浜田理恵 Rie Hamada
SERENDIE – stories
STORIES / INTERVIEW
「宣言」だけで終わらせない。三菱電機データガバナンスオフィスが担う、データ活用文化の土台づくり。
2026.01.26
データ量の爆発的な増加やAI活用の普及に伴い、データガバナンスの重要性が高まっている。しかし、組織の規模が大きくなればなるほど、全社的なデータ活用の文化を根付かせることは難しくなる。
三菱電機の「データガバナンスオフィス」もまた、この難題に挑む組織の一つだ。2023年に数名の有志によって始まったデータガバナンス活動は、今や100名を超える規模へと成長した。さらに2025年5月には、全社的な取り組みを明文化した「三菱電機グループ データ活用宣言」を発表している。
データ活用を単なるお題目ではなく、企業の当たり前にするために、現場ではどのような活動が行われているのか。同社の浜田理恵氏、木村友祐氏、古跡進氏に話を聞いた。
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 戦略企画部 次長
法務・知的財産に携わったのち、データガバナンス・マネジメントを担当。知的財産の観点からデータにかかわるうちに、データガバナンス・マネジメントの重要性を感じ、全社横断的なデータガバナンスオフィス(DGO)を立ち上げた。
木村友祐 Yusuke Kimura
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 戦略企画部
前職にて自動化設備の制御技術開発、新規事業立ち上げに携わり、2018年より三菱電機で産業用ロボットの営業技術。2025年よりデータガバナンス・マネジメントを担当し、デ ータ利活用における価値創出に注力して活動。
古跡進 Susumu Koseki
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター プラットフォーム設計開発部
クラウド・データに関する研究開発に携わった後、2023年よりデジタル基盤Serendie®での技術基盤構築の一環として、全社横断のデータ分析基盤の開発を担当。
草の根活動から全社発信へ
——まず、データガバナンスオフィス(以下、DGO)を立ち上げたきっかけについて教えてください。
浜田: 三菱電機が全社方針として、データ活用を核とした「循環型 デジタル・エンジニアリング企業 」への変革を目指し始めたことがきっかけです。このビジョンを実現するためには、ガバナンスの観点からも全社横断的な施策が不可欠だという課題意識が生まれ、まずは有志での活動が始まりました。最終的にバーチャルではありますがDXイノベーションセンターを中心とした組織の発足に至りました。
——2025年5月には「三菱電機グループ データ活用宣言」と、実務指針となる「データ活用マネジメント基本方針書」を発表されました。まさに全社的な活動のきっかけの一つかと思います。この背景にはどのような狙いがあったのでしょうか。
浜田: 私たちはデータガバナンスを一過性の取り組みではなく、企業の文化として定着させたいと考えています。一般的に、データガバナンス活動は現場からのスモールスタートから始まることも多いですが、それだけでは全社的なムーブメントになりにくいという課題もあります。
そこで、「データをしっかりと取扱いつつ、最大限の価値を出していくことは、全社一丸で取り組むべきことである」という強いメッセージが必要であると考え、「データ活用宣言」を制定しました。
当初は社内向けの発信のみを想定していましたが、この姿勢は社外にも示すべきだと考えを改め、当社専務執行役 CDO(Chief Digital Officer)兼 CIO(Chief Information Officer)である武田 聡の名義で社外へも公開しました。
——策定にあたって、意識されていたことはありますか。
浜田: データ活用に関わる人が、自分たちの活動が制限されてしまう、と思わないようにすることです。データ活用で大事なのは、大きな問題とならない範囲で自由にデータを扱える環境整備です。安全な場所と危険な場所の境界線、私たちはこれを「ガードレール」と呼んでいますが、これを明確に示しつつ、データ活用に全力で走ってもらう。そんな印象を持っていただけることを意識しました。
——では、最も苦労された点は何でしょうか。
浜田: 言葉の定義です。三菱電機には「事業DX(Serendie®)」「ものづくりDX」「業務DX(M-X)」という3つのDXの柱があります。ヒアリングを進める中で、それぞれの領域で使われる言葉のニュアンスが微妙に異なることに気づきました。例えば、ガバナンスとマネジメントはどう違うのか、といったことです。こうした根本的な定義の一つひとつについて何回も議論を重ね、認識を統一する作業を地道に進めました。
——「データ活用宣言」や「データ活用基本方針書」への反響はいかがでしたか。
浜田: 「データ活用宣言」については、他社を見渡しても、わざわざ「データを活用します」と宣言する事例は多くありません。あえて公表したことで、営業担当からは「お客様との会話がスムーズになった」という声が届いています。社外のお客様に対しても、「三菱電機はデータを適切に管理・保護した上で、データから価値を生み出していく企業である」という姿勢をご理解いただけていると感じています。
「データ活用マネジメント基本方針書」については、全社として横串でデータを管理し、活用していくのだ、という方針を理解していただけたのではないかと感じています。各事業部でデータ活用に困ったときは、方針書に沿って私たちに問い合わせていただく、というフローを整備しているところです。
DGOという組織自体は、公式の組織図には載っていないバーチャルな組織なのですが、この二つを全社的に出せたことで、草の根活動から一歩抜け出せたのではないか、と考えています。
現場で使えるデータ活用の手段を提供
——宣言や方針書は文化醸成への大きな一歩ですが、現場で働く方々にとっては、日々の業務が優先され、データ活用は後回しになりがちだと思います。これらを言いっぱなしで終わらせないため、どのように現場への浸透を図っているのですか。
木村: 前提として、現場は現場で、表計算ソフトなどを駆使したデータ活用や個人で生成AIを使っているのです。ただ、それは「目の前の喫緊の課題」への対処であることが多い。
しかし、単に「AIやBIツールを使ってもっと業務効率化しましょう」と言っても、課題設定が不適切であれば効果は限定的です。そこで、事業本部のメンバーと私たちDXイノベーションセンターのメンバーを交え、課題設定の議論やワークショップを行うところから始めています。
例えば、事業部とDXイノベーションセンターのメンバーでチーム編成して、課題の洗い出しからソリューションのアイデア出しまでを行います。そこから実際にデータを集めて実装へ移すのです。その結果、営業が集めた情報から新しい製品やサービスの示唆を得るAIや、売上予測モデル構築、プレゼン資料の骨子を作成するAIなど、具体的な事例も生まれ始めています。
——現場へのアプローチで難しさを感じる点はありますか。
木村: やはり、データの収集ですね。部署を横断して利用できるデータは「標準データセット」として整備を進めていますが、それだけでは各現場に即したソリューションにはなりません。各現場に眠るナレッジは、その現場のメンバー自身に蓄積してもらうしかないのです。
また、いざソリューションを作ってみると、不足しているデータに気づくこともあります。データ収集に関しては、最初は各事業部と泥臭くコミュニケーションを取ることが大事と考えています。
——その他に、現場の声を受けて生まれた取り組みはありますか。
木村: 主に欧州や中国で進んでいるデータ関連法令への対応や、データ利用に関するお客様との交渉に悩む声が多くありました。
そこで、お客様からデータをお預かりする際、当社の活用目的や事業展開を達成できるよう、法律面での対策について法務部門と連携し検討してもらいました。現在は、データ利活用契約のモデルドラフト(ひな形)や、お客様との交渉ガイドラインなどを用意しています。
お客様や従業員が安心してデータを扱える環境を整えることで、文化の醸成に寄与していきたいと考えています。
現場主体でデータを集める基盤づくり
——現場がデータ活用をしやすくするためには、技術基盤の設計も大事な要素の一つだと思います。どのような環境を提供しているのでしょうか。
古跡: 当社には鉄道、ビル、FAなど多岐にわたる事業が存在します。例えば鉄道事業などでは、顧客との契約上「使用目的の限定」や「アクセス制限」が厳格に求められます。これらの条件を、中央の一か所で把握・管理してデータ利用の可否を迅速に判断していくのは難しいです。そこで、事業領域ごとにデータを集約し、各事業部が独自に活用しつつ、必要に応じて連携できる環境を目指しています。
各事業でデータ整備を推進する役割として、「事業ドメインデータオフィサー」という方たちがいます。データの収集、データの管理などをしていくための旗振り役として活動してもらっています。彼らと連携しながら、全社のガイドラインの整備や、技術的な支援を行っています。
——各事業部がデータを管理しながら、必要な時に連携できる。このような環境は理想的であると思いますが、実現するのはなかなか難しいのではないでしょうか。
古跡: まさにその問題に今取り組んでいるところです。例えば、ある事業の中でも、事業部、R&D、工場などの複数の部門がそれぞれデータを持っており、データがサイロ化されていることが多いです。そこで、まずは共通の事業内で分散しているデータを一つに集め、共通のデータ基盤として使えるようにし、徐々に事業横断でも利用できるようにしていく、というのが目下取り組んでいるところです。
——その取り組みを推し進めるためには何が大事だと考えていますか。
古跡: 一つは事例をつくることです。サイロ化されたデータを集めると、自分たちにとってどんなメリットがあるのか。それを示しながら、徐々に前に進めていきたいと考えています。
目指すのは、データ活用が「当たり前」の文化
——最後に、今後の展望を教えてください。
浜田: 私たちの考えるガバナンスは社員を縛るものではなく、データを安心して活用し、新しい価値を生み出すために存在します。「データを守らなければならない」という意識に加え、「しっかり守った上で、積極的に活用していく」というマインドセットへ変えていく必要があります。「データは会社全体の資産である」というメッセージを発信し続け、社内の「当たり前」を変えていきたいですね。
——具体的な施策としては、どのような展開を考えていますか。
木村: 目下の課題は基盤連携です。現在、古跡が構築しているデータ基盤だけでなく、各地の工場の製造現場や、業務効率化のための基盤が別に存在しています。これらはまだ分断されているため、全社的な連携を進めたいと考えています。
古跡: 現場でのデータ分析を支援する活動が必要だと考えています。特に、成功体験の創出に注力したいです。隣の部門で成功事例が出れば、周囲のモチベーションも上がります。意欲ある部署と密に連携し、一つでも多くの成功体験を共に作ることで、全社へデータ活用の文化を根付かせていきたいですね。
浜田: データは今や人・モノ・カネに続く「第四の資産」とも言われています。三菱電機が持つ「ものづくりの力」「イノベーション力」とデータを掛け合わせることで、スマートな工場運営や環境に優しいエネルギー活用、全く新しいビジネスモデルの創出など、より良い未来を共創していきたいですね。