Project Interview 04超高速
エレベーターへ。
挑戦の舞台を
獲得せよ。


加藤覚

加藤覚

Kato Satoru

稲沢製作所
開発部

小林義治

小林義治

Kobayashi Yoshiharu

稲沢製作所
営業部

寺瀬直道

寺瀬直道

Terase Naomichi

本社 地域戦略推進部
(前所属 本社 ビルシステム海外事業部)

高層化する都市生活において、移動手段として欠かせないエレベーター。三菱電機はトップクラスのメーカーとして国内だけでなく、海外でも豊富な実績を誇っている。なかでも今、いちばんホットなのが中国市場。高層ビルの建設計画も多く、エレベーター需要は増えている。三菱電機のエレベーターはすでに30万台が納入されているが、当然、世界の競合他社もそこには多く、ビジネスの主戦場となっている。

「なんとしても我々がやる。」
世界一への挑戦の舞台を獲得せよ。

「ついに来た。これは必ず受注しなければいけない。」
高層ビル建設が増えている中国のなかでも、632mという中国最高層ビル建設の情報が、上海三菱電梯有限公司を通じて小林義治に届いたのは2008年8月のことだった。三菱電機でエレベーターという製品に関わる者にとって、そのビルの高さが意味するのは、世界最高速のエレベーターを設置できる舞台であるということ。
「数十年に一度の案件。関わることのできる幸運を感じました。」
三菱電機にはこれまでも世界最高速のエレベーターをつくってきた歴史がある。最初が1978年にできた60階建ての池袋サンシャイン60ビルで、分速600mを実現。60階までを35秒で結ぶスピードが世界を驚かせた。そして、1993年には70階建ての横浜ランドマークタワーが完成。そこでも分速750mの世界最高速を記録。しかし、その記録が台湾のビルに抜かれて以来、最高速記録の名誉からはしばらく遠ざかっていた。
入社以来、一貫して高速エレベーターの開発に携わり、今はサブグループリーダーとして数々の案件をマネジメントする加藤覚も、世界最高速に挑戦できる物件を心待ちにしていた一人。
「ランドマークタワーが、ちょうど私が入社したばかりの頃。そこからもう20年近く時が過ぎ、関わっていた先輩技術者も年々開発部から異動され、少なくなっていきます。なんとしても技術が途切れてしまう前に挑戦できる案件がずっと欲しかった。これは歴史を継承できる案件だと思いました。」


100台以上のエレベーターを総合的に提案。
2010年10月、まずは54台の受注が決定。

とはいえ、入札を経て、世界のエレベーター各社との競合に勝たなければ挑戦の舞台も獲得できない。施主へのプレゼンテーションに向け、事業部門の総力を挙げての準備がはじまった。当然ながら、エレベーターの世界最高速だけが目的になってしまっては本末転倒。全部で100台以上のエレベーターをどう配置し、コントロールすることがビルの利用者にとってより快適か。オフィス、ホテル、商業施設からなる複合ビルで、人の流れをうまく運べる総合的なプランニングに向けて知恵が絞られた。
「結果的に、私たちは言われた通りのエレベーター設置計画に合わせた提案ではなく、一部、施主側の設置計画を変えていただく提案にまとめました。建築図面のままでは、エレベーター配置に無理があり、いちばんの顔になる展望フロアへのエレベーターが美しく収まっていなかった。我々なら、カゴを減らしてでもその分を超高速のエレベーターで補うことができるとプレゼンしました。その超高速エレベーターとは、分速1080m。世界最高速の名誉を貴社のビルにもたらしますと。」(小林)
その後、入札は、100台以上のエレベーターを半分ずつにわけて行われ、まずは低層、中層バンク54台のエレベーターを受注することができた。ただし、世界最高速を含むもう52台の決定はまだ。
「まだまだ全く安心できませんでした。」


営業と設計、その両面を持つのが「営業設計」の小林。「あるときは客先の立場で工場と打合せたり、あるときは設計の立場で客先に技術を紹介したりします。今回のプロジェクトはまさにその両面を使い分けて、現地販社と工場の設計部門の間を取り持つ役割を担いました。」小林自身、上海三菱電梯有限公司に3年出向していた経験もあり、現地スタッフとの関係ができていたことも今回のプロジェクトに活きたと言う。

2011年1月、施主のトップが来日。
全員で伝えた三菱電機の本気。

そして何と、半分のエレベーター受注が決まった段階で、三菱電機の東京本社及び製造現場を視察したいと施主のトップが来日することに。すでに発注の決まったメーカーの視察ということであったが、超高速エレベーターを含む三菱の技術力を実際に確認してもらえる絶好のチャンスだった。
2011年1月、施主トップが来日。本社での社長との面談や横浜ランドマークタワー等の著名納入ビル視察後、三菱電機エレベーター製造の本拠地、稲沢製作所を訪れた。
「あらためて自分たちの培ってきたエレベーター技術を紹介したうえで、実際の試験塔や機器を見ていただいたり、実機に試乗していただくなど、今までは資料でしか伝えられていなかったものを目で見て、乗って体験し、納得していただいたりしました」(加藤)。
さらに稲沢製作所始まって以来の社員たち総動員体制で、施主の視察をエスコート。通過するドアの一つひとつに社員がついて開け閉めを行ったり、構内はすべてクルマで乗っていただいて移動したり、すべてリハーサルも行って準備した丁寧なご案内で三菱電機のこのプロジェクトにかける想いを伝えた。

本社のビルシステム海外事業部だった寺瀬は、プロジェクト関係部門の取りまとめを担当。日本側のプロジェクトマネージャーとして中国現地でのフォロー会議を月一回開催しながら、進捗を管理していた。「当時入社4年目の自分がこのようなモニュメンタルな案件を担当することになり、身が引き締まる思いでした。」

2011年6月、その知らせは届いた。
「世界最高速の3台を含む、すべてを三菱に。」

2011年6月、入札した企業5社が1社ずつ施主に呼ばれ、インタビューが行われることになった。施主からのどんな問合せや質問があるかわからないため、稲沢製作所も本社も、関係者はすぐ連絡がとれる場所に待機せよという指示があり、それぞれの場所で上海からの情報を待っていた。
「上司含め関係者全員が落ち着かずピリピリしながら待っていました。あんな光景は初めてでした。」(寺瀬)
しかし、その日に結果が出るという情報もあったが、結果は出ず。それからしばらく落ち着かない日々が続いた。
そんなある日、突然、上海の現地会社から稲沢製作所、本社に連絡が入る。
「受注が内定したらしい。ただし、最終的な書面が出るのを待て。」
あらためて本社、稲沢の関係者すべてに、期待と緊張感が広がった。そして、ついに書面が到着。世界最高速3台を含む52台の受注が決定し、上海中心大厦のエレベーター106台は全て三菱電機がつくることが決まる。やった。おめでとう。俺たちがつくれる。寺瀬のいる本社のビルシステム海外事業部も喜びの声があがった。加藤、小林のいる稲沢製作所でもあちこちで歓声と拍手があがった。
「一気に緊張が解けて、営業とか、技術とか、開発とか、商談に関わった人みんなでの宴になりました。」(加藤)
自分たちがやりたい、三菱電機がやらなければ誰がやる、一人ひとりの想いが、三菱電機の総意となって、施主に伝わった瞬間だった。

「必ず世界一をつくる。」

寺瀬直道

加藤覚

小林義治

Project Outline

中国「上海中心大厦」向けエレベーター開発プロジェクト

  • 納入先:上海中心大厦
  • 発注者:上海中心大厦建設発展有限公司
  • 受注製品:
    1. 超高速(分速1080m)エレベーター 3台
    2. ダブルデッキエレベーター 20台
    3. 中高速エレベーター 64台
    4. 低速エレベーター 19台
    計106台

高さ632m、121階建てで、建築面積は20万平方メートルのオフィス、ホテル、商業施設からなる複合ビル。このビル向けに、竣工時に世界最高速となる分速1080mのエレベーター3台を含む、106台のエレベーターを受注。

※記事、所属・役職及び写真は取材当時のものです。