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Voices

2024.01.26

世界初、SLIMのピンポイント月着陸成功を支えた同期の絆と挑戦の軌跡

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世界初、SLIMのピンポイント月着陸成功を支えた同期の絆と挑戦の軌跡 世界初、SLIMのピンポイント月着陸成功を支えた同期の絆と挑戦の軌跡

2024年は月への挑戦で幕を開けた。1月20日未明、小型月着陸実証機SLIMは、世界初のピンポイント月着陸に成功!三菱電機はSLIMの主開発担当としてJAXAから選定されたが、その開発は困難を極めた。誰もがそれぞれの立場で奮闘する中、2019年入社の同期である二人は互いに刺激しあい、自らの壁を越えていった。

井上翔太郎(左)徳村秀哉(右)
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    三菱電機宇宙システム事業部井上 翔太郎(写真左)

    2019年入社。鎌倉製作所の営業を経て、2022年度から本社で宇宙事業の広報宣伝活動と事業戦略の策定業務などを担う。小学生の頃から野球少年。呼び名は「いのしょう」

  • INTERVIEWEE

    三菱電機鎌倉製作所徳村 秀哉(写真右)

    2019年入社。製造現場で品質管理を担うテストエンジニア。サブシステム(部品)試験を担当していたが、入社4年後の2022年、SLIMを任され試験の最初から最後まで関わる。呼び名は「トク」

宇宙に携わりたい、その思いとは

― SLIM月着陸おめでとうございます!お二人はSLIMでどんな仕事を担当されましたか?

徳村:私は、一言でいうなら「SLIMの育ての親」です。設計者が「生みの親」なら、私たちは様々な試験をしながらSLIMが宇宙で仕事ができるよう育てていく。鎌倉製作所で試験を終えた後、私は発射場で現場作業リーダーとして、打ち上げ作業の全工程も担当しました。数多くの関係者の中で、一番長くSLIMの傍らにいたのは私だと自負しています。

井上:私の仕事は広報宣伝活動です。例えば今回「日本の技術、月へ行く」というSLIMのポスターを作ったんですが、そのキャッチコピーは私が考えました。完成したポスターを種子島の役場やお店などに直接配布して回ったり、SLIM打ち上げの映像を種子島で撮影してSNSにアップしたりしました。

― とてもいいキャッチコピーですよね。今のお仕事にたどり着くまでを教えて下さい。

井上:中学生の時に、父が科学雑誌Newtonを買ってきてくれて、皆既月食などの天文現象のたびに父の天体望遠鏡を覗いているうちに、宇宙の壮大さに魅了されていきました。ある日、同級生と宇宙の話をしている時に「日本は宇宙開発がそんなに強くない」と言われて、「国単位でなく、地球単位で宇宙開発をやればいい」と考えたんです。
高校時代は野球に没頭しすぎて理系には進まず、大学では経済学を学びましたが、ハワイ大学に語学留学した際に天文学部の授業を受けに行くなど、地球人として宇宙に携わりたいという思いは持ち続けていました。そして、社会課題の解決に貢献するポリシーが強く、憧れていた三菱電機に入社しました。

― 徳村さんは?

徳村:きっかけは小学生の頃、「愛・地球博」で三菱グループの「もしも月がなかったら」という展示を見たことです。宇宙への好奇心が抑えられなくなって、大きくなったら宇宙開発に携わりたいと強く思ったんです。大学受験では宇宙を専門的に学びたいという希望が叶わず、機械工学の道に進みました。でも就職活動の時に「宇宙をやらないまま生きていくのか」と自問自答して、様々な人工衛星を開発する三菱電機に絞って、面接で猛アピールしました。

― どうアピールしたんですか?

徳村:私には「衛星に一番近い場所で働きたい」という意識が強くありました。設計部門だと物に触れる機会はあまりない。また、人工衛星が育っていくすべての過程に携わりたかった。だから設計部門でなく製造部門を希望し、宇宙に対する情熱と自分の研究がどう役立つかを熱くプレゼンしました。

― お二人は同期ですよね。どんな関係でしたか?

徳村:同期が約1000人いるうち、鎌倉製作所に配属されたのは73人。いのしょうとはサーフィンやゲームを通して仲良くなり、バーベキューなどのイベントを二人で率先して企画したり。でも職種が違うし、勤務地が変わると次第に会うこともなくなっていったんです。それが2023年のある日、射場作業中の種子島で飲食店の壁に貼ってあるお客さんの写真の中に、いのしょうを見つけた(笑)。

井上:「見つけた」って突然連絡がきて、それで初めてトクがSLIMを担当していると知りました。私がSLIMの広報をしていると知ったトクが「今、SLIMはこんな状況だよ」と写真を送ってくれるようになって、頻繁に連絡を取り合うようになりました。

直面した困難

― SLIMが二人を再会させたんですね。SLIMではどんな困難がありましたか?

徳村:SLIMのような探査機や人工衛星は、打ち上げた後は修理できない。さらにSLIMは小型・軽量な機体にたくさんの機能を詰め込み、複雑なシステムになっています。今まで三菱電機が開発してきた気象衛星などの大型衛星なら、トラブルがあってもこれまでの知見で「ここが原因だろう」とある程度目星がつきますが、当社が月着陸に挑戦するのは初めてで従来の常識は通用しない。初めての試験、機材、ソフト…。SLIMは初めてづくしで不具合が発生すると、原因を一から洗い出さないといけなかった。
でもどんなに困難があっても私には諦めるわけにはいかない理由がありました。「SLIMがやりたい」と手を挙げたからです。SLIMで月面着陸が成功すれば日本初、ピンポイント月着陸は世界初の技術です。「月面着陸の常識を変える探査機をどうしても自分の手で宇宙に送り出したい!」と部長へ直談判しました。自分みたいな人は珍しかったかもしれません。この子(SLIM)はあまりにもチャレンジングなので。

― 「この子」とは、さすが育ての親ですね。どうやって困難を乗り越えましたか?

徳村:SLIMに降り注ぐあらゆるリスクを洗い出し、不具合を未然に防ぐよう努めました。「段取り8分仕事2分」、実際の試験よりその準備に注力しました。心が折れそうな時は無心でSLIMを眺めて「今、夢だった宇宙開発をしている!」と自分を奮い立たせて。

― 井上さんはどんな困難がありましたか?

井上:2023年はロケット打ち上げが失敗し、三菱電機が開発・製造を担当した地球観測衛星が失われたこともあって、SLIMをきっかけに社内を盛り上げたいし、社外への宣伝もどんどんやっていきたいと思いました。でも、何から手をつけていいかわからない。鎌倉で営業をやっていた時は、お客さんから引き合いがくれば見積もりを出す。つまり受け身でした。自分で考えて行動することに、慣れていませんでした。

― どうされましたか?

井上:とりあえず足で稼ごうと。例えば種子島の南種子町役場や、三菱重工のロケット打ち上げ担当の方にアポイントをとって挨拶にいったり、お店を回ってポスターを貼らせてもらったり。今までコンタクトしたことがなかった方と直接お話することで、こちらの熱意を伝え、たくさんの声を聴かせて頂くことができました。ロケット打ち上げの映像撮影も頑張りました。

― 映像撮影をされたのはなぜですか?

井上:探査機が飛び立つところって気持ちが一番高ぶるシーンだなと思って。その映像を三菱電機のSNSで色々な人に見てもらいたくて、撮影後すぐに投稿したら、ものすごいアクセスがあって嬉しかったですね。

打ち上げの様子を撮影すべくスタンバイしている井上さん

組織を超えた一体感

― SLIMの仕事を通して得られたことはなんですか?

徳村:所属部を超えて「チームSLIM」一丸となって試験に取り組み、不具合を解決してきました。発射場ではJAXAさんはもちろん、他社さんと初めて一緒に仕事をすることが多かった。皆さん共通して、日本の宇宙開発をより良いものにしたいという目標を持っておられる。「一緒に頑張りましょうね」と声をかけて下さり、チームJAPANの一体感を感じました。

SLIMが搭載されたH-ⅡAロケット47号機を射点まで見送る関係者の中に徳村さんも

井上:種子島でポスターを配布している時や、見学場でSLIM打ち上げを撮影している時、全国から集まった一般の方々から「応援しています!」「日本の宇宙産業には三菱電機さんは欠かせないですね」と応援の言葉を頂きました。たくさんの方々が私たちの宇宙事業をご存じで、応援して下さっていることを知って、今まで培ってきた三菱電機の宇宙事業の歴史があってこそだなと誇りに思いました。同時にトクのような現場の人や技術者たちにその声を届けたいと思ったんです。一般の方たちの声は届かないだろうから。

徳村:ずっとこもって仕事をしているので届かないですね。

井上:社外に向けてSNSに映像をアップすると同時に、社内で打ち上げ中継のオンラインイベントを企画したり、社内SNSで一般の方の声を届けたり、初めてのことを次々やっていくうちに、社内での一体感も生まれたと感じました。トクからもらったSLIMの写真も社内に共有して、打ち上げが成功した時は「やったー!」と喜びあったよね。

徳村:いのしょうが活発にSLIMを宣伝してくれて嬉しかった。ありがとう。

振動試験時のSLIMと徳村さんのツーショット

― そうした経験を今後にどう生かしていきたいですか?

井上:つながりを大切にしたい。今回、種子島の方たち、同期、SLIMに関わる人たちとやりとりできて、すごく世界が広がったと感じます。このつながりを大事にして、人が宇宙を好きになるきっかけを作りたい。私が宇宙を好きになる最初のきっかけを作ってくれた父にはとても感謝していますし、そのようなきっかけを多くの人に提供できたら。

徳村:探査機に一番近いところで働き、ロケット打ち上げまで見られてすごく楽しそうに見えるかもしれませんが、実際は苦しくて地味な作業の積み重ねです。例えば何百本のケーブルを一日中束ねる日もありますが、そんな作業にもワクワクする要素を探す。どうやればケーブルをうまく早く束ねられるか考えて挑戦する。どんな仕事にも「好奇心を絶やさない」ことが、地味な日々を重ねて大きな幸せにたどり着くために大切だと思います。

宇宙開発で得た技術を地上に

― SLIMに限らず、宇宙開発は私たちの生活にどう貢献できるでしょう?

井上:宇宙開発で得た技術が地上に活きることは、色々な場面であると思っています。だからこそ宇宙開発は推進しないといけないと強く感じています。その意味でも多くの方に興味をもってもらい、また理解してもらえるよう尽力していきたい

徳村:宇宙開発や月探査が盛り上がっている今、SLIMは日本の大きな一歩として、夢を与えてくれると思います。そして宇宙開発は無限の可能性を秘めています。三菱電機が大切にする「もっと素晴らしい明日へ」を一番体現できるのは宇宙開発だと思う。そんな宇宙開発の一端を担っていることに誇りをもって仕事をしています

※ 本文中における会社名、商品名は、各社の商標または登録商標です。

制作: Our Stories編集チーム

進行・執筆: 林 公代

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