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映画『A.I.』のワンシーン

山崎貴×Hello,AI Lab

Vol.01

A.I.

スティーブン・スピルバーグ監督によるSF映画の金字塔的作品。愛情をプログラムされたAIを持つ子供型ロボットを中心に展開されるひたむきな無償の愛の物語。『シックス・センス』で一躍有名となった天才子役ハーレイ・ジョエル・オスメントが無機質な人工知能とそこに宿った感情の芽生えを見事に演じ分けています。AI否定派の人類によるロボット処刑ショーなどダークな部分も描きつつ、光に満ちたラストシーンは映画史に残る美しさとなっています。

1 現代版「ピノキオ」の
哀しみ

ふたりの映画人、
キューブリックと
スピルバーグ

AIにまつわる映画の話を何回かさせてもらうことになりました、映画監督の山崎貴です。よろしくお願いします。
映画界は“AI”というテーマを意外と古くから追求してきました。1927年に制作されたSFの古典中の古典『メトロポリス』も、AIっちゃあAIの映画ですね。おそらく人間によく似ていて、なおかつ人間でないものに対する畏怖や恐怖、同時に親近感など、AI的なものと対峙したときに生まれるさまざまな感情は、映画というメディアと親和性が高いのかもしれません。ずいぶん昔から──AIという言葉がまだ存在すらしなかった時代から──映画人たちはAI的なものとの対話をフィルムを通してしてきたのかもしれません。
まあそんなわけで、第一回はそのものズバリ『A.I.』(監督/スティーブン・スピルバーグ)です。

映画『A.I.』のワンシーン

この作品は生前のスタンリー・キューブリックが長いこと温めていた企画をスピルバーグが撮り、M・ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』でその天才子役ぶりを発揮したハーレイ・ジョエル・オスメントくんが主演を努めるということで、とても話題になった作品です。
公開は奇しくも2001年。これはキューブリックの代表作のひとつ『2001年宇宙の旅』で、AIと人類がその存続をかけ、木星付近で静かに戦った映画に設定された年ではありませんか。
内容はというと、もうすっかり『ピノキオ』です。原作となった短編『スーパートイズ』の作者であり、脚本の共同執筆者であったブライアン・オールディスのアイデアに、キューブリックがピノキオへのオマージュを持ち込み、スピルバーグのファンタジー性がピノキオ部分を増幅したのではないかと僕は睨んでいます。これにより、先進的であり古典的でもあるという、なんとも不思議なニュアンスの物語が生まれています。
そしてときどき不意に現れる、キューブリック的な怖さ。『2001年~』のAIである「HAL 9000」の赤い目がジッと人間を見つめていたときのような原初的恐怖の数々。僕はそのたびに、監督中のスピルバーグにキューブリックが耳打ちしているような感覚を覚えました。
のちにスピルバーグは『レディ・プレイヤー1』でも『シャイニング』を徹底的にコピーしていましたから、あのキューブリック的「やーん」な感じはスピルバーグのキューブリック愛の賜物なのかもしれません。

映画『A.I.』のワンシーン

人間になりたいAI

劇中のデイビッドくん(オスメントくんが演じるAIの名前です)は最初から最後まで「失ったお母さんの愛情」を取り戻すべく、そしてその方法はただひとつ、「人間になること」だと信じて突き進みます。
その行動はどうも製造元にプログラムされたものというよりは、彼の心に独自発生したものとして描かれていますが、それにしても、どう考えても得られるはずのないものをどうしても欲しがるデイビッドくんの執念は可哀想だし恐ろしいしで、観ていてなかなか切ないものがありました。
全体的には手塚治虫のライフワーク『火の鳥』に通じるところも多く、劇中で流れる時間の長さが人間の尺度からするととんでもないものなので、めまいがしてきます。それは子どもの頃、未来の地球はどうなってしまうのかと考えていたら怖くなりすぎて眠れなくなってしまったときのような感覚を思い出します。そういう悠久の時を生きねばならないのもAI的なものの宿命ですね。
それにしても消えない強い想いって厄介ですね。人間はどんな想いもやがて風化していくというか、辛いことや悲しいことを想い出に変える能力がありますが、デイビッドくんの場合はただひたすらに「おかあさんに愛されたい。そのためには本物の人間になるしかない」という想いが消えることなく、最初の強度のままですから、観ていて辛かったです。もし将来的に、ここまで人間を愛することができるAIが現実になるのであれば、お願いだから“強い想い”も時間とともに風化していく機能もつけてやってほしいと願います。リセットはリセットで悲しい気持ちがしますので、ぜひ風化方面でお願いしたいところです。

映画『A.I.』のワンシーン

2 娯楽性の奥に
隠された哲学

夢を追うことは人間にしかできない

今回この文章を書くにあたり『A.I.』を再見してみたのですが、あの当時としては結構画期的なシーンがあることに気づきました。
それは、デイビッドをつくった博士が「本物の人間になりたい」と懇願する彼に対し、「君はファンタジーを信じることができる。夢を追うことは人間にしかできないことだ。だから君はもう本物の人間なんだよ」的なことを言うシーンです。実際はもう少し回りくどい表現のため、観た当時はなんのことやらわからずにスルーしていたのですが、これはユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』で記述している「虚構を信じる力を持ったがゆえに人類は進化した」という論考そのものではないでしょうか? 『A.I.』は近年話題になった世界的ベストセラーの芯に近い部分を、あの時代にサラッと描写していて、なかなか進んだ映画だったんだなぁと改めて感心させられました。
もしキューブリックが撮っていたらもっと哲学的に表現したところを、根っからのエンタメ・マスターが撮ったということもあり、表面的な娯楽性ばかりに目を奪われがちな作品ですが、意外と色々なところに考察しがいのあるネタが潜んでいるのかもしれません。そういう意味ではこの映画は、まだ発見されていない哲学的な作品なのかもしれないと、ふと思ってしまいました。

映画『A.I.』のワンシーン

AIは人間を愛してくれるのか

それにしても、もしテクノロジーが高度に発達し、人間とほとんど見分けがつかないAIロボットが出来上がったとして、彼らは僕ら人間のことを、ここまで愛してくれるのでしょうか?
ときに映画はAIのことを、「人類を滅ぼす敵」として描いたり、またこの作品のように「人間のことを好きで好きでたまらないもの」として描いたりと、両極端な存在として登場させることが多いのですが、だんだんAIが現実問題として身近になってくると、そんなことはないような気がします。
良き隣人として、人間の苦手なことをAIがやってくれる。AIが苦手なことを人間がやる。
そういう存在として、お互いをサポートしあうような関係性が築かれていくのではないかと予想しています。そのためには我々もAIが苦手なジャンルを見つけて、そこを鍛えていかなければいけないと思います。
映画『A.I.』では人類がとっくに滅んだ2000年後の氷に閉ざされた世界が登場します。そこでは高度に進化したAIたちが、かつての人類のことを知ろうとするシーンが出てきますが、環境問題や人口増加などさまざまな問題に直面するこの世界で、そういった結末を迎えないためにも、AIとポジティブに共存していく意識の変化をわれわれ人類は模索していかなくてはいけないのでしょうね。そしてそのタイムリミットは、意外と近くにきているのかもしれません。

映画『A.I.』のワンシーン

3 登場するAIを考察

強いAIと弱いAI

AIは、人間のように心や自意識を持つ/持たないという観点から「強いAI」と「弱いAI」に大きく分類され、それらの思考を持つAIは「強いAI」と定義されます。

本映画の主人公である子供型ロボットのデイビッドは「強いAI」に当てはまります。劇中、母モニカに愛されるために人間になりたいという願いを叶えるべく、「Dr.Know(人工知能の生き字引的存在)」から聞き出したヒントをもとにして、ブルー・フェアリーのいる場所へ辿り着くための手段/方法を自ら考えて判断し、行動するからです。

現在の技術では、いまだすべてのAIが「弱いAI」ですが、「強いAI」の実現につながりそうな研究開発は日々進められています。人間の感情を認識・分析するAIや、人間が「感情を持っているのでは?」と錯覚するレベルの自然な対話ができるAIも登場しています。

汎用型AIと特化型AI

先に述べた「強いAI/ 弱いAI」は、「汎用型AI/特化型AI」と呼ばれることもあります。この呼称の違いは、前者は人間的な思考という観点に着目しているケースに使用することが多く、それに対し、後者は主に「ふるまい」のみに焦点を当てて使用するケースが多いです。

「汎用型AI」は、人間と同じように幅広いジャンルの学習ができ、さまざまな課題やタスクを処理できるAIのことです。自ら学習した内容を応用することで、人間がプログラムしていない問題に対しても能力を発揮できます。その一方で、「特化型AI」は、あらかじめプログラムされている範囲でのみタスク処理の精度を上げることができるAIのことを指します。
無人レジなどの業務自動化AIや、将棋や囲碁、チェスの対戦AIなどがそれにあたるといえばわかりやすいかと思います。特化型AIは、「特定の分野に限定されたふるまい」のために開発されたAIなのです。

デイビッドに限らず、クマのテディ(人工知能搭載のぬいぐるみ型ロボット)も立派な「強いAI」であり「汎用型AI」ですね。変化する周囲の環境に適応し、トラブル解決のため自律的に行動しています。デイビッドを気遣いながら活躍するテディの姿もぜひチェックしていただきたいです。

AIのテクノロジーは日進月歩です。近い将来、AIが私たちの生活をどのように変化させてくれるのか。想像は膨らむばかりです。

Hello,AI Lab

『A.I.』

ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

© 2001 Warner Bros. Entertainment Inc. and Dreamworks LLC. All rights reserved.

※本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

プロフィール

山崎貴

山崎貴(やまざき たかし)

1964年生まれ。映画監督/VFXディレクター。 1986年に株式会社白組に入社。A.I.ロボット「テトラ」の活躍で知られる初監督作品『ジュブナイル』を皮切りに、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『STAND BY ME ドラえもん』など数々のヒット作を手がける。2023年公開の『ゴジラ-1.0』でも、監督・脚本・VFXを務める。

Hello,AI Lab

Hello,AI Lab

最先端技術を研究・開発している、三菱電機のエキスパート集団。「AI技術で未来を拓き、新しい安全・安心を世界に届ける」をモットーに、これからの人や社会に貢献できる情報技術を生みだすべく、日々研究開発に取り組んでいる。