「和食」シリーズ企画 第一弾 無形文化遺産登録 WASHOKUをもっと楽しもう:2013年、「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。そのニュースに、日本人として誇らしい気持ちになった人も多いのではないでしょうか。そこで、本企画では、今回の登録に中心的役割を担われた、静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫先生に、「和食」にまつわる様々なお話を伺っていきます。

熊倉 功夫氏

1943年、東京都生まれ。文学博士。静岡文化芸術大学学長・国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。茶道史を中心に日本の料理文化史、民族運動など幅広く日本文化に関する評論活動を行う。2011年、食分野の無形文化財登録を目指す国の検討会会長、13年、和食文化の保護・継承国民会議会長に就任。著書に『日本料理の歴史』『近代茶道史の研究』『茶の湯の歴史―千利休まで』『文化としてのマナー』、共著に『和食と食育』など多数。

目次

2014/9/18
第1回 なぜ、ユネスコの無形文化遺産に?
2014/10/17
第2回 「Japanese Food」ではなく「WASHOKU」?
2014/11/21
第3回 なぜ日本人は、米、野菜、魚を中心に食べてきたのか?
2015/1/7
第4回 日本人が発見した第5の味覚、“うま味”。
2015/2/13
第5回 「いただきます」で始まる「和食」の心とは?

第5回 「いただきます」で始まる「和食」の心とは?

編集部
「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶は、日本独特の習慣だそうですね。
熊倉先生(以下 敬称略)
外国には、日本語の「いただきます」や「ごちそうさま」にあたる言葉がありません。ユネスコの無形文化遺産に認められた“和食の文化”とはなにかといえば、それは第一に“自然の尊重”です。
編集部
自然や食材への感謝が込められているのですね。
熊倉
海山に囲まれた日本は自然災害も多いけれど、これほど豊かな食材に恵まれた国はありません。自然の産物、命あるものをいただく感謝の心、そして、生きとし生けるものはもちろん、石にも山にも海にも神が宿り、人間はそうした森羅万象の神々に支えられて生きているということに対しての感謝の言葉が「いただきます」なのです。
編集部
姿勢を正して「いただきます」「ごちそうさま」と言うと、なにか気が引き締まるような気がします。
熊倉
言わないと、なんだか落ち着かないでしょう。日本人の倫理観にとても合った言葉なんですよ。でも、面白いことに一人で食事をするときに「いただきます」「ごちそうさま」を言う人は少ない。やはり人と人とのコミュニケーションなんですね。また“ごちそう”は“御馳走”ですから、本来の意味はまさに駆け回り、走り回って食べものを調達することです。そんな心づくしのふるまいをありがたく思う気持ちが「ごちそうさま」なんです。
編集部
いつ頃から日本人は食事の挨拶をするようになったのでしょう?
熊倉
30年ほど前、当時の80歳以上の女性達に、昔の食前食後の挨拶はどのようなものだったかアンケート調査をしたことがありました。その世代は、みんな家族労働をしていたので、食事は手の空いた人から食べ、食べ終わったらすぐに食器を片づけ、また働きました。そのため、あまり食事の挨拶はされなかったようです。
編集部
「いただきます」「ごちそうさま」は、ちゃぶ台の時代からなのですね?
熊倉
そうです。家族がちゃぶ台を囲んで食事をするようになって、はじめて全員そろって食べ始め、食べ終わるという約束ごとが生まれます。勝手に一人で食べ始めたり、先に食べ終えても勝手にちゃぶ台から離れるのは行儀がよくないわけです。ちゃぶ台が家庭のしつけの場となり、「いただきます」「ごちそうさま」が定着していきました。
編集部
最近は家族の食事時間がバラバラで、全員そろって食べることはあまりない家庭が多くなっていますね。
熊倉
極端な話ですが、日本の家庭から食卓がなくなる日がくるかもしれないですね。最近では、日本の家庭でも食事の時間というものがなく、テーブルの上に調理パンや菓子パンなどがのっていて、お腹が空くと勝手に取って食べる。
編集部
殺伐とした光景ですね。
熊倉
中学生に「夕べ、なに食べた?」と聞いたら、「お母さんが車で塾へ送ってくれたから、車の中でコンビニ弁当を食べた」「友達とハンバーガー食べた」などという答えが返ってきました。塾へ行くことが“主”で、食事は“従”。食べることが、ある意味で“エサ化”しているんです。
編集部
人とのコミュニケーションのない食事では、食の文化を身につけることもできませんね。
熊倉
食育は子供の問題ではなく、むしろ親の問題なんです。今、食育がいちばん必要なのは30代、40代のお母さんやお父さん達で、彼らをダメにしたのは僕らの責任なんですよ。日本の経済成長期を支えるために、食の効率化を受け入れてきた世代なんです。
編集部
作る手間がいらず、食べたい時にさっと食べられるインスタント食品、冷凍食品、ファーストフード…。すべて食を効率化させる食べものですね。
熊倉
そうした食品が日常にあふれ、日本人は急速な食の変化を受け入れてきました。でも、これ以上の経済成長を望むことが難しくなった今、もう一度立ち止まって、自分達の食を見直すべきでしょう。
編集部
和食の未来に向けて、調理家電メーカーに求められることはなんでしょうか?
熊倉
今、なにより大事なのは家庭で料理を作ることです。毎日、和食を作るのは無理でも、せめて週に3回はごはんと汁を軸にした献立にしてみるとか。そして、できるだけ家族みんなで作りたいですね。
編集部
当社の調理家電も、家庭での毎日の食事作りをなるべく「簡単に」「時短に」「おいしく」するサポートをしていく、というのは大きなテーマになっています。
熊倉
それと、今後は現代人に向けた新しい和食のレシピを提案していくこともますます必要になってくると思います。この間、裏ごししたトマトをだし汁でのばしたスープを試飲したんですが、思いのほかごはんに合って驚きました。塩味でトマトとだしの味わいを活かし、仕上げにオリーブオイルをたらすんです。こうした和食の新しい試みも大切でしょうね。
編集部
これからも、和食を日本人の誇りとして、製品・サービスの面から家庭の食事をサポートしていきたいと思います。
今回は、ユネスコ無形文化遺産登録の経緯に始まり、「WASHOKU」の定義、うま味のお話など、日本人の食文化についての幅広い貴重なお話をたくさんお聞かせいただきまして、ありがとうございました。

2015/2/13