SERENDIE – stories

STORIES / INTERVIEW

AI×OODAループで事業スピードを最大化。変化の時代を勝ち抜くための思考と組織

2025.10.09

「世の中の流れが速すぎて、今までのやり方では通用しない」。多くのビジネスリーダーが抱えるこの切実な悩み。特に、生成AIの登場以来、組織における意思決定速度の重要性は増しており、事業スピードの最大化は全企業共通の課題だ。これに対し、一つの解決策として注目されるのが、「OODA(ウーダ)ループ」である。

2025年9月5日に共創空間「Serendie Street Yokohama」で開催された「Agile Leaders Meetup 〜AIによる事業スピード最大化の鍵は、OODAループの“光速”回転〜」(主催:KDDI Digital Divergence Holdings株式会社)の模様を通じて、AI時代を勝ち抜くための組織と思考のフレームワークを、事例と共に紐解いていく。

JJ サザーランド JJ Sutherland

Scrum Inc. CEO

『Scrum: The Art of Doing Twice the Work in Half the Time』(日本版では『スクラム』(早川書房))の共著者。グローバルな変革を主導し、Scrum Inc. のトレーニング エコシステムの進化を推進。

マシュー・ジェイコブス Matthew(Matt) Jacobs

Scrum Inc. Chief Product Owner, Consulting

長年にわたり、企業の働き方の進化・変革・再構築を支援。イギリス国防省をはじめ、複数の大陸にまたがるクライアントを対象に、チェンジマネジメントの取り組みを主導している。

塩入 賢治 Kenji Shioiri

株式会社フライウィール セールス&マーケティング本部長 執行役員

IBM、アクセンチュアを経て、Google Japanで国内 Google Cloud Platform 事業の立ち上げから拡大を牽引し、執行役員/流通事業本部長としてリテール領域を統括。現在はフライウィールでセールス&マーケティング部門を統括し、大手企業向け事業戦略の立案・実行と、データ活用および生成 AI を活用した業務改革を推進。

内山 遼子 Ryoko Uchiyama

Scrum Inc. Japan株式会社 アジャイル変革支援チーム プロダクトオーナー

リクルートで新規事業開発プロジェクト推進、グロービスで次世代経営人材研修の提供などを担う。現在は、アジャイル組織変革支援を通じて、顧客や社会に価値あるプロダクトが生産性高く生まれ改善し続ける世の中、活き活きと働く個人の集合体としての強い組織の実現を目指す。

朝日 宣雄 Nobuo Asahi

三菱電機株式会社 執行役員 DXイノベーションセンター センター長

1988年三菱電機入社。人工知能(AI)の研究開発、マルチメディア事業企画、経営企画において、主として新事業・新分野に従事。2023年より現職に就任し、全社の事業DXの推進を担うデジタル基盤「Serendie®︎」の構築とソリューション事業の拡大を推進中。

田中 昭二 Tanaka Shoji

三菱電機株式会社 AI戦略プロジェクトグループ プロジェクトマネージャー

1991年三菱電機入社。自動車機器事業本部にてカーマルチメディア製品の量産開発を牽引し、副事業部長、開発センター長を歴任。2024年に三菱電機グループ全体のAI COEとしてAI戦略プロジェクトを立ち上げ、AI活用プロジェクトを推進。活用インフラやガバナンスの整備、人財育成まで幅広く活動中。

戦闘機パイロットの思考法から学ぶ、“OODAループ”

「変化の激しいビジネス環境において、OODAループは非常に重要な考え方です」。そう語るのは、Scrum Inc. Japanの内山遼子氏です。OODAループとは、かつて「40秒ボイド」の異名をとった無敗の戦闘機パイロット、ジョン・ボイド大佐が自身の動きを体系化したフレームワーク。以下の4つのサイクルを高速で回すことで、敵より常に先手を取ることを可能にしました。

・Observation(観察)
Orientation(状況判断)
Decision(意思決定)
Action(実行)

行動すれば、また状況が変わる。その変化を即座に「観察」し、次のループを回していく…。このサイクルを超高速で繰り返すことで、ボイド大佐はどんな不利な状況からでも、わずか40秒で勝利を確定させたといいます。

内山氏は、この動きをビジネス環境に置き換えて解説。「市場の新しい技術、競合の動き、自社の強みといった情報を『観察』し、市場でのポジショニングを『判断』、具体的な施策を『意思決定』して『実行』する。施策を実行すれば、顧客の反応や新たな競合の動きといったフィードバックが生まれるので、それをまた『観察』する。このサイクルを高速で回すことで、市場での競争優位を築くのです」。

従来のPDCAサイクルが計画(Plan)を重視するのに対し、OODAループは状況変化に応じて計画を大胆に見直すことも厭わない「高速性」と「柔軟性」が特徴。まさに、不確実性の高い現代に求められる思考法といえるでしょう。

「失敗してもいいから、とにかくやる」。現場主導でOODAループを回す組織文化

では、このOODAループを個人の思考法に留めず、巨大な組織全体で実践するにはどうすべきか。そのヒントが、三菱電機の朝日宣雄氏と田中昭二氏が紹介した事例にありました。現在、三菱電機は今回の会場でもあるオープンな共創空間「Serendie Street Yokohama」を核に、アジャイルな組織への変革を進めています。

「次の100年を考えた時、今までのやり方ではだめだろう」。その強い危機感が、変革の原動力でした。全社から多様な経験を持つ人財が集結。旧来の縦割り組織にとらわれない発想による対話を日々重ねながら、約50ものDXプロジェクトが並行して進行中です。

いま三菱電機が重視しているのは「とにかく失敗してもいいから、20%の情報で見切り発進をする」というスピード重視の姿勢です。市場に近いチームが観察、状況判断、意思決定、実行を繰り返すことで、変化する状況に対応したサービス開発を目指しています。

小さなOODAループを、全体の力に変える“Scrum@Scale”

一方で、各チームがバラバラにループを回すだけでは、得られる成果が局所最適にとどまります。組織全体の力を最大化するには、現場で得られた「観察」の結果を、全社の「状況判断」や「意思決定」に繋げる仕組みが必要でした。

そこで三菱電機が導入したのが、「Scrum@Scale(スクラム・アット・スケール)」という組織運営フレームワークです。田中氏は、三菱電機のAI開発体制を例にその仕組みを解説しました。

まず、現場には6個のスクラムチーム群(スクラム・オブ・スクラム)が存在し、事業部門ごとに実際のAI開発を担当。彼らが日々の開発で得た知見や市場からのフィードバックは、「EMS(エグゼクティブメタスクラム)」に共有されます。 これはAI戦略プロジェクトグループのトップと各事業部門の役員で構成されており、全社のAI戦略策定や予算配分といった、より大きな「意思決定」を担います。

また、 AI戦略プロジェクトグループの上層部と現場リーダーから構成される「EAT(エグゼクティブアクションチーム)」もスクラムチームとして活動。各スクラムチームで解決できない組織課題をいち早く「観察」「情勢判断」し、解決のための「意思決定」「行動」を行います。

この体制により、現場の小さなOODAループが組織全体へと広がり、アップデートされていくのです。

データに意味を与え、AIによる「観察」を深化

フライウィールの塩入賢治氏は、「観察」フェーズにおけるAIの活用事例を紹介します。
とある企業では、200人の管理職が書く週報をAIに読ませ、「何か気づきを与えてほしい」と指示しただけで、営業情報と研究開発のキーワードが繋がり、新たなアイデアが生まれたといいます。人間では見過ごしてしまうような膨大な情報の中から、AIは価値ある繋がりを「観察」し、提示してくれたのです。

一方で、たとえば、同じ「売上」というデータであっても、経理部門と営業部門では、求める情報の粒度や属性が異なるケースがあります。一見同じデータであっても、ニーズの相違から生じるギャップを埋めない限り、AIによる「観察」は誤った方向へ進み、組織の意思決定を歪める可能性があります。これを解決するためには、人間がデータの意味をきちんと定義するといった「地道」なプロセスが不可欠だといいます。

「まず、今の業務はそのままでよしとする。一方で、隣に未来のあるべき業務プロセスを描き、その中の小さな一部分だけでもチャレンジしてみる。すると、これが『バイパス』の起点となり、これを見た別の部署が『うちもやってみたい』と新しい点を打つ。いずれ点が繋がり線になり、バイパスが本線になっていくのです」

これは、小さく始めて成功体験を積み重ねる「PoC(概念実証)」という手法。AI時代におけるOODAループの高速回転は、最新技術を導入するだけで実現するものではありません。AIによる「観察」の精度を高めるための地道なデータ整備と、組織の変革を促すための小さな成功体験の積み重ね。その両輪が揃って初めて、組織は変化に対応し、進化し続けることができるのだと言えそうです。

世界は、日本は、どう動くのか?グローバルリーダーとのパネルディスカッション

AIを活用したOODAループで事業スピードを最大化する。サザーランド氏は「『人間か、マシンか』ではなく、もはや『人間+マシン』ですらなく、『人間+マシン+プロセス』が重要なのです」と主張しました。AIはあくまで人間を加速させるツールであり、どう連携し、活用するかのプロセスこそが本質だといいます。

「OODAループを実行するには、管理職から現場への権限委譲が必要。これには説明責任が伴い、AIはその責任を果たせません。人間である誰かがこの責任を負う必要があるのです」と話すのはジェイコブス氏。さらに、不確実な未来に対して知ったかぶりをせず、「知らない」という前提に立つからこそ、好奇心が生まれ、仮説を立てて検証するOODAループが促されると語りました。

この言葉を受け、田中氏は「スクラムにはマネージャーという役割がありません。そこの権限移譲こそ、階層型組織だった日本の企業が一番難しいと感じる部分。今までのやり方をアンラーニングすることが大切です」と締めくくり、日本企業の課題と、乗り越えるためのマインドセットの重要性を改めて強調しました。

失敗を許容し、常に学び続ける組織へ。参加者からも積極的な質問が飛び交い「さらに詳しく聞きたい」といったポジティブな声が聞こえてきました。最後にサザーランド氏は、AIと人間の未来について、チェスの逸話を引いてこう語ります。

「かつて王者カスパロフがIBM製のチェス専用コンピューター『ディープ・ブルー』に敗れた後、あるトーナメントが開催されました。スーパーコンピュータを持ち込んでも、グランドマスターと組んでも、何でもありというルールの中で優勝したのは、トップ棋士ではない2人組と、ノートパソコンのチームでした。彼らが最も『マシンとの連携』に長けていたのです」
「AIは、人間に取って代わる存在ではなく、加速させるパートナーだと信じています。AIが得意なことはAIに任せ、私たち人間は、人間にしかできないことに集中する。それこそが、AIと人間の理想的なパートナーシップなのです」

AIという強力なツールを手に、OODAループを高速で回し、ビジネスを変革していく──。
このイベントに参加した各企業の「アジャイルリーダーズ」を起点とし、日本のビジネスシーンに新たな変化の波が生まれていくに違いありません。