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STORIES / INTERVIEW
  • 跡部悠太氏 Yuta Atobe
    三菱電機株式会社
    DXイノベーションセンター 戦略企画部 コミュニティコーディネータ
    2014年に入社以来、車載機器、空調、家電など、多岐にわたる分野でのIoTシステム開発に携わり、エッジからクラウドまでのアーキテクチャ設計および研究開発をリード。2023年より現職。「Serendie®」において、共創基盤と人材基盤を中心とした戦略企画業務を推進。
  • 石川俊祐氏 Shunsuke Ishikawa
    株式会社KESIKI
    代表取締役/Chief Design Officer
    ロンドン芸術大学連合 Central St. Martins 卒業。パナソニック デザイン株式会社、英国のデザインファームであるPDD innovationなどを経て、IDEO Tokyoの設立に従事。2019年、KESIKI設立。大学や企業、経済産業省などと協力し、日本におけるデザイン思考の導入と浸透に携わる。多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム 特任教授/プログラムディレクター、北海道旭川市チーフデザインプロデューサー。著書に日本人の創造性を説いた『HELLO, DESIGN 日本人とデザイン』(幻冬舎)がある。
  • 鹿野喜司氏 Hisashi Kano
    コクヨ株式会社
    クリエイティブ室 室長/YOHAK_DESIGN STUDIO
    これまで用途にとらわれず、オフィス・ギャラリー・ホテル・商業等の空間デザインに携わり、コクヨ株式会社、UDS株式会社を経て、2017年、コクヨ内に空間・プロダクト・グラフィックを軸にさまざまな領域を縦横につなげるデザインコレクティヴ「YOHAK_DESIGN STUDIO」を立ち上げる。空間がもたらす新しい可能性を追い求め、用途の再定義という考え方に関心を持って日々取り組んでいる。
三菱電機が2025年1月17日に開設した「Serendie Street Yokohama」。デジタル基盤「Serendie®︎」を象徴する場で、社内外の多様な人々が集まれるオープンな共創空間として、新たな価値創出が期待されている。

今回、同所の開設を推進した三菱電機 DXイノベーションセンター 戦略企画部の跡部悠太と、コンセプト設計から伴走してきたKESIKIの石川俊祐氏、空間設計を担当したYOHAK_DESIGN STUDIOの鹿野喜司氏に、Serendie Street Yokohamaへの期待やセレンディピティを生み出す数々の仕掛けなどについて聞いた。
変革の象徴として、三菱電機らしからぬ「場」をつくる
  • ——Serendie Street Yokohama開設の背景について簡単に教えてください。
  • 跡部 三菱電機は、これまでの製品ありきのビジネスモデルを主軸とした企業から、次世代を見据えた「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革を目指しています。その変革を具現化するためにリリースしたのがデジタル基盤「Serendie®︎」で、その中心となる場がSerendie Street Yokohamaです。今までのビジネスモデルの良いところを継承しつつ、新たなカルチャーや価値の創出を実現していくための場として2025年1月にオープンしました。
  • 石川 長い間、大企業の中に培われてきた既存のカルチャーやマインドセットを変えるのは容易ではありません。そのため僕らは「Serendie Street Yokohamaをいかに三菱電機らしからぬ場にできるか」を考えてきました。

    例えば、このプロジェクトの初期に、跡部さんが自社の役員の前で「このあと偉い人達が発言すると思うので、僕が先に話しますね」と先陣を切って発言されたんです。いい意味で遠慮がない、大企業のスタンダードとは違う言動ですよね? Serendie Street Yokohamaは、そんな跡部さんのような、空気を読まない、熱い情熱を持った人から生み出されるカルチャーを三菱電機全体に広げていける場を目指しています。
  • 鹿野 オープンなスペースで議論していると、外から気軽に議論に加わってくる方もいます。組織やヒエラルキーに縛られないカルチャーは、実は、三菱電機にはもともと存在しているんですよ。そのカルチャーや空気感を、Serendie Street Yokohamaという空間全体で表現するにはどうしたらいいのか? そんなカルチャーに変革していく場として機能させるためにはどうしたらいいのか? と議論を重ねてきました。
  • 跡部 大企業の弊害とも言えますが、他部署の人と議論する機会は多くありません。だからといって、AIのビジネスマッチングのように、アルゴリズムによって無機質にセッティングされ、「では、ご一緒に」と言われた通りやるだけではつまらないですよね。まずは、「何か物事を起こしそう」な人たち同士をつなげられる場、つまりセレンディピティが起きる場が必要だと考えました。
  • 石川 セレンディピティが起きる場、越境して多様な技術やスキルを掛け合わせられるような場にするために大切なのが、一定のコントロールが利いたカオスをつくる「Organized Chaos」という場の設計思想です。まずは人と人のつながりが生まれ、その先に課題解決や価値創出があるといった考え方で、「横丁」的発想とも言えるかもしれません。
3つのデザインコンセプトをベースに、出会いが生まれる4つのエリア設計
  • ——Serendie Street Yokohamaは約800坪と伺っています。広い空間ですよね。
  • 鹿野 広いフロアそのものを「道(ストリート)」と捉えています。そして、その道に障害物となるような仕掛けを設けることで、人と人、情報と情報を出会いやすくしました。例えば、半円にデザインされた仕切りや壁を配置することで、人がとどまったりはぐれたり、回り道をしたり、さらに、集まっている人に目線が移り変わるような動線も取り入れています。
  • 石川 訪れる人のペルソナを複数パターン想定し、動線やジャーニーをきちんと押さえつつも、セレンディピティやサプライズが生まれる場にするための設計です。もちろん、美意識も大切にしていますよね。
  • 鹿野 そのためのデザインコンセプトは3つです。1つ目は「Circular(サーキュラー)」。これまでのマインドの枠を越えていくには、既視感のある場では難しい。そのために既存の環境を一度解体して、新たな機能として再構築しています。天井を解体した材料を壁として再利用したり、床に使われていた材料を重ねて段差をつくったり。もう一つ象徴的なのがエレベーターの再利用です。実際に百貨店で使われていた三菱電機のエレベーターを個室として使うことで、既存のプロダクトの価値転換を実現しています。

    2つ目は「Hackable(ハッカブル)」。アジャイル型のアプローチにおいて、プロジェクトだけでなく、場自体も使い手自身が状況に応じて創造的につくり変えていく、空間を思い通りにハッキングするというコンセプトです。取り付けの自由がきく棚柱を散りばめているため、仕切りをつくる、ひっかける、掲示板とするなど、空間をつくり変えることが可能です。使い勝手だけでなく、愛着を持って場を活用できるようになるはずです。
茶室
  • 3つ目は、日本の工芸や日本的な佇まいを感じる「Japanease atmosphere(ジャパニーズ・アトモスフィア)」。グローバルな視点から日本的な佇まいを大事にしようということですね。
  • 石川 表面的な「日本」に終始しないよう、伝統的な日本的紋様や空間構成、無垢の木材や職人の手によってつくられる木製家具など、職人技や人の温かみといった「日本の手仕事」を感じる空間にしました。また、偶発的な出会いが期待できる縁側のある茶室もあります。
  • ——そのコンセプトが活かされたフロアは4つにゾーニングされています。まずはエントランスからすぐの「YOKOCHO」エリアについて教えてください。
「YOKOCHO」エリア
  • 鹿野 ここはエントランス的な位置付けですが、休憩したりミーティングしたり、ちょっとした合間にも来られて、最初の交流が生まれる場として、フロアのど真ん中に持ってきました。堅苦しさを排除して円形のカフェやカウンターが並ぶエリアになっています。カウンターとしても使えるカーブ状の仕切り棚は、表も裏もなく、外と内が曖昧で、ゲストとホストではないフラットな関係性を築きやすいつくりにしました。
  • ——右奥には、円形スタジアムのような場を中心にした「CIRCLE」エリアがあります。
「CIRCLE」エリア
  • 鹿野 ここはイベントやミートアップで使いやすいようにしました。多様な情報が発信されていく「出会い・気付きのエリア」という位置付けです。円形の内側には求心力を持った溜まるスペースをつくり、円形の外側ではその様子を見ながら歩いたり、立ち止まったり、カウンターにもたれたりしながら、参加するような機会を生み出せるようにしています。外野席から飛び入り参加するイメージで、予期せぬ出会いを狙っています。また、外側の壁は、情報摂取や気付きにつながるようなギャラリーとして活用できます。
  • ——その手前の「GARAGE」エリアはいかがでしょうか?
「GARAGE」エリア
  • 鹿野 プロジェクト創成の場ですね。仕切りが動かせるようになっています。プロジェクトの実証実験の場として、自由に議論したり発表したりしやすいよう、場自体を利用者自らがつくり変えていきながら使える空間です。カンファレンスエリアで出会った人たちと最初のプロトタイピングに活用してほしいです。
  • ——最後に「FIELD」エリアです。部屋のようであるものの、カーテンやガラス、波状の仕切りなどでかなりオープンな印象です。
「FIELD」エリア
  • 跡部 Serendie®︎で重視しているアジャイル型のアプローチでは、4~6人がひとつのチームとなって集まって物事を進めていきます。Amazonでは「ツー・ピザ・チーム」と、2つのピザをたいらげるのに適した人数になぞらえて呼ばれることもあるようですね。そのような人数で議論しやすい空間、かつ、閉じ切らないつくりで外部からの参加も誘発できるようにしています。
  • 鹿野 このエリアは特に、デジタルとの一体化も意識しています。空間ごとにLEDのサイネージをつけて、チームの象徴や活動を示すアイコンを表示できるようにしました。その空間にいるメンバーがどんな活動をしているのかが、視覚的にわかるようになっていますね。
セレンディピティは濃い人間関係をつくるところから
  • ——さまざまな仕掛けが詰まったSerendie Street Yokohamaが、どのような場になっていけばいいと考えていますか?
  • 石川 まずは濃い人間関係を育てて、熱量が高い人たちで変革やイノベーションを牽引していくことが大事になると思います。そのための人間関係をこの場で育てていきたいですね。打ち上げ花火のような大きな1回ではなく、一緒に活動しながら生み出していくために、有機的に熟成していく企業文化や習慣をつくっていくようなイメージです。
  • 跡部 「共創の仲間になってもらうための空間」「仲間に入ってもらいたい」とわざわざ言語化しなくても、空間自体から感じ取ってもらえればうれしいです。社内・社外ではなく、同じ課題に向き合う仲間と捉えて、皆がフラットに利用できるようにしたいと考えています。例えば、「あ、今日“も”いるんですね!」みたいな感じがいいですよね。

    おそらく最初はそれなりに人が来てくれると思います。ただ、僕たちが大事にして議論を重ねてきたのはその先、「この場で一緒に課題に向き合ってくれるのか?」ということ。継続して来てもらうためにはどうすればいいのか、場がオープンしたから終わりではなく、場自体もアップデートしながら、「また、Serendie Street Yokohamaに来たい」と思ってもらえるためにこの場と向き合っていきます。
  • 跡部 新卒で三菱電機に入社した当時は横並びのデスク、個人ワーク、マルチディスプレイで、席が隣の人ですら何をやっているのか分かりにくい環境でした。それが、Serendie Street Yokohamaのような空間で会うと、こんなにもいろいろなことが話せるのかと驚いています。

    ここから、カルチャー変革はもちろん、市場や社会に還元できる価値を創出していくつもりです。石川さんがおっしゃったような、濃い人間関係を築いていきたいし、ここを利用する多くの皆さんにも、そんな人間関係を築いてほしいですね。