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新しい移動の仕組みで交通弱者をゼロに

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
湯浅 美里・栗山 大紀

オンデマンド運行で、地域の課題を解決したい

湯浅

バスは暮らしに欠かせない交通インフラのひとつです。ところが近年、運転手の高齢化に伴う担い手不足が深刻な社会課題となっています。そんな中、注目されているのがオンデマンド自動運転。これは、車両の自動運転技術に加えて、利用者の予約や混雑状況に合わせて運行経路や配車スケジュールを調整し、最適なルートで目的地付近まで送り届けるシステムを備えた運行方式のことです。特に人口の少ない地域では、バスの運行サービスを維持するための鍵として、期待が寄せられています。

栗山

三菱電機では、オンデマンド自動運転の実現に取り組んでいます。鉄道などの交通システムやインフラ施設などの管理システムを手掛けてきた技術面の強みを活かし、社会課題を解決する新たな事業に育てられないか。社会システム事業本部からの提案を受けて、統合デザイン研究所もチームに加わることになりました。

私たちが主に担当したのは、停留所やバスの車内、管制室などで使われる端末のUI(ユーザーインターフェース)です。といっても、バス運行の管制業務やダイヤグラムの表記は、これまで自家用車向けのUIデザインを手掛けてきた私たちにとってなじみがない上に、バスの利用者や運転手、オペレーターなど複数のユーザーがいます。そこでまずは、ユーザーの基本的なニーズを洗い出すことから始めました。それをデザインに落とし込んだプロトタイプを制作し、プロジェクトの関係者からのフィードバックを受けてさらなる改善を行う。これらを繰り返すことで、ユーザーにとって使いやすいUIを追求していきました。

デザイン検討時の管制画面と停留所画面
車内端末の設置位置を検討している様子

自治体との二人三脚で、より良いUIに

栗山

まず着手したのは、停留所に設置される端末のUI。利用者に行き先などの乗車予約情報を入力してもらう15インチほどのモニターです。この端末は、不特定多数の利用が見込まれるため、社内のユニバーサルデザインに関するガイドラインを熟読したり、人間工学の専門知識を有する社員に話を聞いたりしました。

湯浅

UIの検討にあたっては、停留所に設置して実証実験を行うために、自治体からも協力いただくことになります。そのひとつが、長野県塩尻市。公共交通におけるドライバーの担い手不足が顕在化している同市では、地域の交通インフラを維持するために、オンデマンド自動運転が真剣に検討されていました。ありがたいことに長期にわたって協力いただけることになり、停留所端末のUIはその第一歩になりました。

栗山

地方でのバスの利用者には、自動車を保有していない高齢者も多いのが現状です。高齢者向けのUIを開発する上では、「目の衰え」「手の衰え」「認知機能の衰え」という3つの懸念への配慮が求められます。そこで徹底したのは、ひとつの画面に情報を盛り込みすぎないこと。1画面に必要な操作は一つだけにし、その都度画面が切り替わるようにしました。さらに、全体の操作手順の中で今どの段階にいるのかを併せて表示したほか、「進む」と「戻る」のボタンでいつでも操作をやり直せる設計に。見やすいサイズやコントラストも意識しました。こうしてタブレット上で動く簡易なプロトタイプが完成。実際に塩尻市に持ち込んで試行したところ、高く評価していただき、プロジェクトを進めていく自信につながりました。

湯浅

続いて手掛けたのは各車両の運行監視などの管制業務で用いるシステムのUIです。ユーザーはオンデマンド運行を監視するオペレーター。バスの予約状況や混雑状況から、最適な運行経路やスケジュールを導き出す際に、いかにヒューマンエラーを抑えて効率を上げられるかがミッションでした。そこで意識したのは、管制業務に熟練していなくてもバスの運行状況がひと目で把握でき、直感的に操作できるデザインにすること。業務に直接関わらない細かな制御情報はできるだけメイン画面に配置せず、判断・操作に最低限必要な情報のみが表示されるようにしました。

栗山

乗務員が利用する車内端末のUIは、車体に実際に取り付けてみて、設置位置や画面の見え方を検証しました。現在は、バスの利用者が個人の端末から予約できるスマートフォンUIも開発中です。新幹線や飛行機、タクシーの予約アプリをはじめとする類似のUIを調べて、どうすれば迷わずに予約できるか試行錯誤しています。開発チーム以外の社員にも声をかけ、客観的な立場からの意見も取り入れて、プロトタイプを作っているところです。

ユーザーありき。長期プロジェクトの道標です

湯浅
プロジェクトを通じて痛感したのは、疑問に思ったことをためらわずに共有することの大切さです。「正解にたどり着いてから共有しよう」という姿勢では前に進めません。「この案は間違っているかもしれませんが」と前置きしながら提案することもしばしばでしたが、それによって各分野の専門知識を持ったメンバーから的確なアドバイスをもらえることも多々ありました。
栗山
もうひとつ重要なのは、「ユーザーありき」を貫くこと。デザイナーは、ユーザーの声をいち早く代弁できる立場にあります。それを速やかにデザインに反映して、チームで共有する。仕様の変更が生じそうになったら、ユーザーへの影響をくまなく吟味する。関係者が多く長期に及ぶ今回のプロジェクトでは、これらを徹底することが要になりました。
湯浅
オンデマンド自動運転は三菱電機だけで成り立つサービスではありません。いくつもの企業や自治体とコンソーシアムを組んで、ひとつのサービスを作り上げていく過程は非常に有意義でした。社内でもたくさんの協力者に恵まれました。特に、自治体との間に立ってこまめに状況を共有してくれたり、実証実験のプレゼンテーションで質疑応答をフォローしてくれたりした事業開発部門の方には深く感謝しています。

快適な移動体験の先にある、誰にとっても暮らしやすい社会

湯浅
現在は、塩尻市との次なる実証実験に向けて準備しているところです。焦点となるのは、より実社会に近い、複雑な運行条件に耐えられるかどうか。高齢者だけでなく、学生からビジネスパーソンまで幅広い層がターゲットになります。様々な移動需要に合わせ、複数の運行ルートが設けられる見込みです。この環境での実証実験が成功すれば、実用化に向けて大きな前進になると思います。私たちが開発しているのは、車両ではなく交通システム。だからこそ、乗車体験にとどまらず、乗車する前や降りた後も含めて快適な体験をお届けできたらいいですね。
栗山
このプロジェクトの最終的なゴールは、誰でもストレスなく利用できるオンデマンド自動運転を社会に定着させていくこと。それによって、公共交通機関の利用が困難な交通弱者をなくすことです。そうなれば、新しいサービスが生まれることも期待されます。例えば、高齢者をオンデマンド自動運転で病院まで送迎する際、通院するはずの時間帯にその方が乗っていなければ家族や地域の方に知らせる見守りサービスなどです。誰もが暮らしやすい社会に向けて、オンデマンド自動運転がその一助になれば嬉しいです。そのために、今は走り出したばかり。これからも実証実験を重ねて、着実にゴールに近づいていきたいです。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

湯浅 美里

2017年入社
カーナビなど自家用車向け車載機器のGUIデザインを経験したのち、自動運転バスや自動搬送ロボットなどモビリティサービスのUI/UXデザイン開発、サウンドデザインに関する基礎研究などを担当。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

栗山 大紀

2020年入社
自動車部品メーカーで車載機器のHMIデザインを手がけたのち、キャリア採用にて入社。現在は主に自動運転関連技術や車載センサーのデモ機器のGUIデザインに携わる。