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STORIES / INTERVIEW

乗換案内からゲームまで。パーソナライズされた移動体験をつくる
「Train Connect®」の挑戦

2026.03.11

約100年にわたり鉄道事業に携わってきた三菱電機は、鉄道における移動体験のパーソナライズに目を向けている。2023年から展開を進めている「Train Connect(トレインコネクト)」は、乗客のスマートデバイスへダイレクトに情報を届けるBtoBtoCのプラットフォームだ。「今、どの列車の何号車に乗っている」という正確な位置情報をトリガーに、外部のアプリ事業者が独自のサービスを提供できる場を作り出す。現在、実証実験の最中であり、事業化の準備を進めている。
長年ハードウェアの納品をゴールとしてきた三菱電機にとって、プラットフォームビジネスは挑戦の連続だった。どのようなプロセスで事業化を進めていったのか。そして「Train Connect」が目指す新しい鉄道体験が実現した社会とは。プロジェクトを牽引する奈良 淳一氏と、伴走した横尾 広明氏に、開発の裏側と、その先に見据える移動体験の未来について聞いた。

奈良 淳一 Junichi Nara

三菱電機株式会社 伊丹製作所 交通情報システム部
入社以来、長きにわたりスタジアムの大型ビジョンや駅のサイネージディスプレイの提案・開発に従事。その後、鉄道車両向けの行先表示器などを担当し、現在は「Train Connect」のプロジェクトリーダーとして、企画から開発、提案までを一貫して推進している。技術者としてのバックグラウンドも併せ持つ。

横尾 広明 Hiroaki Yokoo

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部
「Train Connect」プロジェクトの立ち上げ期において、3カ月間のスクラムマスターを担当。現在はDXイノベーションセンターにて、アジャイル開発の浸透や共創活動の支援を行っている。本プロジェクトではプロセスを回すだけでなく、プレイヤーとしてアイデア出しやエスノグラフィー調査にも深く関与。

スマホ時代の新しい鉄道体験

——そもそも「Train Connect」とは、どのようなサービスなのでしょうか。

奈良:鉄道車両が持つ情報と乗客のスマートデバイスを連携させる鉄道向け情報提供プラットフォームです。

具体的には、車両の「列車統合管理システム」と連携した車両情報送信ユニットから、列車の走行位置や号車、種別・行先・進行方向といった情報をBluetooth®信号で発信。乗客のスマホアプリがそれを受信します。これにより、GPSだけでは判別できない「今、どの列車の何両目に乗っているか」という正確な情報に加え乗車列車に関する情報をリアルタイムに取得します。この情報を活用すると、一人ひとりに合わせた運行情報やコンテンツが提供できます。

例えば、乗換案内アプリで乗るべき列車に乗れているかの通知や、遅延が発生した際にピンポイントでの案内が可能になります。

Train Connectの概要図

——車両側の情報が、乗客の手元のスマホと連携するようになるわけですね。その構想は、いつ頃からあったのでしょうか。

奈良:車内における情報提供のプラットフォームとして、三菱電機は2002年からドア上や天井の吊り下げ箇所などに設置された液晶画面「トレインビジョン®」を提供してきました。当時はスマホを持っている人も少なく、トレインビジョンは情報共有の手段として機能していました。

しかし、今は乗客のほぼ全員がスマホの画面を見つめています。この変化に対し、鉄道事業者や我々は有効なアプローチができていませんでした。トレインビジョンは不特定多数を対象とした「1対N」のメディアであり、すべての乗客に均一な情報しか届けられません。

そんな課題意識から、2019年頃から構想がスタートしました。当時はちょうど「これからは情報がパーソナライズされる」と言われ始めていた時期でもありました。トレインビジョンによる配信ではなく、乗客の手元にあるスマホに直接情報を届けるほうが合理的ではないか。そう考えたのが始まりです。

「あったらいいね」を「新しい価値」に

——そこから2023年にプロジェクトが本格始動した時、最初はどのように進めていったのでしょうか。

奈良:最初は、先行きが不透明な状態でした。世の中にないソリューションなので、ベンチマークが存在しません。事業計画を立てようにも、数値を作るだけで一苦労です。

まずは本当に需要があるのかを知るため、鉄道事業者をはじめ年間で30回は提案に回りました。当初は「トレインビジョンの内容が手元で見られます」という提案をしていたのですが、それだと「あったらいいよね」で止まってしまう。反応は芳しくありませんでした。

——新しい価値として伝わりにくかったのですね。

奈良:ええ。すでに車内にあるものが手元で見られるようになるだけでは、鉄道事業者にとっては価値が増えるわけではないですからね。既存事業の延長として見られている限り、検討の対象にはなり得ないのだと痛感しました。

そこで、2024年度から提案の切り口を一新しました。「トレインビジョンの代わり」ではなく、「列車内での精緻な乗客の位置情報を活用した、アプリ上で新しいサービスを提供できるプラットフォーム」と提案するようにしたんです。それに応じた具体的なユースケースも一緒に見せるようにしました。すると、「それなら、うちのこの課題解決に使えるかも」といった意見が出てくるようになりました。それをきっかけに、事業の勝ち筋が見えてきたんです。

三菱電機株式会社 伊丹製作所 交通情報システム部 奈良 淳一

参与観察で見つけた、乗客の不安

——プラットフォームという方向性が定まったあと、どのようにサービス内容を詰めていったのでしょうか。

奈良:次の課題は、アプリを使うユーザーにとっては価値があるかを知ることでした。でも、いつもの伊丹製作所のメンバーだけで考えると、どうしても同じようなアイデアしか出てこない。そんな折に、新しくDXイノベーションセンターというスクラムを組んでアイデア出しをする部署ができたという話を聞いて一緒に取り組みたいと協力を仰いだのが、横尾さんたちでした。

横尾:奈良さんの依頼を受けて、2024年11月末にスクラムマスターとして参加しました。価値検証のために、提案したのが文化人類学由来の調査手法である参与観察(エスノグラフィー)です。

実際に鉄道に乗車したり、駅のホームに立ったりして、利用者の行動を観察しました。観察の際は二つの視点を大事にしました。一つは、先入観を持たずに乗客の表情や視線の動きをぼんやりと広く見る視点。もう一つは、我々が持っている仮説が本当に当てはまるかを確認する視点です。自分たちのアイデアが刺さるのか。刺さらないならどう変化させればいいのか。そんな問いを持ちながら、ひたすら観察してメモを取り続けました。単に「スマホを見ている」と記録するのではなく、「なぜ今このタイミングで画面を見たのか?」という理由を、スマホのメモ帳に「理由1、理由2……」と自分なりに推測して書き溜めていきました。

——観察の中で、どのような発見がありましたか。

横尾:色々な行動パターンが見えてきたのですが、特に気になったのは、ある乗客がキョロキョロと車内のディスプレイを見てから手元のスマホに戻る、という動作を繰り返していたことです。

今の乗り換え案内アプリは優秀ですが、GPSの精度が落ちる地下区間や、複雑なターミナル駅では「本当にこの列車で合っているのかな?」という確信が持てない瞬間があります。乗客は無意識のうちに、車内アナウンスやディスプレイの情報と、手元の検索結果を照合する「答え合わせ」を行っていたんです。そこに潜在的な不安があることに気づきました。

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部 横尾 広明

奈良:この不安を解消するソリューションとして生まれたのが「答え合わせ案内」というユースケースです。「Train Connect」を通じて得た車両情報に、リアルタイムの運行情報を掛け合わせることで、「あなたが乗っているのは予定通りの正しい列車ですよ」とスマホに通知するというサービスです。

横尾:この「答え合わせ案内」を第一歩として、サービスの普及フェーズに合わせたロードマップを描き、さらに二つのユースケースを考えました。一つは鉄道事業者がMVNO事業者となり、事業者が通信サービスの差別化として乗車中限定で無制限データ通信ができる「MVNOサービス」。これは、列車内でスマホを通じたコンテンツを楽しんでもらうためのもの。もう一つが、乗るだけで運賃精算を完了する「駅の改札レス化」です。答え合わせ案内と駅の改札レス化のユースケースは2025年11月に行われた日本最大級の鉄道技術の総合見本市「第9回 鉄道技術展2025」にて紹介し、さまざまな企業の方が実際にどんな印象を持たれるかを検証しました。

※MVNO事業者:MVNOはMobile Virtual Network Operatorの略で、移動体通信事業者から通信回線を借り受け、サービスを提供する事業者のこと。

乗車中限定で無制限データ通信ができる「MVNOサービス」の列車内の広告イメージ

机上の完成品より、動くプロトタイプ

——現在は、サービスを普及させ始めたフェーズだと思います。具体的にどのようなことをしているのか教えてください。

奈良:描いたユースケースを実現するための技術検証と、それを一緒に形にしてくれる共創パートナーの開拓に動き出しています。

技術検証では、まずユーザーのスマートデバイスとの接続をスムーズにすることに尽力しました。「Train Connect」はBluetoothを使用しますが、ワイヤレスイヤホンのように、乗車のたびにペアリング設定をするわけにはいきません。乗っただけで自然に受信でき、ユーザーのアプリ利用に支障をきたさないUXを作るための技術構築にはかなり苦労しました。

——駅には複数の列車が入ってきますし、誤検知などの課題もありそうです。

奈良:そうなんです。とある鉄道会社様の協力も得て、実際の車両に装置を設置させていただいて検証を行ったところ、列車がホームに2本同時に入ってきたりすると、向かいのホームにいる列車の情報を誤って受信してしまうことがありました。この精度の調整のために、電波環境の詳細なチューニングを重ねる日々でした。私自身も路線を何十周もして検証を繰り返しました。

車両情報送信ユニット(試作機)

——共創のパートナー探しで苦労した点はありますか。

奈良:最初は「最終製品がない段階で、どうイメージしてもらうか」という壁にぶつかりました。「Train Connect」のビジョンを語るだけでなく、「御社のアプリに組み込むと、画面はこうなります」「ユーザーにはこんなメリットがあります」という、具体的なプロトタイプを自分たちで作り込んで提示するようにしました。

まだ世にないものですから、目に見える形にして相手の社内決裁が通りやすいように配慮する。その上で一緒に新しい価値を作りましょう、と持ちつ持たれつの関係を築くことを常に意識していました。

横尾:その具体化する力とリスペクトの姿勢があったからこそ、パートナー企業の方々も「奈良さんがここまで言うなら、ひと肌脱ごう」と思ってくれたのではないかと感じています。

奈良:そう言っていただけると嬉しいです。実際、アプリを開発する企業の方々も「今までにないデータが取れれば、自分たちのアプリがもっと面白くなる」と、直感的に感じてくれていました。

——パートナー企業との共創が進み、現在はどのような段階にあるのでしょうか。

奈良:実機も動くようになり、フェーズが大きく変わってきました。当初は我々から使い方を提案していましたが、最近では実機を目にした企業から「うちのアプリでこう使いたい」という逆提案も増えてきました。我々が主導するだけでなく、プラットフォームとして自律的に価値が広がり始めている兆しだと捉えています。

単なる移動手段を、もっと楽しめる空間へ

——最後に、今後の展開について教えてください。

奈良:現在は社会実装に向けて、専用の車両情報送信ユニットの導入ハードルを下げる取り組みを進めています。新しく装置を取り付けるには、機器や工事の費用負担が大きいため、既存の鉄道用機器を更新する際に「Train Connect」の機能を最初から内蔵する仕組みを考えています。

コラボレーションアプリの拡大も急務です。すでに共創を進めている乗換案内アプリだけでなく、ゲーム会社との対話も重ねています。

横尾:ゲーム会社さんとのコラボレーションなんて、これまでの三菱電機では考えられなかったことですよね。例えば、位置情報ゲームと連動して、特定の車両に乗っている時だけレアなキャラクターが現れるとか。移動そのものがエンターテインメント空間になる、そんな世界観を作りたいです。

——最後に、お二人が描く未来像についてお聞かせください。

奈良:我々が目指しているのは、アンビエントな社会です。「アンビエント(Ambient)」とは、一般的に「環境」や「取り巻く」といった意味で、ITの分野では「環境に溶け込んだ」という意味で使われます。私たちが目指すのは、まさにテクノロジーが空気のように溶け込み、意識せずとも人の行動をサポートしてくれる社会です。

例えば、改札を通る必要すらなくなり、スマホをカバンに入れたまま列車に乗れば自動的に運賃が精算される。乗車中は自分の好きなコンテンツを楽しみ、降りる駅が近づけば自然に通知が来る。日常の移動における煩わしさを極限までなくし、ストレスフリーな移動体験を作ることが目標です。

横尾:列車は単なる移動手段から、楽しめる空間へと進化していくはずです。かつて食堂車が特別な時間を提供していたように、あるいは今のイベント列車で飲食を楽しめるように、移動している時間そのものが価値を持つようになる。

それをデジタルの力で、現代版として再定義したいんです。食事を提供するわけではありませんが、デジタルコンテンツや情報を最適に届けることで、退屈だった移動時間をワクワクする時間に変えていく。「Train Connect」がそのきっかけになれば嬉しいです。

奈良:時代の変化により、乗客の過ごし方が大きく変わってきたことから始まったプロジェクトですが、今こうして鉄道会社やアプリ開発会社を巻き込み、大きなうねりになりつつあります。

三菱電機の技術と、パートナー企業のアイデアが融合する時、移動時間は新しい体験へと変わっていくはずです。ぜひ多くのパートナー企業と一緒に、テクノロジーが人に優しく寄り添う未来を作っていきたいですね。

「Serendie Street Yokohama」に展示されている「Train Connect」のアイデア

「Train Connect」「トレインビジョン」は三菱電機株式会社の登録商標です。
Bluetooth® ワードマークおよびロゴは登録商標であり、Bluetooth SIG, Inc.が所有権を有します。三菱電機株式会社は使用許諾の下でこれらのマークおよびロゴを使用しています。