目黒 正之 Masayuki Meguro
SERENDIE – stories
STORIES / INTERVIEW
AI時代は「個性」がDXを支える。100人100通りの人財を育てる「DXイノベーションアカデミー」の思想
2026.08.25
DXを進める上で、デジタルツールやシステムの導入そのものが目的化し、本来目指すべきビジネスの変革や新しい価値の創出に結びつかないことは少なくない。しかし、AIがコーディングやデータ分析といった作業を代替していく時代において、問われるべきは「どのツールを導入するか」だけではない。むしろ、テクノロジーによって業務の多くが変化していくなかで、人はどのような価値を担うべきなのか。人にしかできない仕事とは何なのかを、改めて考える必要がある。
三菱電機は2022年から、製品から収集したデータを活用することで新たな価値・ソリューションを創出する「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革に取り組んでいる。その実現に向け、価値共創の鍵となる人財の輩出にも力を入れている。
その象徴が、育成機関である「DXイノベーションアカデミー(DIA)」と、新たな学びの拠点である「横浜イノベーションスタジオ(通称:はまなび)」だ。100年以上にわたり、ものづくりを続けてきた同社は、AI時代のDX人財をどう定義し、どう育てているのか。そして、その先にある三菱電機だからこそ提供できる価値とは何か。DIAの目黒 正之氏と、はまなびの浅岡 洋氏に話を聞いた。
三菱電機株式会社 グローバル人財部 人財イノベーションセンター DXイノベーションアカデミー長
鎌倉製作所で防衛システム・宇宙システムのソフトウェアエンジニアとして長年経験を積む。社外スタートアップ企業への出向経験も持つ。2026年4月より現職。
AI時代だからこそのDX人財とは
――AIがデータ分析やコーディングといった専門スキルを代替していく今、これからのDXを動かせる人財とは、どのような人だとお考えですか。
浅岡:個人的な思いとして聞いてください。遠い過去ですが図面がCAD化されたときや、90年代、一人一台パソコンが机に来たとき以上のインパクトで、いまAIの波が押し寄せています。DXがどう普及していくのか、まだ理想と現実に大きな隔たりがある時代ですが、いずれにせよDXは進んでいくでしょう。
ただ、ここで間違えてはいけないのは、どれだけDX化が進んでも、結局それを動かしていくのは“人”だということです。だから私は、DX人財という以前に、人としての個性をいかに大事に育てるかを考えます。100人いれば100通りのパーパスがあるはずなんです。そのため、会社としても、全員一律の世代別研修から、一人ひとりがオーナーシップを持って自律的に学ぶ方向へ、舵を切っています。
――技術がコモディティ化し、誰でもある程度のものをつくれるようになる中で、人の“個性”をどう発揮させるかが問われる、と。
浅岡:そうです。そして、AIはむしろ個性を伸ばすための“栄養”になると思っています。AIによって新しい自分を再発見することもあるでしょう。100人がやっても1通りにしかならない作業は、どんどんAIに任せていい。
逆に言えば、生成AIに絵を描かせるにしても、他の人には思いつかないプロンプトで「これ、どうやって描かせたの?」と言われるような工夫ができれば、AIを使いこなしながら個性を出すことができるはずです。
――目黒さんは、これから求められる人財像をどう見ていますか。
目黒:技術は次々に新しくなるので、追いかけ続ける必要はあります。ただ、「そもそもDXとは何だったか」、その原点を振り返る必要があると考えています。
デジタルトランスフォーメーションという概念は2004年、当時スウェーデンの大学で教鞭をとっていたエリック・ストルターマン氏が提唱したもので、論文のタイトルは「Information Technology and the Good Life(情報技術とより良い生活)」でした。情報技術は、業務が少し便利になるといった話ではなく、生活のあり方そのものを変えてしまう。その前提に立ち、より良い生活をつくるために技術を使うべきだ、という考え方がDXの出発点なんです。
この原点に立ち返れば、当社のパーパス「飽くなき探究心と驚きの技術で、未来の価値を創造する」とも重なります。頭でっかちにテクニックへ走る人ではなく、パーパスに沿って、やるべき仕事をやり切れる人。それが私たちの育てたいDX人財像です。そして、優れた技術を一人で持っているだけでは、価値にはつながりません。自分が知らないことを知っている人と連携してこそ、新しい価値が生まれる。そこがこれからますます大事になると考えています。
個性は、確かなスキルの上に立つ
――個性を発揮し、多様な人とつながって価値を生むには、その土台となるDXの基礎力も欠かせないように思います。その育成の場として、DIAが立ち上がったのですね。
目黒:DIAは2025年度に立ち上がった育成機関です。当初は三菱電機本体のみ、約1,000人を対象に始め、私が着任した2026年度からはグループ全体に広げて本格展開しています。現在は、当初の予想の倍以上となる3,500人を超える受講者が集まっています。
カリキュラムは、DXイノベーションセンター(DIC)と一緒に、実際の業務を土台に設計しました。役割ごとに7つのスキルセットを定義し、初級・中級・上級にレベル分けしています。
7つのスキルセットと受講者のレベルに合わせたカリキュラム設計
「個性を生かす」といっても、土台となる共通のスキルや“共通言語”がなければ、立場の異なる相手と噛み合った議論はできません。7つのスキルセットは、いわば全員が立つための共通基盤なんです。
――到達度やレベルは、どのように評価していくのでしょうか。
目黒:ブロンズからプラチナまで、四段階の認定制度を計画しています。ブロンズは基本的な技術力を持ち事業に参加できるレベル、シルバーは指示を受けずに自走できるレベル、ゴールドはDX事業を牽引できるレベル。最上位のプラチナは、スキル的にはゴールドと同等ですが、その中でより高い成果を上げられる人と定義しています。
ポイントは、講座を受けただけで、自動的に認定を付与されるものではない、ということです。学んだことを職場に持ち帰り、業務上の実績を上げた段階で認定します。客観的に評価することで、本人の成長実感やモチベーションにつながりますし、会社としても、どのレベルの人財がどこに何人いるかを把握でき、適材適所の配置や効果的なチーム編成がしやすくなります。
さらに、それは社内だけの話ではありません。ゴールドやプラチナの人財が増えることで、お客様とのプロジェクトでも、課題を自ら捉え、必要な専門性を持つ人をつなぎながら、価値創出を最後までリードできる人財をチームに組み込みやすくなります。認定制度は、三菱電機が社外へ提供できる価値そのものを高めていく仕組みでもあると考えています。
三菱電機株式会社 グローバル人財部 人財イノベーションセンター DXイノベーションアカデミー長 目黒 正之
――Serendie®の中で“優れたDX人財”とは、どういう人を指すのでしょうか。
目黒:自分が優れた技術を持っているだけでなく、それを社内外の関係者と連携させて、新しい価値をつくれる人です。価値につなげるには、“自分が知らないことを知っている人”とつながることが絶対に必要になる。
例えば、当社が持っていない技術資産を持つ会社と連携するためのコミュニケーション力が求められます。そのうえでデザイン思考などの手法を併せ持てば、より効果的に価値を生み出せると考えています。
――そうした力を、具体的にはどのような学びで育てるのでしょうか。
目黒:特に上級講座で身につけることができます。上級講座では、座学に加えその先の実践力を鍛えることを重視しており、課題に対してグループで考える研修を提供しています。たとえば、プロジェクトマネジメントの研修では、架空のケースではなく、受講者が実際に抱えているプロジェクトの困りごとを持ち込んでもらい、講師から指導を受けながら、ふだん関わりのない他部署の人たちと一緒に、様々な視点から解決策を出し合うことをしてもらっています。
最新技術は鮮度が大事なので、社外の知見も積極的に取り入れています。早稲田大学とはDX人財に関する産学連携協定を結び、最新の教育プログラムをDIAのカリキュラムに組み込ませていただき、提供しています。また、東京大学メタバース工学部等の講座も活用させていただいています。社内でも、DICでDX事業を牽引するメンバーや、現場を知り尽くしたアジャイル開発のスペシャリストが、直接指導に当たるなど、実践的で鮮度が高い学びを得られるようにしています。
発想や個性も、こうした確かなスキルの土台があることで、机上の空論で終わらず、実際の価値に変わります。だからこそ、まずはDXのスキルを着実に身につけてもらう。それを私たちは、育成の出発点に置いているのです。
クラウド利用講座におけるハンズオンの様子。受講する社員が自ら手を動かし、トライアル開発を行っている。
偶然の出会いで、価値を掛け合わせる
――多様な個性を持つ人が実際に集い、関わり合う環境も重要になりますね。新しい学びの拠点「はまなび」は、どんな背景で生まれたのでしょうか。
浅岡:DIAという仕組みができたとき、「三菱電機の学びの形もこのままでいいのか」という議論が当然起きました。これまでの研修センターは何十年も前の思想でつくられた、いわゆるスクール形式――先生が前に立ち、机が並び、社会から少し隔てられた場所で静かに話を聞く、という空間でした。けれど世の中を見れば、体験型・ワークショップ型の学びが主流になりつつあります。だからこそ私たちも多様な人が交わり、コミュニケーションを取りながら学ぶ新しいスタイルに、学びの環境も進化させていく必要があったんです。
三菱電機株式会社 グローバル人財部 人財イノベーションセンター 戦略・企画推進室長 浅岡 洋
――交流や共創を生むために、具体的にどんな工夫をしていますか。
浅岡:研修センターでは同じ日にさまざまな研修が同時に行われますが、従来の施設は、異なる研修の参加者同士の交流が生まれにくい環境でした。はまなびでは、ばらばらに集まった人同士でも交流が生まれる施設にしたい。同じ建物の10階にある共創空間「Serendie Street Yokohama」の活動をヒントに、つながりを生む仕掛けを運用面でも仕込んでいきます。
例えば、10階のSerendie Street Yokohamaに見学に来た人には、必ず8階のはまなびも見て帰ってもらう。そういう導線づくりから始めています。社外にも開いていきたいと考えており、横浜市立大学の学生・留学生との交流会を、今年の秋に企画しているところです。予定調和ではない“偶然の出会い”から、それぞれの個性がさらに磨かれていく。そんな場を目指しています。
――目黒さんは、DIAを通じて社内の共創にどんな変化をもたらしたいですか。
目黒:私は製作所出身なので、製品をつくる現場とDICがより連携しやすくなると良いと考えています。両者が気軽にディスカッションし、日頃の疑問をぶつけ合えるコミュニティをつくりたい。製作所とDICの人を同じ場に呼び、それぞれ感じていることをその場でぶつけてもらう。そうやって距離の近さを体感してもらい、共創につなげたいです。
人と企業のらしさを起点に、社会課題を解いていく
――DIAで育った人財は、Serendie®が目指す共創や新しい価値創出に、どのようにつながっていくのでしょうか。
目黒:DXにおいて重要なのは、マーケティングやソリューション、データサイエンス、エンジニアリングなど、それぞれ異なる専門性を持つ人が、自分にはない知見を持つ相手とつながり、価値を組み立てていくことです。
DIAでは、一人ひとりの専門性や個性を磨くだけでなく、それを社内外の人財やお客様、パートナー企業と掛け合わせながら、新しい価値へ発展させる力まで育てようとしています。個性を持った人財が増えることは、共創できる人財が増えることでもあります。その積み重ねがSerendie®の新しいビジネスを生み出す原動力になると考えています。
――その先にDIAで育った人財とともに、三菱電機だからこそ提供できる価値とは何だとお考えですか。
目黒:一つは、圧倒的な顧客理解を土台とした提案です。製作所出身の人間として強く感じるのは、三菱電機はお客様との距離が近い。お客様が何をおっしゃっているのか、真剣に耳を傾けて仕事をする。だからこそ、“本当のニーズ”を察知しやすい。これは、私たちの強みだと思います。
もう一つは、センサーやモーターといった、長年にわたり実証され、一朝一夕には築けない技術資産を活用した価値づくりです。例えば、私たちは長年ものづくりを続けてきたからこそ、それらの機器が現場でどのようなデータを生み、そのデータから何が読み取れるのかという知見を蓄積しています。だからこそデータの分析によって、その背景にあるお客様の課題や、次に求められる価値を考えることができるのだと思います。
浅岡:当社は、DXによる革新が注目される今日でも、伝統的な「ものづくり力」を大切にし続けています。自社開発生産や基盤技術、金属加工のような現場の技能まで、社内に残してきました。DX人財を育てる一方で、長い間受け継いできた技術を“DX時代にどう進化させるか”という議論も、センター内で始めています。三菱電機の個性と一人ひとりの個性。その掛け合わせの価値が提供できると考えています。
――はまなびもDIAも、まだ始まったばかりです。これからどう育てていきたいですか。
浅岡:正直に言えば、これからの時代にふさわしいプログラムとは何か、まだ議論を尽くせていません。
ただ、私たちなりのビジョンは持っていなければならないと思っています。この時代に三菱電機として何を実現し、どんな社会を目指し、どう貢献していくのか。過去はバラバラの研修が並んでいましたが、これからは「ここは一貫して三菱電機らしいよね」と感じてもらえる。そういう筋の通ったプログラムにしていきたい。まだうまく表現できていませんが、そこを描き切ることが、これからの宿題です。
どれだけDXが進んでも、動かすのは人であり、その人の個性です。その一点だけは、ぶらさずに育てていきたいと思っています。