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vol.15
時代を創ったオーロラビジョンの表示技術を開発し、「IEEEマイルストーン」に認定
三菱電機 長崎製作所 品質保証部 開発品質推進課 工学博士 原 善一郎
技術編

時代を創ったオーロラビジョンの表示技術を開発し、
「IEEEマイルストーン」に認定

2019.12.02

穏やかな海面をたたえる大村湾に面し、豊かな長崎の自然に囲まれた長崎製作所は1923年の発足から90年以上重電技術を生かした大型案件を手掛けてきました。その中でもドジャースタジアムに初号機が納入された大型映像情報システム「オーロラビジョン」(海外名ダイアモンドビジョン)は、その高い映像品質だけでなく、球場を盛り上げる運用ソフトも高く評価され、国内外でこれまで2,100面以上が導入されてきました。初号機開発の直後に入社した原さんは長くオーロラビジョンの開発に携わり、高解像度と省エネ性能を併せ持つ製品の開発を続けてきました。オーロラビジョンの歴史と共に歩んできた原さんに、時代の変化に伴いどのような課題があり、それをどう乗り越えてきたか、お話をお聞きしました。

初期のオーロラビジョンの表示デバイスをゼロから開発

大型の映像表示装置は、競技場からビルの壁面まで、さまざまな場所で目にします。三菱電機では1980年にフルカラーの大型映像装置「オーロラビジョン」を開発し、実用化したとお聞きしました。原さんは、オーロラビジョンの開発に関わられて長いということですが、これまでどのようにオーロラビジョンの開発に関わってきたか教えてください。

原さん:私が入社したのは第一世代のオーロラビジョンが開発された年の1年後ぐらいです。ドジャースタジアムで初めてのデビューをした後ですね。最初の開発は、蛍光表示管を使った近距離型オーロラビジョンでした。第一世代は、画素にCRTを使った画期的な製品でしたが、画素密度が粗く、100m以上離れて見ることが必要でした。解像度を上げると画素数、すなわちCRT※1の数が増えてコストが大きく上がってしまうので、低コストで近距離からも見ることができる高解像のオーロラビジョンを開発することが最初の任務でした。これにはテレビ信号の入力からそれを処理して表示することまで、全体の機能設計に関わりました。

  • ※1 CRT(Cathode Ray Tube):テレビのブラウン管。蛍光物質に電子線を照射すると発光する現象を利用した表示素子。また、そのような原理を応用したディスプレイや映像表示装置のこと。
初期の発光素子を懐かしそうに手にする原さん
初期の発光素子を懐かしそうに手にする原さん

低コストで近距離からも見ることができて、高解像という課題の解決はスムーズにいったのでしょうか。

原さん:いえ、発光素子、制御の回路ともに初めての開発で最初の1年は実験に明け暮れ解決方法も見つからない状態でした。開発が中止になってもおかしくないような時に、上司が何とか開発費を捻出して開発を続けさせてくれました。土壇場になって制御の方法が見つかり、そこから重要な発明が次々と生まれ、画像の表示に成功しました。製品化には至りませんでしたが、技術は次の第二世代に受け継がれていきました。

主にキーデバイス(発光素子)の変遷 主にキーデバイス(発光素子)の変遷

オーロラビジョンの歴史は、第一世代から現在の第三世代のLEDを使ったものまで長い歴史があるのですね。第二世代ではどのような開発に関わりましたか。

原さん:第二世代のオーロラビジョンでは、蛍光表示管とCRTの原理を応用した表示デバイス(フラットマトリックスCRT)を開発しました。この時もコストを上げずに表示密度を高めることが命題でした。第一世代と異なり発光素子が独立したものでなく、16画素がユニットにまとまったもので仕組みが全く異なるため、第一世代の電子回路の設計が使えません。これもゼロからの開発でしたが、近距離型オーロラビジョンの技術が役立ちました。「フラットマトリックスCRT」とは私が名前をつけたのですが、表面が平面で行列上に画素が並んでいるCRTという意味です。

「フラットマトリックスCRT」は緑が2つ、赤、青が1つと3つの色で蛍光体を塗り分けた
「フラットマトリックスCRT」は緑が2つ、赤、青が1つと3つの色で蛍光体を塗り分けた

それは大きなチャレンジですね。どのような部分に一番ご苦労なさったのでしょうか。

原さん:発光素子は、画素が行列上に並んでいるので、行と列を別々に制御しなくてはいけない。その制御方法の開発に苦労しました。さらに内部は、行と列の電極を基盤上に印刷して電極の構造をシンプルにしました。これはその前に開発途中で経験した不具合がヒントになって生まれたものです。印刷で電極を作るというのは、これまで社内でもやったことがなかったので懐疑的な人も多く、理解を得るのに時間がかかりました。試験できちんと制御できて画像が映った時は本当にうれしかったですね。

第二世代のオーロラビジョンの特徴はどんなことがあげられますか。

原さん:第一世代に比べて画素の密度も高まり、高解像で省エネ性能が高いことです。15メートルぐらいまで近づいて見られるようにもなりました。電極を印刷にするなど、内部もいろいろ工夫したことで価格も抑えられました。高解像度とコスト削減、省エネを両立し、屋外の高輝度用途から屋内の高解像度用途まで実用化したことで市場拡大に貢献できたのではと思っています。特許も取りましたし、今でも現役で使われている部分もありますよ。

第三世代のオーロラビジョンはLEDを使ったものですが、これはどのようなものですか。

原さん:LEDは96年くらいから大型映像表示装置に使われ始めたデバイスで、導入コストも下がり、超高解像度、超大画面のディスプレイを構成できるようになりました。近距離からも斜めからもよく見え、視認性が高まりました。もちろん、省エネ性能も大変優れています。一時、有機EL※2の開発にも携わりましたが、コストなどLEDの利点が上回り、一旦終息しました。

  • ※2 有機EL:電流を流すと発光する性質の有機物質を応用した発光現象のこと

LED素子の新しい配列を考案し、エネルギー効率、見やすさをさらに改善

「LED素子を使ったタイプは駆動回路など、CRTと原理はあまり変わっていない」と説明する原さん
「LED素子を使ったタイプは駆動回路など、CRTと原理はあまり変わっていない」と説明する原さん

最近の事例でLEDを使ったオーロラビジョンを導入した例を教えてください。これまでどれくらいのシステムを作っているのでしょうか。

原さん:最近3年くらいの代表的事例は、国内はナゴヤドーム、マツダスタジアム(スタジアム広島)、阪神甲子園球場など、海外ではSOGO香港・CVISION、香港競馬会ハッピーバレーなどがあります。

私たちにもなじみ深い阪神甲子園球場のオーロラビジョンですが、今年新しいものに更新されたそうですね。これまでと比べてどう違うのでしょうか。

原さん:甲子園球場は以前、選手紹介とスコアボードなど3つの面に分かれていたのを、ひとつにまとめました。大きさは更新前に比べて1.6倍、表示解像度は約4倍、コントラストは1.5倍になりました。そして消費電力は従来のものと比べて約75%削減しています。つまり、画像がきれいに見やすくなり、より省エネになりました。

3面に分かれていたメインビジョンが1面化した大型スクリーンとなり大幅な省エネを実現した甲子園球場(2019年3月より運用) 3面に分かれていたメインビジョンが1面化した大型スクリーンとなり大幅な省エネを実現した甲子園球場(2019年3月より運用)
3面に分かれていたメインビジョンが1面化した大型スクリーンとなり大幅な省エネを実現した甲子園球場
(2019年3月より運用)

75%の削減とは大きいです。これだけ消費電力を減らせたのはどのような仕組みによるのでしょうか。

原さん:いろいろな技術を組み合わせていると思いますが、ひとつにRGB、つまり赤、緑、青という三原色の配置に工夫をしたことがあります。従来のタイプは4つの色で1画素を構成していて、同じ色が2つ含まれています。その同じ色の1つをとって、スペースができたところを黒くしました。1色のLEDがいらなくなったことでコストが下がって省エネにもなり、抜けたところを黒っぽくすることによって太陽光の反射を抑制しコントラストを上げています。1つ画素を減らすことで画質が劣化するのではと思われるかもしれませんが、3原色の配置を45度回転させて斜め方向に並べることで、画質のノイズを緩和しています。このRGBの新しい配置とスペース領域を黒くすることは当社が特許をとっています。

LED素子の配列を45度回転させた「X配列」により省エネ、コントラストが向上
LED素子の配列を45度回転させた「X配列」により省エネ、コントラストが向上

すごいアイデアですね。どのようなところからそういう発想は生まれるのでしょうか。

原さん:他のメーカーがRGBの新しい配置を出してきたので、「しまった!」と思って、それに勝てるような新しい配置を考えたのが直接のきっかけです。3原色は専門分野ですから。

競馬場へのオーロラビジョンの導入では、レースが見やすくなり女性の参加が増えたり、映像を見てレースを楽しむなど楽しみ方が広がったと聞いています。

原さん:そうですね、もともとファンサービスのコンテンツとして導入されました。たとえば「香港競馬会ハッピーバレー競馬場」は80年代からすでに3回リニューアルして、2016年末に新しく入れたものは縦6m、横が50m以上と非常に大きなものです。以前と比べて解像度が3.5倍、コントラストが1.5倍に向上しているので、馬の毛並みや色ツヤまでわかりますよ。

高精細で鮮明となった映像がレースを盛り上げる「香港競馬会ハッピーバレー競馬場」のダイアモンドビジョン(2016年12月竣工)
高精細で鮮明となった映像がレースを盛り上げる「香港競馬会ハッピーバレー競馬場」のダイアモンドビジョン(2016年12月竣工)

初号機からの経験を蓄積、チームと観客が一体となる運用システム

原さん

オーロラビジョンはスポーツやエンターテイメントと観客が一体化したスクリーン演出も見事です。こういった運営支援はどのように行っているのでしょうか。

原さん:運営支援は、ドジャースタジアムの初号機で、客先からの強い要望により開発したことから始まっています。たとえば、野球の場合はヒットやホームランを打ったら、次の打者が打つ前にリプレイしたり、エレクトーンと連携して盛り上げるソフトなどです。この後もチームと観客が一体化する運用ソフトを、客先の要望を聞いてシステム設計に生かしてきました。当社の経験の蓄積は、客先への運営方法の提案にも役立っていると思います。

ドジャースタジアムの初号機からハードだけではなく、映像と音声をコンピューター制御する運用システムを提供してきたのですね。

原さん:ドジャースタジアムのオマリー会長に最初からそういう構想があったようです。ただ、最初に製品を納品した時にはその要望に応えられていなくて、開幕までにコントロールルームやソフトの手直しなど、かなり無理をして短期で作ったと聞いています。その苦労が報われて、ドジャースは翌年のワールドシリーズで優勝し、観客動員数も飛躍的に伸びました。今は画質が圧倒的に良くなりましたし、単なるリプレイだけではなく、応援するためのメッセージや選手紹介など情報量が増えています。

もともと長崎製作所は造船業の電気部門が独立したとお聞きしていますが、造船の技術が生かされているのでしょうか。

原さん:オーロラビジョンが生まれた時は、長崎製作所の船舶技術者、中央研究所の画像技術者、京都のブラウン管技術者という全く異なる部署の人が一緒になってひとつの目的に向かって協力したことで、大きな力を発揮しました。当時の船舶には最先端のエレクトロニクスの技術がありましたし、多様な人が集まったことで優れたものが生まれたのだと思います。

創業当時からの社名看板が今も残されている
創業当時からの社名看板が今も残されている

今後オーロラビジョンはどのような場所で活用されていくとお考えですか。またこんな風に活用してほしいという姿がありましたら教えてください。

原さん:最近では交通分野での利用が増えてきました。電車の行先表示や高速道路の情報表示板などです。また、小規模な店舗の広告用途など、ますます身近になると思われます。一方でドジャースタジアムからスタートしているのですから、その原点に戻って超大型の映像装置の分野で観客と一緒になってチーム全体を盛り上げる、そういう用途は今後も発展していってほしいと思います。

交通分野での利用ではオーロラビジョンのどんな特徴が生かされているのでしょうか。

原さん:ひとつにはコントラスト、色合いなど見やすい表示ができるということがあります。3原色の組み合わせで億単位の色が表示できますので、列車の行先表示など色覚障害のある方にも見やすい色づかい、いわゆる「カラーユニバーサルデザイン」にしています。

原さんが続けてきたラグビーでも、今年は日本で世界規模なラグビーの大会が行われましたが、御社の製品が導入されたのでしょうか。

原さん:この大会に向けては、熊本県民総合運動公園陸上競技場、福岡レベルファイブスタジアム、熊谷ラグビー場などにオーロラビジョンを納入し、会場を盛り上げました。

熊谷ラグビー場では、世界規模なラグビーの大会3試合が行われた(埼玉県庁HPより)
熊谷ラグビー場では、世界規模なラグビーの大会3試合が行われた(埼玉県庁HPより)

電気・電子の歴史的偉業「IEEEマイルストーン」認定に奔走

贈呈された「IEEE マイルストーン」銘板と共に
贈呈された「IEEE マイルストーン」銘板と共に

オーロラビジョンの「IEEEマイルストーン」認定にご尽力されたとお聞きしました。電気・電子技術における歴史的偉業に対して与えられる権威ある賞ですが、認定にあたってどのようなところに苦心されましたか。

原さん:まず、英語で申請のための書類を作ることが第一の関門でした。そして内容についても、オーロラビジョンの歴史を総括するものでいいと思っていたのですが、ドジャースタジアムの初号機がどれだけ世のなかに影響を与えたかという観点で書かないといけませんでした。私はその時期は入社前でしたので、OBの方に新聞記事のスクラップを借りたり、学会の論文を取り寄せてまとめるなど大変でした。申請後は有識者のコメントや質問に丁寧に応えてきました。

認定まで3年かかり、贈呈式は盛大だったようですね。

原さん:贈呈式の段取りは大変でしたが、開発にかかわったOBもたくさん参加し、みなさんに喜んでもらえました。今では大型映像装置のメーカーが乱立していますが、元祖オーロラビジョンこそパイオニアであり、三菱電機、長崎製作所が造っていると覚えてもらい、それが若い人にも励みになってもらえられたらと思います。

贈呈式の最後に講演する原さん。受賞の背景と大型映像技術の遷移をアカデミックに説明した
贈呈式の最後に講演する原さん。受賞の背景と大型映像技術の遷移をアカデミックに説明した

原さんは次の世代を育てるために技術者教育を行っているとお聞きしましたが、それはどのようなものですか。

原さん:1つは一緒に技術開発を担当することで若い人にノウハウを伝授してきました。特に有機ELは若い人と一緒に開発しました。また、勉強会では画像の基礎、オーロラビジョンの歴史、ディスプレイの歴史などを講義しています。設計や開発のレビューも担当していますが、技術の本質とともに仕事の面白さを伝えてきました。

最近では気候変動が激しくなってきていて屋外使用でも過酷な条件があるかと思いますが、そういった環境の変化が製品を造る上で影響はありますか。

原さん:屋外用オーロラビジョンは、開発段階で砂漠でも使えるほどの過酷な環境試験を実施しています。ですから、気候変動は基本的には大きな影響はないと思いますが、設置環境によって冷却条件を調整することはあります。

三菱電機グループは「エコチェンジ」を環境ステートメントとして掲げていますが、原さんが携わるお仕事において「エコチェンジ」にどのように貢献することができると思いますか。

原さん:エコを特別意識したわけではないですが、最初の開発から製品寿命を延ばすことと、製品自体の省エネはいつも心掛けてきました。第一世代の初号機から、白熱電球を使ったそれまでのタイプに比べて10分の1の消費電力を実現しましたし、第二世代でもそれ以上を実現し、LEDでも省エネの流れは続いています。また、当社がこだわってきたことのもう1つが、太陽光のもとでの画質やコントラストを良くするという点です。コントラストを良くすると明るさを抑えても十分見えるようになり、運用時の省エネにつながります。こういった努力の継続が、「エコチェンジ」にすべてつながっていくと考えています。

本日は長年開発に携わった方でなければ知りえないオーロラビジョン開発のお話をありがとうございました。

人と違うことを言うと反発を受けることがある。しかし、発明とは天からの授かりもの、簡単にあきらめるわけにはいかない。 人と違うことを言うと反発を受けることがある。しかし、発明とは天からの授かりもの、簡単にあきらめるわけにはいかない。

オーロラビジョンは、オイルショックによって船舶電機品の需要が無くなったことから開発が始まったというピンチからの大逆転劇だったとお聞きしました。原さんが次に与えられた第二世代の開発も、お手本のないゼロの状態から新しいアイデアを見つけ試行錯誤して生み出されたことがわかりました。そこからは壁にぶつかっても、それをプラスに変えていくという、三菱電機のものづくりの原点を垣間見た気がします。これからもその柔らかな語り口で、若い人たちに三菱電機のものづくりの姿勢を伝えていってほしいと思います。