情熱ボイス
【MELSEC MXコントローラ篇】進化を拓いた、統合への挑戦
2025年10月公開【全3回】
第1回 高速多軸制御ニーズへの危機感
危機感の発端は海外営業部門だったという。「このままでは戦えない」という声が、複数の海外拠点から同時多発的に高まってきたのである。どの声にも共通していたのが、「急速な多軸化のニーズに応えられない」ことへの危機感だった。
声を上げた一人が、2017年から欧州に勤務していた渡辺だ。本社でグローバルキーアカウント顧客(自動車メーカー)の指名活動として営業を担当した後、欧州法人のイタリア支店で自動車関連メーカーなどの営業を担当していた渡辺は、製造現場で進む多軸化志向の高まりを本社に向けてレポートしていた。しかもその多軸化の波を競合他社がうまくとらえている現状を目の当たりにし、歯がゆい思いをしていたという。
同じ指摘は中国法人に勤める岡部からも届いていた。岡部が例示したのは、新エネルギー車の普及加速を進める中国においてニーズが高まる、リチウムイオンバッテリーの製造現場だった。フィルム状の素材を多数貼り合わせて作るリチウムイオンバッテリーの製造工程では、フィルムのテンション制御などに多数の軸制御を必要とする。それらを全て一つのコントローラで制御したいというニーズに、現行の三菱電機のシーケンサでは応えられないことに岡部は危機感を抱いていた。

共に海外に赴任していた岡部(左)と渡辺(右)は、それぞれの立場から危機感を感じ取っていた。
従来の強みが課題として浮上
三菱電機のシーケンサの特徴の一つは、共通プラットフォーム上での統合制御にある。一つのプラットフォームにシーケンサCPUやモーションCPU、パソコンCPUやC言語CPUなど、異なる制御CPUを組み合わせて使用できるマルチCPU構成を取ることで、ユーザーは異なるCPUを自由に組み合わせて最適な構成を実現できる仕組みを提供している。多軸化も、モーションCPUを複数台組み合わせることでニーズに対応してきた。
しかし、多軸化への主戦場がこれまで以上にシフトしていくに連れ、この仕組みが制約となる可能性が出てきた。欧州や中国では、これまで工程単位で制御していたものを、複数の工程をまたいで全体で制御しようとする動きが強まっており、制御対象が200軸を超えるようなケースまで見られるようになっている。こうしたニーズに対し、競合他社は機器を最初から一体化することで、相互の通信を高速化し、多軸制御を可能にするというアプローチを打ち出してきた。
一方、三菱電機の「MELSEC iQ-Rシリーズ」も、CPU間を結ぶプラットフォームのベースユニットを介して最大256軸まで制御できる。しかし、この仕組みはもともと、それぞれのユニットが独立して制御を完成させる分散制御を想定した技術だ。モーション制御では複数のユニットをまたいでコントロールすることが多く、その際にユニット間でデータ連携が発生する。軸を大幅に増やそうとすると、このデータ連携にかかる時間や処理の負担を無視できなくなり、性能向上の重しとなりかねない。つまり、分散制御で機器間の高速制御を可能にしてきた今までの強みが、多軸化の世界では逆に制約となりかねなくなった。
新たな進化の道を探る
その頃、名古屋製作所では次世代シーケンサの検討プロジェクトが、小規模なチームで始まっていた。杉山らが参画するプロジェクトチームにも、渡辺や岡部からの声はもちろん届いている。多軸化のニーズに一体型で応える競合他社に、三菱電機は次のシーケンサでどう対峙すべきか。
結論は「三菱電機も一体化を目指す」というものだった。シーケンス制御とモーション制御を統合し、一層の高速制御を可能にすることで多軸化を進めるというアプローチを選択した。
しかしその選択は、従来とは違う進化の方向を探らなければならないことを意味する。ハードの基本性能向上という明確な指針があった従来の進化と違い、一体化にはその指針がない。シーケンス制御とモーション制御の一体化はあくまでも「手段」であり、それ自体が進化とは言えないからだ。進化させるためには、一体化の結果何がもたらされるかの具体像を描かなくてはならない。シーケンスとモーションに限らず生産現場が必要とするあらゆる機能も含めて、生産現場が価値を実感できる具体像を描くことが必要だ。しかし従来の進化にはそれを突き詰める術はない。今までとは違う道を探らなくてはならなくなったのだ。
それでも一体型を選択したのは、「進化を止めてはいけない」というプロジェクトチームの意志だった。2018年7月、次世代シーケンサはモーションなどとの一体型で開発することが決定。モーションなどの機能を最初から併せ持つことになったため、この時点から次世代制御機器は「シーケンサ」ではなく「コントローラ」と名前を変えることも決まった。

次世代シーケンサはシーケンスやモーションなどを一体にする方針を決めた
汎用マイコン採用で継続的な性能向上
大きな決断を要した一体型だったが、その先にはさらに大きな決断を控えていた。ハードウエア構成、具体的にはASIC(特定用途向け集積回路)による制御を、新しいコントローラでも踏襲するかどうかの決断だった。
従来のシーケンサは、三菱電機が自社で設計したASICですべての制御を行ってきた。ASICは用途に特化した形で設計するため、高い性能を追い求めやすい。半面、設計に5~6年を要することが多いため頻繁な機能アップは難しいが、基本的なシーケンス制御のエンジンに頻繁な性能改善が求められることは少ないため、ASICは最適なコンピュータと言えた。
しかし一体型のコントローラでは、モーション制御という継続的な性能アップが求められる機能を含むことになる。ASICのような開発サイクルの長いコンピュータで、そのようなニーズに対応しきれるのだろうか。ハードウエアではなくファームウエアで機能強化する方法もあるが、できることは限られてしまうに違いない。
その問題への対策としてプロジェクトチーム内で浮上したのは、「汎用マイコンの採用」というアイデアだった。動作周波数などが継続的に向上する汎用品を採用すれば、新しいマイコンが出るたびに処理速度の向上などを果たすことができる。ASICのように新しいチップを5~6年かけて開発する必要はない。継続的に性能を高めていくためには有効な手段だろう。
しかし杉山らプロジェクトチームの頭に真っ先に浮かんだのは、汎用品のメリットではなくデメリットの方だった。「コントローラがコモディティ化しかねない」というデメリットだ。
FA機器の基本戦略にかかわる重要な決断
制御に汎用品を採用するということは、制御の頭脳をその汎用品のメーカーに依存することを意味する。汎用品自体の性能向上は自分たちだけでなく、同じ汎用品を採用する競合他社にも同時に恩恵を与えることになる。つまりハードウエアの基本的な性能では差別化できなくなり、産業機器では絶対に避けたいコモディティ化が進んでしまう恐れがあるのだ。
汎用マイコンの採用は是か非か。それは製品に与える機能的な効果だけで判断できるものではなくなった。今後の製品の位置付けというFA機器の基本戦略にまで踏み込んだ判断が必要であり、プロジェクトチームのレベルで決められるものではない。重い決断を要するものになり、最終的には名古屋製作所の副所長の決裁まで仰ぐことになった。
2019年2月、副所長のGOサインを得て、汎用マイコンの採用が決まった。シーケンサの通信インターフェースなどは引き続きASICが担うものの、制御に必要な演算処理は汎用マイコンで行うというハードウエア構成がこの段階でフィックスした。
コモディティ化のリスクは承知の上で下されたGOサインだった。そのリスクを補って余りある機能を実現しなくては、このプロジェクトは失敗する。プロジェクトチームはそのプレッシャーを背負いながら「茨の道」の入口に立ったのである。
