武田 聡 Satoshi Takeda
SERENDIE – stories
STORIES / INTERVIEW
1年で10個以上のプロダクトを開発。生成AIで三菱電機の共創を支える社内チーム「Lagoon」とは
2026.03.03
横浜・みなとみらいにある三菱電機の共創空間「Serendie Street Yokohama」。ここには、顧客とのディスカッションから課題を見定め、それを解決するアプリケーションの開発までを1日で完結させることを目指すチームが存在する。その名は「Lagoon(ラグーン)」。彼らは生成AIを駆使し、スタートアップのような熱量とスピード感で、次々とプロダクトを生み出している。その数は、立ち上げからわずか1年足らずで、10個以上に上る。光速開発の裏側には、どのような仕組みや思想があるのか。チームの発起人であるプロダクトオーナーの伊勢山 諒氏、技術面を支えるテックリードの辻尾 良太氏、そしてメンバーを支えるスクラムマスターの荒木 慶彦氏の3名に聞いた。
専務執行役 CDO(DX、ビジネスイノベーション担当)、CIO(情報セキュリティ、IT担当)、
デジタルイノベーション事業本部長、三菱電機デジタルイノベーション株式会社 代表取締役 取締役社長
1989年入社。姫路製作所にてFAシステムからキャリアスタート。FAシステムの海外事業、製作所、国内事業に長年従事。その間、多くのM&A案件にも携わる。2022年FAシステム事業本部長。2023年10月CDOに就任。2025年4月よりCDOに加え、CIO、新設のデジタルイノベーション事業本部長も兼務。同年、三菱電機デジタルイノベーション株式会社の代表取締役 取締役社長に就任。
伊勢山 諒 Ryo Iseyama
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 戦略企画部
防衛システム事業部にて長年、防衛事業の研究開発プロジェクトのプロジェクトマネジメントおよびシステム設計に従事。2024年6月よりDXイノベーションセンターへ異動。全社DX戦略の推進と、統合報告書を通じた価値訴求(IR)を担当する傍ら、「Serendie Street Yokohama」における共創事業の創出をミッションとし、生成AIを活用したプロダクト開発チーム「Lagoon」を立ち上げ、プロダクトオーナーとして牽引する。
辻尾 良太 Ryota Tsujio
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター プラットフォーム設計開発部
情報技術総合研究所にて組み込みハードウェア、ソフトウェアやクラウド技術の研究開発に従事。現在はDXイノベーションセンターにてSerendie技術基盤の開発を担当する傍ら、「Lagoon」のテックリードとして、最新の生成AI技術を用いたアプリケーション開発やアーキテクチャ設計を主導する。
荒木 慶彦 Yoshihiko Araki
三菱電機株式会社 設計技術開発センター アジャイル開発推進プロジェクトグループ
大手SIerにて複数業界のプロジェクトを担当後、2024年1月に入社。現在はアジャイルコーチとして、DX組織のスクラムマスター支援を行う。入社直後より「Lagoon」にジョインし、スクラムマスターとして心理的安全性の醸成やプロセスの改善、他部門へのアジャイル文化の波及に尽力している。
1日で、顧客課題から新たな価値を
——まずは「Lagoon」が何を目指し、具体的にどのような活動をしているのか教えてください。
伊勢山: Lagoonは「マルチAIエージェントなどのAIを活用したサービスでイノベーションを加速し共創を生み出すこと」をミッションに、「1日で顧客課題に対するソリューションを、動作するプロダクトとして提案する世界の実現」をビジョンに掲げた、部署横断のチームです。主に「Serendie Street Yokohama」にいらっしゃったお客様や三菱電機のメンバーが使用するプロダクトを開発しています。メンバーは全員兼務で、本業に8〜9割の時間を割きながら、残りの時間で活動しています。
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 戦略企画部 伊勢山 諒
——掲げているビジョンについて詳しく教えてください。
伊勢山: 「Serendie Street Yokohama」にいらっしゃったお客様が、コーヒーを飲みながら雑談をしている間に、AIがその会話から課題を抽出し、解決策となる事業アイデアを提案する。そして、お客様が帰る頃には、そのアイデアが実際に動くアプリケーションとして手元にある。そんな一日のあり方です。
——これまでにどのようなプロダクトを開発してきたのでしょうか。
伊勢山: この1年で10個以上のプロダクトを開発してきました。例えば、立ち話から生まれた気づきや課題をAIが即座にデータ化するプロダクトや、抽出された課題をもとに事業仮説を構築するAIエージェント。さらには2025年8月に広報発表した「対話型マルチAIエージェントサービス」が代表例です。「対話型マルチAIエージェントサービス」は、FA領域やビル領域など当社の専門家AIエージェントを瞬時にチーム化し、事業仮説の立案や深掘りを多角的に支援する仕組みです。三菱電機の膨大な知見をデジタル上で結集させることで、共創のスピードと精度を高めています。
きっかけは一人の熱量から
——そもそも、どのようなきっかけでこのチームは立ち上がったのでしょうか。
伊勢山: 私はもともと防衛システム事業部の出身で、2024年6月にDXイノベーションセンターに異動しました。当初からの目標は、ここを訪れるお客様と共に新しい事業を生み出すこと。しかし、私自身のドメイン知識は防衛事業に特化しており、三菱電機の広大な事業領域すべてをカバーするには限界がありました。どうすれば事業の垣根を超えてお客様とコミュニケーションが取れるか。その方法についてずっと考えていました。
そんな中、2025年1月にSerendie Street Yokohamaのオープンが決まりました。その際、統括責任者であるDXイノベーションセンター長の朝日さんから「光速Serendie作戦」という号令がかかったんです。「形は問わない、とにかく光速で体験できるプロトタイプを作ろう」という趣旨でした。
号令を聞いた時「これはチャンスかもしれない」と思ったんです。実は、AIを用いた「事業の垣根を越えてコミュニケーションをとる企画」を温めていました。そこからは必死でした。まず自分一人で動くプロトタイプを作り上げ、それを手にエンジニアの辻尾さんのところへ行き、「一緒にこれを形にしないか」と口説きました。彼を仲間に引き入れ、アイデアを実用可能なプロダクトとして形にする狙いでした。
辻尾: 年明けすぐでしたよね。正直、エンジニア視点ではまだまだ見直すべきところがあるように思えました。でも、伊勢山さんの熱意はすごく伝わってきましたし、Serendie Street Yokohamaにお越しいただくお客様の視点で見たときにすごく意味のあることだと思いました。そこで、他のエンジニアにも声をかけて、興味を持ってくれる人をチームに引き込みました。
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター プラットフォーム設計開発部 辻尾 良太
荒木: 私はその直後の1月に中途入社しました。配属されてわずか2週間後、当時の上司から「面白いチームがあるからジョインしてくれないか」と声をかけられ、スクラムマスターとして参加することになりました。こうして、部署もバックグラウンドも異なるメンバーが集まり、Lagoonが動き始めたんです。
顧客の「Wow!」がすべての基準
――先程1年で10個以上のプロダクトを開発した、とおっしゃっていました。全員が兼業という限られた時間の中で、なぜそこまで素早くプロダクトを開発できるのでしょうか。
伊勢山: 一番のポイントは、ドキュメントや計画書を書く前にまず動くものを作ることです。生成AIによるバイブコーディングを駆使して、私が作りたいものやお客様との会話で出てきた「あったらいいな」というものをまず形にします。
辻尾: 伊勢山さんはパッと思いついたアイデアを、次の日にはもう動く状態にして持ってくるんですよ。エンジニアからしても細かく決められたドキュメントを読み解くよりも、「誰々を、こういうもので喜ばせたい」と動くものを見せてもらった方が、共通認識を持てるし、火が付きます。
伊勢山: 形にしていると言っても、完璧なものを作るわけではありません。何がしたいのかわかる程度のものを見せて、フィードバックをもらって、また直す。このサイクルを光速で回しています。
武田CDOも度々スクラム活動エリアに足を運び、Lagoonメンバーと直接言葉を交わしている
――プロダクト開発の優先順位や、実際に着手する時の判断基準はどこにあるのでしょうか。
伊勢山: 基準はシンプルに、見た人が「Wow!(ワォ!)」となるかどうか、その反応だけです。ここSerendie Street Yokohamaには、社内の様々な事業部の社員や役員、お客様が毎日のように訪れます。その度にさっとデモを見せ、どれくらい驚き、ワクワクしてくれたかを指標にしています。
例えば、あるお客様からは、「この1年で見たものの中で、一番ワクワクした!」という最高の褒め言葉をいただきました。またある役員の方に「ちょっとこれ見てくださいよ」とデモを見せたら、「これだよ、これが見たかったんだ!」とすごく喜んでいただけたことがあります。そういう生の反応が、この方向でいいんだという確信に変わり、次の開発の原動力になっています。CDOの武田さんからも「LagoonがSerendie Street Yokohamaで探索と実験の試行錯誤を繰り返す姿はマインドセット変革を促す挑戦のあり方の一つだ。これからも迷わず続けてほしい。」という言葉をもらっています。経営層からのこうしたエールも、私たちが挑戦を続ける大きな支えになっています。
辻尾: 伊勢山さんが引き出す「Wow!」を、一過性の驚きで終わらせず、技術で「実現可能な未来」として見せるのがエンジニアの役割です。今の限界に縛られず、適切な技術を即座に投じて「動く形」に落とし込むことで、「将来的にはこんなことができるのか!」という確信をお客様に与えたい。技術の凄さそのものより、現場の期待に爆速で応え、さらに大きな驚きを跳ね返すことを大事にしています。
事業アイデアをブラッシュアップするために専門性の異なるマルチAIエージェントを活用
チームのルールは最低限
――素早くプロダクトを作るために、チーム内のコミュニケーションで工夫していることはありますか?
辻尾: 一般的な開発プロジェクトは数ヶ月もかけて行いますが、私たちは2週間という短いサイクルで活動しています。具体的には、月曜日に「この2週間で何を目指すか」という計画を立て、2週間後に成果物のシェアを行います。
荒木: この短いサイクルを回し続けるために、私たちはあえてルールを最小限にしています。大切にしているのは、「守られないとチームが壊れるもの」と「あるとチームが強くなるもの」を見極めること。ルールで縛るのではなく、コンテキストを共有することで自律的に動ける状態を作っています。
伊勢山: 本当に最低限ですよね。私が計画を立てる時に、作りたいもののプロトタイプを見せて「こういうのをみんなで作りたいんだけど、どう?」と提案すると、それがエンジニアにとって面白い技術的挑戦だったり、ワクワクするビジョンだったりすれば、みんな自然と乗ってきてくれる。
――ルールが少ないと、逆にバラバラになってしまうことはないのでしょうか?
荒木: それをカバーしているのが、日々の雑談の多さだと思います。メンバーは毎日出社していて、基本的には同じエリアにいます。午前10時から15分程度の短いミーティングを行いますが、それ以外の時間もできるだけずっと一緒にいて、すぐに相談できるようにしています。
Serendie Street Yokohama内にあるLagoonのスクラム活動エリア
――普段の密なコミュニケーションが信頼関係の土台になっているのですね。他にも、チームの文化として特徴的なものはありますか?
荒木: 自発的に賞賛する文化が根付いていることです。2週間のサイクルの終わりに行う振り返りの場では、お互いの良いところを褒め合い、改善点もポジティブに提案し合います。付箋を使って意見を出し合うのですが、その量がすごい。私の想像を遥かに超える大量の付箋で壁が埋め尽くされるほどでした。悪いところを指摘するだけでなく、「こうすればもっと良くなる」という前向きな議論ができます。
三菱電機株式会社 設計技術開発センター アジャイル開発推進プロジェクトグループ 荒木 慶彦
伊勢山: そして、出した結果はニュースリリースや、特許出願、さらには展示会等の社外発表の場を通じてしっかりと発信しています。単に自由に取り組むのではなく、DXイノベーションセンターとしての確かな成果として組織へのコミットも忘れないようにしています。
コードも失敗もオープンに
――Lagoon立ち上げから1年が経ちますが、周囲や他部署からはどのような反応がありますか。
伊勢山: ありがたいことに、社内の様々な部署から「どうやったらそんなに早く作れるのか」「Lagoonのような取り組みをしたい」といった相談が毎日のように届いています。興味を持ってチャットをしてきてくれた方には、来る者は拒まずで全員に対応しています。社内に対して「気軽にチャットしてください」と発信しているので、すごい数の問い合わせが来るんですよ(笑)。時には厳しいご意見をいただくこともありますが、それにも真摯に対応し、一つひとつ対話を重ねています。
――「Lagoonのようなチーム」を社内に増やすために取り組まれていることはありますか。
辻尾: 私たちが開発したプロダクトのソースコードは、すべて社内のInnerSourceに公開しています。料理のレシピを公開するようなイメージで、誰でも自由に使えるようにしています。自分たちだけで抱え込まず、面白いと思ってくれた人が引き継いで、自分たちのチームで開発を始められるような仕組みにしています。
荒木: マインドセットの面では、失敗事例を隠さないことが重要だと考えています。これまでの文化では、少なからず失敗を表に出しにくい空気があったかもしれません。しかし、新しいことに挑戦する以上、失敗から学び、次に活かしていくことは欠かせないと感じています。各事業部の方々とお話しする中では、どうしても成功事例を求められることが多いのですが、それぞれの事業部には固有の文脈や制約があります。そのため、私たちの取り組みをそのまま適用しても、必ずしもうまくいくとは限りません。だからこそ、成功事例だけでなく、失敗事例についても包み隠さず共有することを大切にしています。
「やってみたい」からイノベーションを
――最後に、Lagoonの活動を通じて今後どのようなことを実現していきたいですか。
伊勢山: 私は「みんなもっとAIと楽して、楽しく働こうよ」と伝えたいです。AIエージェントと協働することで、面倒な作業から解放され、人間はもっとワクワクする創造的な仕事や新しい挑戦に集中できるはず。2026年度には、三菱電機の社員が当たり前のようにAIエージェントと仕事をしている、そんな世界を実現したいですね。また、単に効率化するだけでなく、一つのプロダクトから次のプロダクトへと連携し、最終的には大きな価値を生み出すようなエコシステムを作っていきたいです。
辻尾: 私はエンジニアがもっと楽しく、自分の意志で自分の力を発揮できる会社にしていきたいです。生成AIが使えるようになってから、世の中の開発手法が大幅に変わろうとしています。エンジニアのキャリアとして、三菱電機で働くことが大きなプラスになると嬉しいです。具体的には、Lagoonを、新しいやり方を試す実験場のように使ってもらえれば嬉しいです。ここで得た知見やマインドセットを各職場に持ち帰ってもらうことで、会社全体の技術力や働き方を底上げしていきたいと考えています。
荒木: Lagoonの活動を通じて、AIで業務を効率化し、そこで生まれた余力を使って新しいチャレンジができるような、そんな好循環を生み出したいですね。既存の作業をやめることで生まれた時間を、アジャイルや仮説検証といった新しいチャレンジに充てる。そんな未来を描いています。
伊勢山: お客様の声を聞いて、すぐに作って、また見せる。開発者がいるエリアとお客様がいる共創エリアが、わずか50メートルしか離れていないからこそできる圧倒的な反復のスピードこそが、私がワクワクする原動力であり、イノベーションの源泉です。
Lagoonのようなチームが、社内のあちこちに生まれてくると面白いですよね。トップダウンで「作れ」と言われてできるものではないですが、私たちの活動を見て「面白そうだな、自分たちもやってみようかな」と自発的に動き出す人たちが増えて、三菱電機がイノベーティブカンパニーへと変わっていくきっかけを、これからも作り続けていきたいです。
DXイノベーションセンター以外の様々な部署からメンバーが参加している1列目左から、荒木 慶彦(設計技術開発センター)、伊勢山 諒(DXイノベーションセンター)、辻尾 良太(DXイノベーションセンター)、吉田 昂洋(AXイノベーションセンター)
2列目左から、塚本 祐介(鎌倉製作所)、佐藤 成悟(DXイノベーションセンター)、新谷 祐矢(DXイノベーションセンター)、勝山 晃吉(DXイノベーションセンター)