コラム
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2009年11月分 vol.2
学生作小型衛星 「簡単でない」が続くチャレンジ
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


「いぶき」に相乗りした小型衛星たち。宇宙に放出される直前の映像。(提供:JAXA)  携帯電話に象徴されるように、日本は小さなパッケージに多くの機能を効率よく綺麗に詰め込むのが得意。人工衛星も小さなボディーに様々な機能を詰め込んで、安価で手軽に打ち上げようと、大学などを中心に質量50Kg以下の小型衛星作りが広がっている。

 皮切りは2003年。東京大学と東京工業大学の学生たちがそれぞれ10センチ立方の衛星キューブサットをロシアで打ち上げた。驚くべきことに東大の衛星XI-IV(サイ・フォー)は打ち上げ後6年経った今も、宇宙で撮影した地球の画像を私の携帯電話に送ってくる。

 以前は海外のロケットでしか打ち上げられなかった小型衛星だが、日本のロケットでも打ち上げられるようになった。たとえば2009年1月23日に打ち上げられたH-IIAロケットは温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」が主衛星だったが、公募で東北大学や香川大学、都立産業技術高専など、6機関の小型衛星が選ばれ、「相乗り」して打ち上げられた。

 だがこれらの小型衛星は、放出まではうまくいったものの、宇宙でのミッションは苦戦を強いられた。東北大学の「雷神」は超高層大気の発光現象観測を目的にしていたが、電源系のトラブルが発生し観測できていない。香川大学の「KUKAI」は親衛星と子衛星をテザー(ひも)でつなぎ数メートル展開させて分離・合体などの実験を行う予定だったが、テザーが数十センチしかのびず合体もできなかった。世界最年少、20歳以下でチャレンジした都立産業技術高専の「輝汐(きせき)」は衛星からのモールス信号を受信したものの、現在は通信不能。ほぼうまくいったと言えるのは、打ち上げ3機目で実績のある東京大学の「ひとみ」とJAXAが地元企業に協力した東大阪宇宙開発共同組合の「まいど1号」という状況だ。

東北大学の衛星「雷神」が撮影した地球の夜景。その後トラブルが発生し現在、地上からコマンドが通らずテレメトリも受信できない。だが東北大では次の衛星の打ち上げを計画中だ。  11月9日(月)に都内で行われた相乗り小型副衛星ワークショップでは、経験を次に生かそうと、各機関から問題点や課題が指摘された。多かった意見は「安全要求の厳しさ」、「書類の多さ」、「資金繰りの問題」だ。たとえば安全要求では、主衛星に悪影響を与えないため、小型衛星に主衛星並の安全性が要求されている点。衝撃試験や振動試験は特に厳しく、振動試験の一種では合格基準が衛星本体が分解してしまうほどのレベルだという。そこまで必要なのか、試験の基準が不明確だという声が相次いだ。また1000頁を超えるほどの書類作成も意味を理解することから始まり、大変な作業だという意見が出た。学生には物作りに専念させたいと、書類や資金繰りは教員が担当しているケースが多い。

 学生による小型衛星開発を日本でスタートさせた中心人物、東京大学の中須賀真一教授は、「初めて小型衛星に挑戦するチームは無理をしないこと。確実に自分たちの技術で動くものを作るのが成功の鍵」とアドバイスする。「東京大学のキューブサットでも労力は10万時間かかっている。つまり20名の学生が1週間50時間で2年間働きやっと成功させたほど。それだけの覚悟がないと衛星はできない。だからこそ得られるものは大きい」と語る。衛星作りは決してEASYではない。だが、先輩のノウハウは確実に積み重ねられており、大学・高専の衛星作りをサポートするNPO法人大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC、約40校が加盟)を中心に切磋琢磨し、その輪は広がっている。

 2010年には、22の大学が参加する衛星「UNITEC-1」が金星探査機「あかつき」に相乗りして、大学衛星で世界で初めて深宇宙を目指す。マネジメントは東京大学、通信系は鹿児島大学、熱・構造系は北海道大学など全国の大学が参加。各大学が開発した宇宙用コンピューターを搭載し、金星に着くまでどこがもっとも正常に働くかを競うコンペを行う。「あかつき」にはその他にも鹿児島大学の衛星など全部で4機が相乗りする予定だ。

 さらに、再来年以降の打ち上げを狙う大学もある。日本大学は過去にインドで小型衛星SEEDSの打ち上げに成功しており、2011年に次の衛星の打ち上げを目指している。「日本で打ち上げられるのは魅力だが、相乗りを実施するかどうか発表がない。安全基準が比較的楽でもあるインドで打ち上げるか迷っている」と理工学部の宮崎康行教授。大学で広がるニーズと実際の開発現場の間に課題は多いが、学生たちにとって手塩にかけた衛星が宇宙に飛び立つ経験は他で得難い教育効果があると参加機関は口を揃える。それだけに参加しやすい枠組み作りが期待される。まずは来年の打ち上げで、学生の衛星ミッションが成功しますように。