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国境を越えて、救急医療にイノベーションを

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
片岡 竜成

ドイツの社会貢献プロジェクトをデザインでリードする

災害・救助時に人や医療品を運ぶ自律型eVTOL(垂直に離着陸するヘリコプターやドローン、小型飛行機の特徴を併せ持つ電動の機体)の開発設計にデザイナーとして参画しました。ミュンヘン工科大学に所属する非営利学生スタートアップ団体「HORYZN」によるグローバルコンペへの応募プロジェクトであり、現地・ドイツのデザイン事務所であるneomindと合同のデザインチームをつくり取り組みました。

近年、都市部のエコフレンドリーな移動の手段としてeVTOLが注目され、商業化に向けた技術開発が進められています。医薬品輸送にも活用できるので、救急車の到着までに時間を要したり、救急医療の届かない僻地であっても迅速な救助が可能です。従来のヘリコプターは、ライセンスの取得や運用コスト、施設要件の制約があり、すべての救急隊員が利用できるわけではありません。その点、自律型はより手軽に運用できる利点があります。

デザインチームのミッションは、HORYZNが考えたマーケティング戦略に資する、実現性の高いUXと機体のビジュアライゼーションでした。約1か月という短期間のプロジェクトなので、重要な工程を見定めて、効率的に進めていくスピード感が求められました。

私が担当したのは、機体デザインのアイディエーションやコンセプトメイキング、そしてビジュアライゼーションです。プロトタイピングへとプロジェクトを進めるため、スポンサーの共感を集めるデザインを提案する必要があり、現地・ドイツに滞在し、エンジニアやデザイナーと議論を重ねながら各要件を絞り込んで進めました。本プロジェクトは社会貢献活動の一環であり、商業ベースの事業とは異なるため、関わる人々や進め方も普段の商品開発とは異なり、新鮮な経験となりました。

実利と機能美を備えたアイコニックなデザインに

1週目に行ったのは、デザイン検討に必要なUXと機体の要件定義です。要件定義をしないとデザイン案が絞れません。救助対象者の条件や人数を決め、そこから機体の型や大きさ、プロペラの数などの機能や構造などを考えていく必要があります。こちらから救助活動におけるシナリオをいくつも提案し、具体的なイメージを固めながら要件定義を進めていきました。

2週目は機体コンセプト提案で、機体構造と各要件を元にしたコンセプトを5パターン考案しました。もう一人のデザイナーとデザイン案を出し合い、私のデザインが採用されたため、私がエクステリアデザイン、もう一人がインテリアデザインを担当しています。
強い構造を感じさせるアイコニックなデザインを目指し、ランディングギアから内部のフレームの繋がりまで想起させるオレンジの構造部で機体を挟みこむことで、迅速×堅牢さを感じさせながら近くから見ても遠くから見ても印象が崩れないデザインに落とし込みました。HORYZNのロゴはグレーであしらっています。

3週目に設計とUX要件を統合した機体デザインを提案してCG化し、4週目はインテリア・エクステリア機能の仕様を提案しました。負傷者でも乗り込みやすく離着陸しやすい機体にするため、ランディングギアで足回りのパーツを盛り上げてちょうどいい高さのステップを設けたり、乗り込み口に向かって椅子が45度回転するようにしたり、ドアを外部プラグスライド式にして省スペースでも開閉できるようにしたりと、細部にまでこだわっています。
バッテリーやクラッシュゾーンのスペースをパズルのように組み合わせていき、設計合理性を損なわず機体の構造にぴったり重なって一つの形になった瞬間がすごく気持ちよかったです。試行錯誤の末、デザインのための無駄な造作を生むことなく、実利と機能美を備えたアイコニックなデザインに仕上げることができました。

5週目は、デザインチームでPR動画を作成しました。当初は動画化する予定はありませんでしたが、マーケティング視点で必要だと考えて追加した作業です。機体デザインを完成させて終わりにせず、グローバルコンペの審査員や、スポンサー候補となる企業へ魅力を伝えることが目的でした。
まずはチームで何を伝えるためにどんな映像にするかをすり合わせ、実現性が高いUXと機体の魅力をビジュアライズすることを重視しました。私は主に映像編集と仕上げを担当しています。3DCGによる映像の実制作は初挑戦でしたが、完成した機体デザインをさらに魅力的に見せる工程まで担当できて、とても楽しかったです。

アウトプットの仕上がりには手ごたえがあり、ワクワクしながらHORYZNへの最終プレゼンに臨みました。メンバーの反応はすごくわかりやすく、みんなが「Amazing!」と手を叩いて喜んでくれました。この動画は、プロジェクトのPR素材として積極的に活用されています。

国境を超えたビジュアルコミュニケーション

今回、新鮮だったのは、理論武装なしにビジュアライズのみでデザインの意図をクリアに伝えるクリエイティブに向き合えたことです。エンジニアチームと短期間に方針を固めていく必要があったため、造形の意図や設計上の合理性を、エンジニアが一目見て理解できるデザインを追求しました。開発過程ではメンバー同士で途中のスケッチを見せ合い、泥臭く意見をぶつけ合ったことが、むしろ楽しかったですね。
苦労したのは、国も違う外部メンバーとの意思疎通です。英語で会話しましたが、お互いに母国語ではなく伝わり切らない部分もあります。また、各メンバーが重視しているポイントが違い、すり合わせにも苦労しました。
そこで工夫したのが“描いて伝えること” です。HORYZN側から行うはずだった仕様情報の展開が遅れた際に「要件定義に必要なUXと共にアイデア展開しよう」と提案したところ、もう一人のデザイナーが「なぜ必要なんだ?僕達の業務範囲を超えているよ」と反対しました。その意見は正しいものの、要件定義をしないままデザインしたら実用性がない機体が出来上がってしまいます。
そこで私は、負傷者がeVTOLを利用する流れを示すユースケースシナリオをイラスト化 し、UX上の課題と機体に必要な機能の関係性を示しながらHORYZNと要件を協議することの重要性を伝えました。言語だけでは深く伝わらないことも多く、話すよりも描いたり作ったりして伝えるほうが効果的だと考えたからです。
「重傷者だったらどう乗り込むか」「乗り込んだ後、どうやって離陸するか」など救助の流れを図示したところ「これじゃ重傷者は乗せられないね。担架はどう積載する?」等の発展的な意見と共に理解を深めてくれました。結果、複数のシナリオと機能アイデアを提案しながら、デザインチームとHORYZNチームでワークショップを実施して要件を協議することになりました。三菱電機で0から1を生み出すマインドを培ってきたから、柔軟かつ主体的な提案ができたと感じます。

自由な環境でめぐり合わせを楽しみ、多彩なキャリアアップへ

これまではエレベーターやビル設備機器などの商業製品を担当し、実利に富んだデザインを手掛けていましたが、本開発はマーケティング戦略のための1stコンセプトデザイン。最低限の実利は備えながらもブランディングを重視したデザインに仕上げました。
利益重視の量産を前提とした開発ではなく、社会貢献としての意義が問われる活動だったので、次世代に残りブランドの姿勢を伝えるためのアイコニックなデザインを追求しています。
海外のデザイン事務所と連携し、社会貢献につながるデザインに取り組めたのは、組織の風土があってこそ。社員の自主性を重んじる三菱電機のR&D部門だから、自由な発想に基づいたデザインに従事できたと感じます。R&D部門付きのデザイン組織は意外と少なく、社外のデザイナーと話していても、研究活動と事業開発の両輪でデザイン業務に従事できる環境は、当社の特徴でもあり希少だなと感じます。さまざまなデザインに幅広く挑戦して多彩なキャリアアップや能力開発をしたい方にはうってつけの会社です。
人だけでなく、プロジェクトも一期一会です。一度の出会いを大切にしながら、次の活動もワクワクするものにしていきたいです。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

片岡 竜成

2016入社
エレベーター・ビル設備機器を経験した後、現在は搬送ロボ等の産業インフラ関連のプロダクト開発を担当。モビリティを中心とした、将来コンセプト・UI/UXデザインなどの研究・開発も手掛ける。