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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.21

NASA「10年計画」I—火星の次は天王星

つい先月4月19日、アメリカの「惑星科学のディケイダル・サーベイ(Planetary Science Decadal Survey)」が発表になった。

ディケイダルは「10年ごと」、サーベイは「調査」を意味する。簡単にいえば、ディケイダル・サーベイとは、今後アメリカ、すなわちNASAが惑星探査をいかに進めるか、その動向調査に基づく10年計画である。

このディケイダル・サーベイは、天文学、惑星科学など分野ごとに発表される。今回、僕が紹介するのは惑星科学のそれである。

天文学と惑星科学のディケイダル・サーベイは何が違うのかといえば、天文学はこの太陽系の外の世界を対象とする一方、惑星科学は太陽系のなかの天体を対象とする。僕がこれまでこのコラムで頻繁に紹介してきた、火星や小惑星、木星や土星の氷衛星、アストロバイオロジーは、この惑星科学の範疇に入る。

惑星科学のディケイダル・サーベイが発表されるのは、今回が3回目である。最初は2002年に2003年から2012年までの10年計画が発表され、次いで2012年に2022年までの計画が、そして、今回2032年までの10年計画が発表された。

誰がこのディケイダル・サーベイを発表するのかといえば、それは全米アカデミーという、アメリカの科学界である。アメリカの科学界を代表するトップの科学者が集まって議論し、全米アカデミーからの推薦という形で発表する。

科学界からの推薦であれば強制力はないのだが、全米アカデミーがNASAの予算を決定する政府の合意を得て出すので、その影響力は大きい。実際、これまでのディケイダル・サーベイで「今後進めるべき重要計画」と位置付けられたものは、NASAによって必ずといってよいほど実行されているのである。

さらに、今やほとんどの探査が国際共同で行われており、これはアメリカの計画ではあるが、同時に世界中の科学者に影響を及ぼす。

おおげさではなく、このディケイダル・サーベイの発表は、10年に1度のビッグ・ニュースであり、僕を含めて世界中の惑星科学者が固唾をのんでこの結果を待っていた。

今回のコラムでは、発表されたアメリカの惑星探査の10年計画がいかなるものであるか、どんな未来が描かれているのか紹介しよう。

NASAの探査カテゴリ

さて、このディケイダル・サーベイを紹介する前に、NASAによる太陽系探査のカテゴリを説明せねばならない。

NASAでは、予算枠によって大きく3つの探査カテゴリが存在する。一つ目は「ディスカバリー」と呼ばれる400億円規模の小型の探査計画、もう一つは「ニュー・フロンティア」と呼ばれる1000億円規模の中型探査、最後は「フラッグ・シップ」と呼ばれる2000億から3000億円という巨費が投じられる大型探査である。

特にフラッグ・シップは、「旗艦」という名が示すように、今後の惑星科学の中核をなす探査計画であり、これの決定は極めて重大な意味をもつ。

これまでのフラッグ・シップは、1970年代の火星のバイキング着陸探査、1990年代の木星のガリレオ探査、2000年代の土星のカッシーニ探査、2010年代の火星探査車キュリオシティ、そして2020年代の火星探査車パーサヴィアランス、2020年代中盤のエウロパ・クリッパーである。

バイキングでは初めて探査機が火星に着陸し、ガリレオは木星の氷衛星エウロパの地下に海があることを明らかにし、カッシーニは土星衛星エンセラダスの地下海に生命が生存可能であることや、タイタンに液体メタンの海があることを発見し、さらにキュリオシティはかつて火星に存在した湖の環境を調べ、そこに有機物を見つけてきた。

これまでのアストロバイオロジーに関する画期的な発見の数々は、このフラッグ・シップ探査によってもたらされた成果だとおわかりいただけるであろう。

ちなみに、日本で行われる最大規模の科学探査は、「はやぶさ2」に相当する予算規模の約300億円である。日本の最大級の「フラッグ・シップ」が、アメリカでは最も小さい規模の探査と同程度の予算であることを思えば、いかにアメリカのフラッグ・シップの規模が巨大かと同時に、日本の探査のコスト・パフォーマンスがいかによいかもわかる。

未知なる天王星へ

さて今回、数あるフラッグ・シップ候補の中から最重要と位置付けられたのは「天王星の探査」である。

天王星とは、太陽系のなかでは土星のさらに遠方、外縁に近い領域に位置する巨大氷惑星である。太陽系の惑星は、地球、金星、火星のような岩石を主成分とする岩石惑星、木星や土星のように水素やヘリウムを主成分とする巨大ガス惑星、そして、天王星や海王星のように氷から成る巨大氷惑星の3つに大分される。巨大氷惑星と氷衛星は言葉が似ているためよく混同されるが、エウロパやエンセラダスは、巨大ガス惑星の周りを回る氷の月(衛星)であり、天王星のような巨大氷惑星とはその起源もサイズも異なる。例えば、エンセラダスの直径は日本の本州より小さい小型の天体だが、天王星は直径が地球の4倍以上、質量は10倍以上であり、圧倒的にスケールが違う。

1986年にボイジャー2号が撮影した天王星。メタンなどを含む薄青みがかった大気が存在している。惑星の自転軸が横倒しになっているなど、最も謎の多い惑星である。(提供:NASA/JPL)

なぜ、天王星の探査がフラッグ・シップに選ばれたのだろうか。

第1に、天王星や海王星が太陽系に残された未開拓領域であるということがある。天王星に探査機が訪れたのは、1986年のボイジャー2号が最初で最後である。ボイジャーがおこなったのは、天王星を通り過ぎる途中での一度きりの観測であり、さらに当時の搭載機器による限られた情報しか得られていない。天王星やその衛星たちがどのような天体なのか、その実態はほとんど未知のままだといってよい。

一方で、太陽系外惑星の観測が進むにつれてわかってきたのが、太陽系の外にある数多の惑星の大部分は、地球のような岩石惑星でも、木星のような巨大ガス惑星でもなく、サイズ的にはその中間である巨大氷惑星に分類されるような惑星だということである。太陽系では遠方にいる巨大氷惑星が、太陽系外では中心の恒星のずっと近くを周っている例も多い。地表面に液体の水が存在可能なハビタブルゾーンに巨大氷惑星も複数発見されており、場合によっては、これら天体は深く広大な海が地表に存在している水惑星かもしれない。

しかし、僕らはそもそも巨大氷惑星がいかなる惑星なのか、十分な情報を持たないのである。巨大氷惑星がどうやって形成し、どのような物質で構成され、大気や磁場はどう変動しているのかほとんどわかっていないのである。天王星の探査は、これらを初めて明らかにするものであるが、その知見は系外惑星の水惑星たちを知るために重要な土台となる。

太陽系初期の大変動

天王星の探査がフラッグ・シップに選ばれたもう一つの理由は、太陽系の初期に起きたかもしれない大変動に関連する。

第17回コラム()で紹介したように、探査機「はやぶさ2」が訪れた小惑星リュウグウは、その試料の分析から、ひょっとしたら太陽系初期において外側の低温領域に存在し、何らかの理由で現在の小惑星帯に移動してきた天体かもしれない。そのような小惑星の大移動を引き起こす一つの可能性として、木星や土星といった巨大ガス惑星が連れ立って、太陽系初期に軌道を大きく変えたことがある。

このように巨大ガス惑星が大暴れに暴れると、リュウグウのような小惑星だけでなく、木星や土星の外側に存在していた巨大氷惑星の軌道も影響を受ける。具体的には、天王星や海王星は、木星や土星の重力によって、太陽系の遠方に弾き飛ばされるのである。逆に言えば、今、天王星や海王星が太陽から極めて遠い領域にいるのは、そのような木星と土星の大暴れにより、弾き飛ばされたからで、どちらも本来はもっと太陽に近い位置を回っていたのかもしれない。

「はやぶさ2」が明らかにした小惑星に見られる太陽系初期の痕跡と、天王星の探査で明らかになるかもしれないそれが符合すれば、いよいよ太陽系の大動乱の全貌が明らかになるであろう。この大動乱で太陽系外側から、氷や有機物を含む小天体が大量に地球にもたらされ、地球の海や大気、あるいは生命の材料物質となったかもしれず、そうであるならば、この天王星の探査は地球がなぜ生命にあふれる星になったのかという問題にも進展をもたらすだろう。

最後に、天王星の氷衛星たちも忘れてはならない。天王星の衛星アリエルやミランダは、サイズが小さいにも関わらず、過去に活発な地殻変動が起きた痕跡がある。これら衛星に地下海が現在も残っているかもしれない。そうであれば、地下海を持つオーシャンワールドは木星・土星の周りだけでなく、天王星にも広がっていく。

ボイジャー2号が1986年に撮影した天王星の氷衛星アリエルとミランダ。地表にいくつもの割れ目が見え、比較的最近まで地質活動が続いていることを示している。(提供:NASA/JPL/NASA/JPL-Caltech)

今回のコラムでは、フラッグ・シップとして選ばれた天王星の探査について焦点を絞って紹介した。探査計画自体は、10年以上前から、多くの研究者たちによって計画・検討されてきたものである。最大級の祝福の賛辞を送りたい。

次回は、今回の続きとして、中型規模の「ニュー・フロンティア」と、ディケイダル・サーベイに謳われる今後10年で惑星探査が目指すべき目標とは何かについて語りたい。

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