DXの加速、AIの浸透、既存の業界や地理的な枠組みを超えた競争など、さまざまな要因が絡み合い、ビジネスを取り巻く状況が目まぐるしく変化している。その渦中にある多くの企業が未来を見据えた戦略をとるなか、三菱電機株式会社(以下、三菱電機)も、「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革を打ち出した。
循環型 デジタル・エンジニアリング企業とは、顧客のデータを集約して企業内で共有・活用することで新たな価値を生み出し、顧客や社会の課題解決に還元しながら成長していく企業を指す。さらに変革を加速させるためにリリースしたのが、デジタル基盤「Serendie(セレンディ)」だ。今回、Serendieの推進を担う三菱電機 DXイノベーションセンターの初代センター長に就任した執行役員・朝日宣雄が、その思いや狙いについて語る。
循環型 デジタル・エンジニアリングを加速させる「Serendie」
私たち三菱電機は、製造業として100年以上にわたり事業展開してきました。それは誇らしいことですが、これからの時代も従来の事業本部別経営──電力システムやビルシステムなどの各事業が、それぞれの事業・市場の範囲で得意な製品を提供してきたやり方──にとらわれていては、社会やお客様の課題解決につながる解の提供が難しくなるでしょう。課題やニーズが多様化し、複数の製品・サービスが一丸となったソリューションが求められているのです。
その状況と次の100年を見据え、私たちの組織も時代に合わせて変化していかなければなりません。そこで、社長の漆間が2022年に打ち出した事業方針が循環型 デジタル・エンジニアリング企業への変革です。
今回発表したSerendieは、その変革を具現化するためのデジタル基盤です。巡り合いがもたらす“ひらめき”を意味する「Serendipity(セレンディピティ)」と「Digital Engineering(デジタル・エンジニアリング)」を組み合わせた造語で、この言葉が示すように、三菱電機内の複数の事業部門が、お互いの知識や技術、お客様に対する理解を共有し、さらに社外のパートナーも巻き込んで新しいソリューションを提供していくという意志が込められています。
対面から横並びへのちょっとした変化が議論を活発化する
Serendieの中心となる部門がDXイノベーションセンターで、現在、兼任者も入れて約50人が所属しています。各事業部門が持つ知恵やツールを融合させるだけでなく、それらを活用したソリューションの仮説をつくることや、制度に関わる仕組みを確立して新しいソリューションを全社展開する役割なども担っています。さらに人財育成も担います。
ただし、Serendieを活用するのはあくまでも各事業部門です。これまでのように事業部門ごとにサイロ化された事業展開やデータの分析・活用に終始しないように、DXイノベーションセンターがしっかり支援していくということですね。
既に取り組んでいる施策の1つが「Serendie Street(セレンディ・ストリート)」です。さまざまな立場の人が集まれる場所で、語源であるSerendipityに由来する“ひらめき”を起こし、共創がより生み出されることを狙っています。まずは横浜を拠点にし、2024年秋に新しい施設をオープンし、合計500名規模の場所にします。
このSerendie Street開設で狙うのは、変革につながるさまざまな変化の積み重ねです。例えば、三菱電機の会議は、机を挟んで片方に私たち社員、もう片側にはお客様といったような対面形式が多いのですが、Serendie Streetでは1つの大型スクリーンにデータや議題を投影し、全員がスクリーンを見られる位置に自由に座って議論できるようにします。
これにより、机の向こうとこちら側の「対」の関係性ではなく、みんなで課題に向き合う関係性や一体感が生まれやすくなるはずです。個々人が自分の意見を言い出しやすい雰囲気になり、議論も活発化するでしょう。蓋を開けてみると「ちょっとした工夫や変化」なのかもしれませんが、その積み重ねが変革につながっていくと期待しています。
既存の仕組みや慣習、ルールも変えるような人財がほしい
さらなる変革を進めるには、技術的な変化だけでも、組織体制の変化だけでも不十分です。では、社会やお客様のために企業が変わっていくには何が必要なのでしょうか?
私たちは、マインドセット、つまり行動様式を変えていくことが大切だと考えています。Serendieはそのための取り組みでもあり、大きな挑戦でもあります。私たちがマインドセットの変革で推進するアプローチは、次の3つです。
1つ目は「顧客志向」です。これまでの製造業は自社製品ありきの傾向が強かったのですが、お客様の課題解決を優先することになると、自社内での製品・サービス連携はもちろん、他社と組む必要もあるでしょう。
2つ目は「アジャイル」です。これまで私たちが提供してきた多くの製品・サービスは、10〜20年の買い替えサイクルを踏まえ、数年かけて基礎技術を研究し製品・サービス化していました。一方、目まぐるしく変化する今の時代に求められるのは、お客様のニーズや社会課題に合わせた素早い提案です。
例えば、新型コロナウイルスが流行した当初は換気が励行されました。換気扇などの設備機器は、私たち三菱電機の得意とするところであり、IoT化することで、そのニーズに合わせたタイミングの良い提案ができました。そして、そのような提案をこれからも続けていくには、これまで主流だったウォーターフォール型ではなくアジャイル型でのアプローチが必要になります。
3つ目は「サブスクリプション」です。お客様のニーズや課題に合わせ、多くの業界で、製品・サービスを販売する形式から、サブスクリプションで対価をいただく形式が増えています。ここはマインドセットを変えるだけではなく、経理の仕組みや事業計画の立て方など全面的に変えなければいけないでしょう。
この3つのマインドセットの変革では、人財育成もカギになります。「既存の仕組みや慣用に沿って仕事をしていれば大丈夫だろう」と考えるのではなく、既存の仕組みや慣用を疑って、必要であればルールも変えるような人財が出てくることを期待しています。大袈裟に言えば、三菱電機にしがみつくことなく活躍する人財が増えてほしいですね。
競合他社はもはや戦う相手ではなくパートナー
5月に行ったSerendieの発表会では、Serendie関連事業を2030年までに1.1兆円規模にすることを宣言しました。この目標を達成するためには、累計500~1000のアイデアを検討して、100〜200を事業化する試算です。ただ、これだけの数をやるとなると、これまで述べてきたような社内改革だけでなく、先に述べたように、社外の人も巻き込んでいく必要があるでしょう。
三菱電機の競合といわれる各社もさまざまな名称で同様のイノベーションを行っているようですが、私たちに、それら各社と競争する視点はありません。実際、盛んに交流していますし、これまで以上に壁を取り払っていきたいですね。なぜなら、私たちが向かい合わなくてはならないのは、日本企業の競争力強化や社会課題などであり、国内の競合各社といった狭い世界ではないからです。
私たちは、より大きな視野で物事を進めて、未来に対する不安と闘い乗り越えていかなければならない。そのためには、競合などといっていられませんよね? 適切な相手と適切に手を組んで課題に向き合い、その上で企業としての利益を得て、社会にとって幸せな未来を築いていきます。それが私たち三菱電機の目指す企業の姿です。