日本のB2B企業の経営者の多くは、マーケティングの重要性を理解しているものの、自社の課題や弱点を明確に把握しているとは限りません。また、マーケティングツールに多額の投資をしたにもかかわらず、期待したような売上につながらず、悩みを抱える企業も少なくありません。こうした状況の中で、今注目されているのが、企業全体でマーケティング戦略を連携・統合し、顧客への提供価値を高める「マーケティング・オーケストレーション」です。本特集では、その概念と実践に向けた具体的なアプローチを解説していきます。
全体最適を実現する
マーケティング・オーケストレーション
マーケティング・オーケストレーションは、1980年代にアメリカで注目され始めた経営戦略です。社内の研究・開発、設計、生産技術部門から、ブランディング、デマンドジェネレーション、セールス、販売代理店のマネジメント、さらには海外の現地法人部門に至るまで、すべての関係者がマーケティングとセールス活動を全体最適の観点で調和させることで、まるでオーケストラがシンフォニーを奏でるようにマーケティングを実行することを指します。従来のマーケティングは、一部のマーケターに依存することが多く、それが部分最適化を招いてきました。これらを是正する概念として誕生したのがマーケティング・オーケストレーションです。
多くの日本のB2B企業のマーケティング活動を分析してみると、まさに部分最適の状態にあるといえます。こういった状況を改善するために日本のB2B企業は、経営者が率先してマーケティング・オーケストレーションに舵を切ることが求められています。
テクノロジーの進化によりMOpsやRevOpsが台頭
近年、マーケティング・オーケストレーションが注目されている背景には、各種マーケティングツールの進化があります。アメリカでは10年~15年ほど前から、企業のマーケティングプロセスをシステムで統合・最適化するマーケティングオペレーション(MOps)の概念が台頭してきました。その名が示すとおり、当初はMAツールを用いてメール配信やデータメンテナンスなどの実務を担うオペレーション専門チームの位置付けでした。
このMOpsが注目を集めるようになった理由は、マーケティングツールが急増したことにあります。2012年に350程度だったツールが、現在は1万1,000を超えています。ツールが多様化する中で、自社のマーケティング戦略を実現するために何を選び、どう組み合わせてパフォーマンスを最大化するかがポイントになりました。
さらに、売上(Revenue)と運用(Operations)を組み合わせた「RevOps(レブオプス)」にも注目が集まっています。RevOpsとは、収益につながるマーケティング、セールス、カスタマーサクセスの3つに関わるテクノロジーとオペレーションを統合し、収益の最大化を目指す組織のことです。MAに代表されるMar Tech、SFA(Sales Force Automation)やCRM(Customer Relationship Management)に代表される Sales Tech、CMS(Contents Management System)やCDP(Customer Data Platform)に代表されるCustomer Success Techをそれぞれ統合して運用するのがRevOpsのコンセプトです。
このようにツールが増え、ユーザーが増え、ノウハウも増えていく中で、マーケティング・オーケストレーションが重要になってくるのも自然の流れといえます。
編曲者と指揮者の役割を兼ねる
CMOが美しいハーモニーを奏でる
企業がマーケティング・オーケストレーションを推進するうえで、指揮者となるのが最高マーケティング責任者(CMO:Chief Marketing Officer)です。日本のB2B企業でマーケティングが機能していない原因のひとつは、「人」と「組織」の問題であり、真のCMOが不在であることにあります。経営戦略を策定するのは最高経営責任者(CEO:Chief Executive Officer)の役割で、それは通常「中期経営計画」としてまとめられます。そして、中期経営計画に基づき、目標の数字を達成するためのマーケティング戦略を策定・推進するのがCMOの役割です。
つまり、経営戦略を策定するCEOは主旋律を書く作曲家であり、CMOは製品やサービスの開発、マーケティング活動、セールス活動の特性を踏まえて最良の調和を引き出す編曲者ともいえます。さらにCMOは指揮者の役割を果たし、テンポや強弱を各担当者に伝え、思い描いたハーモニーを奏でられるように仕上げていきます。
ところが、日本には、リーダーシップを担えるCMOが在籍するB2B企業は多くありません。そこで、社員がマーケティングを学び、ナレッジを蓄積していく必要があります。
図1:マーケティング・オーケストレーションのイメージ
出典:シンフォニーマーケティング株式会社
世界的潮流となるABMとPRMへの取り組み
現在のB2Bマーケティングにおいて世界的潮流となっているのが、“特定の重要顧客”を対象に戦略的にアプローチを行うABM(Account Based Marketing)です。日本のB2B企業は営業力が高く、製品やサービスの競争力にも優れています。新規顧客の開拓も熱心で、展示会、SEO対策、Webサイトの充実などに取り組んでいます。
ABMは、アカウントセールスをデジタルの力で支援する手法であり、顧客情報を統合し、マーケティングとセールスを連携させることで、定義されたターゲットアカウントからの売上最大化を目指します。従来の人による営業では、時間と肉体の制約があるため対応には限界があります。しかし、ABMを活用すれば、限界を超えることができ、ポテンシャル以上の売り上げを生み出すことが可能になります。実際、グローバルのB2B企業大手では、ABMによって目覚ましい成果を出しています。
ABMと並んでもうひとつの重要な戦略が、販売代理店との良好な関係構築を目指すPRM(Partner Relationship Management)です。世界のB2B商材の約70%は販売代理店経由で販売されていることから、マーケティング先進国の欧米ではPRMの研究が進み、すでに大規模な市場が形成されています。一方、日本ではPRMがまだほとんど知られておらず、世界から大きく遅れているのが現状です。
代理店への販売支援やトレーニングの提供、顧客情報などのデータの共有、製品情報や販売ノウハウの提供といった取り組みを通じて、代理店ビジネスの売上最大化を図るPRMを強化することで、代理店との連携が円滑になり長期的な効果が期待できるようになります。
日本でも、ABMに取り組む企業や、マーケティング部門を新設する企業、マーケティングの知見を深めるために研修を実施する企業など、成果を上げる企業が徐々に増えています。世界からの遅れを取り戻すためにも海外動向に目を向け、マーケティング・オーケストレーションに取り組むことが重要です。
- 本記事は、シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役 庭山一郎氏への取材に基づいて作成しています。
- 参考文献:「儲けの科学 The B2B Marketing」(庭山一郎・著、2024、日経BP社)
シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役
中央大学大学院 ビジネススクール客員教授庭山 一郎(にわやま・いちろう)
1962年生まれ、中央大学卒。1990年にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。35年間で約600社の企業に対しB2Bマーケティングのコンサルティングを手掛ける。各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスの戦略立案、組織再編、人材育成などのサービスを提供。海外のB2Bマーケティング関係者との交流も深く、世界最先端のマーケティングを日本に紹介している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授、早稲田大学大学院WASEDANEO講師、IDN(Inter Direct Network)理事、「日経クロストレンドBtoBマーケティング大賞2024・2025」審査委員長。著書に、『法人営業は新規を追うな重要顧客と最高の関係を築くABM』(日経BP)、『儲けの科学 The B2B Marketing』(日経BP)、『BtoBマーケティング偏差値UP』(同)など多数。
シンフォニーマーケティング株式会社