後進を育てることで社会に貢献する。現代の名工がたどり着いた技能の伝え方

2024.01.15

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オートメーション化が進んできたモノづくりの現場。しかし、中には職人の感覚と手によってでしかできない領域がある。三菱電機の群馬製作所でプレス金型・プラスチック成形金型製作の技能を磨き、作業を効率化させるための治工具を自らの手によって製作してきたのが松﨑一浩さん。技能五輪3位入賞の技能を活かし、後進を広く育成してきた実績も加えて、厚生労働省主催の「令和5年度卓越した技能者」通称「現代の名工」を受賞した。そんな松﨑さんに、技能を磨きあげるためのノウハウや哲学から、後進の育て方に至るまで惜しみなく語ってもらった。

目次

現代の名工もかつては熱意なく

「現代の名工」を受賞し、誰もが認める高い技能を誇る松﨑さん。しかし、42年前の入社当時を振り返ると、当の本人でさえこんなところに到達するとは思っていなかったのではないだろうか。

「技能研修生として入社した当時は、今と違って「右向け右」というように、丁寧な説明もないまま厳しい規律訓練をしていました。内心イヤイヤでしたね。その頃は明確に目指すことも無かったけれど、せっかく会社に入ったんだから、きちっと最後まで勤めよう、というくらいの気持ちでした」

それでも人生は何をきっかけにして変わっていくのかわからないから面白い。

「教官の『お前らは勉強が苦手なんだから、技能で飯食ってくしかない』という言葉で腹が決まりました。その時は生意気ながらちょっとカチンと来ました(笑)。それで、どんなにつらくても、他の人が辞めても、俺は絶対にこの会社を辞めないぞ、だったら自分はこの道で一流になるしかないなと」

松﨑さんにとって鉄は柔らかいもの

教え子の田村さん(右)に指導中の松﨑さん

言葉通り、一流を目指した松﨑さんは現場で研鑽を積み、金型製作・仕上げで高い技能を身につけた。どうやって技能を高めていったのですか、という問いかけに対して、「形や動きをイメージする力には自信がある」と自分の長所を分析しつつ、そのイメージを表現力豊かにこう話してくれた。

「削ると熱が発生する、叩けばへこむ、落とせば潰れるとかそういうことを身を以って感じたことで、鉄に対するイメージが作り上げられました。鉄に触ったことのない人にその印象を聞くと、冷たい、硬いという言葉が返ってきがちですが、自分にとって鉄は柔らかいというイメージ。例えば絞り金型で製品を作るとき、鉄材を金型の中に入れてプレスすると、鉄が金型の間をすっと流れていき、あっという間に形が変わるんです。その時の柔らかいというイメージが自分の感覚とピタッと合うんです」

鉄のイメージの言語化と同じように、技能の微妙な肌感覚・コツがしっかり伝わるように、相手に合せて言語化していくのは、松﨑さんが指導者として磨いてきた能力だ。60歳を超えた今、高い技能をベースに、現場の指導や後進の育成など、指導者の役割を担うことが多いが、今でもやりがいは現場での第一線時代と変わらない。

「私がいるのは量産現場ではないので、日々の仕事は一品料理を作るようなもの。時に非常に難しい課題もあります。でもそれを皆の知恵や技量をまとめあげて解決した時の、言葉にならない安堵感や達成感はこの上ない喜びに繋がるのです」

なぜ、なぜ、なぜとずっと考え続けること

改めて聞きたいのは、どうしたら技能をこれだけ高められるのかということ。尋ねてみると、周りに対する感謝を口にしながら、日々の修練の中で身につけたであろう考え方をいくつか教えてくれた。

「まずは自分の周りにいた指導者、同僚、後輩そして伴侶に恵まれたこと。あと大切なことは、「一流になってやる」という向こうっ気を持って、なぜうまくいくのか…目の前の課題に対してこだわり続け、なぜ、なぜとずっと考え続けること。技能を高めることに近道はありません。日々工具を考えて使うこと、使い続けること。特に上手くいかない時には、なぜなのかと考えること。どんなことでも選り好みしないこと。単純な仕事ほど技能を高めるヒントに気付けるはずです」

治工具製作に欠かせない基本の道具・やすり

例えば、こんな単純な作業の中にも後々の仕事で生きてくるような技能が隠れている。

「弓ノコで切る、という作業を研修生にやってもらうとします。早く切ることを目指して、力一杯切る人がほとんどです。でも私の場合は、早く切るためには、まっすぐぶれずにノコ刃を動かすことを考えなさい、と教えます」

三菱電機グループ技能競技大会にかける思い

教え子の田村さんと

技能を究めてきた松﨑さんだからこそ憂慮していることがある。三菱電機が会社をあげて開催する「三菱電機グループ技能競技大会」。文字通り、各製作所から国家検定超1級レベルの精鋭たちが集い、技能を競い合う大会だ。しかし松﨑さんの所属する群馬製作所からは、ここ20年ほど技能競技大会への参加がなかった。

「やっぱり職人の腕が落ちてきているというのが見ていてわかりました。55歳くらいの時に、当時の課長に『工機部門に戻してください。私はもう班長でもリーダーでも何者でもなくていいから、とにかくみんなと一緒に現場で働けば誰かが影響を受けてくれると思うので』と頼んだんです。そしてようやくその2年後にここに戻って来られました」

松﨑さんは教え子の皆さんの性格を加味しながら言葉を考えて贈っている(写真の田村さんには堅忍不抜)

「このような言葉を座右の銘のように心に持ちながら仕事に打ち込むことで気が引き締まり、仕事を見つめ直すことができる。なにより言葉を拠り所にすることが出来る」とのこと。

その思いと努力の結果、職場での技能向上への気運が高まり、松﨑さんの教え子は技能競技大会へ出場を果たすことができた。中には技能検定一級に合格し、技能賞を獲得したり、職業訓練指導員の資格を取得したりするまでの意欲を見せてくれる人もいる。

「これがきっかけになって、また、彼が製作した技能競技大会の課題作品を目の当たりにして、職場の雰囲気が変わりました。「やらなくては!」と。技能検定を受けようとする若い連中も増えているし、実際に自主的に朝トレをする子も。技能競技大会に出るのはお金も手間ももちろんかかってしまうんですが、こうやって製作所のモノづくりの力が底上げされていくと思うんです」

技能を伝える、その先のこと

職人として製品の金型を作り、指導者としても後進を育ててきた。どんな役割であろうと、仕事と社会はつながっている。そして、より良い製品が人々を、そして社会を幸せにする。そんな考えが松﨑さんのベースになっている。

「三菱電機の製品を使うことで誰かの生活が便利になったり、誰かが幸せを感じたりすることは、自分の仕事とどこかでつながっているんだと思います。今の自分で言えば、後進が日々前向きに仕事に取組めるように指導できたら、結果として社会をよくすることにつながっていく。それで十分だと思うんです」

60歳を超えて現場に立ち続ける松﨑さんの情熱は、後進育成へと注がれている。そして、指導者として教えることによって、自分が教わることがたくさんあると語る。

「初めてコーチングをした30歳の頃は、“勝つために何をすべきか”という考えでした。自分も技能競技大会で“勝つために“指導を受けてきて、それが結果として技能の向上につながったからです。でも、60歳になった今、“勝てる準備をさせるにはどうすべきか”に変わりました。成績は確かに大事だけど、そこじゃないんだと。私が教えられる技能はもちろん全部伝授する。でも本当に学んで欲しいのは、腕を磨くことにより今後どうやって成長していくかを自分で考えること。だから、私が持っている技能を全部伝えるから、あとは自分で考えろ、って言うんです」

助かる人、喜びを感じる人が一人でもいるならば…

取材中、たびたび後進の育成にかける思いを語ってきた松﨑さんは、自分がいることにより、助かる人、喜びを感じる人がたくさんいることが自分の存在意義だと捉えている。

「教え子がすでに係長などの役職に就くまで成長しているんです。そういう後進が育ったことがすでに自分の財産になっているし、誰かが喜んだり、幸せだと感じてくれたりすることは、自分が今までやってきたこととつながっていると改めて思いました。だからこそ、裏方であろうと何であろうと、人が喜ぶなら自分ができることは何でもやる。実際これまで入社して以来、頼まれたことに対して「ノー」と言ったことはおそらくないはずです。それは、「喜ぶ人が一人でも増えたら」と考えてきたからです」

そして入社から今までの自分の道のりを振り返りながら、まるで若い頃の自分自身に話すように、言葉をかける。

「三菱電機は組織が大きくて、いくら頑張っても活躍のし甲斐がない、と思っていた若い頃が懐かしい。長年勤めてきて、三菱電機がいかに世の中の役に立って来たかを感じられるようになりました。若い研修生と初めて会う時に決まって話すことがあるんです。『この会社に私はもう42年もいる。最初はたぶん、みんなと同じ気持ちだった。だけど、長年勤めてみたら三菱電機っていい場所だと思えるはずだから、楽しみにしておきなさい』と。そうすると、みんなの目の色が変わり、ちゃんと背筋が伸びていくんです」

INTERVIEWEE

三菱電機群馬製作所

松﨑 一浩

1981年入社。主に製作所の工機部門において、治工具製作、プレス金型・プラスチック成形金型の製作に長年従事して培った高い知識・技能に加え、若手への知識・技能の研修指導が高く評価され、2023年に「現代の名工」を受賞。

松﨑 一浩

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