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成長し続ける人材を育むウェルビーイング経営の考え方と進め方

2022年6月 | Special focus

近年、従来の福利厚生の枠組を越えて、より積極的に従業員の健康や幸福度の向上に取り組む企業が増えてきました。ウェルビーイング経営は、企業が従業員を心身ともに良好な状態に保つことで、最終的な業績の向上につなげるようとする新しい考え方です。本特集では、ウェルビーイングおよびウェルビーイング経営とはどのようなものか、なぜ取り組む必要があるのか、どのように実施するのかなどについて解説します。

ウェルビーイングは、体の健康に限らない“良好な状態”

「ウェルビーイング」(Well-being)とは、心と体の両方のコンディションが良好な状態のことを指します。体が健康で活力に溢れ、仕事や人生にやる気を持って前向きに取り組むことができているような状態です。

ウェルビーイング経営とは、働く人が心身ともに“ウェルビーイングな状態”にあるように企業が積極的に働きかけることで生産性や業績を高め、企業自身も良好な状態に持っていこうという考え方です。

多くの日本企業は、昔から従業員が健康な社会生活を送れるよう様々な福利厚生を提供してきました。近年では、身体的な健康だけでなく、メンタルヘルスのケアも行うところが増えています。

健康に関する施策は基本的に「病気にならない」「病気を早期に発見して治療する」ことを目指しています。多くの人にとって“健康”とは“病気ではない”、すなわちニュートラルな状態というイメージがあります。これに対して、ウェルビーイングは健康な心身を土台として、高いモチベーションを持って物事に取り組めるプラスの状態を指す言葉となります。

ウェルビーイング経営が注目される背景のひとつには、人材が貴重になっていることがあります。優秀な人材に高いパフォーマンスを発揮してもらうためにはコンディションの維持が大切です。体力や精神に余裕がなくモチベーションが低い状態では、新しいアイデアやイノベーションは生まれにくくなります。

また、テクノロジーの進化によって市場環境が急速に変わる現代においては、働く人は絶えず新しい知識や技術を習得して成長しつづけることが求められます。そのためには環境の変化や新しい仕事に前向きに挑戦できる状態を保つ必要があります。ウェルビーイング経営は長期に渡って成長できる人材を育むサステナブル(持続可能)なマネジメント手法ともいえます。

従業員のウェルビーイングは、心身の健康を土台にした2階建て構造

従業員のウェルビーイングは2階建ての建物に例えることができます(図1)。1階部分は、従来の福利厚生や健康管理によって実現する肉体的・精神的な健康です。この心身の健康を土台として2階部分には、仕事や組織への愛着や帰属意識、仕事への前向きな取り組みなどが乗ります。2階部分の改善にはモチベーションを高める手法やチームビルディングといった経営学の知見などが活かされます。

ウェルビーイング経営では、従業員のウェルビーイングを高めることを組織の課題として捉え、積極的にその改善に取り組みます。また、従業員のウェルビーイングの1階部分と2階部分の両方を同じように重視します。例えば、心身は非常に健康であっても仕事には積極性がない状態や、あるいは仕事へのやる気に満ちていて本人は幸福感を感じているが働き過ぎて体を壊してしまうといった状態はウェルビーイングとはいえません。

多くの企業では身体の健康を保つための福利厚生と仕事のモチベーションを高めるための施策が別々に行われています。ウェルビーイング経営では、様々な施策を従業員のウェルビーイングというひとつの目標に向けて統合して運用することになります。

また、ウェルビーイングな状態を維持するためには従業員自身による自己管理も必要になります。従業員自身がウェルビーイングに関心を持ち、正しい知識に基づいて自らのコンディションを整えられることを目指します。特に、テレワークが増えている現在では、自己管理の重要性が高まっています。不調を感じたときに自身で対処するだけでなく、自ら支援を求められる能力も必要です。

図1:ウェルビーイング経営とは

図1:ウェルビーイング経営とは

ウェルビーイング経営における従業員のウェルビーイングは2階建て構造として考えられる。
出典:武蔵大学 森永 雄太 氏

ウェルビーイングを実現するための施策を統合的に実施する

実際にウェルビーイング経営に取り組む場合には、まず企業として目指すウェルビーイング像を決定します。そして目指すウェルビーイング像を実現するために必要な体制を構築します。その際には、組織の改変や社内制度や規定の見直しなどが必要になる場合もあるでしょう。

ウェルビーイング経営の具体的な施策は以下のように多岐にわたります。

  • 健康診断など安全や衛生面に関わる施策
  • 人材育成、キャリア開発など成長・育成に関わる施策
  • テレワークや育休制度などワークライフバランス施策

さらに、組織の中で自分の考えや気持ちを安心して発言できる心理的安全性の確保などもウェルビーイングを実現するための要素といえるでしょう。従業員の健康やウェルビーイングへの関心を高めるためのイベントを実施する場合もあります。

施策の中にはウェルビーイングの実現のために新しく導入するものもあれば、従来から行っているものもあるはずです。重要なのは、これらをウェルビーイングの実現のための施策として統合的に運用することです。統合的な運用を行うためには部署間の連携や情報共有が必要になります。

従業員の状態を把握し、改善を続けることが大切

ウェルビーイングに関する施策は継続的に改善していくことが重要です。そのために従業員の状態をきちんと把握し、施策の効果を測定します。効果の測定は、健康診断のように数値で得られるものもあれば、心の状態のようにアンケートや聞き取り調査によって得られるものもあります。従業員に負担をかけずに状態把握や効果測定を行ったり、新たな視点で分析を行うためにITの活用は不可欠となるでしょう。中でもテレワークの普及による在宅社員の状況把握とサポートはウェルビーイング経営に取り組む企業の課題のひとつとなっています。

ウェルビーイング経営には、決まった形というものはありません。企業によって目指すウェルビーイングの姿は異なり,組織の作り方や実施する施策の内容、さらに従業員の健康や生活習慣にどこまで組織が干渉するかという点も、企業によって変わってきます。ウェルビーイング経営に取り組むことは、自らの企業文化を見直し、将来へ向けた会社のあり方について再考する機会にもなるでしょう。

  • 本記事は、武蔵大学 森永 雄太 氏への取材に基づいて構成しています

武蔵大学
経営学部 経営学科教授
森永 雄太 氏

兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年, 共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。