セレンディピティを自ら起こすために【前編】
共創のキーパーソンに聞く。NTTコミュニケーションズと三菱電機の変革
2025.01.24
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戸松正剛氏 Seigo Tomatsu
OPEN HUB for Smart World代表
NTTコミュニケーションズ株式会社
ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長
NTTグループ各社にて、主にマーケティング/新規事業開発に従事。米国留学(MBA)を経て、NTTグループファンド出資のスタートアップの成長/Exit支援、Jリーグ他プロスポーツ業界とのアライアンスなどを手掛ける。2021年、OPEN HUB for Smart Worldを設立、代表に就任。マーケティング部門長を兼任し、ABM、デジタルマーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセス、セールスイネーブルメント、会員コミュニティ等、B2Bマーケティング全般を統括。 -
竹田昌弘氏 Akihiro Takeda
三菱電機株式会社
DXイノベーションセンター 副センター長
戦略企画部 部長
1995年入社。電力、社会インフラの研究開発、CMOSイメージセンサーの事業推進、全社成長戦略の立案・推進に従事。2007年からはビルシステム事業本部にてビルシステム事業の事業企画、ロボット移動支援サービスのエンジニアリング、製作所の運営管理を担当。2023年からDXイノベーションセンターで、お客様との共創環境の構築、人財育成に取り組む。
「共創」による未来の事業機会を生み出すために、2021年、NTTコミュニケーションズが立ち上げた事業共創プログラム「OPEN HUB」。「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革を打ち出した三菱電機が、その変革を加速させ、顧客やパートナー企業らとともに新しい価値を生み出すため、2023年にリリースしたデジタル基盤「Serendie®︎」。両社は共通する課題から、共創の必要性を強く認識している。
前編の今回は、OPEN HUB代表でNTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長の戸松正剛氏と、Serendie®︎と社内外をつなぐハブとなる三菱電機 DXイノベーションセンターの副センター長 竹田昌弘氏との対談を通じて、未来を見据え、新しい価値を生み出すOPEN HUBとSerendie®︎の取り組みに迫る。
前編の今回は、OPEN HUB代表でNTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長の戸松正剛氏と、Serendie®︎と社内外をつなぐハブとなる三菱電機 DXイノベーションセンターの副センター長 竹田昌弘氏との対談を通じて、未来を見据え、新しい価値を生み出すOPEN HUBとSerendie®︎の取り組みに迫る。
新しい価値創出のために

- ——Serendie®︎とOPEN HUBについて、簡単にご説明ください。
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竹田 Serendie®︎は、多様なデータから顧客の課題を解決するためのデジタル基盤として、2024年5月にリリースをしました。その背景には、ハードウェア企業として100年近く事業を行ってきた三菱電機が、これからの先を見据え、新しい価値を生み出す「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革があります。
循環型 デジタル・エンジニアリング企業とは、顧客のデータを集約して企業内で共有・活用することで新たな価値を生み出し、顧客や社会の課題解決に還元しながら成長していく企業のことです。その変革を加速させるためにリリースしたのがSerendie®︎というわけです。 - 戸松 Serendie®︎にはどのくらいの人が関わっているのでしょうか。
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竹田 私たちの組織は現在、50人くらいです。2023年のスタート時は20人ほどでしたが、社内公募で手を挙げて参加した人などもいて、徐々に増えています。そのメンバーをはじめ、横浜地区には約500名の技術者や事業企画を行う社員が集まっています。
三菱電機はいわゆる縦割りの組織で事業を行ってきました。各事業本部それぞれが独自にクラウドのシステムを構築しており、連携が難しく、データを横串で活用する素地もない状態でした。その事業本部の中も社員それぞれの役割が決まっており、高度成長期のような右肩上がりの時代には適した組織体系だったのかもしれませんが、市場の変化スピードが速い今、これまでのやり方だけに固執していたら事業が立ちゆかなくなると危惧しています。そのため、Serendie®︎の基盤上にデータをすべて集約して、カタログ化、オープンにし、それをもとに顧客と一緒に新しい価値を生み出せる環境を、ハード・ソフトともに整備していきます。 - ——具体的にはどのような動きがあるのでしょうか。
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竹田 今、多くの事業者が2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げています。例えば、鉄道事業の分野では、カーボンニュートラル・脱炭素化の実現に向けて、太陽光発電などの再生可能エネルギー活用や環境配慮型の車両機器導入などの施策が進められています。
三菱電機はこれまで、鉄道車両の電機品や、変電設備や運行管理システムなどのソリューションを提供してきましたが、異なるシステム間でのデータ連携がネックとなり、変電設備や鉄道アセット、列車運行情報などを活用した全体での電力最適化を実現するのは難しいという状態でした。そこで私たちはまず、Serendie®︎を活用して異なるシステムのデータを組み合わせて鉄道事業に関わるエネルギーの最適化に取り組んでいます。
さらに、鉄道事業全体として見ると、輸送だけでなく、駅舎(設備)や「エキナカ」と呼ばれる商業施設といったさまざまな分野が包括されています。そこでも、三菱電機が手がけてきた半導体や電力、空調、交通、ビルシステムなどの知見を活かしながら、さまざまなデータを組み合わせて新しいソリューションを展開していくことができるはずだと考えています。

- ——OPEN HUBは、NTTコミュニケーションズが2021年に立ち上げた事業共創プログラムと伺っています。立ち上げ当時、戸松さんはどのような課題感を持っていたのでしょうか。
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戸松 NTTコミュニケーションズにはもともと、製品・サービスを販売して終わりではなく、その後も継続的にお客様とお付き合いさせていただくビジネスモデルと、そこにひもづくカルチャーがありました。提供しているサービスは、ネットワークやクラウド、データセンター、音声基盤など、幅広い業種のお客様に提供できる分野の製品・サービスが多いのが特徴です。
一方で、私たちがご提供している製品・サービスにおいては、個社ごとに課題解決を模索するフェーズから次のフェーズに移りつつあると考えています。世界のIT業界の動きからもわかるように、今後、インフラ基盤は企業の垣根を超えてフラットになっていくでしょう。個社ごとの課題解決だけではビジネス的に厳しくなるでしょうし、産業をまたいだ社会課題など世の中のクリティカルな問題にリーチすることも難しくなります。しかも、企業1社だけでは解決できない課題ばかりです。
そのような状況で必要なのは、業界横断や時に業種を超えた横展開が可能なサービスに、三菱電機さんが持つような業界特有のアセットを掛け合わせて新しい事業をつくることではないかと。そのような事業をつくりだしていかなくてはならない、そんな課題感がありました。
セレンディピティは自ら起こすもの

- ——OPEN HUBは立ち上げから3年経ちました。どのようなことを大事にしてきたのでしょうか。
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戸松 竹田さんがおっしゃったように、私たちも以前は似たような状況にありました。人が多い組織は、放っておくとどんどんサイロ化してしまいます。誰かが組織に横串を刺さないと組織はエントロピーの増大、すなわち組織の老朽化が止められない。大企業の宿命でもあり、その危機感は常に持ち続けています。
だから私は、セレンディピティはすごく素敵な言葉だと思うし、それがあるといいとも思っています。一方で、そのような目的を掲げてオープンイノベーションの場をつくったとしても、ショールーム化してしまい、頓挫したケースを数多く見てきました。
「セレンディピティは勝手には起きない」ということなんですね。セレンディピティは自ら起こしにいく必要があります。100年近く培われてきた会社のカルチャーはすぐに変わるわけではないし、反対に、すぐ変わるようでは組織として問題があるでしょう? だから、あるタイミングで然るべき人間が変えなければいけません。 - ——2社とも、大きな組織ならではの悩みを抱えていたのですね。そこをクリアするために、Serendie®︎では具体的にどのような取り組みを進めているのでしょうか。
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竹田 Serendie®︎では、オフィスに極力、壁や垣根をつくらず、異なる事業本部の人たちが皆、同じフロア、同じトイレ(笑)、同じ会議室を使って仕事ができるような空間をつくりました。これまでは、同じビルの中にいても、階が違う事業本部の人たちとは年に一度も話さないことが珍しくありませんでしたから。仕事だけでなく社内環境もサイロ化して、ほかの事業本部が何をしているのかよりわかりにくくなっていたのです。
異なる文化を紡いできたそれぞれの事業本部をハード的に混ぜることで、セレンディピティが起きやすい空間にしたわけです。例えば、自分の知らなかったネットワークについて何らかの課題が生じたとき、これまでなら、資料をつくって関係者のスケジュールを調整して……と、課題解決に1〜2カ月近くかかっていたようなことが、横に座った人に「この人ならネットワークのことをよく知っているよ」と教えてもらえた。結果、数時間で解決につながったといったことが起きていますね。変化はすでに現れはじめています。
他方で、三菱電機は総合電機メーカーとして、20年、30年と同じ職場で同じ人たちと、同じ釜の飯を食べながら仕事をしてきました。三菱電機の体内時計はとても計画的でゆっくりしています。ですから、マインドセットの変革など、人財育成も併せて進めていく必要があると考えています。
「未完成」なものの可能性

- ——セレンディピティは自ら起こすものであり、そのためにはマインドセットの変革が欠かせないとすると、どのようなマインドセットが必要なのでしょうか。
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戸松 マインドセットについてお話させていただくと、もしかしたら三菱電機さんは、「完成品しか出すことができない」といった悩みがあるのではないでしょうか。例えば、中途半端に動くエレベーターなんて絶対にリリースできないですよね。この点は私たちも同じで、中途半端なネットワークシステムなんて論外です。
ですが、セレンディピティに必要なことは「未完成」だと思います。まずは、このマインドを持つことが重要です。そのためのOPEN HUBであり、Serendie®︎ではないでしょうか。
実は、OPEN HUBには「完成品」をひとつも置いていません。要は、未完成が問題なのではなく、製品化までのプロセスが見えづらいとかプロトタイピングしづらいという点がネックになると考えています。その部分を擬似的につくることができれば、議論は広がって、セレンディピティも生まれてきます。一方、完成品はスペックが良いか悪いか、高いか安いかといった二元論的議論にしかなりません。 - 竹田 その点は理解しつつも、やっぱりどこかで未完成ではダメだと考えてしまいがちです。また、「完成品を見せてほしい」という社内からのプレッシャーもあります。多くのステークホルダーに対面する事業部からは、「カタチがわからないもので、どうお金をいただけばいいのか……」という声が必ず出てきます。その点はいかがでしたか?
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戸松 社内からの強い圧力はありましたね。そこで大切なのは、「社内に市場感を持ち込めるかどうか」だと思います。最終的にはお客様が喜ぶかどうかが重要であって、そのためには活発な議論が求められます。
OPEN HUBの場合、展示コンテンツが常時200程度ストックされていて、「今日来られる〇〇さんと議論するのであれば、このネタやあのネタが良さそう」といった具合に、お見せするコンテンツを入れ替えています。そして、来客されるお客様と議論を重ねていくうちに、次第に喜ばれるコンテンツと、そうではないコンテンツの差が明確になってきます。
これは「社内で市場原理が働いている」ということですね。当初は「とにかく自分たちが担いでいるサービスをアピールしたい」とこだわっていた社内の人も、市場感が持ちこまれた環境のなかで、自分たちのソリューションが選ばれないことがわかればどうでしょうか? 「未完成なサービスでもお客様の声を聴ける方がいい」と納得して、さらに議論を深めることができるはずです。 - ——セレンディピティに必要なマインドセットについてお話をお伺えました。後編では、人財育成について深掘りするとともに、社内外を巻き込んだ共創をどう起こしていくのかもお伺いしたいと思います。