情熱ボイス
【ワイヤ放電加工機MGシリーズ篇】針路は顧客の声の深層にあった
2025年10月公開【全3回】
第1回 重要なのは速度なのか、安定性なのか
会議はいったいいつまで続くのかー2024年2月、ワイヤ放電加工機の新モデル開発をめぐる議論は、収束するどころか時折荒々しい声が飛び交うほど紛糾した。参加者の疲労の色が濃くなっているにもかかわらず、結論がまとまる気配はない。プロジェクトが迷宮に入っているのは明らかだった。
それもそのはずである。新モデルの当初の発売目標は2024年3月。本来ならば発売が間近に迫っているはずのこの時期に、「どんな製品を作るのか」というそもそも論をまだ続けている状態だったのだ。
テーマが乱立する
それをさかのぼること2年前の2022年3月、ワイヤ放電加工機のスタンダードモデル「MV」シリーズのリニューアルプロジェクトが、加工機開発部門の産業メカトロニクス製作所内に立ち上がった。シリーズ13年ぶりのリニューアルで、当初テーマに掲げられたのは「省エネ」だった。SDGsなど環境重視のトレンドを受けたものだったが、加工することが最大目的の放電加工機で、13年ぶりのリニューアルのメインテーマにそれを据えることに、プロジェクトチームは物足りなさを感じていた。やはり基本的な機能向上がなくては市場で埋没してしまう。
そこで2023年春、機能面の新たな目標として「面粗さ」の追求が掲げられた。加工後の面粗さは従来、算術平均粗さRa0.4μm(Steel 板厚30mm 4回加工の場合)だったが、これをRa0.3μmにまで高めることを目指すという目標だ。また、一部のユーザーはさらに平滑なRa0.2μmを求めているため、それを可能にする電源開発も同時に進めることにした。

しかし開発が始まると、「Ra0.35μmでも十分ではないか」という意見が出始め、なかなか具体的な目標が定まらない。一方で加工速度のさらなる追求を望む声も依然として強い。実際、MVシリーズはユーザーの求めに応じて、初期モデル発売後もたびたびマイナーバージョンアップで速度の改善を図ってきた。速度に対するユーザーの要求は強く、それに応えてきた過去がある。13年ぶりのリニューアルならばそれをテーマにしないわけにはいかない。
省エネ、面粗さ、速度などのテーマが乱立し、目指すべき方向性は2024年に入っても定まらない。そのいらだちがプロジェクトチームをさらに追い込み、会議を紛糾させていた。
放っておいても加工が無事終わるのが理想
ただプロジェクトチームには以前から、テーマについて根本的な問題意識を持っていたという。それは「ユーザーが求めているのは、本当に速度なのか?」というものだった。
「放電加工は時間がかかるので、終業前に加工開始のスイッチを押して、夜中に無人運転させることがよくあります。それで翌朝出来上がっているのが理想です。そういう使い方を考えると、求められるのは速度よりも、長時間エラーなく加工を続けられる安定性ではないかと思ったのです」(近久)。

ワイヤ放電加工機ではワイヤからの放電で素材をカットする。加工に時間がかかるため、夜中の間に自動加工させることが多い
確かに放電加工は加工中にエラーが起きて止まることがある。そのため、エラーが気になって放っておくことができず、夜中に無人運転させていても、たびたび現場に様子を見に来るという技術者は少なくない。彼らが夜は安心して休めるような加工機を作ることが、本当に求められていることなのではないか。
「実は以前から『三菱電機の放電加工機の加工は速いけど、細かく調整しないと安定しない』と指摘されることがあった」と林は打ち明ける。MVシリーズで加工速度の向上は進んだものの、速度とトレードオフの関係にある安定性が課題になっていたようなのだ。「細かい調整ができれば安定するのですが、調整のノウハウを持つ高度な技術者が現場にいることが前提です」(林)。しかし人手不足で技術継承がままならない現場の状況下で、それを前提にし続けることには無理がある。

放電加工機では高度な技術者による細かい調整が必要なのが常だった
営業サイドにもその疑問は以前からあったという。「確かに商談の場で加工速度を求められることがあるのですが、よく聞くと彼らが求めているのは実は安定性だったということはありました」(浜田)。ユーザーにとって重要なのは加工終了までのトータルの時間であり、それを縮めるなら、限界に近づいている加工速度の向上よりも、予告なく突然発生するダウンタイムをゼロに近づけることの方が効果は大きいはずだ。
加工速度を争う業界の中で、加工の安定性を打ち出した加工機は少ない。それを前面に出せば、大きな差別化になるだろう。プロジェクトが立ち上がって2年、ようやくプロジェクトチームは自分たちが進むべき方向を見つけた。
今さら方針変更?
速度よりも安定性。2024年4月、プロジェクトチームはその考えを会議の場で幹部に提案したところ、さっそく壁にぶち当たった。プロジェクト開始前に、新モデルは速度など性能向上を目指すことで社内的にオーソライズされている。具体的に安定性を追求する開発を始めるならば、速度重視から安定性重視に方針を変更することに対する承認を事前に得なくてはならない。しかしプロジェクト開始間もない時期ならともかく、開始から2年も経った今さら一度決めた基本方針をひっくり返そうというのだから、幹部が疑心暗鬼になるのは当然だ。
明確な数値として表現できる速度などの性能はユーザーにとって分かりやすく、関心も引きつけやすい。しかし近久らの提案は安定性追求のために、それを二の次にしてしまおうというのだから、「本当にそれでいいのか?」という異論が幹部から出るのも当然だった。
しかしプロジェクトチームは引かなかった。「その性能向上にどれだけのユーザーが興味を持ってくれるんでしょうか。それよりも安定性を追求する方が重要だと思うんです」。熱弁をふるう近久らに、最終的には幹部も納得し、安定性追求の方針は了承された。
会議を終えたプロジェクトチームは「やることがやっと明確になった」(林)と安堵した。長い間協議は難航したが、これでようやく開発を前に進めることができる。本来なら新モデルは既に発売されていたはずの時期。開発は“周回遅れ”でのスタートとなった。
