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デザインの新たなフィールドを開拓したい

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
鈴木 修平
スケールモデルのパーツ一覧

研修そのものをデザインする

私が担当した仕事のひとつに、エレベーターとエスカレーターの据付工事の研修を支援するツールがあります。従来の研修では紙のマニュアルで基礎知識を学びますが、それだと専門用語ばかりで難しい。その上、構造や組み立て方を理解するのも大変でした。もっと簡単に学べる方法はないか。そう考えて開発したのが、組み立て工程を解説した動画と、エレベーターとエスカレーターを1/5サイズにしたスケールモデル、学んだ内容を復習するアプリ、研修を指導する指導者向けマニュアル、そして研修の有効性を評価する教育効果測定ツールの5点です。

特に力を注いだのが、1/5スケールモデルです。研修では座学のあとに実機を使った組立訓練があるのですが、全行程を学ぶには2週間もの時間を要します。非常に重要な研修ですが、これほど時間をかけていると、前半に学んだ工程を忘れてしまいかねません。そこで、半日程度ですべての工程を学ぶことが可能な組み立て式のスケールモデルを制作することにしました。開発するにあたり、構造や部品の名称、組み立て手順を学ぶため、実際の工事現場に出向いたり、製品の組み立てマニュアルや実機の図面を読み込んで理解を深めていきました。それらをもとに3DCADでパーツを1点ずつ制作していきました。1/5サイズといっても、そのまま縮小するわけにはいきません。ボルトまで小さくしてしまったら、模型として組み立てられません。そこで必要なパーツを選別し、現場の方たちのアドバイスを反映しながら設計していきました。

このツールで目指したのは、体を動かしながら楽しく学べることです。組み立ての際には3〜4名が1グループになり、話し合いながら組み立てていきます。組み立てる順番によって3色に色分けしているのも、工程を理解しやすくすることに加え、楽しんでもらうための工夫です。従来の研修にはないワクワク感を与えることで、工程が記憶に残りやすくなるように配慮しました。

工程を覚えることも大切ですが、工事現場で最も大切なのは安全対策です。エレベーターは組み立てる工程を間違えてしまうと、かごが落下して大事故につながりかねません。その点、1/5スケールモデルなら作業手順を間違ってしまっても、ミニチュアのかごが落ちるだけで、失敗として体験することができます。実機では許されない失敗を繰り返しながら着実に安全対策を身につけられるのも、このツールの強みです。

現場で起こることに嘘はない

実のところこのプロジェクトは、据付の工事をする部門が掲げた「現場改善プロジェクト」から派生するものでした。工事現場の困りごとを解決し、よりよい職場環境にするために始まりました。その一環として2014年にビルシステム事業本部から、何か新しいことを提案してほしいという相談を受け、どのようなことに研究所として貢献できるかを担当者へのヒアリングを重ねながら検討していきました。見えてきた課題の一つに、入社2~3年目になる若手社員の早期退職という問題があります。実態把握のために若手社員やその上司を対象にアンケートやインタビューを行いましたが、はっきりとした原因はわからず、そのため実際の作業状況を調べるために「エスノグラフィー」を使って調査をすることにしました。

エスノグラフィーとは、文化人類学や社会学、心理学での調査手法として広く知られています。主にフィールドワークによって人の行動を詳細に観察することで問題やニーズの発見を行います。私はこの研修ツール開発と並行して、同じように工事現場で働く現場監督の現場改善施策の取り組みも行っていました。工事現場で働く方に向けた一連の取り組みの中で、関東、関西にある支社を拠点に、合計5ヵ月、44箇所の工事現場に同行。始業から昼食、終業までをともにして、疑問に感じたことをその都度インタビューし、音声、映像、写真、テキストでつぶさに記録しました。

エスノグラフィーを通じてわかったのは、若手社員の実態です。若手社員の多くが高校を卒業したばかりの方です。エレベーターやエスカレーターのことをほとんど知らない状態での専門用語だらけの研修を経て、知識が定着しないまま現場に投入されていました。そのため、現場が今どんな作業をしているかわからない、自分の作業がどれほど重要なのかもわからない、といった状況に。結果、モチベーションが低下していたのです。

エスノグラフィーは真実を得られる調査方法だといわれます。私も「現場で起こることに嘘はない」ということを肌で感じることができました。

未知なる領域にこそ、自分を高める出会いがある

こうした取り組みを4年間行い、その間に様々なツールを提供していきました。工事部門が一丸となった「現場改善プロジェクト」やこのツールのおかげで、離職率は2桁から1桁台になったと聞いています。研修を受けた9割以上の方からも「楽しかった」という反響をいただきました。ユーザーから「楽しく学ぶ」という狙い通りの言葉をもらうことができ、とても嬉しく思います。また、今回の研修ツールは若手の据付職人だけでなく、他の部門からも反響が大きかったため、アレンジを加えるなどして転用することができました。

私自身、この仕事に携わるまではコツコツとものづくりに取り組むのが好きなタイプでした。ですが、5ヵ月間に渡ってエスノグラフィーを経験したおかげで、現場でしか得られない情報、課題がたくさんあることを知りました。スタート当初、入社2年目だった私は、エレベーター、エスカレーターの知識はなく、エスノグラフィーをやったことはありませんでした。なかなか現場の雰囲気になじめず、調査も思うように進められず、苦労しました。記録の取り方、ヒアリングのタイミングなど、調査の仕方も試行錯誤の連続でした。ですが、必死になって周りの方たちとコミュニケーションを取りながら、なぜこの現場に私がいるのかということを徐々に理解してもらったおかげで、次第に協力してもらえるようになっていきました。調査に入ってしばらくしてから現場の上長に「一緒に飲みに行くか?」と誘われたときの喜びは、今も忘れられません。現場に長く関わることで知識も深まり、すっかりエレベーターやエスカレーターのファンになりました。結果的に、その熱意が研修ツールのデザインに反映され、説得力のある仕上がりにつながったと自負しています。

自分にとって未知の領域にこそ、新たな出会いや学びがあるものです。これからも自分の殻に閉じこもらず、あらゆる現場に飛び込んでいきたい。結果としてデザインが貢献できるフィールドを、どんどん広げていきたいと思います。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

鈴木 修平

2014年入社
産業システムデザイン部にて、エレベーター周辺機器のプロダクトデザインや、エスノグラフィー手法を用いて教育支援ツールの開発などを担当。現在はUXデザインを主体に、大手自動車メーカーに向けた自社製品の受注支援活動を手掛ける。