先端技術総合研究所

桑田宗晴

2002年中途入社
オプトメカニズム技術部
投射技術グループマネージャー

保有資格/博士(工学)、技術士(応用理学部門(物理及び化学))、弁理士、中小企業診断士
前職企業/天体望遠鏡メーカー
前職での職務/光学設計・機構設計だけでなく、部品の機械加工や光学系の組立・調整、納品後のアフターサービスまでを担当
当社での職務/レーザー光源を用いた民生用ディスプレイとして世界初となるレーザーTVの投射光学系開発を担当。2017年より先端技術総合研究所オプトメカニズム技術部投射技術グループマネージャー。応用物理学会や日本光学会傘下の研究グループにて実行委員や国際会議のプログラム委員等を務める。
転職を決めた
きっかけは…
転職を決めた
きっかけは…

新卒で入社した企業を退職した後、子供のころから星の観察が好きだったこともあり天体望遠鏡メーカーに中途入社しました。ところが、大学時代は理学部物理学科で素粒子理論を専攻しており、まったく畑違いの分野でしたので、入社後は光学やレンズ設計を独学で勉強しました。主に公共施設や研究機関向けの大型望遠鏡を扱っていたため、一品ものの製品開発で、仕様検討から設計・製造、納品後のアフターサービスまで全ての工程に携わる面白さとやりがいがありました。しかし、非常にニッチな市場が相手でしたので、もっと領域の異なる広い世界で光学に関する研究開発に挑みたいと考え転職を決断。三菱電機にはそのようなチャレンジができる環境があり、高度な量産開発にも携われることが魅力でした。


100名以上が関わる
ビッグプロジェクト
100名以上が関わる
ビッグプロジェクト

最初はプロジェクションテレビの研究開発に関わりました。液晶や有機ELテレビが登場するまで、大型テレビと言えば投射型のプロジェクションテレビでした。私が取り組んだのは、投射光学系の薄型化と小型化でした。放電ランプを光源に用い、業界最高となる画角を持つ超広角投射光学系を開発しました。しかし小型化の壁をクリアできず、製品化は叶いませんでした。その後、三菱電機が得意としていたレーザーに光源を切り替え、光学系を最適化することで薄型化と小型化の両立に成功。レーザーを光源に用いた民生用ディスプレイとして世界初のレーザーTVの製品化を実現しました。研究開発にあたっては、社内の生産拠点をはじめ、情報技術総合研究所や生産技術センター、デザイン研究所とも協力しながら開発を進めました。開発に関わったメンバーは優に100名は超えていたと思います。私にとって量産品を手掛けるのは初めてだったこともあり、そのスケールの大きさに驚いたことを覚えています。

※2021年4月に統合デザイン研究所に改称

妥協せず、
モノづくりを追求する文化
妥協せず、
モノづくりを
追求する文化

映像の品位を決める非球面ミラーの量産工程での経験が特に印象に残っています。このミラーをいかに高い精度で量産できるか。それがプロジェクトの成否を左右する大きな要素の一つでした。そこで私は、ミラーの製造を依頼していたメーカーに、製作所の技術者とともに何度も出張。現地に泊まり込み、試作を重ながら製品を仕上げていきました。このように、現場の最前線で泥臭くモノづくりに取り組むのも私たちの仕事です。当時、世界初となったレーザー光源を用いたプロジェクションテレビは、今でこそ過去のものとなってしまいましたが、現在はそこで培った光学技術を車載用の映像機器や照明機器の分野に応用。安心・安全・快適な車社会の実現に向けた研究開発などに取り組んでいるところです。

同僚からの刺激が、
三菱電機の技術を底上げする
同僚からの刺激が、
三菱電機の技術を
底上げする

先端技術総合研究所の一番の魅力は、このように、常に新しい技術に挑戦し、技術を高めていけるところだと思っています。また、個々人の能力開発への支援が手厚いことも大きな特長でしょう。私を例にとれば、当社入社後に、博士号を取得することができました。私が博士号を目指すようになった一番の契機は先輩の存在。どこまでも貪欲に技術を磨き続け、研究開発やモノづくりに全身全霊を捧げる先輩たちから大きな刺激をいただき、自分ももっと上を目指して成長したいと思ったのです。

現在、先端技術総合研究所では研究者約1000名中の2割程が博士号を有しています。修士で就職するかそれとも博士課程に進むかで悩んでいる方にとっても、博士号取得支援はとても魅力的な制度ではないかと思います。

※記事、所属及び写真は取材当時のものです。