コラム
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2006年 2月分 vol.1
月のダストは火薬の匂い!?
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


「宇宙日記―ディスカバリー号の15日」野口聡一著 世界文化社 定価1500円(税別)ぜひ読んでほしいのは「宇宙でキーボード演奏」。なぜ野口さんが宇宙でキーボードを弾こうと思ったのか。その裏には深い思いと出会いがあった。
 月のダスト(Moondust)の匂いって知ってますか? NASAの記事によれば、アポロ17号の宇宙飛行士ユージン・サーナンは「使用ずみの火薬のような」匂いと表現している。しかもアポロ16号のチャーリー・デュークによれば「かなり強烈な匂い」。ダストを吸い込んだハリソン・シュミット(アポロ17号)は、花粉症と似た症状が起こったらしい。しかし、地上に持ち帰ったムーンダストには「火薬の匂い」はまったくしない。なぜ?

 宇宙飛行士たちが宇宙服を着て月面を飛び回っている間は直接、月の土の匂いをかいだりすることはできない。彼らがその匂いをかぐのは、月着陸船の中にもどってきてから。ムーンダストは粘着質でブーツやグローブに付着し、月着陸船に戻る前に払っても、かなりの量が入り込んでしまう。だからヘルメットを脱いだ飛行士たちは、ダストの匂いをかいだり味見をすることだってできた。(ジョン・ヤング飛行士によれば、味は『まったく悪くない』そうだ)

 アポロ17号に乗り込んだハリソン・シュミットは地球外で初めて花粉症の症状を示した人間となった。症状はヘルメットを脱いですぐ現れたが、数時間後で消えた。また2回目、3回目の月面での活動の後も似た症状が起こったがレベルは低かったという。シュミットが言うには「アポロ飛行士のパイロットたちはそんな症状を報告しなかった。なぜなら二度と宇宙飛行ができなくなるから。」シュミットは地質学者だからそんなことを気にする必要はなかった。彼は繊細な鼻をもっていて、ヒューストンの石油化学製品やタバコの煙にも気をつけないといけなかったほどだ。ムーンダストに彼ほど敏感な反応を示すものはいなかったという。

 現代の無煙火薬の材料(ニトロセルロースやニトログリセリン)は月の土では見つからない、とNASA月サンプル研究所のギャリー・ラフグレンは言う。月の土の約半分は二酸化珪素ガラス、また鉄やカルシウム、マグネシウムも豊富だ。

 宇宙ステーションに長期滞在した科学飛行士ドナルド・ペティは「匂い」の原因をこんな風に考える。「砂漠にいると雨が降るまで何も匂わない。だけど雨が降ると甘い泥炭の匂いで突然空気が満たされる。土地から蒸発した水が分子を鼻に運ぶから。月も40億年を経た砂漠のようなもの。ムーンダストが宇宙船内で湿った空気と接すると『砂漠の雨』効果で匂いがするのだろう」と。ちなみにペティ飛行士は「宇宙の匂いは溶接の匂いに似ている」とISSに滞在中の日記に記している。ユニークな感性をもった宇宙飛行士だ。

 「火薬の匂い」をめぐっては、月着陸船の酸素でムーンダストが酸化したなど様々な説がある。NASAジョンソン宇宙センターには数百ポンドのムーンダストがあり、ラフグレン氏は手のひらにおいてその匂いをかいでみたが、まったく火薬の匂いはしない。地上に持ち帰ったダストはすでに化学反応が終わっていると考えられている。だから「匂い」の原因を地上で探るのは難しい。

 2018年にNASAは月に人類を送る予定だ。今度はアポロ計画より長く滞在するだろうし、30年前より遥かに進歩した道具を使い、現場の調査でムーンダストの匂いや、宇宙船との反応など、ムーンダストの匂いのミステリーをめぐって、新たな発見がもたらされるだろう。


出典:http://science.nasa.gov/headlines/y2006/30jan_smellofmoondust.htm

Credit: Science@NASA