村越 淳 Jun Murakoshi
SERENDIE – stories
STORIES / INTERVIEW
「進まない新規事業開発」に終止符を。サービスデザインを成功に導くSerendie®式プロセス
2025.09.30
Takram Japan株式会社 プロダクトデザイナー・サービスデザイナー・ディレクター
千葉大学大学院 デザイン科学専攻修了、英国王立芸術大学院(RCA)MA, Design Products修了。プロダクトデザイン、サービスデザインを専門とし、近年はブランディングまで幅広く手掛ける。
千葉清香 Sayaka Chiba
三菱電機株式会社 デジタルイノベーション事業本部 DXイノベーションセンター 共創推進部
2010年入社。入社以来11年間、国内の電力会社および研究施設向けの営業を担当。その後、デジタルマーケティング部門での全社推進を経て2024年より現職。同社の事業開発拠点「Serendie®」を含めた、新たな事業の創出に携わる。
「新しいことを始めたいが、何から手をつければいいかわからない」「関係者が多く、うまく連携できない」。新規事業開発で多くの企業が直面するこの壁は、三菱電機も例外ではなかった。
この課題を解決するため、三菱電機はデザイン・イノベーション・ファームTakramと共に「Serendie サービスデザインプロセスガイドライン」を開発した。これは、多様な専門性を持つメンバーが初期から集い、議論を戦わせ、早期の「失敗」を許容することで、不確実な道のりを進んでいくための指針だ。明日から実践できるサービスデザインプロセスのヒントを、Takramの村越 淳氏と三菱電機の千葉 清香が語る。
確実なゴールか、未知の挑戦か。事業で使い分ける開発プロセスの最適解
千葉 私たちが開発した「Serendie サービスデザインプロセスガイドライン」は、新規事業におけるスクラム活動※を行うためのツールです。どう進めればいいか分からないという社内の声に応え、開発が始まりました。
※スクラム活動:アジャイル開発におけるフレームワークの一つで、短いサイクルを繰り返して迅速に開発を行うプロセスのこと。
村越 三菱電機さんは、長年培ってきた開発手法「ウォーターフォール型」──企画・要件定義から、設計、開発、リリースと明確に区切られた工程を順番に進めていく手法──からの転換という大きな課題に取り組まれていました。
もちろん、このやり方が適している場合もあります。既存事業の改善など、要件が明確な場合は試行錯誤が少なく、効率的でスピーディーです。
千葉 そうですね。「この方向で進める」という明確な見通しが立っているなら、最短距離で進められる有効な手段です。ただ、新規事業のように不確実性の高い場面では機能しづらくなりますよね。
村越 特に三菱電機さんのような大企業は、ステークホルダーが非常に多く、活用できる社内アセットも膨大です。こうした中では、技術的な問題が後から発覚して、大きな手戻りが発生することがあります。
千葉 ええ。技術もそうですし、ユーザーのニーズに関しても同様ですよね。
村越 それらに気づかないまま一直線に進めてしまうと、最終段階で「完成したけれど、もう誰も求めていませんでした」という事態になりかねません。規模が大きい組織ほど、変化に対応しきれないリスクを抱えているんです。
千葉 その点、アジャイルであればユーザーや社会のニーズが変化しても素早く対応できますし、いつでも前の工程に立ち戻って修正できますよね。
村越 そうですね。デザインや開発のプロセスを高速化、効率化できるのが強みだと思います。
千葉 今回制作したガイドラインは、各プロセスの行き来がしやすいカード形式です。アジャイル開発では、従来とは異なるものの見方や考え方が必要。様々な立場のメンバーが同じ時期に、同じ目線で議論しながら行動できるように開発しました。
村越 「三菱電機らしいサービスデザインのプロセスを考えたい」というご要望からスタートして、まず普段Takramがクライアントとサービスデザインを行う際のプロセスを可視化しました。その上で、重視したいポイントを伺い、プロセスを修正していく中で、この形にたどり着いたんです。
三者の壁を壊す「総合格闘技」。全員で同時に議論することの重要性
村越 三菱電機さんらしいアジャイル開発を進める上でTakramがご提案したのが、「総合格闘技」という考え方です。ビジネス(B)、テクノロジー(T)、クリエイティビティ(C)という3つの視点を、最初から同時にぶつけ合いながら進めていくアプローチを指します。
千葉 ガイドラインでも紹介されている非推奨の「バケツリレー型※」だと、ビジネス企画、技術開発、そして最後にデザイン、という順番になりがちですよね。
※バケツリレー型:最初に事業計画を立て、技術的な検証を行い、最後に初めてユーザー視点で検討するなど、ひとつの議題に対して各視点を順番に適用する手法のこと。
村越 そうなんです。すると、最後のクリエイティビティを追求しようとしたときには、すでに手前の制約によって、身動きが取れないことも多い。新規事業のデザインにおいて、最適解を実現することは難しいでしょう。
千葉 実際にこのガイドラインを使ってプロジェクトを進めたとき、まさにその重要性を実感しました。それぞれの専門家が初期段階から集まることで、お互いに欠けていた視点に早い段階で気づき、補完し合うことができたんです。結果的に、後々の手戻りが格段に少なくなりました。
村越 ビジネスやテクノロジーが起点となることも、間違いではありません。そこが三菱電機さんの強みでもあるからです。しかし本来はB・T・C、どれも同等に重要で、横並びでフラットに議論できる状況を作ることが大切だと考えています。
千葉 全く前例のない新規事業だと、一部の視点だけで突き進むのは難しいですよね。それがユーザーにとって本当によいものなのか、誰にも分からないまま進んでしまう。
村越 もちろん、「この革新的な技術を何とか商用化したい」という想いがプロジェクトの起点になることはあります。ただ、それだけが正解ではないはず。このガイドラインは、B・T・C、どの要素を起点にしてもプロジェクトを進められるように設計されています。
千葉 もう一つ、このガイドラインのユニークな点として、知財担当者が初期から参加することを推奨している点が挙げられます。先行する類似案件がないかを確認したり、逆に自分たちのアイデアが独自のものであれば特許出願の可能性を探ったり。私たちが目指すオープンな共創においては、アイデアを外部に公開する分、守るべき権利はしっかりと守るという姿勢が、パートナーとの信頼関係の基盤になると考えています。
共感と違和感から生まれる熱。アイデアにパッションを宿すには
村越 アイデアをどう選び、育てていくか。そのプロセスも、一つだけでなく自分たちで選んでもらえるようにしました。例えば、アイデアを選定する手法の一つに、「イイね!」と「ヤバいね!」という2つの軸で評価する「多様決※」があります。
※多様決:安斎利洋氏が提唱した、多数決とは異なる実験的な投票・合意形成の手法のこと。
千葉 この「ヤバいね!」という評価軸には衝撃を受けました。「イイね!」という共感だけでは、ありふれたアイデアに収まってしまう。そこに常識を揺さぶるような独特の違和感があってこそ、新規性が生まれるんだ、と。
村越 イノベーティブなアイデアは、論理だけでは生まれにくいものです。そして、その革新性ゆえに、賛否両論になるのが一般的です。
千葉 以前参加したスクラムチームで、「オフィスで行われている立ち話をデータ化する」というアイデアが出たことがあるんです。ちょっとその場がざわつきましたね(笑)。
村越 それはざわつきそうですね(笑)。
千葉 もちろん、プライバシーへの配慮など、クリアすべき課題は山積みです。でも、「ヤバいね!」があったからこそ、アイデアに大きな広がりが生まれました。
村越 一見ネガティブな反応が、建設的な批判となってチームの情熱に火をつけたわけですね。
千葉 そうなんです。そして、このガイドラインが最も大切にしているのが、そのパッションです。議論を尽くしても複数のアイデアから一つに絞りきれないとき、最後は「誰が一番それをやりたいか」というチームや個人の意思、熱量で決める、と定めています。
村越 どんなに優れたアイデアも、前に進めるのは「人」ですからね。その人が心の底からやり遂げる覚悟があるか。事業の成否は、最終的にそこで決まります。論理的な優劣だけでは、事業は走り出さない。
千葉 新規事業のプロセスは長いですし、何度も壁にぶつかります。アイデアに対するパッションがなければ、途中で心が折れてしまう。その熱量を、アイデア選定の段階でしっかりと組み込んでいる点が、このガイドラインの大きな特徴だと感じています。
「まず、やってみる」を後押しする。失敗を恐れないチームになるために
村越 とはいえ、「さあ、アジャイルにやりましょう」と言われても、特にウォーターフォール型開発に慣れた組織では、どう動けばいいか分からなくなってしまうのですよね。
千葉 計画通りになぞるほうが、精神的には楽ですよね。
村越 ウォーターフォール型開発に慣れていると、無意識に「一度決めたことは覆してはいけない」という思考が染みついています。だから、次のステップに進むのが怖くなる。このガイドラインが自由に何枚も使えるカード形式になっているのは、「決めたことを変えてもいい」ということを、物理的な形で伝え、行動様式そのものを変えていくための仕掛けなんです。
千葉 このガイドラインは、「失敗を恐れずに、どんどん試そう」というマインドを後押しするように設計されています。
村越 そのマインドセットの根幹にあるのが、「常にユーザーのフィードバックを受けて、改善を続ける」という姿勢です。ビジネスやテクノロジー視点だけになりがちな思考を、常にユーザーという「人」の視点に引き戻し、寄り添っていく。この姿勢をガイドラインの設計に組み込んでいるわけですね。
千葉 このツールは、完成形ではありません。デザイナーが作成したイラストを生成AIの力を借りて組み合わせる共創システムも用意していて、今後も新しいカードを追加できるようになっています。外部と共創する場、この「Serendie Street Yokohama」の開設と併せて、会社として本気でアジャイルなものづくりに取り組んでいることの表れだと感じています。
村越 トップから現場まで、一つの思想が共有されているからこそ、それぞれのツールや場に魂が宿る。三菱電機さんの本気度が伝わってきます。
千葉 だからこそ、社外のパートナーの方々にも、このプロセスを一緒に体験していただきたいんです。自分たちだけではどう進めていいか分からない方にこそ、声をかけていただきたいです。
村越 一緒に失敗してくれるパートナーがいるのは、とても心強いですよね。
千葉 もちろんです。このガイドラインがあれば、失敗は決して終わりにはなりません。それを糧にして、より良い形にブラッシュアップしていけます。まずは一歩を踏み出し、パートナーと試行錯誤しながら形にしていく。その中で、私たち三菱電機がお役に立てたら嬉しいです。