コラム
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2008年 9月分 vol.1
宇宙でもメタボ? 地上にいかす宇宙医学
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


運動器具の訓練を行う若田飛行士。若田さんが宇宙でメタボになるとは考えにくいですが…。宇宙で長く暮らす間に、身体変化をどう感じるのか、ぜひ聞いてみたい。(提供:NASA)  筋肉が衰えたり骨が弱くなったり・・・無重力の宇宙で暮らすと、まるで老化したような体の変化が起こるがそれだけではない。最近、話題の「メタボリックシンドローム」が、宇宙でもかなり問題になっているという! 2度の宇宙飛行を行い、現在はJAXAの宇宙医学生物学研究室長の向井千秋さんによると「メタボや老化は地上では十年単位で起こりますが、宇宙では数ヶ月という短期間で起こってくる。だが帰還後の飛行士は地上のリハビリでまた回復する。トレーニング、食事、薬など宇宙飛行士へのさまざまな取り組みが地上の私たちの生活に還元できる」と話す。

 宇宙飛行士は、日常的にトレーニングを行い医学検査を受けて、健康体で宇宙に飛び立つ。宇宙に到着後も、長期滞在中は約2時間も自転車こぎや筋トレが日課。それでも「メタボ」体型になり、筋力は2割も落ち骨量も減っていく。なぜなのか。向井さんによると「運動すると言っても、24時間の中で2時間。残りの時間は船外活動を行う場合は別として、ほとんど筋肉を使わないんです」。地上では重力があるから、運動をしている意識はなくても箸のあげおろしでも筋肉を使うが、宇宙ではそれがないのだと。「だからロシアの飛行士は『冬ごもりのくまさん』みたいですよね(笑)」なるほど、宇宙にこもっている熊さん!

 体の変化の中で一番、深刻なのは、骨の問題だ。宇宙では地上の骨粗しょう症の10倍の速さで骨量が失われる。そして失われた骨成分が血中に溶け出して「尿路結石」になると、激しい痛みに襲われるのだ。これまでNASAの宇宙飛行士は尿路結石用の予防薬を服用していたが、2009年2月から長期滞在する若田飛行士が使う、新しい治療薬が注目されている。骨粗しょう症の治療薬として、すでに10年間、地上で使われている「ビスフォスフォネート」を宇宙で初めて試すのだ。実際に、宇宙の無重力状態を模擬してベッドで3ヶ月寝たままの状態にして(ベッドレスト)実験を行ったところ、薬を飲んでいない人は6%骨量が減ったが、薬を飲んだ人は減少せず、尿にカルシウムも排出されなかった。そこで、今度は若田飛行士が初めて宇宙で服用し効果を検証しようというのだ。注射と飲み薬が選べるが、若田飛行士は週一回、飲み薬を飲む。今後、若田飛行士を含めて5人の宇宙飛行士が実験するという。

 そして、メタボ問題。太ったからといって、尿路結石ほど困ることはないが対策は必要だ。効果的な運動器具やトレーニング法の研究や、満腹感を得ながらカロリー抑え目、しかも宇宙で不足しがちな栄養分を加えた『機能性食品』の開発が検討されている。たとえば運動では、毎日2時間の運動に加えて、加圧トレーニングや電気刺激で筋トレを行うハイブリッドトレーニング(大リーグ養成ギブスの電気版といったイメージらしい)を週3回1回15分行えば、筋力が回復できるという。小型で高性能の日本の機械は他国からも期待を集めているそうだ。

 また、医学的に裏打ちされた機能性食品でも日本は他国より進んでいる。担当の田中一成さんによれば「日本には医食同源の文化がある。宇宙食も安全に美味しいだけでなく、食品メーカーと協力すれば、宇宙の不健康な要因を軽減できる」そうだ。研究会は秋に立ち上げるそうだが、メタボ対策だけでなく、宇宙での睡眠障害(眠れないために睡眠剤を使う飛行士もいる)と食との関係なども研究していきたいという。これは地上にかなり応用できそう。

 宇宙でのこうした体の変化については、臨床医学としてだけでなく、例えばメタボなメダカを宇宙で育ててみて、なぜそうなるのかを遺伝子レベルで解明し、地上の医学に役立てていく考えだ。