SERENDIE – stories

STORIES / INTERVIEW

外部コミュニティは、企業文化をどう変えるのか。三菱電機にアジャイルコミュニティ「XPJUG」がもたらしたもの。

2026.03.31

「アジャイル」という言葉が生まれて20数年。今や、答えのない問題に取り組む開発手法として定着しつつある。三菱電機は、デジタル基盤「Serendie®」を構築し、イノベーティブカンパニーへの変革に向けた取り組みの一つとして、アジャイルを積極的に取り入れている。だが、実は同社では20年以上、アジャイルを社内に浸透させる動きがあった。

その長い道のりにおいて、アジャイルの精神を社内に浸透させる原動力となっていたのが、社外コミュニティへの参画だ。なぜ、彼らは組織の外に仲間を求めたのか。その活動はどのようにして大企業の文化に影響を与えてきたのか。

長年にわたりアジャイルコミュニティ「日本XPユーザーグループ(以下:XPJUG)」を牽引してきた小井土 亨氏、天野 勝氏、そして三菱電機内部から変革を仕掛けてきた細谷 泰夫氏、黒木 翔氏の4名に、会社の枠を超え、コミュニティと三菱電機の関係を伺う。

小井土 亨 Toru Koido

株式会社OSK R&D本部 開発技術部 AP基盤技術課
大塚商会に入社後、技術部門の分社化に伴い現職へ。業務パッケージ等のソフトウェア開発に長年従事する傍ら、「XPJUG」におけるコミュニティ活動を牽引。設立当初の2001年頃から参加し、現在も「XP祭り」の運営などに尽力している。

天野 勝 Masaru Amano

株式会社永和システムマネジメント アジャイル事業部
大手電機メーカーでの社内システム開発を経て、アジャイルコミュニティでの出会いを機に2002年より現職。アジャイルコーチとして、クライアント企業に向けたアジャイルの導入支援を行う。

細谷 泰夫 Yasuo Hosotani

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 開発・品質管理部 部長
2001年入社。通信関連のソフトウェア開発等を経て、2016年より全社的なソフトウェア開発支援に従事。現在はDXイノベーションセンターにてアジャイル推進をリードする。2002年頃からXPJUG関西に参加。著書に『わかりやすいアジャイル開発の教科書』(共著)がある。

黒木 翔 Sho Kurogi

三菱電機株式会社 設計技術開発センター アジャイル開発推進プロジェクトグループ プロジェクトグループマネージャー
2011年入社。電力向け基幹業務システム等の開発・SEを経験後、現在は設計技術開発センターにて、アジャイル推進を担当。2020年より「XP祭り」の運営スタッフを務める。

会社を変えるなら、自分から変わる

――本日は、三菱電機とアジャイルコミュニティ「XPJUG」の関係性や、三菱電機社内でどのようにアジャイルを推進してきたのか。そして、AIが発展する時代における、今後のアジャイルの意義について伺いたいと思います。まずは、皆さんの関係性と、コミュニティに関わり始めた経緯から教えていただけますか。

小井土:私は、日本でアジャイルや、その開発手法の一つであるXP(エクストリーム・プログラミング)のコミュニティ「XPJUG」の運営に、2001年の設立当初から関わっています。細谷さんや天野さんとは、20年来の付き合いですね。

細谷:私は2001年に三菱電機に入社後、翌2002年頃から社内でアジャイルに取り組み始めました。「XPJUG」には2002年から参加しています。

天野:私はアジャイルコーチとして、クライアント企業に向けたアジャイルの導入支援を行っています。三菱電機さんとの関わりで言うと、2023年にアジャイルを全社に推進するための計画作り合宿を弊社の福井本社で開催した時にファシリテーターとして参加していました。「XPJUG」では、第1回からスタッフを務めています。

黒木:皆さんに比べると、私はもっと後になってからの参加ですね。2011年に入社して、2020年から「XPJUG」に参加しています。天野さんは福井合宿でお世話になりました。また、「XP 祭り2025」では基調講演もご依頼させていただきました。

――ありがとうございます。今でこそ、三菱電機の中でアジャイルの浸透が進んでいると思いますが、当時の三菱電機では、まだ「異端」だったのではないでしょうか。

細谷:おっしゃる通りです。私は2002年頃から社内でアジャイルに取り組み始めました。当時はまだ国内でもごく一部の人しか知らない手法のため、社内ですぐに理解を得るのは難しい状況でした。

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター 開発・品質管理部 部長 細谷 泰夫

――そこから、なぜ「XPJUG」に参加したのでしょうか。

細谷:悶々としている時期に、XPの提唱者であるケント・ベックの “Social change starts with you(社会の変化は、あなたから始まる)” という言葉に出会ったんです。

確かに、会社が変わるのを待つより、自分が変わる方が早いのではないか。いっそ日本全体でアジャイルが当たり前になれば、三菱電機もその波に乗って、自然と変わるのではないか。そんな風に、自分の中で視点が切り替わったんです。そこで2002年に、「XPJUG」に参加し、アジャイルを世の中に広げる側からもアプローチをしていこうと考えました。

「信頼貯金」というアプローチ

――自分が変わるという点において、社内にアジャイルを浸透させる上で効果的だった取り組みを教えてください。

細谷:私に限らない話だと思いますが、とにかく地道に「点」の活動を続けていました。空調アプリや通信インフラ、FAなど、必要なところには個別にアジャイル導入の支援をしてきました。

その際、大切にしていたのが、信頼関係の貯金です。アジャイルが当たり前ではないうちは「その手法で本当に大丈夫か?」という懸念を抱く人も少なくありません。だから、細谷には任せて大丈夫だ、と思ってもらうことが重要でした。そのために、まずは目の前の仕事できっちりと成果を出すようにしていました。

例えば、ウォーターフォール型の開発における、ソフトウェアの品質を定量的に測定・収集する工程は非常に手間がかかります。そんな他のメンバーがあまりやりたがらないことも、きっちりやる。そんな信頼を積み重ねて初めて、新しい手法も「とりあえず様子を見てみるか」と受け入れてもらえるようになるんです。

コミュニティに入ったからこその取り組みといえば、書籍の執筆です。コミュニティ活動を続けていると、仲間と本を書いたり、翻訳に関わる機会が生まれます。私も仲間とアジャイルの書籍を出版しました。そうすると、社外ではアジャイルの専門家として認知される。その評価を逆輸入することで、社内の壁を突破するきっかけになることもありました。これも一つの信頼貯金かもしれません。

細谷氏らで共同執筆した「わかりやすいアジャイル開発の教科書」

集合知が、教科書とリアルのギャップを埋める

――アジャイルを組織に浸透させる上では、いろいろな壁に直面すると思います。その際、コミュニティはどのような点で支えになっていましたか。

細谷:一番大きいのは、教科書とリアルのギャップを埋める知恵が得られる点です。教科書には、理想論や成功例は載っていても、個別具体の対策までは載っていません。コミュニティに行くと、「やってみたけど失敗した」「抵抗勢力にこう言われた」といった生々しい話が飛び交っています。「あ、その悩みはうちだけじゃないんだ」と気付けること、そしてその対処法を共有し合えることは大きかったですね。

小井土:コミュニティは成功と失敗が集合知として集まっていますよね。もちろん、あらゆる事例や体験談は、自分と全く同じ状況ではありません。ですが、「状況は違うけれど、この問題にはこう対処すればうまくいく」と抽象化して捉えれば、応用できる事例がたくさんあります。

株式会社OSK R&D本部 開発技術部 AP基盤技術課 小井土 亨

天野:壁にぶつかった際は、ノウハウだけでなく、モチベーションを保つ側面も大きいと思います。社内で新しいことを始めようとすると、孤独になることも多いはず。そんな時、コミュニティに行けば同じ志を持つ仲間がいて、また頑張ろうという気持ちになります。私も前職でアジャイル開発を推進しようとした時に、コミュニティの仲間に助けられました。

黒木:私が強く感じたのは、コミュニティ運営そのものがアジャイルの学びになるということです。XPJUGのコミュニティ運営は、スタッフ全員がボランティアで、上下関係のないフラットな組織です。一年に一度、公募によって運営メンバーが入れ替わるので、全員がどうすれば良いコミュニティにできるか、自律的に考え、動くことになります。つまり、その運営スタイル自体がアジャイルそのものなんです。そこで体感した場づくりの空気を、そのまま社内に持ち帰って取り入れています。

積み重ねた熱量が、文化を変えた

――これまでは草の根的にコミュニティに助けられながらもアジャイルを推進してきたと思います。一方、Serendieの始動以降、三菱電機においてアジャイルを主流にする動きが一気に高まりました。その点、細谷さんや黒木さんはどのように感じていますか。

細谷:まさに「点」が「面」になった感覚です。これまでは個々のプロジェクト単位での導入支援が主でしたが、Serendieでは事業そのものをアジャイルで推進することが経営方針として打ち出されました。

コミュニティとの関係で言えば、2025年には、ここ「Serendie Street Yokohama」で「XP祭り」を開催したんです。これには、社内の人間にアジャイルの熱気に触れてほしいという狙いと、長年お世話になってきたコミュニティへの恩返しの気持ちがありました。

Serendie Street Yokohamaで行われた「XP 祭り2025」の様子

小井土:「XP祭り」は、年に一度開催されるアジャイルコミュニティ最大級のイベントです。XP祭りは、参加者(聴衆)や発表者(講演、LTなど様々な形態)、運営スタッフ、どの役割でも参加できるお祭りです。我々のコミュニティには「場を提供する」という大事な文化があります。今回、三菱電機さんがその会場を提供してくれたことで、普段は接点のない社外のエンジニアと、三菱電機さんの社員が同じ空間で交流することになりました。

黒木:オープンな空間で開催したことで、通りがかった社員の方が「なんか面白そうなことをやっているな」と覗きに来てくれる。そこで社外のエンジニアの熱量や、アジャイルの楽しそうな空気を肌で感じてもらう。コミュニティとの偶然の出会いが生まれたことは、三菱電機の社員の方にとっても、アジャイルの空気を持ち帰ってもらう機会になったのではと思っています。

細谷:この光景は、まさに求めていたものでした。2023年に、天野さんの所属されている永和システムマネジメントさんにご協力いただき、アジャイル推進に向けたロードマップを立てるための合宿を行ったんです。正直、その頃はまだ「本当に全社的に変われるのか?」という気持ちがありました。一方で、何かしなければならないという思いもありました。その合宿の中で、「いつか三菱電機でXP祭りをやろう」という話もあったんです。それからわずか2〜3年で、当時の計画が現実のものになりました。今では社外の方から「三菱さんは最近、怒涛の勢いでアジャイルをやっていますね」と驚かれるほどです。

黒木:「XP祭り」の盛況など含めて今の勢いは、これまでコミュニティで培ってきた人間関係があったからこそ、だと思っています。

三菱電機株式会社 設計技術開発センター アジャイル開発推進プロジェクトグループ プロジェクトグループマネージャー 黒木 翔

天野:所属している企業が変わっても、つながりが続くことがコミュニティの魅力ですよね。コミュニティにいると、役職や所属企業ではなく、人と人として皆フラットな関係性になります。芋づる式に知り合いが増えていくので、コミュニティで相談を受けた際、「あそこの会社の〇〇さんに聞いてみるのはどう?」とつなぐこともできる。そうしたつながりが、今につながっているのかもしれないですね。

AI時代こそ、アジャイルが羅針盤になる

――社内でアジャイルの熱が広がり、アジャイル変革の土壌が整ってきていることが分かりました。最後に、少し先の未来について伺わせてください。生成AIの台頭などにより、開発スピードは劇的に向上しつつあります。こうした技術環境の変化の中で、アジャイルの持つ意義や、コミュニティに求められる役割は、今後どう変わっていくとお考えですか。

小井土:技術的な視点では、AIによってコードを書くスピードなどは劇的に向上しています。だからこそ、短いサイクルで検証を繰り返すアジャイルの重要性は、さらに増していくでしょう。ただし、AIは答えを出してくれますが、それが正しいかどうかを判断するのは人間です。AIという強力なエンジンを使いこなしながら、正しい方向へ舵を切るために判断する力を磨くこと。それが、これからのエンジニアに求められるのではないでしょうか。

天野:私も、AIによって「つくる」こと自体のハードルが下がったことで、より本質的な人間の意志が問われるようになると思います。これまでは「どうつくるか」や、チーム内の調整にコストがかかっていましたが、AIがそこをサポートしてくれるようになれば、純粋に「何をつくりたいか」を追求できる。もし社内に、自分のつくりたいものに共感してくれる人がいなかったとしても、コミュニティに来れば同じ意志を持つ仲間が見つかる。意志を共有し、エンパワーメントし合う場として、コミュニティの役割はより重要になっていくはずです。

株式会社永和システムマネジメント アジャイル事業部 天野 勝

黒木:XPの提唱者であるケント・ベックが、「XPとは、以前はうまくいっていたかもしれないが、今では最高の仕事の邪魔になっている習慣やパターンを手放すことだ」と言っており、私はこれがアジャイルの本質の一つだと思っています。プロセスにこだわるのではなく、常にアップデートしていけるような文化にしていきたい。AIが進化を続けても、変化を恐れず適応してチャレンジしていけるマインドセットを醸成していきたいですね。そして、今度は我々が世界のトップランナーとしてコミュニティに発信できるようにしていきたいと思います。

細谷:今後はAIを活用してアジャイルをさらにアップデートしていきたいと考えています。技術の進歩が速すぎて、近い将来、長期計画では太刀打ちできなくなっていくと思います。AIと共に、走りながら考えるスタイルが標準になるでしょう。

AIを活用する中で、どうアジャイルに取り組めばいいのか。現時点でははっきりとした正解が見つかっていません。だからこそ、社内だけで閉じるのではなく、コミュニティやパートナー企業の皆さんとコラボレーションしながらつくり上げていきたいです。その際に、「熱量」がやっぱり大事になってくるんじゃないかなと。その熱量を後押しする手段として、アジャイルがもっと当たり前になる未来をつくっていきたいです。