黒川　ワイヤ放電加工機とは、細い黄銅のワイヤを電極として使う放電加工機です。ワイヤを送り出しながらワーク（被工作物）との間で放電を行ない、糸鋸で切るように、自在な形にくり抜いて加工できます。非常に高い精度で加工できるのが特長ですが、精度を維持するためには、きめ細やかなメンテナンスが不可欠です。最新機種であるMGシリーズでは自動洗浄機能など長期間安定稼働を実現する機能を搭載していますが、やはり長期間ご使用される上では消耗品の交換や清掃が重要。これを怠ると、加工精度が低下したり、機械が停止したりといったトラブルが発生する場合があります。

鋤柄　加工精度の低下や機械停止の原因はさまざまです。その原因を１つずつ解決し、10年、20年と長期間にわたって、お客様のものづくりを支えていく事が私たちの使命なのです。

黒川　この機械は0.2ミリ以下の非常に細いワイヤ線を使って加工するのですが、加工中にこのワイヤが切れることがあります。そこで、断線しても自動でつなぎ直して加工を再開する「自動結線」という機能があるのですが、この技術がまた繊細で。まさに針の穴に糸を通すような精度が求められます。加工機が良好な状態であれば機械が止まることはありませんが、ワイヤの走行経路にゴミが付着するなどメンテナンス状態が良くないと途中で機械が止まってしまうことがありますね。

鋤柄　金型製作などでワイヤ放電加工機を使う際には、長いものだと1日とか数日とかの時間をかけることがあります。退社前に機械をセットして、夜間に自動で加工を行うのですが、メンテナンス状態が悪いと、朝出社したら「加工が終わっているはずなのに、断線して止まっていた」という事態にもなりかねない。ですから、高い加工精度と安定した運転という2点を維持するために、適切なタイミングでのメンテナンスが欠かせないわけです。

堂森　従来はお客さまからの連絡を受けて現地にお伺いし、その場で状態を確認するということをしていました。一方、Remote4Uがあれば機械の稼働状態はクラウドにアップされているので、お客さまの機械の状態を遠隔で把握でき、より適切なメンテナンスの提案が可能です。さらに稼働実績、コスト計算などもダッシュボード機能で確認できます。トラブル回避と生産性向上を目指して開発したサービスとなります。

鋤柄　加工機は稼働状態に応じてアラームを出します。これを受けてお客さまからサービス窓口にご連絡をいただけば、私たちはリモート診断やダッシュボードでの確認が可能です。ただ、お客さまがアラームに気づかなかったり、リセットしてそのまま使用し続けたりということもあります。それが重大なトラブルにつながるアラームであったとしても、お客さまからご連絡をいただけない場合がある、というのが課題でした。

黒川　実際、アラームはプログラムミスや誤操作なども含め、様々なケースで発生します。加工機を停止させ、故障や加工の失敗を防ぐためのアラームも多くあるからです。そのため、多くの場合はお客さまが自ら対処して使用し続けます。ところが、お客さまのところで発生しているアラームを分析した結果、深刻なトラブルにつながるものが含まれていることがわかりました。

鋤柄　製造の現場は、スピードが求められる場面も多い。なんとかこのアラームを回避して、目の前の製品を仕上げてしまおうという心理も働きます。本当に「よくあるアラーム」ならば問題ないのですが、もし深刻なトラブルにつながるものだったとしたら、目の前の作業を急いだがために却って復旧までの時間がかかってしまうということにもなりかねません。一方で、私たちとしても市場で稼働する機械が日々発する無数のアラームのすべてに対して駆けつけてサポートをするには人手が足りません。

堂森　サービス開始以来、アラームに関するデータは非常に多く存在していました。その中から深刻なトラブルにつながるケースの共通点を見出せないか。そう考えました。お客さまが本当にサポートしてほしいタイミングでこちらからアプローチできれば、トラブルが深刻化する前に手を打つことができますし、「使いたいときに動かない」という最悪のケースも回避できます。

鋤柄　それまでのサービスでも、お客さまからの連絡を受けた際にすばやく原因を特定できるというメリットはありました。それでも、お客さまからの連絡をお待ちしているだけではサービスを最大化できません。なにか次の手を打てないか。そう考えていたとき、DXイノベーションセンターのメンバーと出会うきっかけがあり、そこからサービスの改善に向けた動きが本格化していきました。

堂森　サービス開始以来蓄積してきたデータは多くあるが、それを活かしきれていない。つまり、材料は豊富にあるけれど、調理の方法がわからない──そんな状態だったと思います。数あるアラームから本当にサポートが必要なものを選び出すには、機械学習モデルの構築が必要。自分たちだけではやりきれない部分を、三菱電機全体のデジタル基盤Serendieを用いて改善できるチャンスが巡ってきたのです。

黒川　データサイエンティストをはじめとしたチームに、加工機を開発する私と、サービスを担当する鋤柄も加わりました。Remote4Uを進化させるためのコンセプトを「見守り」と定めて、そこからは部署の垣根を超えたやりとりの始まりです。
実際にお客さまと接する鋤柄から「これじゃサービス向上につながりません」って言われたら、やらないわけにはいかないので（笑）私も加工機の開発者としてできるかぎりの知恵を絞りました。

鋤柄　無茶な要求もたくさんしてしまったかもしれません（笑）。

堂森　放電加工機は機械、電気、ソフトウェア、IoT、さまざまな技術の組み合わせでできています。ものすごく複雑なんですね。技術という観点ではさまざまな事情や制約もあります。それぞれの立場が理解できるので、苦しい場面もありました。でも、チームとして最終的に「お客さまのためになるものを」という気持ちを共有していたので「良いものをつくろう」と思って。

黒川　技術的には、もっとセンシングを強化しようとか、故障の兆候をつかめるようにしようとか、さまざまなアイデアを持っています。でも、一番大切なのは「お客さまの生産性向上につなげる」という視点だと思います。お客さまは放電加工機を毎日ご使用いただいていますが、必ずしも最適な活用ができているとは限りません。蓄積したデータを使えば「もっとこうすれば効率よく使えますよ」といった提案も可能になると思います。

堂森　機械を止めない、という「守り」も大切ですが、さらに生産性を上げるという「攻め」の面でもお客さまに貢献していきたい。チーム全体での共通した想いがあったからこそ、データ活用という新たな領域にチャレンジし、試行錯誤をしながらゴールへ向かえたのだと思いますね。