Web3の時代が到来し、大変革が起きるといわれている。Web3は分散型インターネットとも呼ばれ、ユーザー同士でデータを管理したり、コンテンツを提供したり、デジタルデータの販売ができたりする。管理者に依存することがないために、大手の中央集権型のサービスに頼らなくても、様々なことができるようになる。その背景には、情報の管理を特定のプレーヤーに依存しなくてもよいブロックチェーンの登場がある。
そしてこのブロックチェーンの技術を用いた新しい組織のあり方として注目されているのがDAO(Decentralized Autonomous Organization、分散型自律組織)だ。従来の会社のように上下関係がなく、分散組織で稼働するDAOは、全員が意思決定プロセスに参加し、不正なく結論が出せるなどのメリットを持つ。DAOは、今後の社会を大きく変える可能性がある一方で、新しい概念だけに具体的にどのように変化するのかがイメージしにくい。DAOはなぜ生まれ、社会をどのように変化させる可能性があるのか。Web3分野のインキュベーションを手掛けるFracton Ventures Co-Founderの鈴木雄大氏に聞いた(インタビューの様子は前編と後編の2回に分けてお届けする。今回はその前編)。
Fracton Ventures Co-Founder
鈴木 雄大(すずき ゆうだい)
スタートアップインキュベーター、東証一部上場の金融機関を経て、2021年にFracton Venturesを共同創業。2017年からブロックチェーン分野で登壇や執筆活動などを行う。2019年よりインターネット白書に毎年ブロックチェーン分野で寄稿するなど、世界のWeb3の動向についていち早く調査・情報発信を行っている。日本暗号資産ビジネス協会DeFi部会副部会長、一般社団法人イーサリアムステーキング協会の理事を務める。
INDEX
DAOは管理組合、ミッションドリブンで利益は追及しない
――DAOとはどのようなものなのでしょうか。一般的な会社との違いはどのようなところにあるのでしょうか?
DAOは、新しい組織の形態などといわれ、最近、注目を集めている言葉だと思います。一方でまだ発展途上の段階なため、DAOを厳密に定義付けるのは難しい。私たちがDAOを説明する際には、まずは「中心のない、ミッションドリブンのコミュニティ」だと思ってもらうようにしています。
一般的な会社には上下関係があるため、トップダウンで物事が決まるのが一般的です。やりたいことがあれば、上司を説得しなくてはならないし、またお金が必要であれば限られた予算の中からその一部を上手く獲得して、その中でやりくりしなくてはならない。一方でDAOは、上下関係はありません。ミッションをお互いに共有し合い、そのミッションを達成するためにそれぞれが自律的に活動しているのがDAOです。
もう少しわかりやすいように、対比するものとしてサロンを考えます。サロンでは、主に主催者の下にサロン生が集って学び合うことが活動の主体です。ミッションドリブンのコミュニティとはいえますが、中心にいるのは主催者です。サロンの売り上げも主催者に入るのが一般的です。DAOでは、中心には誰もいないので、お金をどう使うかは全員に委ねられます。多数決などの方法が取られ、特定の個人の意図には従いません。
私は、DAOを会社に例えるというよりは、生協やマンションの管理組合のような、メンバーで同じお財布を管理している組織に近いと思っています。会社の構成がピラミッド型なら、DAOは全員が横並びで円を形成し、その真ん中にお財布があるというイメージです。
ただ、もっと根本的に違うのは、組織のあり方に対する考えです。会社は、良い製品やサービスを作り、お客さんを増やし、売り上げを伸ばし、そのお金をより戦略的に投資していくことが求められます。会社を成長させることが目的とされているからです。これに対してDAOは、組織や売り上げの規模を大きくすることを至上命題としていません。円のサイズはそのままでも良くて、むしろ、コミュニティの求めるミッションを達成し、そしてその継続を目指します。
例えば、川をきれいにするというミッションを持つDAOがあったとします。自治体から共同のお財布にお金を入れてもらったとして、そのお金を使ってすることといえば、川をきれいにすること、そしてきれいな川を維持していくこと。ミッションを達成することがすべてですから、経済的な成長を考える必要はありません。DAOは地域のコミュニティのように、社会を渦に巻き込んでいくような組織や団体に発想が近いともいえます。
ブロックチェーンが分散での処理を可能にする
――DAOと会社、サロンの違いは分かりました。一方で、共同でお金を管理し、それぞれが自律して活動するのは簡単ではないように感じます。
DAOが成立するのは、ブロックチェーンの技術があるからです。DAOはブロックチェーンが可能にした新しいコミュニティの姿だともいえます。
ブロックチェーンを基盤とした暗号資産の誕生は、2008年に遡ります。暗号資産の1つであるビットコインは、2008年にサトシ・ナカモトという人物によって論文が発表され、そしてその翌年には世界で初めての仮想通貨としてリリースされました。仮想通貨は、ブロックチェーンを基盤として運営母体を持たず、非中央集権に稼働することに大きな特徴があります。
ブロックチェーンでは、皆が同じデータを共有し、管理しています。また、そのような管理されているデータを元にして、メンバー間でやり取りも可能となります。このような透明性の高いブロックチェーンの技術により、これまでは会社などの運営母体で行っていたデータ処理を、分散環境においても処理できるようになったのです。
こういった非中央集権に稼働するといったビットコインの概念をコミュニティにも利用できるとして考えられたのがDAOです。ビットコインに次ぐ暗号資産第2位のEthereum(イーサリアム)上に立ちあがった「The DAO」が、最初の大きなDAOといわれています。2016年4月に立ちあがったThe DAOは、ベンチャーキャピタル(VC)の役割をDAOの運営で行うことを目的に作られました。将来的に花開くスタートアップを育てるといったミッションを皆で共有し、その達成のために活動したわけです。同年には当時の時価で約160億円のEthereumを集めましたが、ハッキングされてEthereumが大量に失われるということも起きました。一方でこの時、様々なことがDAOで実践できるということも分かったのです。
非中央集権に運営できるということには様々なメリットがあります。決定権が分散されていることから意思決定に透明性があること、運営母体がいないのでコミュニティが停止する危険性が少ないこと、運営母体がいないことは中抜きが少ないことにもつながります。これらのメリットを持つコミュニティをインターネット空間で実現できるDAOは、その必然性が一気に高まってきました。
DAOではお互いを信用する必要がない
――ブロックチェーン上で関係が成り立つことは、各々が安心して分散環境で活動できるということですね。
私は「DAOでは相手を知らなくても共同管理ができる」ことが最も重要だと考えています。例えば、先ほどお話ししたマンションの管理組合の場合、人のコーディネーションはお互いを信用することで成り立っていました。信用をする中でもやってはいけないことに関しては、「それは悪いことだから絶対にしちゃいけません」などと言うのですが、どれだけ周知しても悪いことをする人は出てくるものです。例えば修繕積立費を横領するなどの不正を働く人がいる。ではどうするかというと、不正を罰する法律を作る。「できない」のではなく、「すると罰せられる」からしなかったわけです。
一方で、ブロックチェーン上のDAOの世界では、あらかじめ決められた取引や処理はブロックチェーン上で自動的に実行する仕組みである「スマートコントラクト」などソフトウエアとして定義されます。条件を満たさない限り、スマートコントラクトは実行されないので、そこで定義されている以上のことは絶対にできないのです。そもそも不正をしようと思ってもできないのですから、互いは信用する必要がないのです。海外の投資家には、それまでの世界は「Do not」(しない)で、ブロックチェーンやDAOなどのWeb3の世界は「Can not」(できない)という人もいます。
通常VCは、偉い人が1人いて投資するか否かの決定をする。一方でDAOは、皆が決定権者となっており、1人ひとりの知識やバックボーンが違う中で決定をする。このように互いを知らない中で、互いを信用する必要なく、物事を決め、調和を取るという必要性からDAOが生まれたともいえます。ですから、知らない人たち同士がファンドにお金を預けるThe DAOのようなことができるわけです。
この、「互いを信用する必要がない」というコンセプトのオリジナルは、先ほども説明したようにビットコインです。ビットコイン自体、誰が作ったか今日に至るまで分からないという代物で、詐欺だと疑う声さえあります。一方で、ブロックチェーン上に成り立っているビットコインでは、暗号化された取引の記録を分散して持つことができ、それを誰もが確認できるというシステム自身の信用で成り立っています。ビットコインに値段がついているということは、このシステムを信用している人が世の中に大勢存在するということです。
共同で資金を持つことがアイデアを生み出す
――なぜDAOは信用できるコミュニティなのか、もう少しかみ砕いて教えてください。
お金の持ち逃げが分かりやすいでしょう。会社でいえば普通は銀行口座を経理の人が担当し、社長印などによって会社の口座を管理します。ともすれば、悪いこともできてしまう。一方、ブロックチェーンを基盤としたDAOの世界では、1個のデジタルのお財布を、例えばメンバー4人全員が共同で持てる。そして、4人全員がOKを押さないとお金が動かないようにスマートコントラクトで設定できるのです。会社では、勤続何年で清廉潔白、信用できますという人を雇って金庫番をさせていたのが、DAOの世界では、誰にも金庫番をさせる必要はありません。
DAOの魅力について、私はこの共同でお財布を持つことが極めて重要だと思っています。お財布の中にお金があることで、じゃあこのお金はどう使おうかというアイデアが生まれるからです。日本のDAOのコミュニティは、ほとんどがお財布にまだお金が入っていません。ですから、まずはお財布にお金をどう入れていくか、すなわちどう予算を作るかを考える必要がある。そのために、NFT (Non-Fungible Token=非代替性トークン)を売ったり地方自治体の助成金を獲得したりなどで、お財布にお金が入ったとする。すると、このお金で普及啓蒙活動をどうやろうかなど、皆からいろいろなアイデアが出てくるようになるのです。
共同のお財布の中に入れるのは、お金だけとは限りません。例えば、デジタルのアートがお財布の中に入ったとする。「これを世界的に著名な人に贈呈することで、我々の名前を世界に売り出せるのではないか」といったアイデアがポンポン出てきて、そして投票などによって調和を持って決まっていく。これがDAOの意思決定の流れの一つです。
――そもそもDAOは管理組合に近いというお話しでしたが、DAOの活動は多くはボランティアで成り立っているということでしょうか?
DAOの参加者にインセンティブがないわけではありません。DAOの参加者には通常ガバナンストークンと呼ばれる暗号資産が付与されます。ガバナンストークンがあることによって、参加者はDAOの運営に意見をすることができたり、何かを意思決定する際の投票権などを持ったりすることができます。
ガバナンストークンは数に限りがあるので、資産性を持っています。参加しているDAOの認知度が高まれば、ほとんど価値がなかったガバナンストークンの価値がどんどん上がるかもしれません。
またDAOの世界では、メンバーがDAOに貢献すると、それに応じてガバナンストークンを報酬として付与することも多くあります。このため、DAOを成長させるために手を動かせば、ガバナンストークンを多く手に入れるとともに、その価値が高まることにも貢献できる。ガバナンストークンは、NFTの形で販売される場合もあり、それを購入することで参加権を得るというDAOもあります。そのように販売されたNFTが、その後にDAOの知名度が向上したことにより、数倍にも数十倍にも価値が上がって、売買されたケースも多くあります。
DAOの収益源の一つは隠れたプロトコル層
――NFTのようなデジタル資産が価値となるのはわかりやすいのですが、ほかにDAOが収益を上げる手法にはどんなものがあるのでしょうか?
これまでのWeb2.0の世界では、「フロントエンド」と呼ばれるウェブサイトの表側でマネタイズが行われていました。例えば、検索サイトに行って検索すると、検索ワードに関連する広告が表示され、検索サイトを運営する会社に収益があがるなどは分かりやすい例です。一方で、インターネットにはTCP/IPやHTTPなどの共通プロトコルがあり、我々は当たり前のようにそれらを使って接続しています。ところがフロントエンドの下に沈んでいるこれらの共有プロトコルは、オープンソースで作られていたため開発者にお金を還元できる手段はなかった。企業は共有プロトコル上で稼働する、フロントエンドのアプリケーションで収益を上げてきたのです。
これに対して、フロントエンドの下にあるスマートコントラクトなどで構成されたプロトコルの層から、開発者が極めてコンスタントに収益が上がるようにできるのがブロックチェーンの世界です。分散化された環境においては、プロトコルを実践するためのブロックチェーンとスマートコントラクトに価値があり、フロントエンドにはインタフェース以上の価値がなくなるからです。
そして重要なのは、なるべく多くの処理に必要となるようなコードを書くこと。ブロックチェーンでは誰でもソースコードを利用できるので、便利なコードであれば流用は可能です。そしてその際に、当事者同士で少額の利用フィーを発生させることが可能です。
例えば、「おはよう」と言われたら「元気ですか」と返すような作業を行うコードを書く。このコードを必要とするスマートコントラクトがこれを中に組み込む。するとそのスマートコントラクトが利用されるたびに、気にならないほど少額のフィーが発生し、コードを書いた開発者にチャリンチャリンとお金が入ってくる仕組みです。オフィスで例えて言えば、エアコンをつけるというような当たり前の行動にスマートコントラクトが寄与し、ごくごく少額のお金が永遠に入り続けるイメージです。
フロントエンドの下のプロトコル層における基礎的なコードが収益を上げるというのは、既に世界規模で起きています。実際にEthereumの開発時にはこのコンセプトによってスマートコントラクトを組み込んでいるため、現在の時価総額は約32兆円(取材当時)ですが、この規模の仮想通貨がグルグル動く度に、ものすごい金額が開発者の元には流れています。今はWeb3の時代ということで、年齢や性別、国・地域問わず、この世界への参入が引きも切らないわけですが、その人達が、「自分たちもこのコードを使ってみたい」と組み込むと、ますますお金は回ります。
このようにスマートコントラクトの開発者に莫大なお金が入ってくると、これを管理する必要が出てくる。するとDAOによる共同管理につながっていきます。例えばエアコンをつける度に収益を得た人たちのDAOでは、室外機による温暖化防止の活動をしているDAOに、共同のお財布からお金を出そうと考えるようになる。お財布にお金が入ってきた温暖化防止のDAOでは、活動が軌道に乗り余裕が出てくると、今度は川をきれいにしようと立ち上がった別のDAOにお金を出そうといった循環が生まれる。実は現在のDAOに流れているお金は、プロトコル層で生まれたものがほとんどなのです。
一方で、DAOの収益源としてNFTやデジタルアートも認知されてきています。例えば、ここでもバンクシー級のアートが生まれたら、プロトコル層に引けを取らない規模のお金が流れる可能性があるでしょう。
いわば、DAOの収益源にはデータやコードの無機質な「陰」の世界と、NFTやアートなど人の集まるコミュニティの「陽」の世界の双方がある。そして陰の世界で生まれた大きなお金が、陽の世界のDAOに流れ、人や教育、社会貢献に流れ、陽の世界で生まれたアートが大きなお金を生み、これが違うDAOに流れてDAOの世界が広がっていく。陰陽五行の思想のように、人、データ、お金が止まらずに循環し続けるというのが、DAOの理想の形ではないでしょうか。
【以下、後編に続く】






