- 平井
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2025年にリリースした〈MelBridge®翻訳サイネージ™〉は、主に工場の朝礼で使う多言語翻訳サービスです。最大41言語に対応できて、翻訳した外国語を一度日本語に戻して、誤訳がないことをその場で確認できる「折り返し翻訳」も備えています。
開発プロセスを振り返ると、長いデザイナー人生の中でも、本当に特別な経験でした。
- 岡村
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技術的には、平井さんが開発した〈しゃべり描き®UI〉がルーツですね。指でなぞると、自分が話した言葉がテキストになって表示されるという。
- 平井
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〈しゃべり描き®UI〉は、2014年のDesign X®(統合デザイン研究所の公募型研究)で開発したものです。聴覚障がいのあるインターン学生との出会いから着想したもので、「聴覚を視覚で補完できないか」という発想がベースになっています。
これに翻訳機能を搭載し、言葉の通じない外国人同士の意思疎通にも使えるツールに進化させ、2016年のCEATEC* AWARDでグランプリを受賞しました。*CEATEC:アジア最大級のIT・エレクトロニクス総合展示会
ただし「音声認識」そのものの関わりはもっと古いんです。20年以上前にカーナビのUIデザインを担当していた頃から、運転中に安全に操作する方法として音声入力に着目していました。いま思えば、自分のキャリア全体が翻訳サイネージ™につながっています。
- 岡村
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私は2021年入社で、2022年から平井さんと一緒に開発にあたっています。今回のプロジェクトが始まったのは、三菱電機の工場で〈しゃべり描き® UI〉が活用されていると聞いたことがきっかけでした。
- 平井
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そう。外国籍の従業員とのコミュニケーションが楽になったと。どんな風に使われているのか知りたくて「現場を見せてください」とお願いしたのが2022年。ここから、長い旅になりましたね。
- 岡村
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静岡製作所から始まって、群馬や埼玉などで工場を視察しました。視察といっても、一つの工場でみっちり1週間。月曜日から金曜日の朝から晩まで、さまざまな作業に張り付いて現場観察を行ったり、たくさんの班長さんや外国籍従業員さんにヒアリングを行ったりしました。
- 平井
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驚いたのは、想像以上に課題だらけだったこと。一対一のコミュニケーションが困難なのだろうと思っていたら、それだけじゃなかった。
- 岡村
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コミュニケーションのあらゆる場面に課題がありました。毎日の朝礼や夕礼、新人受け入れ教育や安全ミーティング、生活上の不安や手続きに対応する個別相談……。
特に朝礼ですよね。その日の段取りや安全管理上の重要情報を伝達する場なのに、外国籍の従業員はほとんど内容を理解できていなかった。
色んな国籍の方にヒアリングしましたが、「分かるように説明されていないのに、間違えると叱られる」と憤っていた表情が忘れられません。聞いていて辛くなったし、同じ会社にいるのに、なんでそういうことが全然想像できてなかったんだろうと。
- 平井
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本当に、知らずにいたことを恥ずかしく思いました。長年三菱電機製品をデザインしてきたのに、製造現場を知らなかった。工場で働く外国人が増えていることは知っていたのに、そこで何が起きているかを理解していなかった。
何を聞いても「イエス」しか言わない人もいましたが、確かに、自分がブラジルで働いていて、相手の言っていることが分からなかったらそうなるだろうな、と。
- 岡村
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もちろんどの工場でも、翻訳ツールを使ったり、易しい日本語で話したり、と工夫はしていました。でも通信環境が十分じゃない場所も多いし、誤翻訳が起きればかえって混乱してしまう。工場は安全・品質・生産性が第一だから、こういう対応はどうしても後回しになりがちです。
- 平井
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知ってしまった以上、見て見ぬふりはできない。「パンドラの箱を開けてしまった」という感覚でした。どうやって事業化するかはさておき、とにかく現実をしっかり把握しようと、現場に通い詰めましたね。こういうやり方って統合デザイン研究所が事業本部から独立した研究所だからできたことかもしれません。
- 岡村
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〈しゃべり描き®UI〉自体は、建設現場にも試験的に導入されていたし、そちらから事業化を検討する方法もあったけど、まず当事者として製造業の課題に向き合ってよかったですね。
- 平井
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三菱電機の工場で課題が解決できたら、世の中の多くの工場の課題も解決できるはずだし、海外にも広げていけますからね。
- 岡村
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観察を始めてから約1年後、2023年12月から実証実験が始まりました。最初にプロトタイプでデモをした時、画面に言葉が出てきただけで「おお〜!」って歓声が湧いて。
- 平井
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実装フェーズになると、班長さん側のITリテラシーのバラつきなど、新たな課題も出てきました。サイネージを使うには、朝礼で話す内容をあらかじめ入力しておく必要がある。5分で終わる作業だとしても純粋に仕事が増えちゃうし、PC作業が苦手な人も少なくない。でも、ある班長さんが「自分が5分準備して100人の理解が進むなら喜んでやります」って言ってくれて。
- 岡村
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実証実験も1年以上続いて、使ってもらうたびに課題が見つかりました。ひたすら現場、現場、現場……で開発が進みましたね。デザイン思考でいう「共感」から「検証」、まで、すべてを現場で回してきたし、今もそのサイクルを現場で回し続けています。
- 平井
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実は、評価や実証実験を繰り返す中で、何度もプロトタイプを改修しています。最初のプロトタイプを作って触ったあとも、思い切ってUIをガラっと変えました。勇気が必要だったけれど、おかげで使いやすくなったし、実証実験中に増えた機能もずいぶんあります。
- 岡村
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そして、2025年に朝礼用の〈MelBridge®翻訳サイネージ™〉と、一対一のコミュニケーションをサポートする〈MelBridgeしゃべり描き翻訳®〉がリリースされました。現場観察とヒアリングで見つけた他の課題を解決するツールも開発中で、工場内のコミュニケーションを包括的に支えるソリューションへと成長しています。
- 平井
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〈しゃべり描き®UI〉を開発した時は、こんな風に発展することは想定していなかった。相当しぶといですよね(笑)。ただ、「指でなぞったところに、話した言葉が文字で出てくる」というUIは、誰でも初見で、すっと受け入れてくれる。これからも色んな課題に応用できれば嬉しいですね。
- 岡村
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私は翻訳サイネージ™のリリースを機に事業本部に異動したので、まだまだ可能性を広げていくつもりです。今も毎週現場に足を運んでいるので、すっかり作業着と安全靴が板についてきました(笑)。今回、平井さんと一緒に仕事をして、その粘り強い姿勢に驚かされました。先輩デザイナーの仕事を間近で見ることができたことは、本当に勉強になりました。
- 平井
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こちらも、開発の経緯を知っている人が普及まで手がけてくれているのは、本当に心強いですよ。
- 岡村
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私はもともと「仕組みのデザイン」に興味がありました。大学時代は経済専攻ですが、学生NPOで地方創生に関わってフィールドワークもやってきた。仕組みづくりをちゃんと学びたくて大学院でサービスデザインを学んだのがデザインとの出会いです。
今回は、想像以上に現場の課題がハードだったし、「泥臭い」としか言いようがないプロセスでしたが、だからこそ生まれたサービスだと思っています。
- 平井
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仮説を持たず、手ぶらで現場に入ったのがよかった。「この技術を生かしたい」みたいな下心なく、ありのままを理解することだけに集中したから、本当に役に立つソリューションのあり方を考えられた。
新しい技術を作るだけでなく、既存の技術をどう組み合わせるか。そこにデザインの面白さがあります。目のつけどころで勝負してこそ「デザイン」だし、僕はそういうやり方を気に入っています。
- 岡村
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最初は「何も分からない人が何をしに来たのか」って思われていたと思います。だけど最後には、たくさんの外国籍従業員の方が「私たちのために会社がここまでしてくれて嬉しい」って言ってくれて。
- 平井
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嬉しいことは本当にいっぱいありましたね。班長さんも、朝礼が活性化したと喜んでくれたし、提出物の期限も守られるようになったと。彼らがだらしなかったわけじゃない。コミュニケーションの構造の方に問題があったんですね。
僕が感激したのは、朝礼の輪がちっちゃくなった風景を見た時。最初に観察した時は人がバラバラに立っていて、もっと輪が大きかった。それが、翻訳サイネージ™を導入してから班長の周りにぎゅっと集まるようになった。ああ、ちゃんと理解できるようになったから、よく見ようとして集まっているんだ──って。
- 岡村
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課題を解決策に落とし込む時、「人にフォーカスする」のを絶対に外してはいけないと思っています。使うのはどういう人なのか、どういう状況で使うのか。本当に「なめまわす」ぐらいのつもりで徹底的に見てきたし、これからも見ていきたいと思います。
「MelBridge」「翻訳サイネージ」「しゃべり描き翻訳」「しゃべり描き」「Design X」は三菱電機株式会社の商標です。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UI/UXデザイナー
平井 正人
1993年入社。
AV機器、情報機器、デジタルカメラなどのプロダクトデザインを経て、車載情報機器、携帯電話、家電、エレベーターなどのUI/UXデザインの研究・開発に携わる。近年は、工場、介護、教育などの現場に入り込み、人の行動や違和感から課題を見つけ、技術と結び直すことで新しい価値を生み出すことを得意としている。そのアプローチをもとに、ソリューション研究や新規事業のコンセプト開発に取り組んでいる。
三菱電機株式会社 ビジネスイノベーション本部
デザイナー
岡村 衣里子
2021年入社。
統合デザイン研究所で家電操作アプリのUIデザインや、生産現場をはじめとした新規サービスの企画・開発を担当。現在はビジネスイノベーション本部で、新規事業開発に従事。自ら開発に関わった〈翻訳サイネージ™〉や〈しゃべり描き翻訳®〉の事業拡大のため、UXリサーチからプロダクト戦略・企画までを担う。



