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STORIES / CASE STUDY

アジャイル開発で誤算も次の一手に。健康経営を促進する三菱電機の「CoreActプロジェクト」

2026.08.04

正解のない市場で、最初の一歩をどう踏み出すか。新規事業の担当者なら、一度はこの壁に突き当たる。顧客の声から「事業の種」は見つけたとしても、それを誰に、どんな価値として磨けばいいのか。そして、その仮説を素早く形にして検証するにはどうしたらいいのか。

三菱電機が開発中のウェルビーイング向上ソリューション「CoreAct(コアアクト)」も、この壁の前にいた。ヒアリングした顧客の課題を具体化し検証を進めるため、デジタル基盤「Serendie®」におけるスクラム活動を開始。しかし、その活動のなかでも、チームはさらなる試行錯誤を迫られることになる。

アイデアの絞り込みから、実証実験の結果を次の仕様へ変えていったプロセス。そこには、計画どおり進めることより、状況の変化を味方につけることに価値を置く、アジャイル開発の姿があった。プロダクトオーナーの吉川 ひより氏と、スクラムマスターの寺崎 光氏に新規事業立ち上げ初期における要諦を伺った。

吉川 ひより  Hiyori Yoshikawa

三菱電機株式会社 営業本部 事業推進部 戦略グループ

中部支社でのエリア戦略取りまとめ等を経て、2025年より現職。お客様の課題と自社技術をつなぎ新規事業を推進する同部門にて、本プロジェクトのプロダクトオーナーを務める。

寺崎 光  Hikaru Terasaki

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部

鎌倉製作所における防衛事業のプロジェクトマネジメントや電気回路設計等を経て、2024年より現職。新規事業創出プログラムの企画・立案に従事し、本プロジェクトではチームの活動を円滑に進めるファシリテーター役のスクラムマスターを務める。

客観データで、健康経営をアップデートする

――まず、「CoreAct」とはどのような課題を解決するソリューションなのでしょうか。

吉川企業の健康経営を加速させるための、ウェルビーイングソリューションです。従業員サーベイなどの主観データと「集中度」「活性度」「眠気度」などの客観的なデータを組み合わせ、従業員の状態をデータで可視化します。客観的なデータの取得には、現時点では三菱電機が開発した感情推定センサー「エモコアイ」を活用しています。可視化したデータは、サービスのダッシュボードで常時確認することができます。計測されている本人は、そのデータから休憩タイミングなどを計ることができ、人事や管理職の方は従業員の不調のサインを見逃さず支援することができます。

主観的なサーベイだけでは、調査したそのときの状況しか分かりません。回答も会社や上司の目を気にして揺れてしまう。本当のコンディションが見えているのか、確信が持てませんでした。だからこそ、本人の意識に左右されない客観データを組み合わせれば、その「揺れ」を補えるのではないか。そう考えたんです。

寺崎:客観データを日常的に取り続ければ、サーベイでは無難な回答に隠れてしまう、本当はフォローが必要な方のサインも見えてくるかもしれません。主観と客観を組み合わせてこそ、健康経営はより確かなものになる。そこに大きな可能性を感じています。

吉川:そしてもう一つ。客観データで自分自身の本当のコンディションに気づくこと自体が、セルフケアのきっかけになります。人事や管理職が支えるだけでなく、従業員一人ひとりの自発的な行動変容にもつなげていきたいんです。

顧客の共通課題を、事業の種に変える

――そもそも、このプロジェクトはどんなきっかけで立ち上がったのですか。

吉川:日々の営業活動の中で「従業員のコンディションを可視化したい」という声が、複数のお客様から繰り返し上がっていることに気づきました。多くの企業が抱える共通課題であり、横展開してパッケージにできれば新しい事業になるのではないかと考えたのがきっかけです。

ただ、営業部門だけでは、プロトタイプを作って素早く検証する開発ノウハウがありません。そこで、スクラム活動を通じた素早い検証を行うために、DXイノベーションセンターに相談しました。

三菱電機株式会社 営業本部 事業推進部 戦略グループ 吉川 ひより

――具体的にどのように進められたのでしょうか。

寺崎:課題探索、仮説立案、仮説検証、価値創出という流れで進めていきました。ただ正直、最初の約一ヶ月は「自分たちが取り組むウェルビーイングとは何か」「誰に何を提供するのが正解か」と悩み続けました。テーマが大きすぎて、絞り込めなかったんです。

吉川:最初のアイデア出しでは、バイタルデータ連動のキャラクター育成、AIエージェント同士のコミュニケーション促進、集中度に応じてご褒美がもらえる仕組みなど、さまざまなアイデアが出ました。でも、どれも「企業がお金を払ってまで導入したい課題解決か」という点で確信が持てませんでした。

――そこから、どう価値を絞り込んだのでしょうか。

吉川:思考を整理するため、三つの判断軸を置きました。

一つ目は学術的な裏付けの軸です。健康経営では、仕事への活力や没頭を意味する「ワークエンゲージメント」をいかに高めるかが重要なテーマで、その鍵を握るのが、一人ひとりが自律的に働き方を選び取っていく「キャリア自律」の発想です。なかでも、与えられた仕事をそのままこなすのではなく、自分で働き方や仕事の捉え方を工夫して作り変えていく「ジョブクラフティング」に着目しました。CoreActの客観的なバイタルデータが、その自律的な働き方を支える客観指標になり得るのではないかという、アドバイザリーとして入っていただいている大学の先生方のご意見があったことも大きいです。

二つ目は「自分たち自身が使いたくなるか」という内発的な軸。ここは私が一番こだわりました。会社にデータを取られるだけの監視ツールなんて、誰も使いたくない。私自身、被験者なら絶対に嫌です。だからこそ、本人のためのセルフケアに返ってくるものにしたいと思っていました。

三つ目は事業性という外向きの軸です。自社の人事へのヒアリングで、「健康経営優良法人などの認証を取りたい」「対外的にアピールして採用を強化したい」というニーズが見えました。市場性だけでも踏み込んだ提案はできず、思いだけでも事業にはなりません。その掛け算の接点が「マネジメント支援×従業員のためのセルフケア」でした。

「使われない」という結果にも、価値がある

――実証実験では、何を検証したのですか。

吉川:完璧なシステムを待たず、プロトタイプで自社の二拠点・約百名・二ヶ月間の検証に踏み切りました。仮説は二つ。客観データが主観アンケートと相関し、コンディション低下のサインになり得るか。もう一つは、ダッシュボードでコンディションが分かれば、自発的な行動変容が起きるか、です。

一つ目については、一部の項目で統計的に有意な差が見られ、コンディション把握に活用できる示唆が得られました。行動変容についても、ダッシュボードを見てくれた方の約二割が、休憩の取り方や仕事の進め方などを見直す行動変化につながったと回答し、一定の効果を確認できました。

寺崎:一方、そもそも「能動的にはダッシュボードを見てもらえない」という課題も明らかになりました。皆が面白がって見てくれると思い込んでいましたが、日々の業務に追われる中、わざわざデータを確認しに行く人はごく一部でした。「作り手が良いと思っているものに、ユーザーも同じように興味を持つとは限らない」という現実を突きつけられましたね。

三菱電機株式会社 DXイノベーションセンター システム連携企画部 寺崎 光

吉川:ただ、現場に直接足を運び、やり取りを重ねたからこそ、アンケートだけでは得られない解像度の高い生の声も得られました。最も驚いたのは、データ開示への心理的ハードルです。全員が嫌がると予想していましたが、実際は違いました。「直属の上司に毎日見られるのは評価に響きそうで嫌だが、人事など自分を守ってくれる立場の人にだけ開示され、不調のときフォローしてもらえるなら開示したい」という声が多くありました。

寺崎:「誰に、どの粒度で共有されるか」を丁寧に設計すれば、監視ツールではなく見守りソリューションになる。大きな可能性を感じました。ここまで踏み込んだ本音を聞けたのは、現場で一人ひとりの声に耳を傾けたからこそです。その聞き取りの設計を支えてくれたのが、DXイノベーションセンターのデザイナーでした。ダッシュボードの見た目だけでなく、実証後のユーザーヒアリングやアンケートの組み立てまで担ってくれたんです。

吉川:自社の人事担当者からも「この精度で見られるなら、導入も検討できる」というお言葉をいただきました。仮説の筋は悪くなかった、という手応えです。アジャイルに慣れない組織なら「実証実験の失敗」と片づけたかもしれません。私たちにとっては、製品を次へ進める宝の山でした。

日常に溶け込むヘルスケアをめざして

――実証実験における発見を、今後どう製品に反映していく予定ですか。

吉川:「能動的には見に来ない」への対策には、毎日アクセスしたくなる動機づけが必要です。今は、​継続的に​見たくなる・​使いたくなる​仕組みを​目指した機能を検討しています。話したくなる相談相手がいれば、使い続ける理由になりますから。

寺崎:事業戦略も見直しました。実証を通して、デバイスを持ち運ぶ負担など、ハードウェア面の課題も見えてきたんです。

私たちが届けたい価値は従業員のウェルビーイング向上で、エモコアイはその手段の一つに過ぎません。価値を届けられるなら、PCのインカメラを使った表情分析など他のアプローチも柔軟に組み合わせます。仮説が外れても軌道修正の材料として前向きに受け入れ、仕様も戦略もその場で書き換えていきます。このスピード感こそ、スクラム活動の強みです。

――最後に、実現したい社会像を教えてください。

吉川:ウェルビーイングは、仕事とプライベートに境界線を引いて管理するものではありません。あらゆる場面で、境界線なく自分の健康状態を知りケアできる世界を目指したい。今は「非接触でデータが取れるなんてすごい」と言われますが、十年後には「体調を測るのにデバイスを着けていたの?」と驚かれるくらい、テクノロジーが空間に自然に溶け込んだ社会の先駆けになりたいです。三菱電機発で、ウェルビーイングの新しいムーブメントを起こしたい。この志に共感してくださる顧客企業様や共創パートナー様との出会いを期待しています。

寺崎:アジャイルやスクラムの良さは、状況の変化に応じてやり方を柔軟に変えていける点にあります。私はCoreActが、働く人が「自分の働き方は、自分の力でよりよく変えていける」という自信を持てるツールに育ってほしいと願っています。