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第11回 宇宙開発ビジネスが切り拓くフロンティア
〜宇宙から見た地球の全体最適〜

尾原和啓氏の連載コラムDigital Ship - Vol.11 -
~明日のために今こそデジタルの大海原へ~

宇宙旅行は人類の長年の夢だが、超リッチな有名人が宇宙に行くのはあくまで遊びの延長なので、ビジネス上のユースケースとしては、衛星通信と衛星データの活用、そして宇宙資源探索・採掘が当面のおもな関心事となる。

宇宙開発の大前提として、人工衛星開発と打ち上げにかかるコストが劇的に下がったという事実がある。重さ1トンを超えるような大型衛星の開発には5年以上の歳月と数百億円のコストがかかるが、技術が発展して、用途を限定したわずか数キロの超小型衛星が登場したおかげで、いまや衛星1機あたり数億円、期間も2年ほどで開発できるようになった。また、再利用可能な民間ロケットの登場により、使い捨てロケットと比べて半分近く打ち上げコストが圧縮された。

2022年11月24日公開

地球を取り囲む衛星通信ネットワーク

通信衛星はこれまで地球の自転速度と同じ速度で公転し、見かけ上同じ位置を保ち続ける静止軌道上に打ち上げられ、1つの大型衛星で広範囲をカバーするのが常だったが、いまは小型・超小型衛星を静止軌道よりも低い中軌道に大量に打ち上げ、全体として地球全域をカバーする衛星コンステレーションが主流になりつつある。 スペースXの衛星通信サービス「スターリンク」ではすでに3000機以上の衛星が稼働していて、2020年代半ばには1万2000機に達する見込みだ。

これだけの数の通信衛星が必要な理由は明らかだ。地上に基地局とアンテナを設置する従来のモバイル通信は、人口が密集した都市部だから可能なのであって、海洋や山岳地帯、砂漠はもちろん、広大な農園や山間の村落など、人がまばらにしかいない地域に通信ネットワークを張り巡らせようと思っても、たいていコスト割れしてしまう。その結果、インターネットに接続できずに取り残される人が、この先も10億人を下回ることはないと見られている。

記憶に新しいところでは、ロシアに侵攻されたウクライナ首脳の要請に応じて、スターリンクが提供されるという出来事があった。紛争地帯で通信インフラが破壊されても、衛星通信を受信できる機器さえあれば、ネット環境を維持できる。これは軍事作戦上の理由だけでなく、住民の生活を守るうえでも、たいへん意味のあることだ。

だが、それだけではない。ネットに常時接続できなければ、人に代わって各種のセンサーが常時モニタリングするIoT(モノのインターネット)も絵に描いた餅になってしまう。衛星通信は、地球上からインターネット不毛地帯をなくすために不可欠なインフラなのだ。

地球のポテンシャルを最大限引き出す農業・漁業・物流事業の全体最適

人工衛星には、気象衛星のように、地球を観測するための衛星もある。それによって地球上のどこでもモニタリングが可能になると、何が起きるのか。観測衛星から得られる衛星データを駆使すれば、物の移動(物流)や、農業・漁業などを地球規模で最適化でき、地球のポテンシャルを最大限引き出せるようになるのだ。

そもそも地球観測衛星は超高精細の衛星写真を撮影する(可視光線)だけではなく、熱赤外センサーやマイクロ波放射計などを通じて、さまざまなデータを取得している。そうしたデータを使えば、作付面積や生育状況、日照時間、降水量、地表面温度、土壌に含まれる水分量やタンパク質量などがわかる。すると、その作物に一番適した耕作地はどこか、肥料は何がどれだけ必要か、最適な収穫のタイミングはいつか、といったことが科学的に決定できるのだ。

これまでは、そうしたことを調べるためには、いちいち土を掘り起こして土壌調査をする必要があった。しかし、観測衛星で定期的にモニタリングすれば、そうした手間が省けるだけでなく、耕作地が決まったあとも、衛星通信を利用した自動運転のトラクターが田畑を耕してくれる。ドローンで種をまき、収穫期には、一番美味しく育ったタイミングを見極めて刈り入れができる。鳥の目ならぬ「宇宙の目」があれば、それらの作業をほとんど自動で行えるのだ。

ビッグデータを活用して全体最適を図れば、従来よりもはるかに精密な土地利用が可能になるだろう。物流が滞っているところと、物が余っているところ。魚がたくさんいる海域と、そうでないところ。そうしたデータを地球規模で集めていけば、より適切な再分配・再配置が可能になる。衛星データの上手な活用が望まれるのはそのためだ。

宇宙資源開発は喫緊の課題

もう1つ、最近にわかに注目を集めているのが、宇宙における資源開発だ。DXによって世界中がデジタル化していく流れの中で、レアメタル、レアアースなどの希少資源の需要は今後ますます高まるからだ。

希少資源の多くはごく一部の国に集中していて、それが問題になっている。とくに地政学的なリスクが顕在化しつつある現在、特定の国に依存してしまうと、紛争などが起きた場合、それを必要とする産業全体が壊滅的な被害を受ける可能性がある。そうしたリスクを避けるために、宇宙に目を向ける人々が増えている。もちろん、宇宙で発見された資源は誰のものか、という別の問題が出てくるが、そうしたことは、企業同士の健全な競争によって、やがて落ち着くべきところに落ち着くはずだ。

ネットフリックスで配信されて話題になった映画『ドント・ルック・アップ』では、地球に衝突する彗星にレアアースが大量に含まれていることが判明、それを採掘したい人と彗星を核攻撃して衝突コースを逸らせたい人が入り乱れて大混乱する様子がおもしろおかしく描れていたが、あれをただのコメディ(あるいは悲劇)と見ているだけでは、宇宙開発競争に出遅れる。

現に、月や小惑星には、地球では希少なレアメタルやレアアースが大量に眠っていることが判明しつつある。資源探査、採掘のために、人間がそこに行く必要はない。探査衛星、VR(仮想現実)を使った採掘ロボットのリモート操作など、新たなテクノロジーによって、次々と課題が克服されていくだろう。

せまい地球の中で1つの国に依存する状態を解消するには、宇宙という名のフロンティアに漕ぎ出す必要がある。「宇宙の目」を手に入れれば、地球規模で全体最適が可能になるのである。

IT批評家/フューチャリスト尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用システム専攻人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー等を歴任。 現在はシンガポール・バリ島をベースに人・事業を紡ぐカタリスト。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に「ネットビジネス進化論」(NHK出版)、「あえて数字からおりる働き方」(SBクリエイティブ)、「モチベーション革命」(幻冬舎)、「ITビジネスの原理」(NHK出版)、「ザ・プラットフォーム」(NHK出版)、「ディープテック」(NHK出版)、「アフターデジタル」(日経BP)など話題作多数。