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第8回 エンターテインメント産業のゲームチェンジ
〜メタバースをめぐるビッグテックの覇権争い〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.8 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

この連載の第1回では、過去20年にわたって、スマホとソーシャルの普及により、「リアルファースト」から「モバイルファースト」へのシフトが起きたことを述べた。いまはその総仕上げの時期で、モバイルをインフラとしたB2Bの変革が起きている真っ最中だ。新しいもの好きでスイッチングコストが低いコンシューマー市場と比べると、保守的なB2B市場の変革は最も遅れてやってくるのがいつものパターンだからだ。

次に起こるのが「バーチャルファースト」へのシフトで、今後20年かけて、バーチャル経済圏が立ち上がっていく。コロナのために、本来ならもっと時間がかかるはずのところがぎゅっと圧縮され、仕事に関しては一気にバーチャルシフトが実現したのは想定外だったかもしれないが、この先、たとえコロナが終息しても、この大きな流れは変わらない。

2022年6月1日公開

メタバースへと至る4つの大きな潮流

世の中がバーチャルシフトしていくときの登り方は、大きく分けて4つある。

1つは、ヘッドセットをかぶるVR(仮想現実)で、メタバース世界に没入するためのテクノロジー。2つめはゲームで、VRヘッドセットをかぶらなくても、子どもたちはタブレットや家庭用ゲーム機を通じてオンラインゲームに集い、そこで新しい人間関係を築いている。3つめは、バーチャル空間の中だけで仕事を進めるリモートワーク。リモートの中で新しい仕事が生まれ、新しい仕事もリモートの中で探していく。4つめがSNS。リアルではなく、バーチャル空間で多くの時間を過ごすようになると、人間関係もリアル前提ではなく、バーチャルメインになっていく。

この4つが、すべてメタバースに向かって収束していく。メタバースというのはVR、ゲーム、リモートワーク、SNSの集合概念なのだ。

メタバース世界の成立を支える社会の4つの変化)

ふらっと出会うためのコストを下げられるか

コロナが落ち着いて、たまに人と会って話をすると、やっぱりリアルのほうがいいと感じる人もいるかもしれない。しかし、いったんオンライン会議に慣れてしまうと、日程調整の面倒くささや移動や待機時間が無駄に思えてくる。リモートワークの便利さや気安さには捨てがたい魅力があり、仕事という共通の目的がある場合は、対面でないからといって、そこまでストレスを感じることはないはずだ。

リアルのほうがいい、という人が求めているのは、仕事というよりはむしろ雑談の場だ。職場の同僚たちと交わす何気ない会話や、社内でたまたますれ違った相手と近況報告し合うといった、偶然の出会いとそれがもたらすひらめき、セレンディピティがリモート環境では起きにくいことが問題なのだ。

つまり、参加者が事前に決まっているオンライン会議は、仕事を進めるうえでは理にかなっているが、明確な目的を持たない集まりには向かない。コロナ禍で一時、音声SNSが人気を集めたが、それは「そこに行けば、きっと誰かおもしろい人がいて、気ままに話ができる」場として重宝されたからだ。しかし、ブームが過ぎ去って、人が集まらなくなると、ふらっと人と出会うためのコストがふたたび跳ね上がってしまった。

とはいえ、人と出会うためのコストが高いのは、テクノロジーの問題ではなく、習慣の問題だ。毎日放課後にオンラインゲームに興じている子どもにとっては、そこに行けば必ず知り合いがいる状態で、出会うためのコストは限りなくゼロに近い。さらに、アバターを見れば、こいつは頼りになるスナイパーだとか、あいつは防御のための砦をつくらせたら誰にも負けない、といったことまで瞬時にわかる。それぞれのプレゼンス(存在感)が高まっているから、子どもたちは、学校の人間関係よりも、むしろゲーム世界の人間関係にリアリティを感じていたりするのだ。

大人たちがふらっと気軽に立ち寄れる場がどこなのか。音声SNSなのか、ゲームなのか、バーチャル空間なのかはわからないが、それに成功したサービスがメタバース市場で大きな存在感を持つのは間違いない。

20年後を制するための先行投資

メタバースへの4つの登り方のうち、VRについては、まだ時間がかかりそうだ。VRヘッドセットの予想出荷台数は2022年で1500万台、3年かけても3000万台ほどで、累計1億台に満たない(*1)。プレイステーションの販売台数が累計1億台ほどだから、VR方向から攻めても、3年後にみんなが使っているゲームプラットフォームができた、といったレベルにすぎず、家庭用ゲーム機を買わない大方の人にとっては日常とはほど遠い。スマホが年間13.5億台出荷される(*2)のと比べると、その差は一目瞭然だ。

一方、ゲームについては、時間を持て余した子どもたちには集合場所を提供できても、忙しい大人たちがふらっと集まる場を用意するには、まだ課題が多い。とはいえ、ゲームとファイナンスを結びつけたGameFiが普及して、「ゲームをして稼ぐ」ことが一般的になれば、大人たちも堂々とゲームの世界に入り浸れるようになるかもしれない。

ではなぜ、いま「メタバース」がこれほど注目を集めているのか。いいかえると、なぜフェイスブックがメタに社名変更し、なぜマイクロソフトがゲーム会社を7.9兆円もの大金で買収した(*3)のか。

メタが世界の時価総額トップテンの仲間入りを果たしたのはフェイスブックの成功のおかげで、SNSという人がつながる場を奪われると、価値が暴落するリスクがある。20年のスパンで考えると、人間関係の中心がリアルからバーチャルに移っていくのは間違いないため、バーチャル世界でもトップ企業であり続けなければいけない。だから、2014年にまだ売上がほとんどなかったVR企業を買収したのであり、現に、VRヘッドセットではメタが75%以上の圧倒的なシェアを占めている(*4)。

アップルが初代iPhoneを発売した2007年から10年以上かけて現在の地位を築いたように、メタは10年後、20年後を見据えてVRからメタバースへ切り込み、SNSに代わるバーチャルな人のつながりを獲りにいこうとしているのがわかる。先ほどの図の上2つから攻めるのがメタの戦略だ。

一方、マイクロソフトは図の下2つからメタバースへと迫ろうとしている。マイクロソフトのことをOSの会社だと思っている人は多いが、彼らの強みはむしろエクセルとパワーポイントという仕事上の共通言語を握っていることだ。取引先がエクセルを使っていれば自分も使わざるを得ないからだ。しかし、会社にいてパソコンで仕事をする世界から、バーチャル空間で仕事が完結する世界になると、リモートワークの共通言語を失ってしまうと、彼らの牙城が崩されることになる。だから、仕事上のコミュニケーション&コラボレーションツールとして人気の外部サービスに対抗してTeamsを立ち上げ、コロナで爆発的に普及したオンライン会議機能もTeams内に取り込んだのだ。

また、マイクロソフトのXボックスは、家庭用ゲーム機としてはプレイステーションや任天堂に次ぐ第3位のポジションに甘んじてきた。しかし、ゲームがメタバースに向かうためのステップとして、まずネットフリックスのようなサブスクリプション(定額使い放題)モデルに移行し、さらにストリーミングゲーム化していく地殻変動の中で、ゲーム機本体の性能よりも、人気コンテンツを握ったところが勝利する可能性が高まった。マイクロソフトが大枚はたいてゲーム会社を買収したのはそのためで、ゲーム専用機よりもパソコンやスマホやタブレットが主戦場になれば、マイクロソフトに一日の長があるのは明らかなので、ここで主役交代が起きるかもしれない。

バーチャルに閉じたVRと、リアルとの接点を拡張するAR

メタとマイクロソフトの2社がメタバースをめぐる争いの中心にいることは疑いようがない。では、ほかのビッグテック、グーグルやアップルやアマゾンはどこを目指しているのか。

グーグルの場合、彼らが死守すべき牙城は検索なので、VRよりもAR(拡張現実)のほうが主戦場となる。目に入ったものを、わざわざスマホを取り出して検索するよりも、目に入った瞬間、ARグラスに関連情報が表示されるほうが利便性が高いからだ。そのため、グーグルは2013年に早くもグーグルグラスというARグラスを出して物議を醸したが、決して手を引いたわけではなく、次のタイミングを虎視眈々と狙っているはずだ。

スマホの王様となったアップルも同じで、ARグラスがiPhoneを兼ねるようになれば、アップルの時価総額は崩壊する。VRよりもARのほうが技術的難易度が高いので、まだ入手しやすい価格で出せないだけで、コストが吸収できたタイミングで、アップルがARグラスの決定版を出してくるのは容易に想像できる。

アマゾンも自社ECサイトの販売につなげるには、VRよりもARのほうが重要だ。街中で出会った広告や、誰かのファッションが気になったら、ARグラスで即注文できるようになれば、そのほうがはるかに便利だからだ。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。