

うわ!がっつり分かれてますね。

杉本:

この技術にしても、AIは監督の声や言葉の意味を覚えているわけではなく、「分け方」を覚えているんです。

山崎:

「分けろ」という指令だけを与えているわけですね。そんな時代ですか今は(笑)。

AIがもたらすパーソナル化

山崎:

こうしてAIがどんどん進化して、一般ユーザーも手軽に扱えるようになると、そのうちVFXなんていらなくなるかもしれないですね。

それは監督にとって、怖いことなのでしょうか?

山崎:

怖いというのとは違うかな。それは「これまでつくることのできなかった非常にパーソナルな作品をつくれる時代」の到来とも捉えられますからね。

杉本:

もはや「低予算」「インディペンデント映画」という言葉も意味を持たなくなって……

山崎:

そうそう。そういうシーンからどんな作品が生まれるか。それはすごく楽しみです。技術が成熟すればするほど、そこからは発想力やイマジネーションの勝負になってくるので、そこでいかに人を感動させられるものをつくれるかというのが、映画監督の力量になってくると思います。

3 こんなAIがあったら

全人類のあらゆる知識を扱うAI

最後におふたりが「あったらいいな」と思うAIについて教えてください。

杉本:

僕は「全人類のあらゆる知識と論理を有効に扱えるAI」ですね。さまざまな知識の組合せから、これまで人類が気づいていなかったことや、新たな発見をもたらしてくれるAIです。

山崎:

具体的にはどんなことが可能になるんですか?

杉本:

たとえば最近、あるニュース番組で、恐竜の起源についての新発見があったというのをやっていたんですけど、もしAIが各国の研究者の知識を持っていれば、過去に発表された文献の共通項や論理点を分析することで、そこから誰も気づいていなかった斬新な仮説なんかがポロっと出てくる可能性があるんです。
やはり人の記憶力とか思考力にはどうしても限界があるので、それはAIにしかできないことだと思いますね。

心があるふうの友だちAI

山崎:

僕はやっぱり「心があるふうの友だちAI」かな。
これからの日本が進む方向というのは、高齢化の問題もあって、「あらゆる局面で寂しさに耐えなきゃいけない世界」に向かうと思うんです。そんなときにこそ、AIが希望の星になってくれるというか、心はなくても人間の気持ちを穏やかにしてくれる、友だちや家族のようなAIがあったらいいと思います。それでだいぶ精神的に助かる人が出てくると思うし。
映画『HER』のAIは、主人公の恋人であり、心の拠り所になっていましたけど、あそこまですごいのはまだまだ先のことですよね?

杉本:

そうですね。人の発言に対して受け答えするものもありますが、人と完璧に会話できるようになるまでには、相当な時間がかかると思います。

山崎:

あくまで「友達ふう」でもいいんですけどね。やっぱりAIに期待したいのは、いろんな最新技術をサポートしてくれることよりも、友だちとして側にいてくれることなんですよ。
みんな優しくされすぎて、ダメになっていくかもしれないけど(笑)。

杉本:

VFXの最先端で活躍されている監督からの答えとしては、非常に意外でした。

山崎:

そういう技術は僕が言わなくても近い将来出てくると思いますからね。今日見せてもらった技術から推測するに、そのうちAIは脚本ぐらい書けるようになるだろうし、CGもどんどんやってくれるようになるはず。
僕の映画のエンドクレジットが3行ぐらいになったらどうしよう。最後の行に「& AI」ってね(笑)。

※本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

映画監督 山崎貴 三菱電機株式会社 杉本和夫

あったらうれしいなAI
(山崎貴さん編)

家族や友だちのようにふるまって、いつも側にいてくれるロボットAIがあればいいなと思います。

山崎監督最新作情報!

『アルキメデスの大戦』

2019年7月26日ロードショー
戦艦大和の建造を描いた三田紀房による原作コミックを、菅田将暉の主演にて映画化。迫真の演技と最新のVFXが融合した超大作。
なお、8月2日には山崎監督が総監督を務めたフルCGアニメ『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』も公開された。