大島 正晴 Masaharu Oshima
SERENDIE – stories
STORIES / CASE STUDY
顧客”憑依”で真の課題を見つけ出す。三菱電機が取り組む物流DX
2026.09.02
物流の「2024年問題」をきっかけに、輸送効率の改善はいまや業界全体の急務となった。2030年度には輸送能力が約3割不足するとの試算もある。トラック1運行あたりの荷待ち時間は、平均で1時間半に及ぶ。
だが、「効率化」と一言で言っても、何が本当のボトルネックなのかは、現場ごとに違う。そして多くの場合、その答えは現場の当事者自身もまだ言葉にできていない。だからこそ重要なのは、目の前の要望をそのまま形にすることではなく、その背景にある真の課題を問い続けることだ。
その姿勢を体現しているのが、物流現場の課題解決に挑むスクラムチーム「VOYAGER」だ。
ある製造業のお客様から寄せられた「トラックの積載率を測りたい」という相談を起点に、本当の課題の探索に向き合い続けてきた。
そのプロセスを、プロダクトオーナーの大島正晴氏、ビジネス担当の甲斐博将氏、技術開発を担う安達佳明氏、スクラムマスターの高見澤ゆり子氏に伺った。
三菱電機デジタルイノベーション株式会社 Serendie®事業本部 アカウントソリューション事業統括部 デジタルエンジニアリング部
2003年入社。これまで損保会社を中心に金融機関向け基幹業務アプリケーションの開発に従事。「Rulerless」のサービス立ち上げから担当。本プロジェクトでは、「Rulerless」のプロダクトオーナー。積載率計測の事業化に向けた活動を推進。
甲斐 博将 Hiromasa Kai
三菱電機デジタルイノベーション株式会社 金融事業本部 金融事業統括部 金融営業部
2017年入社。損保会社向けアプリケーション領域の営業リーダーとして従事。「Rulerless」のサービス立ち上げから拡販企画・営業としても活動中。本プロジェクトでは、お客様へのヒアリングや提案を含む積載率計測サービスの事業化推進を担当した。
安達 佳明 Yoshiaki Adachi
三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 システム構築技術部
2014年入社。これまで時空間データ処理や無線通信技術の研究開発に従事し、現在は現実とバーチャルをつなげる「GeoCLOVER」の開発を率いる。本プロジェクトでは、お客様の困りごとの調査、積載率を見える化するプロトタイプの開発を担当した。
高見澤 ゆり子 Yuriko Takamizawa
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部
2020年入社。顧客課題を起点とした新規事業開発やアジャイル開発の推進に従事。本プロジェクトではスクラムマスターとして、チームビルディングや開発プロセスの設計を主導した。
壮大な課題より、目の前の検証から
―― 今回のプロジェクトは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
甲斐:2025年の夏頃、ある製造業のお客様から弊社の3次元計測アプリ「Rulerless」を使って積載率計測ができないか、とご相談いただいたことです。当時、そのお客様は物流効率化法の改正に伴って輸送効率を上げる必要性を感じていました。現状では、積載率を目視で概算し、Excelで管理している状態で、実態を正確に把握できていないという悩みを抱えていました。
3次元計測アプリ「Rulerless」
大島:「Rulerless」は、iPhoneで撮影した空間を3次元データとして取得する技術です。もともと「Rulerless」には積載率を計測する機能はありませんでした。ただ、「Rulerless」で取得した3次元データを、三菱電機の先端技術総合研究所が開発する「GeoCLOVER」の解析技術と組み合わせれば、積載率を算出できるのではないかと考えました。
「GeoCLOVER」は3次元データを含む時空間データを収集・活用するプロジェクトで、その一環として3次元データから位置や体積などを解析する技術を開発しています。つまり、「Rulerless」が現場の3次元データを取得し、「GeoCLOVER」がそのデータを解析することで、トラックの積載率を自動で算出し、可視化できるのではないかと考え、まずは自社内で実証を始めました。
三菱電機デジタルイノベーション株式会社 Serendie®事業本部 アカウントソリューション事業統括部 デジタルエンジニアリング部 大島 正晴
安達:積載率を自動計算できるかを検証するために、GeoCLOVERの開発メンバーが会議室に机と段ボールを並べてスマートフォンで撮影し、3次元データをどう解析するかの技術検証を繰り返しました。ある程度の成果が出た後は、お客様のところにも足を運び、実際の荷姿でも計測可能か確認も行いました。一定の精度で計測ができることがわかり、プロジェクトを本格的に進めることが決まりました。
―― ご相談のあった「Rulerless」の枠にとらわれず、まずは目の前の「積載率を測りたい」という課題に応えることを優先したのですね。
安達:はい。お客様自身も、最初から答えが見えているわけではありません。だからこそ、いきなり本質的な課題を探しにいくのではなく、まずは言われた課題に素直に応える。その上で「ここまでやるのはどうですか」とプラスアルファの提案を持っていく。まずは目の前の課題にしっかり応えることが、その先にある本当の課題へ近づいていく第一歩になるのだと思います。
現場の行動に、真の課題は隠れている
―― 初期検証を経て、そこからどのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか。
高見澤:私たちDXイノベーションセンター(以下、DIC)のメンバーが合流し、プロジェクトを推進するスクラムチームを結成しました。デジタル基盤Serendie®におけるスクラム活動は、顧客の真の課題を探る「課題探索」から始まり、「仮説立案」「仮説検証」「価値創造」という一連の流れを3ヶ月という短いサイクルで回します。この流れに沿って「課題探索」のフェーズから取り掛かりました。このフェーズでは、私たち自身がお客様を取り巻く物流業界の解像度をあげてから、実際にお客様の物流センターへ直接足を運び、現場観察やヒアリングに進みました。
安達:現場の観察では、暗黙のルールやすでに施されている工夫に特に注目をしました。なぜなら、その裏に本当の課題のヒントが隠されていることがあるからです。例えば、現場の人たちの普段のコミュニケーションや、すでに取り組まれている仕掛けに目を向けてみる。そうした工夫の背景を一つひとつ紐解いていくと、お客様が本当に大事にしたいポリシーや、核となる課題が見えてくるんです。
三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 システム構築技術部 安達 佳明
高見澤:観察する上では、複数の視点を持つことも大切です。ビジネスの視点を持つ甲斐さん、技術の視点を持つ安達さん、そしてユーザー視点を持つ私など、異なる専門性を持ったメンバー全員で同じ現場を見ていました。それぞれの視点でインサイトを持ち寄ることで、課題を立体的に捉えることができます。
安達:新しいものを作る時は、お客様の業務をどれだけ知っているか、お客様の心にどれだけ「憑依」できるかが大切だと考えています。現場に入り込んで、「これは面倒くさいな」とか「これは無意識にできているな」という感覚を自分の中で再現する。そうした徹底的な観察プロセスを経ることで、真の課題の糸口をつかめると考えています。
プロトタイプで、問いかける
―― 現場の観察を経て、次はその課題仮説をどのように検証していったのでしょうか。
高見澤:現場での観察や業界調査をもとに潜在課題を整理した後は、生成AIも活用しながら初期のプロトタイプを作成しました。その後、デザイナーチームとともに、実際のデータがなくても画面遷移や将来の分析イメージを確認できるダッシュボードのモックアップを作成し、検証を重ねながらブラッシュアップしていきました。
実際に開発したサービスのモックアップ
高見澤:その後、最初のお客様だけでなく、市場全体としてこのソリューションがどう受け止められるのかを検証するため、調査会社を利用して、自動車業界や製造業、物流コンサルタントなど、10数名の外部エキスパートにアプリを見せながらインタビューを行うことにしました。
甲斐:広く外部にヒアリングしたことで、思いがけない発見もありました。ある製造業のエキスパートから、「荷姿が3次元でわかれば、製品設計の段階で、もっと輸送効率の良い形状に設計できるかもしれない」という意見をいただきました。物流部門の課題解決にとどまらず、製造の上流工程にも価値を提供できるという、私たちだけでは思いつかなかった視点を得ることができました。
―― インサイトを引き出すために、ヒアリングで工夫したことはありますか。
高見澤:自分たちでいろいろと説明してしまうのではなく、プロトタイプを実際に操作しながら、その時の反応を見ることを大切にしていました。自分たちが作ったものを説明しすぎてしまうと偏ったインプットになってしまうため、その辺りは意識的に話しすぎないようにしていました。
三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部 高見澤 ゆり子
大島:ただ、外部インタビューで「面白い」「便利そう」と言われても、手放しで喜んではいけません。そうした反応が、そのまま「お金を払ってでも導入したい」という意思につながるとは限らないからです。
私自身、過去に苦い経験があります。「Rulerless」はもともと、水害時の損害査定に伴う計測業務を効率化する発想から生まれました。しかし当時は、損保会社の業務プロセスや真の課題、そして被害に遭われた方に寄り添うという社会的な意義を十分に理解しきれていませんでした。そのため、技術的には便利でも、実際の業務の流れや現場で求められる価値観にまで寄り添わなければ、導入にはつながらないことを痛感しました。だからこそ今回も、「便利じゃないですか」とプロダクトを押し付けるのではなく、お客様が本当にお金を払ってでも解決したい課題は何なのかを、何度も問い続けました。
「できる」と「使える」のギャップを埋める
―― 価値検証を経て、現場での実証実験に進まれました。実際に使ってもらったことで、どのような手応えや発見があったのでしょうか。
甲斐:実証実験では、お客様の物流企画部だけでなく、委託先の運送会社のトラックドライバーや現場スタッフなど、総勢10名程度にご協力いただき、実際の業務の中でサービスを使っていただきました。
計測そのものはおおむね実現できましたが、実証実験を通じて見えてきたのは、技術的な精度の問題以上に、現場で本当に求められていることとのギャップの大きさでした。
例えば、荷物と荷物の間に隙間があると、システムは「積載されていない」と判定します。しかし現場では、その隙間には荷物を積めないため、「積載されている」と考えます。アルゴリズムとしては正しくても、現場の運用とは一致しなかったため、お客様の実態に合わせて判定ロジックを調整する必要がありました。
また、「Rulerless」を使うためには、対象物から5メートル以内まで近づいてスキャンする必要がありましたが、積み込みヤードではフォークリフトが頻繁に行き交っています。スマートフォンを見ながら歩くことは危険だという指摘を受け、センサーの計測距離を伸ばす改修も行いました。
三菱電機デジタルイノベーション株式会社 金融事業本部 金融事業統括部 金融営業部 甲斐 博将
安達:技術的面では、今回のお客様が扱う荷物は四角い箱だけでなく、機械のベルトやフレームなど不整形なものが多く、GeoCLOVERの開発メンバーが主体となり、何が荷物で何がノイズなのかを判定するアルゴリズムの調整を行いました。しかし、それ以上に難しかったのは、「積載率を測ること」が本当にお客様の課題なのかを見極めることでした。
積載率を可視化したいというニーズは確かにあります。しかし、その先で物流をどう改善したいのか、どこに本当の価値があるのかは、お客様自身もまだ明確に言語化できていませんでした。
さらに話を聞いていくと、荷主、物流企画部、委託先の運送会社など、それぞれの立場によって重視することが異なることも見えてきました。だからこそ、私たちだけで答えを決めるのではなく、DICのメンバーや物流の専門知識を持つ社内部署とも連携しながら、現場の業務を一つひとつ紐解き、今も本当に解決すべき課題は何なのかを探り続けています。
製造から物流まで支えるインフラへ
―― 現場での実証実験で得た課題を乗り越え、今後はこのソリューションをどのように発展させていきたいですか。
甲斐:現在は最初にご相談いただいた1社だけではなく、他のお客様とも意見交換を重ねています。現場を回る中で、共同配送のようなテーマにも可能性を感じています。複数社の荷物を事前に計測し、最適な積み合わせを実現することで、物流業界全体の効率化にも貢献したいですね。
安達:物流だけを最適化するのでなく、製造現場と物流現場をつなぐことが重要だと考えています。製造側には「必要なタイミングで届けてほしい」という要望があり、物流側には「効率よく運びたい」という要望があります。その両者をデータでつなぎ、製造から物流までを最適化するソリューションへ発展させていきたいですね。
高見澤:今回のプロジェクトで印象的だったのは、技術を磨くこと以上に、お客様の課題を掘り下げ続けたことです。DICとしても、こうした仮説検証に伴走しながら、物流効率化法の改正を背景とする社会課題に対して、本当に価値ある事業へ育てていけるよう支援を続けていきます。DICは社内のさまざまな技術や人のハブのような役割も担っています。そうしたつながりを活かして、物流の課題をお客様と一緒に解いていきたいです。
大島:三菱電機が提供するFA機器や製造現場のデータとも連携し、製造から物流までを一気通貫で支えるインフラへ発展させたいと考えています。そのために大切にしているのは、一足飛びに理想へ進もうとしないことです。まずは現状を把握するところから始め、段階を追ってご提案を重ねていく。そうやって着実に進めていくことが、結果的にいちばんの近道になると考えています。