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未来を描き出すのは「ユーザー視点」と「最新技術への理解」

三菱電機株式会社 デザイン研究所
UIデザイナー
橋本 孝康

移動を通して暮らしを豊かにするモビリティ

私は車載情報機器グループの一員として、カーナビゲーションやメーターなどのカーマルチメディア製品のUIデザインを手がけています。2019年の東京モーターショーで発表した「EMIRAI S」(イー ミライ エス)ではクリエイティブディレクターとして、コンセプトに「移動を、くらしのヨロコビに」を掲げ、2030年頃の世界を走るキャビン型のコンセプトカーを提案しました。EMIRAI Sは、高速道路などの特定の場所での自動運転ができることを想定しています。三菱電機のさまざまな技術を融合させるプロジェクトでもありました。

本プロジェクトは、事業、技術、デザインの各部門のメンバーで構成されるチームのディスカッションから始まりました。はじめに「2030年頃の未来社会、移動」をテーマとして、各々が思い描くイメージやキーワードを持ち寄ります。ディスカッションをファシリテートしたり、集まったアイデアをわかりやすくイラストや図にまとめるのはデザイナーの役目です。次の打ち合わせでは、この絵や図を元に議論を深めます。2030年頃を想定した時に重要になるのが「MaaS」(Mobility as a Service=サービスとしての移動)というキーワード。

自家用車だけでなく、公共交通機関など多様なモビリティを駆使した移動がスタンダードになる。そのとき三菱電機はどう貢献するのか。検討した結果、三菱電機のさまざまな分野の技術を掛け合わせ、移動を通して暮らしを豊かにするコンセプトカーを提案することになりました。そこで、さっそく各研究部門で取り組んでいる研究テーマを200以上リストアップし、EMIRAI Sと相性の良さそうな最新技術を選りすぐっていきました。

併行してEMIRAI Sが行き交う未来を描いたシナリオの制作もスタート。ここではマンション住まいの3人家族がEMIRAI Sで祖父母を迎えに行き、空港まで一緒に移動するストーリーを描いています。家を出た瞬間にエレベーターがオンタイムでやってくるほか、EMIRAI Sがエントランスまで自動で迎えにくるといった移動シーンを採り入れました。車内では、生体センシング技術によってドライバーの体温や脈拍を測り、疲労や眠気、体調急変を検知して、安全な移動を支えます。また、移動時間を楽しく過ごせるよう、車内で注文したアイスクリームを、道中で搬送用ロボットから受け取るシーンも。このシナリオを映像化したことにより、EMIRAI Sが活躍する未来をプロジェクトチーム内で明確に共有できたはずです。

VRを活用したユーザー体験の作り込み

本プロジェクトでは、UIデザイナーとしてVR(仮想現実)を用いたプロトタイプ(=試作)にも挑戦しました。通常のプロトタイプだと、まず平面的な構想から取りかかります。しかし今回はスピーディーに検証するために、最初からVRによって立体的にEMIRAI Sの内観と外観を描き、想定する空間でデザインを体感できるようにしました。

こうすれば、早い段階で完成イメージをチーム内で擦り合わせられるのが利点です。またVRであれば物理的なプロトタイプよりも作り直しは容易になります。実際、何度もデモンストレーションを重ねながら、表現の細部を詰めていきました。VRは開発効率化の面でも役立ちました。例えば、EMIRAI S乗車シーン。ドアとシートの動きと表示の演出について、VRで何パターンも比較検証してデバイスの制御仕様を前もって作り込むことで、モノを作ってからの調整作業を最小限に抑えることができました。開発を効率化できたことで今まで以上にユーザー体験の作り込みに集中できました。

東京モーターショーでは、いかにEMIRAI Sの技術をわかりやすく伝えるのか。これもデザイナーの腕の見せどころです。今回、特に力を注いだのが、音声分離技術の伝え方でした。この技術は一般的な音声認識技術とは異なり、同時に複数人の声を聞き分けられる三菱電機独自のもので、どの座席の人が、いつ話したかを聞き分け、快適なコミュニケーションを支援することができます。その技術のすごさを体感してもらうには、複数人が同時に発話する必要があるのですが、展示会の場ではなかなか自然に発話してくれません。そこで、声でコンテンツを選び合うゲームのような演出をUIに取り入れることによって、来場者が同時に言葉を発したくなるように仕向けました。実際、促されずとも楽しんで言葉を発する来場者を目にしたときには、狙い通りのUIができたと嬉しく感じたものです。

VRを用いたコンセプトカーと展示計画のプロトタイプ
VRを用いたコンセプトカーと展示計画のプロトタイプ

空想で終わりではなく、すばやく実装していきたい

三菱電機の最先端技術にいち早く触れ、ひとつにまとめあげる本プロジェクトは、責任も重大ですし、やりがいのある仕事でした。私自身、工学部のデザインコース出身ですので、デザインと同じくらいエンジニアリングを大切にしています。技術の仕組みや背景をきちんと理解し、ユーザー視点をもって採り入れる。これこそがデザイナーの役目だと思います。

日頃からさまざまな調査を通じてユーザーの声に触れていますが、東京モーターショーという一大イベントでの反応は大きな収穫です。実際のところ、自動運転やMaaSへの期待がある一方で、まだまだ抵抗を感じる人も少なくありません。こうした経験が、ユーザーのニーズに沿った製品づくりに役立てられています。

EMIRAI Sのように未来の様子を空想するプロジェクトにも大きなやりがいがありますが、やはりデザインの醍醐味は、つくったものを日常的に使ってもらうこと。私が過去に手がけたものの中で最も多くのユーザーに触れられているのは、空港にある自動チェックイン機です。タッチパネル操作で搭乗手続きができるこの機械が空港にずらりと並び、たくさんの搭乗客が利用しているのを目の当たりにしたときには、大きなやりがいを感じました。

今後はもっと早いサイクルで、デザインしたものを社会に実装していきたいですね。そのためにもVRプロトタイプといった新たな手段も駆使しながら、効率良く社会にプロダクトをアウトプットしていければと思います。
「EMIRAI」は三菱電機株式会社の登録商標です。
「東京モーターショー」は社団法人日本自動車工業会の登録商標です。

三菱電機株式会社 デザイン研究所
UIデザイナー

橋本 孝康

2010年入社
インタフェースデザイン部にて家電や公共サービス端末のUIデザインを担当。
現在、産業システムデザイン部で自動車機器のコンセプトモデルや製品のUIデザインを手掛ける。