セレンディピティを自ら起こすために【後編】
新しい価値創造に求められるもの。人財育成をどう捉えればいいのか?
2025.01.31
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戸松正剛氏 Seigo Tomatsu
OPEN HUB for Smart World代表
NTTコミュニケーションズ株式会社
ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長
NTTグループ各社にて、主にマーケティング/新規事業開発に従事。米国留学(MBA)を経て、NTTグループファンド出資のスタートアップの成長/Exit支援、Jリーグ他プロスポーツ業界とのアライアンスなどを手掛ける。2021年、OPEN HUB for Smart Worldを設立、代表に就任。マーケティング部門長を兼任し、ABM、デジタルマーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセス、セールスイネーブルメント、会員コミュニティ等、B2Bマーケティング全般を統括。 -
竹田昌弘氏 Akihiro Takeda
三菱電機株式会社
DXイノベーションセンター 副センター長
戦略企画部 部長
1995年入社。電力、社会インフラの研究開発、CMOSイメージセンサーの事業推進、全社成長戦略の立案・推進に従事。2007年からはビルシステム事業本部にてビルシステム事業の事業企画、ロボット移動支援サービスのエンジニアリング、製作所の運営管理を担当。2023年からDXイノベーションセンターで、お客様との共創環境の構築、人財育成に取り組む。
「共創」による未来の事業機会を生み出すために、2021年、NTTコミュニケーションズが立ち上げた事業共創プログラム「OPEN HUB」。「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革を打ち出した三菱電機が、その変革を加速させ、顧客やパートナー企業らとともに新しい価値を生み出すため、2023年にリリースしたデジタル基盤「Serendie®︎」。両社は共通する課題から、共創の必要性を強く認識している。
後編の今回は、前編に引き続き、OPEN HUB代表でNTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長の戸松正剛氏と、Serendie®︎と社内外をつなぐハブでもある三菱電機 DXイノベーションセンターの副センター長 竹田昌弘氏の対談を通じて、変革を起こし、新しい価値を生み出すために求められる人財と、人財育成について探る。
後編の今回は、前編に引き続き、OPEN HUB代表でNTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 事業推進部 マーケティング部門 部門長の戸松正剛氏と、Serendie®︎と社内外をつなぐハブでもある三菱電機 DXイノベーションセンターの副センター長 竹田昌弘氏の対談を通じて、変革を起こし、新しい価値を生み出すために求められる人財と、人財育成について探る。
「編集」する人財育成

- ——マインドセットの変革を進め、セレンディピティを起こすために、OPEN HUBでは人財育成をどのように捉えていますか?
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戸松 OPEN HUBにはカタリストと呼ばれる専門家集団がいます。当初は50人からスタートして、いまは900人規模になっています。人財も製品と同じく成長過程の「未完成」のメンバーもいて、全員が完璧なわけではありません。私には、逆に全員がスペシャリストだとセレンディピティは生まれないのでは、という仮説があります。というのも、セレンディピティには人財が成長していく余白やプロセスから生まれる多様性が大事になるからです。
私は「ドラクエ方式」と言っていますが、一緒に冒険するパーティーを組むような感覚です。チームで対応してお客様やパートナーに愛されて育っていきます。それを楽しめるようになると、チーム自体が成長していきます。それを仕組みとしてつくれたら、その組織やプロジェクトは成長し続けることができるはずです。
たとえば、私たちがOPEN HUBの共通テーマとして「4月からは宇宙ネタを3カ月やる」と決めます。すると、社内で宇宙ビジネスを検討しているメンバーに加え、宇宙に知見のあるグループ会社の人財を巻き込む必要が生じます。一緒に進めていくと、局所的に濃いコミュニティ、小さな塊ができます。それを繰り返していくと小さな塊がいくつもできてくる。その塊を連結させ意味のある塊にしていくことは、いわば、編集作業の感覚に近いかもしれません。 - 竹田 なるほど。OPEN HUB内のマインドセットを変えていく一方で、OPEN HUBの外にいる人をどう巻き込むのかも重要になるのですね。
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戸松 はい。例えば、通常、開発部門はお客様の前に出ず、営業部門が前に出ることがほとんどだと思いますが、私は、開発部門の人が営業部門と共にチームとしてフロントに立つことに大きな意味があると思います。
もちろん最前線に出ることに開発者自身が心理的な抵抗を感じるかもしれませんし、お客様との関係性を把握するなど、さまざまな事前準備も必要です。ただ、その製品や技術を一番理解している開発者が前に立つことで、営業部門もさることながら、お客様ですら意識していなかったインサイトに気づく可能性もあり、結果、営業担当者などに刺激を与えることができます。さらに、すべての関係部門のモチベーションアップにつながるのではないでしょうか。 -
竹田 おっしゃるように、「この部署はこう」といった役割を決めずに、どんどん前に出ていけるような役割の幅にストレッチの効いた職場の方がいいですし、チャンスがもらえる環境でありたいですよね。
Serendie®︎は今、社内において「DX特区」ともいえます。この機会を逃さず、お客様に近いフロントサイドから開発側のバックサイドまで、DX事業に関する役割、ジョブを定義して、適切な人財を確保・育成するトライアルをしていきたいと考えています。まずは、社員のジョブとスキルセットを把握し、全社員を対象にしたDX教育プログラムを提供していきます。
また、本人の希望と受け入れ先の了承があれば所属長の許可なく異動への応募ができる人事制度も、そのような人財の確保に一役買っています。 - ——どんな役割、ジョブを想定しているのですか。
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竹田 具体的には7つの役割として、DXマーケティング、ソリューションクリエイション、データエンジニアリング、UI・UXデザイン、DXアーキテクチャーデザイン、DXエンジニアリング、DXクオリティアシュアランスに分けています。
これまではウォーターフォール型の開発が主でしたが、これからの市場でお客様の悩み事を解決していくためには、アジャイル型の開発や考え方が求められます。ウォーターフォールとアジャイルの両輪で回していけるような両利きの経営ですね。合わせて、自分たちの今の実力で解決できない課題は、スピード感を重視して、この7つの役割を持った人財と社内外でスクラムを組んで進めていく。そういう組織をつくっていかなければいけません。

- ——OPEN HUBの事業共創プログラムでは、組織や人財の視点から、どのような工夫をされていますか。
- 戸松 成功も失敗も、たくさんの経験を踏まえて思うのは、人財が生み出す良いアイデアや行動が、私たちやパートナーの意思決定者の認識不足など、コミュニケーションの問題で潰されてしまうことは避けなければいけないということ。ですから私は、プロジェクトの最初に、相応の権限のある方に対面に座ってもらうため、その機会と場所をOPEN HUB Park内にエグゼクティブブリーフィングセンターとして設計しました。権限のある関係者が、カジュアルなディスカッションから合意形成に向かう演出が重要だと思います。
- 竹田 そういう「場所」に然るべき「人」に座ってもらうセンスが求められますね。
- 戸松 そうですね。特に大きな組織だと、そのセンスが求められるでしょう。さらに、プロジェクトに「旗を立てられる人」も重要だと思います。
- 竹田 旗ですか?
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戸松 例えば、私たちのお客様である農業機器メーカーは、「いかに(ユーザーである)農家の生産性を上げられるか?」という課題を抱えていました。もし、私たちが、農業機器メーカーを通じて自動運転や監視センサーなどの製品を農家に売るだけなら、生産性は上がるかもしれませんが、それは従来の受託ビジネスであり、新たな価値は何も生まれません。
本質的な問題はそこではないですよね? 中小規模の農業従事者は、そこに投資する余裕がないから課題化している訳です。ではどうすればいいのでしょう?
水田から発生するメタンガスは、水田から水を抜くタイミングを調整するとかなり抑えられることがわかりました。その抑えた分を「J-クレジット(※)」に替えることで、農家はお金を得ることができます。設備投資ができるようになるし、環境を考慮したブランド米として販売することもできます。いい循環が生まれます。
これが「どこに旗を立てるか」です。もし「センサーを売ること」に旗を立ててしまったら、それ以上の広がりはありません。「メタンガスの問題」に旗を立てることができたから、その先の広がりや継続性につながったのだと思います。この事例は、J-クレジットを追っている社員と、農業機器メーカーを担当する社員が偶発的に結びついた結果ともいえます。まさにセレンディピティですね。
※温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度。クレジットは、温室効果ガスの排出量を相殺するためのものとして売ることができる。
垣根を超えた共創の必然性

- ——今後の2社の共創の可能性について教えてください。
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戸松 物理的なインフラを持っている三菱電機さんと協業できれば、新しい価値を生み出せるはずです。例えば、OPEN HUB内で稼働しているロボットは、エレベーターに乗ってエントランスまでみなさんを迎えに行けます。そのために、エレベーターのプログラムソースにアクセスする必要があり、三菱電機さんのようなメーカーと連携をしなくてはいけません。この横串を実現するのに、とても時間がかかりました。
プログラムソースをオープンにするとメーカーは競争力を失ってしまう可能性がありますが、その反面、必ず新しい価値が生まれるはずです。そこで大切なのは、先述の「どこに旗を立てるのか」というセンスでしょうね。人財育成とともに、業界の垣根を超えるタイミングが来ているのではないでしょうか。 - 竹田 設備アセットとネットワークは切り離せない関係ですから、おっしゃる通り、一緒に新しい価値を創り出していきたいですね。競合や業界の垣根を超えて、「日本として、オープンイノベーションをやっていくんだ」という動きを、Serendie®︎から加速させていきたいと思っています。やれること、やるべきことは必ずあります。