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映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

山崎貴×Hello,AI Lab

Vol.03

ブレードランナー 2049

1982年に公開されたディストピアSFのマスターピース『ブレードランナー』の続編。監督のバトンは名匠リドリー・スコットから新鋭ドゥニ・ヴィルヌーヴへと手渡されたものの、悲哀に溢れた作品のトーンは見事に受け継がれ、新旧ファンの絶大な支持(そして考察)を集めた傑作。感情を宿してしまったレプリカントの在り方やDNAクローニングの是非など、現実世界への問題提起も盛りだくさん。主演を務めたライアン・ゴズリングの虚ろな視線が、見る者にさまざまな問いを投げかけてきます。

1 ふたつの
『ブレードランナー』

山崎青年を虜にした、美しき終末世界

3本目は「ブレードランナー 2049」です。
まずはオリジナルの『ブレードランナー』の話から。僕はこの映画が好きで好きで、高校生の頃、地元の弐番館でブレードランナーが上映されたときは、お弁当を持って1日中居座ったくらいの(当時は入れ替えなかったので)フリークでした。東京にきてからはレーザーディスクを持ってるお金持ちの友だちをそそのかしディスクを購入してもらって、それを何十回と観たりとか、違うお金持ちの友だちがビデオレコーダー持ってると知るやいなや、またまたそそのかして自分のアパートにビデオレコーダー持ってきてもらって年がら年中流しっぱなしにしたりとか、故郷を出てからの数年間は、ほぼ『ブレードランナー』のあの世界に住んでいたといっても過言ではないと思います。とにかくオープニングの荒廃した都市の描写が大好きで、日常の風景にもあの雰囲気を探していたほど。小雨が降る新宿のビルを眺めては、毎度うっとりとしていました。

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

そして35年の時を経て続編ですよ。最初の自分の反応は「なにしてくれんのよ俺の(お前のじゃない)ブレードランナーに」というめんどくさいオタそのものでしたが、観ましたよ。やや斜めの視点で。そしてこれが結構いい感じだったんで驚きました。まさか、あのようなSF史に残る傑作をきちんと受け継ぐ作品が出来るとは…。

なんといっても、その全体に流れる切ない感じ。これがオリジナルの『ブレードランナー』に潜んでいたそれを現代的に増幅させたもので、いいんですよね。
なんせ主人公が記憶を移植されているレプリカントですもん。そしてヒロインに至っては、量産型恋人ホログラムですもん。最近ChatGPTを実装した「俺の嫁」システム(ChatGPT-Chan)が会話してくれるようになったってんでちょっと話題になってましたが、アレの超高級版ですもん。そりゃ、なんか人類滅びそうな匂いしかしない映画になりますよね。

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

2049年の"暗い"未来

どうもこの時代、レプリカントは新技術で反乱を起こさなくなったので、人間のお金持ちは彼らの力を目いっぱい利用して、地球を出て違う星で豪勢な生活をしているようです。

だからなのかビルに明かりが灯ってないんですよ。オリジナル『ブレードランナー』は数百階建てのビルの窓が煌々と灯っていて、それがVFX的にも素晴らしいできだったんですが、今回は真っ暗です。劇中では2022年のLAで原因不明の大爆発(レプリカントによるテロ説もアリ)が起こっていて、それによりアメリカのデジタル・データが大打撃を受けていることも関係しているのかもしれませんが、オーナーさんが変わって再登場するレプリカント製造会社のビルにも、窓の明かりはほとんどありません。寂れてます、地球。

ゴミ捨て場はもう延々と広がっていて、そこには結構資源となりそうなゴミもあるんだけど、あんまり再生している様子もないので(子どもたちが細々とジャンクから金属取り出してましたが)基本人間は地球に見切りをつけてるって感じですね。

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

2 悩めるレプリカント

記憶を疑うレプリカント

『ブレードランナー 2049』は、そんな地球で仕事を続ける主人公のKが「レプリカントのはずなのに子どもの頃の記憶があるんでどうしよう」って悩む話です。もちろん「移植された記憶ですよぉ」って否定してるんだけど、「もしかして……」ってちょっと期待しちゃってる感じ。で、前作のレイチェルがレプリカントなのに「奇跡の子」を産んでたらしいって事がわかってきて、ホログラム彼女も煽るもんだから「もしかして、その奇跡の子って俺じゃないかな」って思っちゃうんですよ。それから記憶通りの「とあるモノ」が見つかったりもして、ますます「俺人間なのかも」ってなって、それを証明するにはレプリカントと人間の鍵を握る男、デッカードを探さなきゃってなるお話です。

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

そんな感じで観客に「実際どっちなんだろう」と期待させつつ真実に向かって進んでいく中で、レプリカントが子どもを産んだって世間に知れると秩序が保てなくなるからマズいだろって人たちとレプリカントが生殖できたら大量生産できるじゃんって思ってる人たちが大騒ぎするわけです。

まあ最後になんとも切ないけれど詩的な終わりが待っていて、そこがとっても『ブレードランナー』なんですが、あんまりネタバレし過ぎちゃうと申し訳ないのでこのへんにしておきます。とにかく全体的に終末感漂っていて切ない。1作目は雨が切なかったんですが、今回は雪が切ない(何回切ないって書くんだ)。
かわいそうですね。人間じゃなくて、人間になりたい人たちって。
で、このレプリカントや「ホログラム彼女」というのは、なにかというと人間になりたがったり、生身の肉体を欲しがったりするんですよ。
これって僕ら人間は「そうかそうか」って気持ちよく観てますが、実際問題AIは人間になりたいんですかね?

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

人間そっくりのロボットは、幸せなのか

前回取り上げさせてもらった『her/世界でひとつの彼女』に哲学者のアラン・ワッツをデジタルに再現したAIが出てきたんですが、この勢いでAIが進化していくと現世にかつて居た人のコピー人格をデジタル環境に移植するってのは、そんなに難しいことじゃなくなるような気がするんですよ。
でも逆はどうなんですかね。たとえばAIを実装した人間そっくりのロボットって、そのAIにとっては幸せなことなんですかね。
なんとなく映画『A.I』のデイビッドくんも人間が大好きだったし、『ブレードランナー』の人工生命体たちも人間になりたがってるので、映画を観ている最中は「やっぱ人間が最高なのかな」って思っちゃいますが、忘れちゃいけないのは、これらの映画作品は人間が創ってるってことです。

人間の勝手な思い上がりで「AIは人間が好きに違いない」って話が多いですが、どう考えても怪しい。そもそも肉体などという壊れやすくて自由のきかない器(うつわ)にAIは入りたがるのですかね?むしろ人間の創ったAI系の映画を観て「勝手なこと言ってやがる」って笑うんじゃないでしょうかね。
まだそこまでのAIと人類は向き合ったことがないので彼らがどう思うのかは未知の領域ですが、AIは人間を羨ましく思ったりするんでしょうか?

僕は、人間の弱点と思われがちで実は素晴らしいところ、それは「死」から逃れられないということだと思うんですよね。有限だからこそ光り輝くものがあるということはなんとなく理解してもらえると思います。ほら、お金があり余ってるとなんでも手に入っちゃうんで買い物楽しくないって言うじゃないですか。あれの命版です。
もしAIに魂が宿ったら、それはほぼ不老不死なんで、もしかしたら有限だらけの人間が羨ましいっていうやつも出てくるかもしれないですね。
そしてそうなったとき (羨ましがられたとき)、人間である我々は有限の美しさや素晴らしさの中に何か大切な宝物を再発見できるのかもしれないですね。できたら羨ましがってくれるといいなぁ。

映画『ブレードランナー 2049』のワンシーン

3 登場するAIを考察

シンギュラリティがもたらす影響

本作の主人公Kはレプリカントであり、他人の記憶を移植された人工的な知能(AI)を有しています。

自らの記憶をきっかけとし、自分が何者かを疑うようになる場面ではKがレプリカントにも拘らず自我を持っていることがうかがえ、共感能力の有無を測るテストで不合格になってしまうシーンは、Kが人間のような感情の一部を持つようになったと推察できるもの。これらのことから「シンギュラリティ」について考えさせられます。

シンギュラリティとは「技術的特異点(Technological Singularity)」のことです。ここでは、AIが人間の知性を大幅に凌駕する時点や、その影響によって起こる人間社会や生活の大きな変化を指します。
このシンギュラリティがいつ起こるのかという予測は複数ありますが、シンギュラリティの提唱者である米国の未来学者レイ・カーツワイル博士は2045年と予測しています。
本稿第1回でも触れた自ら思考し行動できるという「強いAI」が実現すれば、シンギュラリティが起きる可能性は高くなると思われます。

シンギュラリティに到達することによってのメリットやデメリットはさまざまなものが予想されます。人間の業務は大きく効率化するでしょうし、人間がAIに仕事を奪われる可能性もあるでしょう。
シンギュラリティに達したとき、山崎監督が書かれたように、AIと人間の関係は未知の領域へと踏み込むと思われます。
いずれにしても、両者がそれぞれの特性を活かして共存していかなければならない未来となることは間違いなさそうですね。

AIをめぐるルールづくり

また、本作の中では、レプリカントの行動が安全性をもって制御されるよう、絶対に超えてはならない一線が社会のルールとして設定されていました。
それと同じように、わたしたちが暮らす現実世界においても、AI技術の発展や社会への浸透度が高まるにつれ、ますますAIに対する秩序整備や法規制などが重要となると考えられています。

こうした流れの中で、AIを扱う企業各社ではAI倫理の整備に取り組んでいます。
AI倫理とは、AIが人に悪い影響を及ぼさないよう、信頼できるAIの研究開発をしていくために必要なガイドラインのことです。

そこへの取り組みは企業だけではなく、各国の国家機関もAI倫理指針を公表するなど、国際的なルールづくりが世界中で進められています。

AIと共生するわたしたちの未来社会が健全かつ明るいものになるよう、今日も多くの議論が繰り広げられているのです。

Hello,AI Lab

『ブレードランナー 2049』

デジタル配信中
Blu-ray 2,619円(税込)/DVD 2,075円(税込)/
4K ULTRA HD & ブルーレイセット7,480円(税込)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

※本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。

プロフィール

山崎貴

山崎貴(やまざき たかし)

1964年生まれ。映画監督/VFXディレクター。 1986年に株式会社白組に入社。A.I.ロボット「テトラ」の活躍で知られる初監督作品『ジュブナイル』を皮切りに、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、『STAND BY ME ドラえもん』など数々のヒット作を手がける。2023年公開の『ゴジラ-1.0』でも、監督・脚本・VFXを務める。

Hello,AI Lab

Hello,AI Lab

最先端技術を研究・開発している、三菱電機のエキスパート集団。「AI技術で未来を拓き、新しい安全・安心を世界に届ける」をモットーに、これからの人や社会に貢献できる情報技術を生みだすべく、日々研究開発に取り組んでいる。