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最終回 デジタル大航海時代のグローバリゼーション
〜標準化から多様性と包摂の時代へ〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - 最終回 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

2年にわたってDXがもたらす地殻変動を紹介してきた連載も今回で最終回。そこで、これまでの11回を振り返りつつ、デジタルシップで未来へ漕ぎ出すための指針をまとめておこう。

この連載のサブタイトルを「明日のために今こそデジタルの大海原へ」としたのは、デジタルによって新たな大航海時代に突入したという意味を込めたからだ。

2023年1月25日公開

インターネットで世界中がつながった

歴史を振り返ると、造船技術と航海術の発達によって西洋人が大海原へと漕ぎ出した15世紀の大航海時代の前後では、国のあり方や人の生き方、企業のあり方が大きく変わった。グローバル化によって、それまで離れ離れだった国、違う文化や背景をもった人同士がつながることで、より大きな問題に直面し、その解決の仕方も従来とは違う次元のものとなった。国際分業もその1つ。お互いに違うからこそ、それぞれが自分の得意分野に特化して、そこを伸ばすことに集中できるようになったのだ。

2000年代に入ると、インターネットの普及とデジタル技術の発達によって、世界中がさらに緊密に結びつき、第二の大航海時代が始まった。デジタルは、時間と空間を飛び越えてつながることができる技術だからだ。そして、地球全体を1つの球体(グローバル)ととらえることで、大きな視点からゼロベースで問題を考え直すことができるようになった。

たとえば、第7回「エネルギー効率のゲームチェンジ」で述べたように、脱炭素という全地球的な課題に対して、単に効率のよい原発やEVを開発するだけではなく、移動そのものを減らせば、炭素排出量を大きく削減できる。問題解決から、問題そのものをなくす問題解消へと舵を切るために、デジタルのつながりをどう活かすか。世の中のあり方が根本的に変わるゲームチェンジの時代に求められるのは、そういう抜本的な発想の転換だ。

第11回「宇宙開発ビジネスが切り拓くフロンティア」でも、衛生通信ネットワークと観測衛星によって、農業・漁業・物流分野で地球規模の最適化が可能になると述べた。これも、宇宙という、いままでになかった視点から物事を眺めることで、ゼロベースで問題をとらえ直した結果である。

「グローバル化」の中身が変わってきた

1989年の冷戦終結後に流行った「グローバル化」という言葉が意味したのは、東西の垣根を越えて「単一市場化」や「標準化」の圧力が強まるということだった。それによって、世界中どこにいても同じような物が手に入り、同じようなサービスが享受できる「均質化」した世界が実現するはずだとされていた。

ところが、同じ時期に産声をあげたインターネットは、それまでつながっていなかった人たちをつなげて「単一市場化」を強力に推し進めた一方、世界中で普及してくにつれて、「標準化」や「均質化」とは逆の動きを見せるようになった。インターネットがつなげたのは、同質的な人々ではなく、異なる人々、異質な物の見方、多様な文化だったのだ。だから、インターネットは、お互いの違いを認め合う「ダイバーシティ(多様性)」や、異質な存在も排除せずに包み込む「インクルーシブ(包摂的な)」といったことを実現するインフラだと認識されるようになってきた。

インターネットの本質は、情報や物を小分けにして離れたものをつなげることであり、小さな力を束ねて大きな力に変えることでもある。みんな同じになるよりも、みんな違ったまま、別々の能力をもつ個人や企業がつながったほうが、結果的に、大きなことを実現できる。

インターネット以前は、つながるコストが高すぎて、単独でカバーしなければいけない領域が広かった。1人でやれることには限りがあるから、個人よりも、個人を束ねた企業に力があり、より大きなビジネスをしたければ、企業規模も大きくしなければならなかった。

しかし、インターネットによってつながるコストが劇的に下がると、従来それぞれの企業がこなしていた一連の作業を小分けにして、細かいタスクを、それを最も得意とする人たちに簡単に割り振ることができるようになった。どことどこ、誰と誰をつなげれば最もコストパフォーマンスがよくなるかは、AIが瞬時に判断してくれるから、企業は安心して分業体制を敷くことができるし、個人のレベルでいえば、自分が最も得意とすることだけに特化して、苦手なことは別の人にまかせる、ピンポイントな働き方が可能になったのだ。

つまり、デジタル時代のグローバル化は、標準化され、統一された唯一の世界戦を戦うのではなく、バラバラのまま、ポイント・ツー・ポイントでつながるべきところとつながることに意味がある。たった1つの基準ですべてが序列化してしまう冷戦後型のグローバル化とは異なり、デジタル大航海時代のグローバル化は、多様なものは多様なまま、むしろ、個々の違いをより強調する「ローカル化」と同時に進行することが重要なのだ。別の言い方をすれば、プラットフォームがグローバル化すると、住んでいる場所に関係なく、趣味嗜好性というくくりでローカル化していけるということだ。全世界が同じ列に並ぶのではなく、自分の好き嫌い、得意不得意に応じて、さまざまな軸で集まったり離れたりする。それを束ねるのが、インターネットというインフラなのだ。

目指すは「みんなハッピー」の最大公約数的価値観

この先、AIの進化で、ヒトの流れ、モノの流れ、カネの流れはすべてプログラム的に動くようになる。インターネット上で情報がどこからどこを経由して流れているか、もはや誰も気にしないように、人流も物流も資金の流れも、裏側ですべて自動で最適化されるので、人間はいちいちそれを気にしなくてもよくなる。だから、人間はさらに自分の得意分野を究めることに集中でき、ポテンシャルを最大限に発揮しやすくなるのだ。

不足や不満、不安、不快といった「不」が多かった時代は、まず「不」を取り除くところにビジネスが集まった。だが、技術が発達して、エネルギーの不足や生活の不満が解消され、「不」が減ってくると、人々は「なりたい自分」にお金を払うようになる。「なりたい自分」も、「あれしたい」「こうなりたい」という個人的な願望が中心の時代から、どんどん主語が大きくなって、「みんなハッピー」になれるものに集約されていく。「なりたい自分」の最大公約数は「みんなハッピー」であり、それがいまは「地球にやさしい」「次世代に豊かな自然を残す」といった公共的・全地球的な夢になりやすい。インターネットで常時みんなとつながる時代に、「自分だけハッピー」という価値観は受け入れられないからだ。

若い人ほど、SDGs(持続可能な開発目標)的な世界観がベースにある。かつては、「地球にやさしい」と言える余裕も、やれる技術もなかったが、いまは、少し背伸びをすればそれが実現できる時代だ。だから、環境はビジネスになりにくいというのは過去の話。これからは「みんなハッピー」を実現するビジネスが花開くようになる。

デジタルテクノロジーの船を漕ぎ出せば、行き先として、「みんなハッピー」になれる持続的な地球を目指すようになるのは、ある意味、必然なのである。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。